第16話 帰ってきたら、お返事をください
二枚の手紙が、机へ並んだ。
どちらも、最初の行は謝る言葉だった。
エリオットさんは、椅子へ座らずに言った。
「君が大切で、怖くなった。相談するより先に、遠ざけようとした」
わたしは、彼を見た。
昨日は、彼がどんな顔をしているか、途中から見なかった。
「わたしも、仕事を取り上げられたと思って、ひどいことを言いました。手を繋いだのに、あんな言い方をして」
彼が、椅子へ座る。
テーブルの下で、フチが一度、尾を動かした。
「今日の港では、わたしが入れる範囲を、先に説明してもらいました。あれを、エリオットさんと話したかったです」
「次は、先に話す」
それだけ言ったあと、彼は両手を重ねた。
鎧のない彼には、剣の柄へ逃がせる手がない。
「仕事の依頼とは、別に聞いてほしい」
わたしは頷いた。
「君が好きだ。通訳の力を借りたいだけではない。君と話して、同じ所へ帰りたい」
胸の中で、言葉が一度、ほどけた。
聞きたいと思っていた声だった。
でも、自分が何と返すか、考えると、喉へ熱が来る。
戸の外で、馬の足音が止まった。
続いて、速い声がする。
「隊長! 港の塔で、事故です!」
エリオットさんが立ち上がった。
わたしも、上着へ手を伸ばす。
伝令は、息を整えながら話した。
明日の検査を前に、神殿側から来た作業員が、拡音器の石を取り外そうとした。
術炉は止まっていたが、残る魔力を抜く前に回路を切ったらしい。
鐘が鳴り続け、塔の下の桟橋で、繋いでいた魔獣が騒いでいる。
わたしは鞄へ、地図と、小さい旗を入れた。
通訳のための持ち物だ。
エリオットさんは、伝令へ隊員の集合を命じ、わたしへ向き直った。
「まず、地上の飼育場へ。塔の中へは入らない。状況が変わったら、君へ伝える」
「はい。魔力が足りなくなったら、わたしから言います」
彼が、手を出した。
わたしは、その手へ、自分の指を重ねた。
「帰ってきたら、お返事をください」
彼は言った。
わたしは、少しだけ笑った。
「ちゃんと、聞きに来てください」
手を離し、二人で店を出た。
港へ向かう道で、鐘が聞こえ始める。
人の耳には、ただ、調子の外れた音だった。
海沿いの広場で、オルが翼を開いていた。
環は付けていない。
それでも、塔へ向けた顔が険しい。
『壊さずに止めるのだな』
彼が聞いた。
わたしは頷いた。
「一緒に。誰か一人で、全部しないで」
白い翼が、半分、畳まれる。
西風が強くなり、沖の船が桟橋へ寄せられていた。
そのすぐそばで、繋がれた水獣の背が、大きく揺れた。
鐘の魔力と、風と、船の綱。
それぞれ別の困りごとが、一つの港で重なっていた。




