第4話 しっぽの相談室
一週間後、わたしは店の鍵を持っていた。
港から二本入った通りの、細い建物だ。
一階の窓が大きく、二階に寝る部屋がある。
エリオットさんの家が以前、荷物を置いていた建物だという。
空いている場所を借りたいと相談すると、使用人の方が、町の相場を調べてくれた。
三か月分の家賃を先に払い、鍵を受け取る。
「短い間に、決めたのだな」
荷物を運ぶのを手伝ったエリオットさんが、空の棚を見た。
「今なら、まだ持ち物が少ないですから」
後で不安になった。
棚より先に、お客様をどう呼ぶか考えるべきだった。
オルに相談すると、彼は庭の石に顎を置いて言った。
『名前を出せ。白竜オルが認めた、と』
「認めたのですか?」
『ほかの人間には、まだ認めていない』
看板は、もっと小さいものにした。
〈しっぽの相談室〉
魔獣の通訳を承ります。
翌朝、一番のお客様は、猫を抱いた魚屋のおばさんだった。
猫は、普通の猫だった。
わたしが技能を使っても、鳴き声は鳴き声のまま。
「そうなの。どの魚が好きか、聞きたかったんだけど」
「申し訳ありません。普通の動物の言葉は、わからないんです」
猫は受付の紙へ座った。
わからないままでも、帰ってほしくなさそうなのは見えた。
おばさんが笑って抱き上げ、二人は帰った。
昼まで、誰も来なかった。
看板に、大きく〈魔獣専門〉と書き足した。
普通の動物の相談を引き受けるには、別の経験や資格も足りない。
前世のわたしだって、飼育員であって獣医ではなかった。
夕方、窓の外へ大きな影が落ちた。
獅子の身体に、鷹に似た翼。翼獅子だ。
首を傾げると、入口の高さが足りないことに気づいたらしい。
『ここで待て、と言われたぞ』
若い騎士が、肩で息をして追いついた。
「隊長から紹介を受けました。ラウルです。こちらがセオ」
セオは、わたしを見た。
『これに言え。鞍を横へ付けるなと』
わたしは庭の方へ案内した。
ラウルさんは、不安そうにセオの鞍を外す。
「昨日から、乗ると座り込むんです。僕が嫌なのかと」
『嫌なのは、背中が引かれる方だ』
わたしが伝えると、騎士は鞍の裏を見た。
左右の留め具の穴が、一つずれていた。
彼は唇を噛み、穴をそろえた。
それでも、すぐには載せない。
ニナさんへ背中を見てもらうまで、セオには休んでもらうことにした。
『ようやく伝わった』
セオは、庭の土へ伏せた。
ラウルさんも、隣へ座る。
「ずっと、言ってたんだな」
『三日だ』
通訳したわたしに、彼が顔を上げた。
「三日も?」
わたしは頷いた。
鞍の直し方だけを教えて終えるつもりだったが、話は、少し長くなった。
セオは、指の細い方の手で耳の根元を掻いてほしいと言った。
ラウルさんがその通りにすると、目が半分閉じた。
翌日、ニナさんが診察に来た。
休む日数を決めてから、庭で、合図を試す。
騎士が手を上げ、セオが頭を下げる。
それが何の合図かは、わたしが間に入って一度決めた。
二人の間で通じれば、毎回わたしが付き添う必要はない。
ラウルさんは、帰る前に受付の紙を読んだ。
小さい銀貨が、机へ置かれる。
「また、わからなくなったら来ます」
『次は、その前に聞け』
わたしは笑って、最後の一言も渡した。
帰り際、セオの尾が看板の下を掃いた。
夕方、エリオットさんが来た。
隊の帰りだという。手には、紙袋があった。
「仕事はどうだった」
「来てくださいました。少しずつ、話せました」
彼は、入口の低い敷居を見た。
「庭の門にも、看板を付けた方がいいな」
それから、紙袋を渡した。
焼きたての、小さいパンが二つ入っていた。
「店が開いた祝いだ」
空っぽだった棚へ、わたしは袋を置いた。
店の中に、初めて、パンの匂いがした。




