青の少女シャロ
激しい衝撃によってディーンの意識は吹き飛びかけた。
しかし、激しい痛みとうめく声が、意識を現実に押しとどめた。
ディーンは自分に一撃をくれ、腹の上に跨る少女に目を向けた。
「うぅ。もう、なんだよぉ~。なんでボクの下にいるんだよ~」
少女は右手で頭を押さえて毒づく。が、文句を言いたいのはこっちのほうだ。
「ぶつかっておいて何だはないだろう。あー痛い。死ぬかと思った」
「そんなの、どいてって言ったのにどかなかったキミが悪いんだぞ」
「そうは言うけど、俺がいなきゃ地面にたたきつけられてたぞ」
「これくらいの高さは大丈夫だよ。おせっかいさんだなぁ」
少女はディーンの目を見て悪戯っぽく笑い、ディーンの上から飛び退いた。
嘆息しながら立ち上がって、改めてディーンは少女に目を向けた。
年の頃はディーンより少し下の十代半ばくらいだろうか。
印象的なのは彼女の髪と、身にまとう衣服の湛える、空を思わせる青い輝きだった。
「どうかした?」
ジロジロ見てしまったためか、少女が首をかしげて聞いてくる。
ディーンを見つめ返してきた少女の黄金色の瞳は、神秘的な美しさがあり、ディーンをドギマギさせた。
「大丈夫? どこか痛めたの?」
「なっ、なんでもない」
ディーンはひとまず乱れた心を落ち着かせる。
しかし、その直後少女が見せた行動に、ディーンは呆然とするほかなかった。
巨石鳥の存在もあり祠周辺は長く立ち入り禁止だったが、今では討伐隊の警備のもとでという条件付きで参詣が認められていた。
そして祠の前に祭壇が設けられ、竜王への供物が捧げられていたのだが……。
「何やってんだ……?」
「ちょっとお腹すいてんだ」
少女は祭壇に歩み寄ると、おもむろに手を伸ばし、供物にかじりついていた。
しかも果物や野菜、チーズなどが並ぶ中で、それらを無視して魔獣の生肉を。
「腹が減っても、そりゃ駄目だ!」
「えー? おいしいよ? 血を抜きすぎててちょーっと味気ないけど」
「おいしいとかそういうんじゃなくて!」
少女の非常識さに呆れつつ苛立って、ディーンは少女から魔獣肉を奪い取って祭壇に戻すと、少女の頬を弱めにつねった。
「そんなの口にしちゃだめ! ペーッってしなさい、ペーッって!」
「なんだい。キミはボクの父様か?」
「魔獣肉は人の食うもんじゃないっ! 魔獣肉は人間には毒だ!」
「大丈夫。ボクお腹丈夫だから」
「お腹がどうでも食うな! 第一それは竜へのお供え物だ!」
「お供え物?」
少女は少し考える素振りをした。
「じゃあ問題ないんだねー」
「駄目だっての」
「ケチ」
「ケチじゃない」
「いいじゃんこのまま置いてたって腐るんだから。有効利用」
「よくないっての!」
二人の子供じみたやり取りが祠の周辺に響く。
その声を聞いたのだろう。何事かと、ヤナク達がゾロゾロとやってきた。
「ってディーン、お前本当に何をしてんだ?」
仲間たちは目を点にしていた。
彼らの視線の先には、密着して取っ組みあっている、ディーンと見知らぬ少女の姿があった。
角度によっては抱き合っているようにも見えたかもしれない。
「何って、これはその?」
「任務中に逢引きか? リューキシくんが、別の意味で隊の問題児に……」
「違いますってば!」
慌てて少女から手を放し、一・二歩距離をとる。
「この子誰?」
ヤナクが聞くが、「さあ?」としか答えようがない。
逆にディーンが尋ねても、これも「さあ?」としか返ってこない。
一同は顔を見合わせた後、一緒に少女に視線を移した。
「で、君、誰?」
「ボクはシャロだよ」
「えっと、シャロ? こんなところで何をしていたんだ?」
「噂を聞いたんだよ。白くて大きくて強い竜が現れたって。でもそれっぽいの見えなくて残念」
やっぱり物見に来るような人間が出たか、とヤナクは頭を抱えた。
「どこに魔獣がいるか分からないんだから、一人でこんな所に入ってきちゃ――」
ディーンが諭そうとした時である。にわかに上が騒がしくなり、調査班の伝令が斜面を転がり落ちるように降りてきた。
部外者のシャロを除いて、その場の討伐隊員が伝令に駆け寄った。
「何事だ!?」
「は、はい、いました、一羽……!」
息切れをした伝令の途切れ途切れの報告を聞くと、ヤナクの顔が強張る。
「こちらの被害は?」
「出ていません。向こうには見つかっていないかと」
「そうか。何人か街に走ってくれ。援軍要請だ」
「ハッ!」
ヤナクの指示を受けた数人が、街を目指して石段を駆け下りていった。
「どうかしたの?」
「ああ、実は……って」
ディーンは隊で共有した情報の一部を話すつもりでシャロに向き直ったのだが、シャロはまた何かついばんでいた。
「今度は何を食ってんだ」
シャロはヤナク隊が昼食向けに運び込んだ弁当を、一つ勝手に分捕って貪っていた。
「魔獣肉はダメなんでしょ? だからこれもらっちゃった」
シャロはぐいっと顔をディーンに近づけると
「痛かったんだよ?」
と、後頭部を指さして言った。
ディーンが投げた棒切れが当たったらしい。少し考えれば状況的におかしいのだが、ディーンはシャロの勢いに負けた。
「あ、ああ、ごめん。わかったよ、俺の分をやるよ……」
「にひっ。ありがと」
頭を抱えるディーンをよそにシャロは満面の笑みを浮かべると、大人の男一人前の飯をあっという間に平らげた。
その旺盛な食欲に、ディーンは正直少し引いた。
「で、何があったの?」
「どうやら巨石鳥の生き残りがいたらしい」
「巨石鳥って、あのおっきい鳥?」
「そうだ。見つかったのは一羽だけだけど、さすがに危険だから、御山一帯は討伐隊以外は立ち入り禁止になると思う」
「ふーん」
「というわけでさ、シャロも山を降りて家に帰ったほうがいい」
「うーん。帰れって言われても、ボクのおうち、あそこだし……」
シャロが指さしたのは、御山の頂だった。
「……おちょくってんのか」
「あ、ごめん、今のなし」
こんな時に下らない冗談を言うなんて、この子は不思議ちゃんか残念な子か。最近はよく変な奴に会うものだ。
「わかったよ。お仕事の邪魔をするわけにはいかないもんね」
シャロは納得した様子を見せると、黄金色の眼差しをディーンに向けてきて、再びディーンをドキッとさせた。
「じゃあね、お仕事頑張ってねー。それとディーン、ご飯わけてくれてありがと。全然足りなかったけど」
そう言い残してシャロは御山を降りて行った。
(なんか、嵐みたいな子だった)
シャロの後姿を見送りながら、ディーンは肩が軽くなった気がする一方で、何かひっかかりを感じた。
(あの子、誰かに似ている気がするんだよなあ。でも生肉をかじるような知り合いなんていないし……)
とりあえず気のせいだと思うことにした。




