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第5話 隊長の背中は、思ったより広い

『オルでよい』


その朝、騎獣舎で会うと、白竜はそう言った。

首には、もう環がない。鱗の熱も、ニナさんの診察では落ち着いたという。


「さん、は嫌でしたか?」

『そなたまでよそよそしく呼ぶ必要はない』


わたしは笑い、彼の鼻先に手を置いた。

ニナさんが、前から触れる前には声を掛けるよう教えてくれた。

百四十三歳でも、驚けば頭を動かす。

その一度で、人の腕なら折れてしまう大きさだった。


今日は、港の外周を飛ぶ練習に付き添う。

本格的な巡回ではない。

帰還鐘を使わず、旗と腕の合図で降りられるか、先に確かめたいのだ。


『エリオットなら、載せてもよい。もう一人は、そなたか』

「はい。わたしでも、いいですか」

『軽い。よい』


別の理由で断られそうになく、わたしはほっとした。

飛び上がってから怖くなることは、計算へ入れていなかった。


二人用の鞍に座り、エリオットさんに安全帯を確かめてもらう。

彼は前へ乗り、振り返った。


「途中で降りたい時は、私の肩を二度叩いてくれ」


わたしが頷くと、彼はオルにも同じ合図を伝えてほしいと言った。

オルは、片方の翼を開いた。


『急に頭を掴むのは、やめろ』

「掴む前に、肩を叩きます」

『よい』


庭の端から、地面が遠ざかった。

思っていたより、早く。


「あっ」


わたしは、目の前の上着を掴んだ。

エリオットさんの背中が、ほんの少し強ばった。


「すみません」

「構わない。手は、帯の持ち手へ」


言われた位置へ指を掛けた。

白い翼の向こうで、港が、小さくなる。


屋根が赤い。

毎日通っていた坂は、思っていたより長い。

神殿の高い窓も、今は、ほかの建物の窓と同じくらい小さく見えた。


オルは、水平に飛んだ。

風が髪の端をほどく。


『海を見るなら、今だ。こいつは水平が上手い』


誰のことかと思って、わたしは前の人を見た。

エリオットさんは手綱に頼らず、身体を少し傾け、オルと同じ方を向いていた。

長く一緒に飛んできた背中だった。


「オルが、褒めています」

「珍しいな」

『聞こえぬと思っていた時は、毎日言っていたぞ』


それも伝えると、エリオットさんは振り向いた。

風のせいだけではない赤さが、耳にあった。


海の上に、陽の道が伸びている。

わたしは、帯を掴む指を少し緩めた。


『そなたの店は、あれか』


オルが、通りを一つ示した。

〈しっぽの相談室〉は、上から見ると、細い屋根しかわからない。


「よく、見つけましたね」

『パンの匂いがする』


昨日も、一昨日も、わたしは同じ店でパンを買っていた。

看板より、そちらの方が頼りになるらしい。


二十分ほどで、庭へ戻った。

着地のあとも、膝が少し笑っていた。

エリオットさんが先に降り、手を出す。

わたしは、その手を握った。


大きい。

そして、鎧で思っていたより、温かかった。


「もう、乗れそうか」

「次は、少しだけ、背中を掴む回数を減らします」


彼の口元が緩んだ。

仕事の時には見せなかった顔だった。


『礼は、甘い物でよい』


オルが言う。

わたしは笑って訳したが、ニナさんが、遠くから声を上げた。


「食べる物は先に相談!」


白竜の金の目が、横へ逃げた。

飛行は上手くいった。今度は、おやつについて話す仕事が増えた。

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