第18話 今さら聖女と言われましても
事故の翌日、店は休みにした。
エリオットさんも、診察を受けてから休んだ。
オルが降りた時の揺れで、肩を痛めていたという。
落ちなかったから無傷だ、と言い張るのはやめたらしい。
わたしは、眠った。
二階の窓から、普通の鳥の声が聞こえる。
技能を使っていない耳には、町が、いつもより静かだった。
調査の結果が届いたのは、六日後だった。
工房と商会の帳簿から、安い材料へ替えた指示と、差額の行き先が確認された。
ローデリック副司祭の署名も、複数の控えにあった。
塔の作業員は、検査前に古い刻印を外すよう命じられたと話した。
取った石を持ち帰るための箱が、塔の下に残っていた。
話したことだけではなく、現物と帳面が、揃った。
副司祭は職を解かれ、関係者の不正な支出と事故の責任は、王国の裁判所へ渡された。
環を買った人たちには、正規品への交換と、診察費の補填が案内された。
誰でも世話ができると言われた日に、こんな大きい話を想像してはいなかった。
今も、店の中で、机を拭く仕事の方が手に馴染む。
神殿から、別の司祭が来た。
今度は、営業を止める通知ではなかった。
以前の呼び出しと通知について、謝罪があった。
マリアさんも、一緒に来ていた。
「候補者の登録を戻し、魔獣の窓口を神殿に設けたいと考えています。あなたの働きなら、聖女の名に相応しいと」
司祭は、わたしを見た。
あの廊下を歩く自分を、少し想像した。
白い服も、まだ、嫌いになったわけではない。
「ありがとうございます。でも、聖女候補には戻りません」
マリアさんが、静かに微笑んだ。
「今も、治癒の魔法は使えません。魔獣の話を聞く仕事を、この店で続けたいです」
司祭は、一度、口を閉じた。
それから、頷く。
「では、窓口から必要な時に、こちらへ依頼する形を相談させてください」
その話なら、聞くことができた。
マリアさんが、神殿で使う魔獣の道具を、先にニナさんと確かめるようにすると話した。
治癒と世話と、通訳の仕事が、同じ一人の席へ押し込まれずに済む。
二人が帰ったあと、オルが庭へ来た。
飛ばずに、通りを歩いてきたため、後ろに人が何人も付いている。
彼は、鼻先を窓へ近づけた。
『名前が、増えるのか』
「何の名前ですか」
『聖女。竜を救った女。港を戻した女。皆、違うものを呼んでいる』
わたしは看板を見た。
「店の名前は、増やしません」
『そなたの名も、フィーナでよい』
大きい顎が、庭の石へ乗る。
それを見た町の人たちが、恐る恐る、店の案内を読んでいた。
討伐寸前だった白竜が、今はお客様を呼んでいる。
わたしは、受付の紙を出した。
普通の猫を抱いたおばさんも、列へ入ろうとする。
魚屋のおばさんだった。
「この子の声は、今も、わからないんです」
おばさんは笑った。
「知ってるわ。今日は、先生が好きそうな魚を届けに来たの」
先生、と呼ばれて、わたしは慌てた。
後ろで、オルが鼻を鳴らす。
『猫ではなく、そなたへの餌だったか』
わたしは笑い、包みを受け取った。
なれなかった名前の代わりに、よく知った顔が、店へ来るようになった。




