魔鳥が来る
それからしばらくは、とりたてて何も起きなかった。
狸を魔獣と勘違いしてしまった新人隊員が大騒ぎしてしまったり、死骸の惨さに吐いた隊員が昼飯の弁当に入っていた肉を食えなかったり、ディーンの頭の中にラグナという男の事がちらついて集中力が乱れ、ヤナクに何度も注意されたり、その程度の事しかなかった。
やがて太陽が西の山脈の向こうへと隠れはじめた。
ふと、ディーンはここからは南東側にある御山を見る。常日頃やかましく飛び回っている連中の姿が、昼前より少ないと感じた。
もう夕刻から夜になる。巨石鳥も山肌にある巣に戻ったのだろうか。疑問に思いながら、視線を右へ左へと動かしてみる。
「どうした、ディーン」
やや後方からヤナクに声をかけられたディーンは振り返り「いえ、別に」と言おうとした、その時だった。
御山とは反対側、西側の山脈側の空に、その影を見つけた。
「……いた!?」
その呟きを聞いてヤナクは、ディーンの視線の先にある巨石鳥の姿に気づく。
「こっちに来る?」
翼を広げ滑空するその姿はだんだんと大きくなっていくが、それだけではない。その双眸が、ヤナク隊を見ているような気がした。
こちらを狙って高度を下げている。そう認識した瞬間、ヤナクが絶叫する。
「伏せろ!」
討伐隊員は巨石鳥に気付いているかいないかに関わらず、そのほとんどが反射的に身を屈めた。
その直後、大きいという言葉では不十分なほどの巨体の鳥が、ヤナク隊の頭上を横切る。
巨石鳥が飛ぶのは林の木々をかすめるほどの高さではあったが、巨石鳥がこれほど人間に近付いたことはない。
人間の大人の身長の十倍ほどはありそうな全長の鳥が高速で飛び去ったのだ。
凄まじい爆風が発生し、何人かは軽く吹き飛ばされ、木や地面に身体を打ちつけてしまう。
巨石鳥は再び高度を上げると、上空を旋回し始めた。
その隙にヤナク隊はみな林や牧場の建物に身を隠す。
「死臭に釣られたか? それとも奴らついに、人間に手を出すようになったのか?」
冷や汗を垂らしながらヤナクが呟く。巨石鳥が時折山地で獣を相手に狩りらしきことをしている事は知っていた。だがその獲物として人や家畜が襲われた例は知らない。
ひとまずは仲間達が無事であることに安堵するも、気は抜けない。
だが、巨石鳥から受けたかつてないプレッシャーに耐え続ける事は、ヤナクにもできなかった。他愛ない話をして、精神の均衡を保とうとする。
「それにしてもよく気づいたな」
「はっ?」
目は巨石鳥を追ったままヤナクがそんな事を言うので、ディーンは目を丸くする。
「さっきお前がいち早くアレに気付いてなければ俺の警告も遅れた。そうなれば流石に危なかっただろうな。お前はこういう感覚は優れているんだよな」
これは褒めているのだろうが、これまでの説教でも上げて落とすパターンはあったから素直に受け取れず、ディーンは「はあ」とだけ答える。
「でもそういう時は、何を見つけたとか、何をした方がいいとか、とっさに言った方がいいな」
「やっぱり説教じゃないですか」
「こういうのはアドバイスと言うんだ」
ディーンは苦笑し、ヤナクはニッと笑い緊張を解いたがそれも一瞬のことで、注意はすぐに巨石鳥に戻った。
巨石鳥は上空で何度か円を描いたがそれっきり下へは降りてこない。
何かを探しているのか、とディーンは思うが、鳥の習性には詳しくなく、あくまで勘でしかない。
やがてその行動にも飽きたのか、巨石鳥はヤナク隊の頭上を離れていった。
だが巨石鳥は置き土産を忘れていなかった。
やれやれ一安心と、隊員達が物陰から出ようとする、その瞬間――。
「駄目だ、下がって!」
それに気付いたディーンが叫ぶ。
おいおい何事だよリューキシくん、と思う間もなく、ある隊員の目の前に、ドスンと何かが落下し足元の地面に突き刺さった。
「何だぁ!?」
腰を抜かす彼の目の前あったのは、人間ほどの大きさの岩のようなものだが、それは岩ではない。
