竜の祠
ディーンは翌日には退院して討伐隊の寮に戻ったが、さらにその次の日には予備の武具を支給され、ヤナク隊として召集を受けた。
負傷者多数で人員不足に陥った討伐隊に、動ける者を休ませている余裕はないのである。
街ではそこかしこで慌ただしく動く人々の姿を目にした。至る所に破壊の跡があったが、討伐隊から民衆まで総出で復旧作業を行っていた。
街は平穏へ向かいつつあるようだ。
程なくして集合場所に近づいた時、不意に背中を強烈に叩かれ、身体を前に弾き飛ばされそうになった。
「痛ッ? 誰だ!」
「よっ、愚弟」
「姉ちゃん?」
苛立ちながら振り返った先にいたのは、六つ年上のディーンの姉、ライサだった。
ライサは弟の身体を嘗め回すように見た後、安心したように笑みを浮かべた。
「街が襲われたって聞いた時は心配だったけど、大丈夫そうじゃない」
「まあ、ぶっ倒れただけで済んだし」
「そうね。診療所で対面したのが死体じゃなくて、寝てるだけのあんたでよかったわ」
「見舞いに来てたのか」
「一度だけね」
姉と受け答えをしならが、ディーンはキョロキョロとあたりを見回した。
「あいつならいないわよ。あたしとは別んとこ回ってる」
「そっか。これ、義兄さんに直してもらえないかなって思ったんだけどなあ……」
ディーンが露骨に残念そうな顔をしながらロケットを手にする。
「いいわよ。あたしからあいつに頼んであげる」
その手からライサがロケットを受け取った。
「にしても、久しぶりに姉に会ってもニーサンニーサンと、あんたは相変わらずあいつが好きだこと」
「そりゃ、姉ちゃんと違って乱暴じゃないし。俺が竜騎士になりたいって言っても馬鹿にしないどころか、素直に応援してくれたからな」
ディーンが言うと、ライサはディーンを小突いてきた。
「やめてってば。姉ちゃんは力強いんだから結構痛いんだぞ」
「んー? 竜騎士君は農場の娘っ子より貧弱なのー?」
「娘って年恰好かよ」
さらに一発、ゴスッと追撃を受けた。
「痛いってば! 姉ちゃんまた馬鹿力が増してない? ったく、義兄さんはいったい姉ちゃんのどこがよくて結婚なんかしたんだ」
「何言ってんのよ。あいつが婿入りしてくれたから、あんたは家を出れたんでしょうが。それと引き換えにあたしは怪力女ですよ、ええ」
ライサは上着の裾をまくり上げ、同年代の同性と比べてはるかに逞しい腕を露出させている。
衣服で隠された脚や腹も似たようなもので、姉は恰幅がよく見える。
家業の農作業で自然と鍛えられたものだ。
「確かに、太ったね」
「フン」
口は災いの元でもう一発食らう。
「それより、姉ちゃんは何で街に? 配達?」
ライサの後ろには作物を満載した荷車があった。
「街も食物蔵が被害を受けたそうじゃない。それで食料を分けてくれって周辺の集落に要請が出て、総出で何往復もしてるのよ」
「大変だな。なんか、寝ててごめんなさいって感じだ」
「まあその分は今から頑張んなさいね、流星槍!」
「ちょっと待て。その呼び名は何さ?」
「えっ? みんなそういう話もしてるわよ。今回大活躍した討伐隊員がいるって」
ディーンとライサがそんなやり取りをしていると、周りの大人が騒ぎ出した。
「あんたがディーン?」
「巨石鳥を一羽仕留めたっていう、流星槍の!?」
「おおっ、竜騎士様の再来!」
自分の噂が広がっているとあの商人が言ったのは、嘘ではなかったらしい。
「ほら、いつの間にか有名人じゃん」
「勘弁してくれ」
ライサがからかってくるが、実態以上に持ち上げられるのには困惑しかない。
+
程なくしてヤナク隊の健在な面々が揃い、隊は目的地である御山へ出発した。
この日ヤナク隊に与えられた任務は、御山の禁足地の調査である。
巨石鳥は一掃されたはずだが、本当にここに残る魔獣はいないのか、確認のために足を踏み入れることになっていた。
街を出てしばらく歩くと、竜の像が両脇に置かれた参道の入り口に行き着く。そこから数百段はある石段を上ると小さな祠がある。
石段は討伐隊が過酷なトレーニングに利用するだけあって、登り切った時には数人の息が上がっていた。
「ったく、鍛え方が足らんぞ鍛え方が」
ヤナクが叱責するが、調査は全員の息が整うのを待って、しばらく時間がたってから始まった。
「ではこれからは予定通り、禁足地の調査を行う。副長の指揮で六つの班が山に入る。残り三つは俺と共に祠周辺で待機だ」
副長に率いられた調査班が禁足地へと分け入っていった。
ディーンは待機組に入れられ、歩哨に立たされる。
病み上がりであることを考慮してであるが、隊長の目の届かない所では活動させない、という先日の決定はまだ生きているようだ。
ディーンの目の前には泉があった。
御山降った雨が年月をかけて湧き出す、冷たく澄んだ水を湛えるその泉は、「鱗洗いの泉」と名前が付けられていた。
なんでも時折、御山の頂から降りてきた竜がここで身を清めるのだという。
もっともここで竜を見たものなどいはしなかった。
ディーンを除いては。
ディーンは見張りをしているふりをして、ずっと物思いにふけっていた。
「流星槍か……」
いつの間にかつけられていた自分のあだ名を呟く。
以前はリューキシくんなどと馬鹿にしておきながら、今は自分を持ち上げる人々の移り気などは気にしていない。
思いを巡らせるのは、そのあだ名の元になった戦いで自分が振るった力のことである。
自分にあれほどの力が宿っていたなんて、やはり考えられない。
(じゃなきゃお守りの加護かな。でもそれじゃあべこべだよ。竜を守るのに竜の力を借りることになっちゃう)
ふとした思い付きから、ディーンは足元に落ちていた棒切れを拾い上げ、誰もいない方向を見計って投げてみた。
棒切れはそれなりの勢いで飛んだものの、流星槍といわれるほどのものではなかった。
(やっぱりマグレだろ。お姫様に「騎士にしてください」なんてとても言えないよ)
しかし唐突に「うぎゃっ!?」というカエルが潰れたような短い悲鳴が聞こえた。
魔獣が現れたかと緊張しかけたが、邪悪な気配なはい。
だが聞き間違い、空耳の類ではなかった。
「キミ、そこ危ないっ!!」
少女の声がした。
危ないってことは自分に警告してるんだろう。しかしディーンの周囲にそれらしき姿はない。
「どいてくれないと、ぶつかっちゃうっ!」
声は頭上から響いてきた。
慌てて空を仰ぐと、一人の少女がディーンに向かって落下してきているのが見えた。
(何で空から?! ってか、どくったって?!)
退けば少女が地面にたたきつけられる。受け止めなければ。しかし構える暇はなかった。
「ふぐわぁっ?!」
直後にズガアァンと強烈な一撃。少女のタックル、というよりヒップアタックをもろに食らった。
その衝撃は、巨石鳥の一撃に匹敵したんじゃないか。ディーンはそう感じた。




