閃光が空を貫く
自分たちを苦しめた巨石鳥がいとも簡単に倒れたことにディーンは唖然としていた。
「火砲隊も手が出なかったのに、こんなに簡単に。さすがは――」
その後は「さすがは竜王」と続くはずが、その言葉は口から出なかった。
新手の巨石鳥が、頭上で爆撃の体勢をとるのが見えたからだ。
だがラグナは怯むことなくグリオスの機能をまた一つ起動させた。
「バックスウォール!」
盾を中心にして、グリオスの身体を覆って余るほどの輝く壁が発生し、すべての岩の羽根を弾いた。
岩が力なく地に落ちるやいなや、ラグナは一気に巨石鳥との距離を詰める。
そして炎の刀で次々に斬りかかり、更に尻尾で痛烈な一打を食らわせ、巨石鳥を地上に叩き落していった。
それを見て距離を取り、羽根の射撃体勢に入る個体もあったが、問題はなかった。
「飛炎刃」
グリオスが刀を振るうと炎の刃がソーサーのように撃ち出され、巨石鳥を岩の羽根ごと切り裂いた。
最後の一羽は逃げ出そうとした。だが見逃すつもりはない。
一気に近づいて片方の翼を根元から斬り落し、刀を収めて右手を伸ばす。
するとグリオスの右腕から数本の鞭のような触手が伸び、巨石鳥の足に巻き付いた。
「痺れろ。ジークスパーク!」
鞭から雷が流し込まれ、巨石鳥の身体を内部から破壊し尽くした。
これで一時的に街の上空から巨石鳥の姿が消えた。
「さて、こっちも片づけなきゃな!」
次にラグナは地上に目を向けた。
討伐隊を援護する。そのためにラグナは意外な行動をとった。
グリオスは切り落とした巨石鳥の翼の根元に右腕の鞭を絡ませていく。すると、グリオスの腕と羽根が完全に一体化してしまった。
「ビーストアーム、ジャンクション」
不格好さに顔をしかめるディーンをよそに、ラグナはパネルの情報を確認して「使えるな」と呟くと、右腕の翼を魔獣の群れに向けて構えた。
「出来るだけ狙いはつけるが、討伐隊は伏せろ!」
ラグナの声が外に鳴り響く。
その意図に勘づいた者達が、そうでない者や負傷者を引きずって建物や物陰に隠れた。
直後、大量の岩塊が、今度は魔獣の群れに襲いかかった。その攻撃は魔獣を全滅させるほどではなかったが、多くを打ち倒し、その足並みを大いに乱れさせる。
更にグリオスは街の各区域の魔獣へ同様に爆撃を行っていく。
「――今だ! お前ら、もうひと踏ん張りだ!」
「魔獣を追い返せ!」
「ヅスカの根性見せてやれ!」
街中の戦士が僅かに残った気力体力を振り絞り、魔獣への反攻に出た。
ラグナとグリオスにとってはここからが本番だった。
「来たぜ。残りの連中が大挙してな」
国中で飛び回っていた巨石鳥が、一斉にこちらへと向かってくる。その数、約二十。
「何だよこの数……」
これほどの群れに見下ろれながら生活していたのかと思うと、ディーンは背筋が凍りつくのを感じた。
一方ラグナは全ての巨石鳥が自分達を狙っている様子を確認して安堵した。
「こいつらだけなら、わけはないさ」
まずは正面の巨石鳥を標的に飛炎刃を放つ。
足並みを乱し竜炎刃で斬りかかれば、あっという間に数羽分の巨石鳥の死体が出来上がる筈だった。しかし――。
(――ッ!?)
