白き竜は往く
巨石鳥が全滅すると、生き残っていた魔獣はその力を恐れ、蜘蛛の子を散らすように街から姿を消していった。
自分達だけで成し遂げたわけでなくとも、討伐隊の勝利と言っていい。
一時は自分達の死と街の壊滅を覚悟するほどの苦境に立たされたが、苦闘は報われた。
だから、思わず「やった」と無邪気な歓声があがったのは当然のことだった。
しかし喜びを表した者はごく少数で、彼らは周囲の仲間が沈黙しているいるのに気づくと、自分が悪いことをしてしまったような気がして、黙り込んでしまう。
歓喜の輪は広がらなかった。
ほとんどの者は金縛りにあったかのように身体を硬直させて一点を見つめていた。
視線の先には、魔鳥の群れに光の鉄槌を下した、竜のような、巨人のような、一体全体何だかよく解らないもの。
それは敵ではないから、彼らに脅威として恐怖をもたらすわけではない。
脅威が去って改めて冷静にそれに向き合うことになった彼らは、その得体の知れなさに対して怯えを抱いていた。
そんな感情を孕んだヅスカの人々の視線を、ラグナはグリオスの中で受け止めて、少し寂しそうに笑った。
「やっぱり、大歓迎とはいかないよな。さすがにこの姿じゃな……」
待ち望んだ竜王の帰還が叶ったのだったら、みんな大喜びだっただろう。
いや、実際に竜王は帰って来たのだが――。
人々にこれがグリオスであること、このような姿をしている理由を教える事は出来る。だが残酷な事実を知ることで彼らが受ける衝撃はいかほどのものか想像もつかない。
ならばいっそ、このまま黙って立ち去るのがいいのだろう。
グリオスが羽根を広げて風を起こし、ゆっくりと浮き上がる。
その際に一度だけ、グリオスはディーンの方に振り向いた。全身の装備をズタボロにされ、肩を激しく上下させてふいごのように息をしながらも、ディーンはしっかりとした目つきでこちらを見つめている。
「大した奴だよ、竜騎士君。あいつと仲良くな」
ディーンに向けて敬礼のようにグリオスの手を掲げさせると、ラグナはコクピットの中で「じゃあな」と別れの言葉をつぶやいて、グリオスを飛び立たせた。
最後に自分に挨拶をくれた竜王の後ろ姿を、ディーンは夜空に消えて見えなくなるまで見送った。
「あの人じゃなかったな……」
胸のロケットを掌に乗せ、そのまま手を握っては開いてを何度も繰り返し、手の感触を確かめる。
「けど、俺、うまくやれたのかな。本当に俺があんなことをやれたのかな……」
戦いが終わってから、自分がとてつもない事をしてしまったらしいことに気付いた。
槍で巨鳥に手傷を与えた? 信じられない。有り得ない。剣鹿にヒイヒイ言ってた奴が?
その前の魔獣の群れとの戦いもだ。落ち着いて考えれば、無茶苦茶な戦果だ。
あの時の自分は本当に自分だったんだろうか。自分に何かが憑りついて力を与えていたんじゃないんだろうか。
そうでもないと、あんな力が自分にあるわけがない。
いくら子供を助けるためとはいえ――
「あっ、そういえばあの子は!?」
大切なことを失念していたことに気付いて、ディーンは慌てて街の方へと目を向けた。
グリオスが飛び去った後、金縛りが解けた人間達はしばらくの間はざわついていたものの、やがて我に返ったようだった。
今は討伐隊員達が負傷者の手当や収容を行う一方、各隊指揮官が警備や魔獣の死体の片付けなど今後の話し合い等を行っている。
ディーンはヤナク隊から離れた場所に降りてしまったため、馴染みの顔は見えない。いや、人波の間を縫うように、ヤナク達に連れられた男の子の姿が見えた。
向こうもまたディーンに気付いて、ヤナクがこちらを指差すと、子供が笑いながら、お守りを握った手を振ってくれた。
「よかった……」
ホッと胸をなでおろして、ディーンは城壁から降りて彼らの元へ向かおうとした。
だが、一歩足を踏み出した時だ。緊張が解けたからか、身体の力が抜けていく気がした――いや、抜けるというより、ぷっつりと切れた。
(あれ……なんだ……?)
その刹那、ディーンの視界が激しく揺れた。同時に身体全体の感覚が消えうせていく。
そして糸の切れたマリオネットのように、ディーンの身体はその場に崩れ落ちた、
(……力……入らな……い……)
立ち上がることはおろか指一本動かせず、地面に頬ずりをしたまま突っ伏せることしかできない。
「ディーンッ!?」
「お兄ちゃん!?」
隊長達が慌てて駆け寄ってくる。
ディーンを呼ぶ声と足音がだんだん大きくなっていくのに、意識はどんどん遠くなっていき、ついには完全に闇に沈んでしまった。
魔獣・魔鳥の襲来に見舞われ未曾有の危機に陥ったヅスカはラグナとグリオスによって救われ、激動の一日は終わった。
ただし、ヅスカの民のほとんどは、この夜に安心して眠ることは出来なかった。
被害状況が判らず、防御機構が破壊されていては危険と、寝ずの警戒を強いられる、負傷の程度の軽い討伐隊員達。
いつもの寝床でなく、快適さとは程遠い避難場所での一夜を強いられる避難民。
それに魔獣だけではなく、“正体不明”が与えた漠然とした不安。
そうした中で、陰鬱とした思いもなく眠ることができたのはきっと、ディーンのように意識を失った者くらいだったのだろう。
翌朝、東の水平線から太陽が顔を出し始めた頃。
ヅスカの眠れぬ人々は、御山の頂上から巨人竜が飛び立つのを目撃した。
街を救った竜の戦士は、街の上でくるりと輪を描いた後、街や朝日に背を向けて、西の山脈を越えて更にその向こうの空へと翔けていった。
それから数回、日没と夜明けが繰り返されたが、その間、ヅスカの御山に大いなる翼を持つ者は姿を現さなかった。




