第10話 消したくなかった記録
技師のモリスさんは、机に三つの石を並べた。
オルの環から外した石。フチの環の石。
そして、三年前の正規品だという、少し曇った青い石。
「見た目で買うなら、新しい二つの方が綺麗だね」
彼は、検査の結果を記した紙をエリオットさんへ渡した。
昨日、終わったものだという。
机の上の小さい装置へ、順に石を載せる。
正規品の時、薄い光の線が、水面のようになだらかに動いた。
オルの物に替えると、光が細かく尖る。
フチの石でも、同じことが起こった。
「響きを抑える結晶の割合が、足りない。混ぜ硝子で嵩を増やしている。これでは、強い魔力に触れた時、逆に響きを増やす」
わたしには、その響きは聞こえない。
目で見える結果と、二頭が言ったことを、別々に書き留めた。
「正規品として売られていました」
「うん。納品の紙にも、正規の鎮声石とある。だから、単なる好みの違いではない」
エリオットさんの指が、紙の番号を示した。
「隊の物を、全部集める。使っている者には、先に外すよう知らせる」
モリスさんは頷いた。
取り替える正規品は、一日で全ての分を用意できない。
それまで、地上の仕事と合図を使う。
フチが痛がっていた店には、別の商会が卸していた。
商会の仕入れ先を調べると、神殿の納品窓口へ繋がった。
それでも、副司祭一人が何をしたかまでは、まだ決まらない。
マリアさんが教えてくれた書記へ、隊から照会を出した。
神殿は、王国の監査官が立ち会う時なら、帳面を見せると答えた。
わたしたちは、その日を待つことになった。
帰還鐘の点検も、同じ技師に頼んだ。
神殿が、鐘の魔力を広く伝える拡音石も納めている。
先月、交換したばかりだという。
塔の管理人は、額を押さえた。
「環だけだと思っていた。普通の耳には、違いがわからなかったから」
モリスさんは、小さな試料を封じた箱へ入れた。
勝手に全部外すと、回路が崩れて魔力が漏れる恐れがある。
本体の電源に当たる術炉を止め、調べ終わるまで運用しないことになった。
町の人に案内が出た。
祭りの帰還鐘は、修繕中。合図には旗を用いる。
すぐに人々が慌て始めるわけではなかった。
大きな港でも、毎日、直しながら使う物はある。
わたしは店へ戻り、聞き取った記録を取り出した。
オルが痛みを訴えた日と、フチの言葉。
自分が推測した所には、そのように印を付ける。
聞かなかったことを、後から言わせたように書き足したくなかった。
エリオットさんが、机の端へ紙をそろえて置いた。
「君がいなければ、故障を見つける前に、オルを討っていたかもしれない」
わたしは、広場の槍を思い出した。
あの時、鐘を止める声を、彼が聞いてくれた。
「わたし一人なら、近づく前に、追い払われていたと思います」
彼の手が、紙の上で止まった。
わたしは、その大きい手を見た。
オルの首へ触れた時も、鞍の帯を締めた時も、同じ手だった。
言葉を聞き、実際に動いてくれる人の手。
店の外で、子どもが看板を読んでいた。
普通の犬を連れている。
わたしが戸を開けて説明すると、子どもは残念そうに帰った。
振り向くと、エリオットさんが立っていた。
「犬にも、話したいことはあるのだろうな」
「はい。わたしには、わからないだけです」
わたしたちは窓の外を見た。
世の中には、まだ聞けない声の方が多い。
今日、聞けた二頭のことを、消えないように紙へ残した。