ラグナは言い知れぬ殺気を感じて減速を図る。
目の前を何かが落下していき、大地に深々と突き刺さったのはその直後だった。
それも巨石鳥の羽に違いなかったが、より長大で鋭く、槍を連想させる。その一撃を食らえば、グリオスといえど危険だっただろう。
上空を探ると、それを放ったと思しき、他の個体より更に大きく、金属のような質感の鋭い羽を持つ鳥が、グリオスを見下ろしていた。
ラグナはそれがこの鳥達のボスだと直感した。
「ならば!」
他を無視して、ラグナはボスに仕掛けた。一気に接近して竜炎刃を振るう。
「ヅスカの空は返してもらう!」
切先は胴体を捉えた。しかし刃はボス鳥の羽に防がれる。
「効いてない!?」
ディーンの呻きは正確ではない。効いてはいるのだが、灼熱がボス鳥の羽を溶断する速度があまりに遅いのだ。
時間をかければ刃は肉まで達するだろうが、そんな暇はなく、ボス鳥は反撃に蹴りをお見舞いしてきた。
「ぐおっ!?」
咄嗟に盾を構えるも、衝撃を殺しきれずにグリオスは強く弾き飛ばされた。
「なろぉっ!」
頭を下に落ちていくところを、翼と尻尾を巧みに使って体勢を戻す。
(他と違いすぎるな。こんな個体がいたとは)
ラグナの表情に、先程までの余裕は見られなかった。
それから何度かボス鳥に攻撃を仕掛けたが、有効な一打にならず、逆に反撃を食らいそうになる。
またその間に、他の巨石鳥が横槍を入れたり、街を狙う素振りを見せる為に、ボス鳥だけに集中するのは不可能だった。
ならばと先に下っ端から排除しようと動けば、逆にボス鳥から羽根の槍で狙われてしまう。
結果グリオスは攻めあぐね、そのまましばらくは牽制のし合いが続いた。
このままではらちがあかない。
――なら、まとめて吹き飛ばしてしまうか。竜王らしく。
ラグナの頭にひとつ策が思い浮かんだ。
だが巨石鳥の動きの方が早く、ラグナが気づいた時には、既に槍が目の前に迫っていた。
槍はグリオスの顔面をかすめ、頬当を弾き飛ばした。グリオスの鋭い牙をもつ口が初めて露わになる。
「なんの! 自分で外す手間が省け――?」
軽口を抜かす余裕はない。ボス鳥は巨体に似合わぬスピードで迫り、グリオスの両肩を掴むと、そのまま諸共急降下する。
「――!? てめえっ!?」
翼で風を起こして減速を、蹴りを入れて抵抗を試みるが、拘束を逃れられぬまま、地面が近づいてきたところでボス鳥はグリオスを投げ捨てた。
「があぁぁっ!」
「ぐうぅぅっ!?」
グリオスは城壁に激突し、中の二人を容赦なく衝撃が襲った。
攻撃はそれだけでは終わる筈がなかった。
城壁を崩して伏せるグリオスが立ち上がる前に、巨石鳥が群がってくる。
まず四羽が四肢にとりつき、他の個体もその上に次々とのしかかってきて、グリオスを圧迫した。
「動きを封じるつもりか……!」
グリオスの視界の大部分が巨石鳥に占有される。だが僅かな隙間から、上空に残るボスの姿がちらりと見えた。
こちらを見下ろして、ほくそ笑んだようだった。
(仲間ごとやる気か? うかうかしてたらまとめて串刺しかよ)
何とか逃れようと試みるものの、振りほどく事が出来ない。
(本来のグリオスなら楽勝だっていうのに。情けないな、俺も)
ラグナは歯噛みする。
(だがいっそ動けないというなら、これを逆手にとって――)
頭に一つ策が浮かびかけた。しかし、ディーンの発した意外な言葉が、それをかき消してしまった。
「俺を外に出してくれ」
「何を言ってるんだお前は。逃げ出したくなったか?」
「違う。助けるんだ。この竜が動けないままだとやられる。だから――」
「生身の人間でどうにかできる相手じゃないだろう。ここで大人しくしていろ。俺達だってやられっぱなしじゃないし――」
「約束なんだ」
ラグナに対してというより、自分に言い聞かせるような声色だった。
ディーンは胸のロケットを開くと、その中身をじっと見つめた。
「それは……竜晶と竜鱗?」
それが何か一目で見抜くラグナ。
「しかもそれは、あいつの――!?」
その時、コクピットへと誘われた時のように、ディーンが光に包まれ、そして消えた。
「ああもう! 勝手に出入りすんなっつってんだろーが!」
気がつくとディーンはグリオスの胸部と巨石鳥たちの身体に挟まれた狭い空間にいた。
唐突な展開に呆れるが、それも一瞬のこと。羽根の僅かな隙間から外に這い出ると、目の前の崩れた城壁を駆けあがる。
その姿に気付いたか、グリオスを抑える鳥の一羽がディーンを睨みつけた。
(固い岩に覆われていないあそこなら!)