「奴の羽根だ」
「羽根? これが!?」
羽根という言葉とは裏腹に、それは羽毛の持つ柔らかさなどは一切なく、ただ堅さと重さのみを感じさせる質感をもつ岩塊以外の何物にも見えない。
身体を岩石の鎧で覆った巨大な身体を持つ鳥、ゆえに巨石鳥。単純だがこれ以上にあの魔鳥を指すのにふさわしい名前はあるまい。
ヤナク隊が普段相手にしている剣鹿などとは格が違う危険な鳥。あんなものと戦闘になったらヤナク隊では打つ手はないだろう。
ひとまず飛び去ってくれて助かったと言いたいが、その後に目に飛び込んできた光景のせいで、安堵することはできなかった。
巨石鳥どもが御山の頂を離れ、ヅスカのあちこちで同じように飛び回っているのが見えたのだ。
この国で一番大きな町、ヅスカの街の上空でも、数羽の巨石鳥が街の上空を旋回し、時折挑発的な急降下と急上昇を繰り返していた。
一方で幾つか光点が街から天に向かって昇っていき、中空で弾けている。
恐らくは街の防衛のために配備された火砲のものだろう。
さらに街の一角には火の手も見える。
「まさか、戦闘になっているのか!?」
大物の魔獣が街を襲う光景など、長い間忘れかけていた光景であり、ヤナク隊を戦慄させるには十分だった。
皆かけあう言葉もなく息を呑み、身体を凍りつかせている。
だがさすがに討伐隊、硬直している時間は短かった。
ヤナクは彼らの表情をひとしきり確認した後、力強くかつ簡潔に命令を告げた。
「街に戻る。急げ!」
+ + +
竜王に守られることで栄えてきたヅスカだが、竜王の消失という事態に面して、無策だったわけではない。
竜王に代わる盾を必要とした街は、討伐隊の増強と、街の囲郭都市化を中心とした防衛力強化を推し進める。
その中で導入されたのが火砲とかいう新兵器で、魔獣の群れや巨獣相手に有効だと期待され、防衛の主力装備として配備されていた。
そして今、望楼では火砲隊が上空を含めた周囲の警戒を行っていた。
彼らは巨石鳥が御山に居着いて以降、他の部隊以上に緊張感を持っていたが、この日は一段と緊迫していた。
巨石鳥がいつも以上に喧しく飛び回り、ついに襲撃かと色めき立つ。
そして緊張が張り詰めたまま日没が近づいた時、事態は動いた。
当初は、巨石鳥たちは周回飛行に飽きて御山へと帰り始めたように見えた。
「このまま巣に戻って大人しくして欲しいぜ」
「いやどうせなら国の外へ消えてくれればいいのによ」
緊張が限界に近付いていた火砲隊員が呟く。
だが巨石鳥は高度を上げる気配がない。奴らが目指す先は御山ではないらしい。
ではどこに? そのことに気付くと、火砲隊員は戦慄した。
「奴め、こっちに向かって来るぞ!」
急いで火砲の照準が巨石鳥に向けられるものの、砲弾が放たれる前に巨石鳥が望楼をかすめ、爆風と岩の羽毛をお見舞いしていった。
それが一度で済めば良かったのだが、更に二羽の巨石鳥が続き同じことを繰り返す。ただそれだけで爆風が窓を割り、岩塊が建物の屋根を突き破っていては、街を襲われているのにも等しい。
「よくも俺たちの町を!」
「野郎! ブチこんでやれッ!」
討伐隊員達の恐怖と怒りが高まり、火砲による攻撃が開始された。
だがまともに命中せず、花火の如く飛び散って飛礫をまき散らしす対空用の散弾も投入されたが、大したダメージにはなりはしなかった。
「この、クソ鳥公がッ!」
それでも攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
巨石鳥はしばらくは攻撃を無視していたが、やぶれかぶれの砲弾が一羽の身体にまぐれ当たりすると、堪忍袋の緒が切れた。
被弾した巨石鳥は街の上でその大きな翼を広げた。次の瞬間、無数の岩塊が弾丸となって、城壁や街に、そして応戦していた討伐隊員達の頭上に降りかかる。
「やべェ、逃げ――」
直後にはその一帯は火砲隊員の悲鳴ごと土煙に飲み込まれた。




