青が舞う
シャロの見せた意外な表情に見とれる間も驚く間もなく、二人の視線の先から、激しい敵意をディーンに向けて、巨体を引きずりながら巨石鳥が現れた。
巨石鳥は獲物に追いつくや否や、翼を掲げてディーンに向けた。
「シャロ、下がれ!」
岩の弾丸が来ると察したディーンは、シャロの前に出たはずだった。
しかし、次の瞬間には、シャロのほうがディーンを背にして立っていた。
「シャロッ!?」
「大丈夫だよ」
(大丈夫なもんかよ! くそっ、駄目だ!)
とっさに庇いなおそうとするものの、ディーンが想像した一瞬先の未来は、著しく暗いものだった。
だがその幻像は粉々に砕かれる。
ディーンの危惧をよそにシャロは咄嗟に掌を巨石鳥に向けてかざした。
するとシャロの掌から雷をまとう火炎がほとばしり、巨石鳥の顔面を直撃してのけ反らせると、岩の弾丸はあらぬ方向へと飛んで行った。
「ね?」
「シャロ、魔法使いだったのか……?」
シャロが口訣もなしに強力な魔法を撃ってみせるような高位の魔導士であるとは、最初の印象からはとても信じられず、ディーンが呆気にとられているのは無理もなかった。
シャロは傲然とドヤ顔を見せつつも、その間にも魔法を連発していく。
次々に巨石鳥に火炎弾が襲い掛かり、巨石鳥は呻いた。
しかしながら、それは苦痛というより鬱陶しがっての呻きであり、
「うーん。もう一押し足りないなあ」
とシャロが呟く通り、巨石鳥を仕留めるほどのダメージは与えていない。
「やっぱりこの姿じゃ魔力も抑えられちゃうか」
ほんのしばらく思案した後、シャロはひとつ提案をしてきたが、その内容にディーンは困惑した。
「ディーン、ここから先のことは内緒にしてくれるかな?」
「は? いきなり何を?」
「ボク、これからちょっと着替えるからさぁ」
「こんな時に何を言ってるんだ?」
「えっと。ヒトの姿だと、ボクの使える力も限定されちゃうんだよ。だから――」
話している間に魔法の攻撃の手が緩んでしまい、その瞬間に巨石鳥が突進してきた。
ただし巨石鳥の怒りの対象はディーンからシャロに変わっていた。
「避けろっ!」
「ほっ、と!」
シャロは後方に飛び退いてかわした。華麗な身のこなしで、思わず見とれてしまうほどだった。
しかし直後にディーンは青ざめる。退いた先は崖、シャロの下には足場がなかった。
(落ちる!?)
ディーンは咄嗟に空中のシャロに手を伸ばし、右手はシャロの左腕を、左手は崖上から延びる蔓をがっちりとつかんだ。
「ディーン? どうしたの?」
シャロはまったくもって意外だと言わんばかりにきょとんとしていた。
「どうしたもこうしたもないだろうっ! あのままじゃシャロは……」
「あ、そっかー。ボクが落ちちゃうと思って」
ディーンの必死な形相に押されて、シャロは自分の置かれた状況を理解した。
「でもボクはだいじょうぶだし、構ってくれないほうがよかったかな。じゃないとキミが……」
「俺の事より、自分の心配しろよっ!」
「うん。だからディーンも自分の事心配したほうがよかったよ」
その時、二人の頭上からズウン、と地響きの音が聞こえてきた。サーッとディーンの血の気が引いていく。
次の瞬間、崖上から巨石鳥が隻眼の顔を出し、二人を睨んできた。
しかしディーンにはどうにかできる状況になかった。両手は塞がり、どちらかの手を離せば、少なくとも片方が奈落の底に落ちる。
そんな二人を嘲笑うかのように、巨石鳥がディーンに爪を伸ばしてきた。
しかしシャロは、
「ディーン、手を放して」
などと非常識なことを言ってきて、ディーンを混乱させる。
「馬鹿言え! そんなことすればシャロが!」
「しかたないなー。よっと」
説明の暇はないとばかりにシャロが実力行使に出て、右の掌から火炎弾を放ち、ディーンが左手で掴む蔓を焼き切った。
支えるものがなくなり、二人は真っ逆さまに崖下に向かって落下していく。
さすがにもう一巻の終わりか。これまで死にそうな時には何度も助けが入って生き延びてきたが、さすがにこれ以上はないだろう。
