竜騎士になりたくて
国境の近くの山地の森に舞い降りると、青竜がシャロの姿に戻っていく。
「うーん、やっぱりもとの竜の身体のほうが窮屈じゃなくっていいや。ディーンはだいじょうぶ? 巻き添えでどこか痛めてない?」
「ああ、俺はどこも……」
ただし「身体は」という条件が付く。
ディーンはずっと呆然とした面持ちだったが、それはシャロの正体への驚きのためではない。
シャロが竜に変わっていく際に見せた半人半竜の姿が美しく幻惑されていた。
そして同時にその姿はお姫様とよく似ていたから、しばらくの間、驚きのあまり言葉を失っていたのだった。
沈黙に支配されるのを嫌がって、シャロのほうが切り出した。
「見た通り、ボクは竜だ。元々は御山に住まう竜王グリオスの眷属だよ」
御山の竜と聞くと、ヅスカの人間として当然の疑問が湧く。
「御山の竜はどうして姿を消したんだ?」
「それは、わからない。ボクはよそに預けられてて、その間のことだったから……」
シャロは目を伏せ、先ほどまでの無邪気だった表情が憂いを帯びた。
「ただ、噂で白い竜のことを聞いてね。竜王様かもって、確かめに帰って来たんだ。それにボクと同じように竜王様に会いに来る友達もいるかもしれなかったし」
そう話すシャロの声はだんだん小さくなっていった。
「みんな、また会えると思ったのになぁ……」
ディーンは不覚かつ不謹慎にもそのシャロの顔に魅入ってしまった。
しかし、その後にシャロが口にした言葉には反応せざるを得なかった。
「ほんとどこに行っちゃったんだろ。みんなも、ラグナも」
「ラグナだって?」
「うん。ボクの友達――というより父様の友達かな。知ってるの?」
「そういう名前の人は。顔に横一文字の傷のある、凄腕の戦士だった」
「戦士ぃ? そんな勇ましい子じゃないはずだよ。名前だけ同じ子かな?」
シャロはしばし考えこむ。
「ねえ、キミがそのラグナに会ったのっていつ?」
「この間の戦いの時だ」
「ああ、たくさんの魔獣と巨石鳥に襲われたっていう?」
そうだ、とディーンは頷いた。
「じゃあさ、そのラグナって、白い竜と一緒だった?」
「何でそんなこと知って――」
「一緒だったんだ?」
「ああ。でも、どっちももうヅスカにはいないよ。西の山を越えてったって」
「そっか……」
シャロは西の空に目を移した。
「竜王様とラグナはここで待ってても帰ってこないだろうから、追いかけるよ」
「ちょっと待って!」
ディーンは思わずシャロの手を取って引き留めた。
「どうしたの?」
「えっと、えーっと……」
口ごもり、その後の言葉が紡げない。そうだ、あれを見せればと胸に手をやるが、いつも身に着けているはずのそれがない。
「ちょっと待ってて!」
いきなりシャロに背を向けて、街へ向かって駆け出す。
「俺が戻るまで行かないで!」
「う、うん……」
シャロの目が点になった。
「元気な子だなあ……」
+
ディーンが戻って来た時には、日は傾き始めていた。
「ご、ごめんっ! 待たせて……」
「ううん。いったい何をしに行ってたの?」
「こ、これを取りに……」
差し出したのはディーンの竜晶と竜鱗のロケットだった。
「これって……」
シャロが目を丸くした。
「変なことを言うけどさ。シャロがラグナ達を追いかけるの、俺も一緒じゃダメかな?」
「えっ?」
「これ、昔会った竜にもらったんだ。それも、シャロみたいに人の姿をした竜に。俺はその竜をお姫さまって呼んでたんだけど……」
ディーンが懐かしむように話すのを、シャロは神妙な面持ちで聞いていた。
「お姫様は同時に一つ約束してくれたんだ。またヅスカに竜が現れた時に、その竜が困っていたら助けてくれって。そしたら俺を竜騎士にしてくれるって」
「でもボクは竜騎士は募集してないよ?」
「わかってるよ……」
ディーンが少し残念そうな顔をした。
「俺はさ、子供の頃からその約束を叶えたくって、自分を鍛えてきた。でも、竜からすれば全然だろ? 今回だって前回だって、グリオスやシャロの助けがなきゃ俺はとっくに死んでた。だから、姫様との約束なんて……」
「そっか。つまりお姫様のためにもっと強くなりたいから、ディーンは竜のボクと一緒に旅すれば修行になるって考えたんだ」
「……ああ」
いや違う、そうじゃない。
実際はもっとはっきりと聞きたい。「あなたはお姫様ですか」と。
しかし、もしシャロがお姫様だったとして、竜騎士なんておこがましいと切り捨てられるのが怖い。
