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竜機と竜姫と竜騎士と  作者: 恵二/KG
1.ディーンとラグナと異形の竜王
6/18

竜王の帰還

「ディーン、無事かっ!?」


 子供の姿が見えない母親の願いを受けたヤナク隊が現れたのはその直後だった。


「この馬鹿野郎っ! 一人で先走るなって、何度も何度も言っただろうがぁ!」


 散々心配をさせてくれた問題児に、ヤナク隊長はカミナリを忘れなかったが、ラグナの存在に気づくと隊員達はざわついた。


「隊長さん、あんまりこいつを責めないでやってくれ」

「お前は!? なんでこんな所に?」

「いちゃ悪いか? 今は猫の手も借りたいだろう? おっと、そんな小動物より竜の手のほうがよかったかな? まあそれは冗談として、故郷を蹂躙されて黙っていられる性分でもないからな」


 ラグナは悪戯っぽく笑う。


「でも、あんた一人が増援に来たところで……」

「リューキシくんは独りで奮闘してたぜ。たった一人の子供を守るためにね」


 そう言ってラグナは崩れかけた家を指さした。


「子供があの家の中に――!」


 ディーンが叫ぶと、ヤナクは即座に事情を察した。


「救出には俺の班で行く。他は魔獣の相手だ。何とか救出ルートを拓け」


 咄嗟に下された指示にヤナク隊隊員たちは即座に対応し、ある者は家屋へ向かい、ある者は魔獣の群れに飛び込んでいく。




「さすがはヅスカの討伐隊だぜ。仕事も早くて勇敢だ」


 ヤナク達の仕事ぶりに感心した後、ラグナはディーンに向き直った。


「これで大丈夫そうだぜ?」

「ああ、ありがとう……」


 ディーンはラグナの手助けに礼を言うが、歯切れが悪い。

 戦況はほんの少しだけ良くはなったが、不安と脅威は払われてなどいない。

 まだ魔獣が街を埋め尽くしている状況に変わりはないのだ。

 何より、上空の方はずっとギャアギャアと喚き続けている。


「――来る!」


 ディーンとラグナは頭上に凄まじい殺気を感じた。

 はっとしてディーンが空を見上げた瞬間、二人の周囲に巨石鳥の岩の弾丸が投下された。


「ディーンッ!?」


 ヤナク隊の皆が息を呑む。二人が危機に陥ったからではない。

 ラグナが肩にディーンを担いで土煙の中から勢いよく飛び出し、近くの民家の屋根へと軽やかに飛び乗ったからだ。軽業師も真っ青な芸当だ。

 ディーンは屋根の上に降ろされると尻餅をつき、ラグナの顔を見上げた。


「ラグナ、あんたはいったい……?」

「言ったろ、竜騎士だって」

「竜騎士……」


 この短時間に驚くべき力を見せつけられては、冗談に聞こえない真実味があった。


「だがこの数は骨が折れる。負傷者も多いし、ちまちまと相手をしてられないな」

「手があるのか?」

「相棒を呼ぶ」

「相棒? 誰を……?」

「んなもん、決まってるだろうがよぉ。みんなお待ちかねのヤツだよ」


 そう言うとラグナは一呼吸おいて、おもむろに瞼を閉じると、

「汝の鼓動を轟かせよ《スタート・ユア・エンジン》」

 と、呪文らしきものを唱えた。


「何をしてるんだ。周りは敵だらけなんだぞ!?」


 大きな隙を作ったラグナをディーンが窘めるが、何故か魔獣も巨石鳥もそこを突くことはなく、静かに様子をうかがっていた。


「さあ、ここに来い!」


 ラグナがカッと目を見開くと、すぐに空に変化が現れた。


「おいっ、何か聞こえるぞっ?」


 隊の誰かが言ったのをきっかけに、皆が耳を澄ます。

 グオォォォォォ、という咆哮が空から聞こえた。

 声の主はすぐに見つかった。西の空からラグナの方へ向って、巨大な何かが、凄まじい速度で真っすぐに飛んで来ている。

 その進路上にはヤナク隊を襲った巨石鳥がいたが、それは速度を落とさぬまま激しく衝突した。デカブツ同士のぶつかり合いだが、巨石鳥が一方的に弾き飛ばされて大地へと落ちていった。

 一方のそれは、凄まじい爆風と振動を伴って、ラグナの目の前に降り立った。


「いったい何が……」


 皆がそれの正体を知ろうと、恐る恐る、かつ僅かな期待を寄せて目を向ける。

 だがそれは、彼らの知る守護者とは違っていた。


「なんだこいつは? 巨人の戦士……?」


 寺院の尖塔ほどの身長がある巨大なそれは、人間のような四肢を持ち、その身を鎧兜や盾で固めていた。

 ラグナとディーンを見つめるように頭部がこちらを向いているが、そこもフルフェイスの兜に覆われ、表情を窺い知ることは出来ない。

 しかしいくつかの特徴を見つけることができる。

 前後に長く、側面に鰭、後部から二本の角が伸びる頭部。

 背中に持つ翼と尻尾。

 甲冑の隙間から覗く、白い鱗に覆われた素肌。

 それらの特徴を持つものを、ヅスカの人間は知っている。


「いや、竜……?」


 しかしその姿はヅスカの守護者に似た要素を持ちながらも大きくかけ離れており、皆を戸惑わせた。

 竜の要素をもつ巨人、もしくは人のふりをした巨竜というのが、それを目にした者の抱いた印象だった。

 巨人竜とでも言うしかないか。

 ただディーンにはもうひとつ気になる点があった。


(これは生きているのか?)