視線の先の少女のことを思う。この子のことを呪えばいいのか、助けられないことを謝ればいいのか。
しかしシャロはディーンの気をよそにほほ笑んだ。
「だいじょうぶ。ボクはキミを死なせないよ」
(いや、死ぬ間際の気休めなんていらないから)
ディーンが諦めの境地に達したその刹那である。
「――フェノメノン」
シャロの身体が青白い光に包まれた。
「あ、ああああっ!?」
光の壁の向こうで起こる不可思議な現象に、ディーンは驚愕した。
青い燐光色の中で、シャロの身体に変化が生じた。
まずシャロのドレスが身体に張り付いていき、グラマーというには足りないが、子供と呼ぶには発展しすぎている少女の身体のラインが露わになっていく。
そしてそれは鱗状に変化し、肌をさらけ出していた肩や太腿、そしてさらに手足や首筋にまで広がって覆っていく。
加えて後頭部や背中が膨れ上がったかと思うと、そこから角や鰭、翼や尻尾が生えていく。
「そんな、まさか……?」
ディーンは動揺を隠せなかった。その一瞬に見たシャロの姿が、記憶の扉を叩く。
しかしまだ変化は終わらない。
今度はシャロの体型が変化し、更にはシャロの身体が見る見るうちに大きくなっていき、まったく別の生き物の姿に変形していく。
気がついた時には、ディーンは青い巨竜の腕に抱かれていた。
+
「団長、あれをっ!!」
ディーンと巨石鳥を追っていた討伐隊の全員が、青竜の存在に即座に気づいた。
「巨竜? 今度は青い竜かっ?」
「今度のは、ちゃんとした竜の姿ですね」
「グリオスじゃないな。しかし……」
「すっげぇ……。初めて見るがかっけぇぜ、やっぱ」
青い以外は竜王グリオスに似た勇ましい姿に皆が見とれてしまうが、さすがにそれは指揮官にたしなめられる。
「ディーンの飛ばされたあたりだな。奴は無事なのか?」
「だといいんですが……」
「それにしても、白い巨人竜に青い巨竜。どっちもディーンのところに現れたのか」
「まさかリューキシくんが引き寄せているなんてことは」
「ハハッ、さすがにねーだろ」
青竜の姿が彼らの心に安心と下らない冗談を言い合う余裕を与えていた。
+
青竜は大いなる翼を広げて、巨石鳥の正面に浮遊していた。
「マジかよ……」
呆然としながらディーンが青竜の掌から頭上を見上げると、青竜がその黄金色の目で見つめ返してきた。
その眼差しは、ディーンをどぎまぎさせたシャロのものと、大きさ以外は変わりはなかった。
「シャロ、君は……」
ディーンの呟きに青竜が答える間もなく、眼前で巨石鳥が吼えた。
自分に苦痛を与えた虫けらと、自分達魔獣の天敵。
それらを目の前にして、巨石鳥の怒りを頂点にまで沸き上がらせ、残り少ない岩の弾丸をありったけ発射してきた。
しかしただの一発たりとも青竜とディーンに届くことはなかった。
「無駄だよ」
青竜は手を掲げも呪文を唱えもせず、ただ念じただけだったが、それだけで角から発した雷が岩の弾丸を撃ち落としていく。
そればかりか、逆に雷と火炎が巨石鳥の全身を穿っていくと、巨石鳥の身体は崩れ落ち、地に這いつくばった。
「さて、もてあそぶ趣味はないからね。一気に決めるよ」
青竜は魔鳥を見下ろして精神を集中させていく。
「――バーストマイン・シュートアウト」
ディーンを抱く手はそのままに唱えられた言霊により、青竜の喉元に魔力が集まっていく。
「キミも瘴気に捕らわれなければ、嗜虐と憎悪に駆られる魔鳥になどならなかったろうに……」
青竜は巨石鳥に一瞬だけ憐憫の眼差しを向けたが、直後には裁定者の鋭い目つきに変わった。
「竜王グリオスに代わって、ボクがキミを空に還してあげるよ」
青竜が口を大きく開け放ち、咆哮をあげた。猛り声の代わりに途方もない熱量が放出される。
灼熱は光線となって巨石鳥の全身を飲み込むと、醜く膨れ上がらせ、しまいには爆散、消滅させた。
青竜は自分の宣言通りの結果が導き出されたことを確認すると、ディーンを抱いたまま、御山の麓から飛び去っていった。




