第19話 好きだから、隣にいます
エリオットさんが来たのは、閉店の札を出したあとだった。
左の肩を大きく動かせるようになるまで、ニナさんとは別の、人の医師に診てもらったという。
「腕は?」
「ほぼ、いつもの通りだ。無理をする前に、もう一度診せる」
わたしは頷き、お茶を二つ淹れた。
彼は、いつもの椅子へ座る。
机に紙がなくても、そこが彼の座る場所になっていた。
「返事を、聞きに来た」
カップを置く手が、少しずれた。
事故から帰った日に、返せばよかった。
でも、人の出入りと、診察と、調査が重なり、二人で静かに話す時間を探しているうちに、日にちが過ぎた。
わたしは、先に言った。
「好きです」
彼の目が、わたしの顔へ止まった。
言ってしまうと、次の言葉も、出せた。
「聖女になれなかったことを、なかったことにしてくれたからではありません。仕事で会ったあとも、会いたくなりました」
海岸を歩いた時のことを思い出した。
手を離してお茶を飲み、もう一度、繋いだ。
あれを、これからもしたい。
「エリオットさんが帰ってくるのを、仕事のない日も待ちたいです」
彼が、長く息を吐いた。
やっと、笑った。
「聞けてよかった」
彼の手が、机の上へ来る。
わたしは、そこへ自分の手を置いた。
「少し、そばへ行ってもいいか」
頷くと、彼が椅子を寄せた。
両手が、触れる。
顔が近づく前に、わたしは一度、目を見た。
彼の灰色の瞳にも、迷うような優しさがあった。
わたしは、目を閉じた。
口づけは、短かった。
離れてから、二人とも、少し笑った。
どちらが先に笑ったかは、わからない。
庭で、大きな鼻息がした。
わたしは窓を見た。
オルが、石へ顎を置いている。
フチも、窓の下にいた。
二頭が話せるわけではなく、こちらを別々に見ているだけだった。
技能を使うか、迷った。
結局、先にフチへ向く。
『遅い。もう帰るのかと思った』
彼女は、それだけ言い、丸くなった。
今度はオルへ向く。
『黒い人間は、すぐには帰らぬか』
「もう少し、ここにいます」
『なら、菓子を取り分ける人数が増えるな』
わたしは技能を止め、額を押さえた。
エリオットさんが、笑う。
「何と言った?」
「お茶を、ゆっくり飲んでいいそうです」
少しだけ、自分の言葉を混ぜた。
彼は、そのことへ気づいたような顔で、頷いた。
フチは、正式に、店で暮らすことになっていた。
メルヴィ夫人は数日ごとに通い、狐が戻りたくないと言うのを聞いてから、譲渡を申し出た。
今も、時々、会いに来る。
抱き上げる前には、必ず、狐の顔を見るようになった。
店の外で、生き方が少し変わった相手は、わたしだけではなかった。
「家へ、手紙を書きます」
わたしは言った。
エリオットさんが、頷く。
「私も、家へ話す。一緒に暮らすことを考えたい。その先のことも」
すぐに決める話ではなかった。
わたしには店があり、彼には隊の仕事がある。
二人の家族に会い、どこに住むかも、ちゃんと話したかった。
でも、それを一緒に考えたい人は、もう決まっていた。
わたしは、繋いだ手を軽く握った。
聞き取るための魔力は、使わなかった。
エリオットさんが、同じ強さで握り返した。