 間近にいながらも、ディーンはその巨大な生き物の息遣いや鼓動を感じなかった。

 生気というものがまるで伝わってこないのだ。


「おい、これは何なんだ……?」


 ディーンが問うが、ラグナはそっちのけで巨人竜の胸に向け手をかざした。すると甲冑の胸部が展開し、下に埋め込まれていた大きな宝玉のようなものが露わになる。


「聞いてるのか?」


 無視されたことに怒ったわけではないが、ディーンはラグナに詰め寄り、その肩を掴んだ。

 ラグナは答えない。その代わりに宝玉が光を放ち始めた。


「何だ? うわっ!?」


 光はあっという間に目を開けていられないほど強くなってラグナとディーンを包みこんだ。




 輝きはすぐに収まったが、目を開けた時、ディーンは見知らぬ奇妙な空間にいた。


「お前が何故この中にいるんだ? 招待したつもりはないぞ」


 唐突に声をかけらてはっとすると、空間の中央にラグナがいた。

 ひとまず自分一人が閉じ込められたわけではなくディーンは安堵するが、混乱は解けない。


「足元でウロチョロされるよりはマシなんだがよ。コクピットに誰かいるのは初めてなんだよなあ……」


 ラグナは座席らしきものにもたれかかり、両手元にあるレバーに手を添えている。


「接合部に問題無し。“火の心臓”の魔力残量、気にする必要無し。いけるな」


 その周囲には光る文字や数字や図形が映る半透明のパネルが並んでいる。

 更に前面の壁面には、魔獣やヤナク隊を見下ろす構図でヅスカの街が映っている。これは巨人竜の視界かとディーンは直感した。


「ラグナ、あんたはいったい何なんだ……?」

「リューキシだ」


 何度目かになるやりとりに、ラグナは苦笑した。


「でも竜の背に乗る騎士(ナイト)とかそういう意味じゃないぞ。竜機(ドラゴレム)グリオスを駆る者、さしずめ竜機士ってとこかな」

「ドラゴレム……?」


 聞いたことのない言葉がディーンの頭を翻弄する。

 しかしそれよりも重要な、聞き逃すことのできない言葉があった。


「これが竜王グリオスだっていうのか?」


 ディーンが聞くと、ラグナの顔が陰った。

 ラグナはそのまま沈黙を保ち、答えずにやり過ごそうとするが、ディーンの攻めるような視線に耐えられず、静かに「ああ」とだけ頷いた。


「竜王はこんな姿じゃなかったはずだ。何があれば竜王がこんなモノになる!?」


 ディーンはさらに問い詰める。

 しかしラグナはそれ以上答えようとはしなかった。前面の風景の隅で、落下した巨石鳥が起き上がっているのが見えたからだった。


「悪いがここからは、お前を気遣う余裕がない。身体をぶつけたり、変な所を触ったりすんなよ」

「え? あ、ああ……」


 ディーンが忠告を受けて備える前に、グリオスは疾風の如き速さで巨石鳥に飛びかかり、左腕の盾で殴りつけた。

 巨石鳥を弾き飛ばす衝撃は中にも伝わり、大きく体勢を崩したディーンは壁面に背中をぶつけてしまった。


「痛っ!?」

「あー、そのままそこにもたれてたほうがいいぞ」


 余裕がないと言いつつもラグナはしっかりとディーンを気遣うが、意識はしっかりと目の前の敵にあった。

 グリオスの左腕の盾から刀を引き抜き右手に持たせると、身体をふらつかせている巨石鳥に斬りかかった。

 切先が巨石鳥の胴を捕らえ、石の羽毛がいくつか飛び散った。だがその下の皮と肉にはろくな打撃にはならない。

 流石に硬いが、そんなことは織り込み済みだった。


「竜炎刃(りゅうえんじん)」


 ラグナがグリオスに命令を下す。グリオスの“心臓”に蓄えられた膨大な魔力が、右腕を伝って刀に流し込まれると、灼熱の炎へと変換されて刃を赤熱させた。

 再び刀が振り下ろされる。今度は鉱物の羽は刃が触れたそばからドロドロに溶け、その下の肉や骨は焼け焦げて炭になりながら深々と焼き切られていき、巨石鳥の身体はあっさりと両断された。

 分断された鳥の上半身が落下し下半身が倒れると、その振動が辺り一面を揺らした。


「まず一羽」


 姿形を変えながらも帰還したヅスカの王による、この地の空を犯した者達への裁定の始まりだった。

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