それでいてこのままシャロに行ってほしくないから、こんな回りくどい提案になる。
「ダメ……か?」
ディーンは捨てられた子犬のような、すがるような顔をしていた。
「旅は道連れっていう言葉もあるそうじゃないか。ボクだって一緒に旅する人がいたら助かるし楽しいだろうけどさ」
シャロがそう答えるとディーンの顔が明るくなった。
「けどさ、キミは討伐隊なんでしょ。それに家族だっているでしょ。大丈夫なの?」
「隊ならやめてきた」
「……はい?」
+
少し時をさかのぼる。
御山の巨石鳥は青竜に倒されたものの、ディーンの姿が見えず、討伐隊はその捜索を行っていた。
「隊長っ!」
そんなところにひょっこりと、見当違いの方向からディーンは現れた。
「ディーン! 無事だったか!」
「心配かけやがって! どこに居やがったんだお前?」
「あの青い竜に助けられたのか?」
矢継ぎ早に仲間達が質問をしてくるが、それを無視してヤナクに歩み寄ると、
「すんません、これを!」
と、汚い字の書かれた紙を差し出す。
【退職届 ヤナク隊・ディーン=サットン 理由:竜騎士になるため】
一同唖然、ヤナクは頭を抱えた。
先日見直したはずのこの青年は相変わらずの問題児、いや、もっと酷くなっている。
「じゃあ、そういうことでお願いします!」
「こんなもん、受理されるわけがねえだろ……って、待て!?」
ヤナクが制止するものの、ディーンはそれ振り切り、爆風のように走り去っていった。
そのままの勢いでディーンは実家へ向かい、乱暴にドアを開けて中に飛び込んだ。
在宅中だったライサは、最初は夫が帰って来たものと思ったが、息を切らした弟だった。
「おかえりー、って、なんだディーンか。どうしたの?」
「姉ちゃん、ロケットは!?」
ディーンは息も整わないうちに喚いた。
「ああ、それならあいつがすぐに直してくれたけど」
ライサが指さしたテーブルの上にあったロケットを、ディーンは引っ掴んで首にかけた。
「どうせまた明日か明後日に街には行くから、その時に届けてあげるのに」
「そんなにゆっくりとしてられないんだよ。人を待たせてるんだ!」
「は? どゆこと? ちょっと落ち着きなさい?」
「姉ちゃん、俺、国を出る。竜騎士になるために旅に出て修行する」
「はあぁっ? ちょ、いきなり何を?」
唖然としっつ、ディーンは前にもこんなことを言って家族を困らせたことを思い出す。
「まああんたはもう家を出てるんだし、自分のことは自分で決めればいいとは思うけど、でもいくらなんでも――」
その姉の言葉を許しと思い、最後まで話を聞かずにディーンは家を飛び出していった。
「じゃあそういうことで! 義兄さんには姉ちゃんから言っといて!」
+
「ってことで」
「いやいやいやいや……いいの? なんていうか、キミも向こう見ずっていうか……」
人間の事情に疎いシャロでも思わず突っ込んでしまった。
「そういうわけだから、俺も一緒に――」
「いや、ダメだよ」
シャロがきっぱり言うと、ディーンはあからさまに落胆した。
「とりあえず今日は帰ろうね?」
「そうか。そうだよな……さすがに迷惑だよな……」
「違う違う。連れてかないってわけじゃないよ」
「えっ?」
「だってキミ、ろくに旅支度もできてないじゃないか」
シャロの言う通り、ディーンの持ち物は朝方支給された武具にロケットが加わっただけだった。
「だから準備が整うまでは旅はお預け。それに周りの人たちにも、ちゃんと話をつけないとだめだよ?」
こう言ってもディーンは少し不安そうだった。
そこでシャロはディーンに顔を寄せると、
「だいじょうぶ、今度は置いてかないで、ちゃんと待っててあげるから」
と優しく微笑んだ。
その言葉にディーンの顔が晴れた。感情の乱高下が凄まじい。
「よかった……。ありがとう」
ディーンはほっと胸を撫で下ろし、シャロは顔をほころばせた。
しかしシャロは本心の一端を隠していた。
(まいったな。ディーン、キミは健気すぎるよ)
ディーンの無邪気な夢が、シャロにはとてつもなく重くのしかかるように感じて、
「あんな気まぐれの約束、忘れてくれてたほうがよかったのに」
と、思いが口に出てしまった。
「何か言った?」
「ううん、なんでも」
シャロの笑いながらのごまかしに、ディーンは「そっか」と返しただけで、シャロの心中を知る由もなかった。
(でもこれも、ボクのまいた種か。ならちゃんとボクが面倒を見よう。キミを竜王グリオスの騎士にしてみせるよ)