逆にその個体を睨み返して、槍を構えてディーンは駆けだした。
「あんたも竜だというのなら、きっと助けてみせる。あの人との約束だ」
どういうわけかその思いに応えるがごとくロケットが仄かに輝きだしたが、ディーンは気付かない。ただ不思議と力がみなぎるのは感じた。
「うおぉぉぁぁぁぁっ!!」
足を踏み込んで、自身の持つすべての力を伝えて槍を投げる。槍は流星のように一直線に空を裂き、巨石鳥の右目を深々と抉った。
苦痛に耐えかねて、けたたましい悲鳴を上げて巨石鳥が身体を跳ね上げる。その際に周りの仲間を押しのけてしまったために、グリオスにかかる拘束が緩んだ。
「ったく、お節介だぜ。だがチャンスだな!」
グリオスの背中と大地に挟まれる翼から爆風が発生し、絡みつく巨石鳥ごとグリオスの身体を押し上げる。
その勢いで数羽の巨石鳥を振り払うと、自由になった右腕や尻尾で、残りの個体も引き剥がしていった。
たまらずに巨石鳥たちは上空へ舞い戻る。
一方グリオスは両脚を地につけて踏ん張るように立つと、その口を大きく開けて天に向けた。
「吼えろ、グリオス!」
咆哮が轟く。
美しいソプラノのような高音、腹の底にまで響く低音、そして多くの倍音を含んだ轟きが空気を伝って、人々の鼓膜のみならず精神の底にまで力強さを伝えてくる。
それは声ではない。
グリオスの胸に納められ、蓄えられた無尽蔵の魔力を身体の各部に送る機関が、その脈動を高めた音だ。
「があぁぁぁぁっ!!」
相棒とシンクロするように、ラグナもまた吼えた。
竜王の膨大な魔力の奔流に脳髄を晒されて、頭の中を雷電がのたうち回るような感覚がラグナを襲った。
こと切れてもおかしくないほどの苦痛に悶えながらも、必死に意識を保ち、魔力の流れを制御してグリオスの喉元に集めていく。
「まとめて燃え尽きろっ!」
ラグナが叫ぶとともに、グリオスが魔力を吐き出した。
「ドラゴメテオアロウズ!!」
放出された怒りのエネルギーは無数の赤く光る矢に変わり、天へと向かって飛んでいく。
「一羽たりとも逃がさねえぞ!」
巨石鳥は光の火矢から逃れようとするが、それは不可能というものだった。
光はヅスカの空を覆い尽くさんばかりに広がり、しかも土砂降りの雨のような密度で鳥共に襲い掛かる。
次々と矢に撃ち抜かれ、巨石鳥は力なく落ちていく。
しかも落下する最中にも炎に射抜かれ続け、その身を焼かれていき、大地に落ちた時には、巨石鳥は火だるまにされていた。
だが一羽だけ、ボス鳥だけは空に留まっている。
しかしこのままでは仲間と同じ末路をたどるのは明白。故にボス鳥はグリオスに向けて一直線に降下を始める。
焼かれて殺られる前に殺る腹積もりなのだろう。
「そう……来ると……思ったぜ!!」
予測できた動きだから、ラグナは慌てなかった。
「――コンセントレイト――」
視線を、意識をボス鳥に集中させる。
「ドラグリッター・レイ!!」
炎の矢が集束していき、やがて天を貫く赤白い一本の柱になった。
「塵一つ残さねえ。怨むなら勝手にしろ」
光柱を叩きつけられ、その中の光熱の牢獄に閉じ込められ、ボス鳥は苦悶の叫び声をあげた。しかしそれは膨大な熱量の奔流にかき消され、誰の耳にも届かない。
太陽の如き光と炎の中で、ボス鳥は焼け焦げることも溶解することも許されずに蒸発していく。
そして光の柱が消滅した時、魔鳥だったものはヅスカの風の中に消え、空には雲と星だけが残された。




