噂をすれど
しばらく思い巡らしていると、病室のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
生返事をしつつ、ロケットを首から下げようとする。しかしロケットは首から零れ落ち、床に転がってしまった。
ディーンは屈んでロケットに手を伸ばした時、それが自分以外の誰かの足元にあることに気がついた。
身なりが整った端正な若い男で、討伐隊員のような荒々しい野郎共とは正反対にいるような印象を受けた。
男はディーンより先にロケットを拾い上げ、ディーンに差し出した。
「こことここ、チェーンと留め具が壊れていますよ、ほら」
「ホントだ。やっぱりこの間の戦いで壊れたかな……。あ、どうも」
とってつけたように礼を言ってロケットを受け取ると、ディーンはそれを竜王の像の隣に置いた。
「ふむ、竜晶に竜鱗ですか。とてもいいものをお持ちのようだ」
中身を見られたことにディーンは少し慌てたが、男は続ける。
「特に竜晶! この小ささながら純度は高い。一体どこで手に入れたんです? 竜不在の今のヅスカでは希少でしょうに? もしや十年以上前の? それとも他所から買い求めた? でも買うにしても相当値が張りますよ。その一片で十倍以上の重さの黄金以上の価値がある。というか私も欲しいくらいだ」
男は興奮気味に早口で口調でまくし立てた。
お守りを褒められること自体は悪い気はしないのだが、金云々と挨拶もなくそんな話をする男に、ディーンは少し苛立った。
「って、あなた誰です?」
「私ですか、私はグウィン商会のロジェという者です」
「はあ、なんで商家の人が?」
「流星槍に興味がありましたので」
「りゅ、流星槍?」
「街で聞いた噂の一つです。流星の如く槍を放って巨鳥の目を抉った、若い勇士がいると」
明らかに自分のことだ。ディーンはロジェの話に目を丸くする。
対してロジェは、ディーンの困惑する様子を見て微笑んだ。
そんな二人の間に、ヤナクが呼んできた医者が後ろから割って入る。
「ひとまずそのあたりの話は、診察の後にして頂きたい」
「おっと、申し訳ありません」
ロジェは肩をすくめて医者の後ろへ引っ込んだ。
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診察と言っても簡単なもので、体調についてのいくつかの受け答えを、ディーンと医者が交わしただけだった。
「おそらくは極度の疲労によるものではないかな」
「疲労? 普段使ってない体の力を全開にしたから、とかそんな感じの?」
「ああ、そんなところだ。ひとまずは大丈夫だろうが、今日一日はじっくり休んでいたまえ」
あっさりと診察を終えて医者が後ろを振り向く。その先にはヤナクとロジェ、そしてもう一人、髭を蓄えた厳つい男がいた。
「では、ワシが彼と話をしても構わんか?」
「あまり長くならないのであれば」
医者がそう答えると、髭面はディーンの前へと歩み出た。
その男には見覚えがある。ヅスカ討伐隊のトップ、総団長のバンデラスだ。
「あの、一体何の用で? 俺、何かやらかしました? 覚えはありますけど」
「ハハハ! ヤナクから貴様の問題行動は何度も聞いておるが、貴様を叱りに来たのではないぞ」
「じゃあ何です?」
「ウム。実は聞きたいことがあってな。竜だか巨人だかわからぬ、アレのことなのだが……」
「ああ、グリオスのことですか」
ディーンがその名を口にした時、総団長と隊長の表情が驚愕や困惑に変わった。
「今、何と? グリオスと言ったかね?」
「えっ? はい。あれ?」
ディーンは助けを求めるようにヤナクに目を移した。
「あの男がそう言ったのか?」
「えっ?」
そういえばラグナがグリオスの名を出したのはコックピットの中だったか。
「フム、貴様があの巨人竜とラグナという男と最も接触しているという報告は確かだな。一番詳しい話を聞けるようだ」
「でも、何から話せば……」
「ひとまず貴様がラグナに救われたことと、戦闘終結後に離れた区画で倒れたことは聞いている」
ディーンは正直少し迷った。
詳しいと言われても、自分を翻弄した未知の情報のことを正確に伝えられるのか、そしてあの事実を軽々しく言っていいものなのか。
ただ、グリオスのことは自分だけの秘密にしておくには重すぎるとも感じた。
なのでたどたどしくではあるが、あの日見たことを順に話していった。
それらの内容をひとつひとつ話すたびに、総団長と隊長は驚いたり困惑したりと表情を変えた。
「フム、どういうことだ? さっぱりわからん」
「コックピット? 闘鶏がどうしたというんだ?」
「中で操っていた? 竜騎士は竜の背に乗るものだろう」
「その名前、竜王様にあやかってそう呼んでいるのか? 恐れ多い」
「というか人の形をした巨竜など」
二人は一通り話を聞いた後、ディーンそっちのけの話し合いに突入する。
一方ロジェは笑みを浮かべたり頷いたりと、違う反応を見せていた。
「はいはい、そこまでにしましょう。病室でああだこうだと騒いでいては、彼も休めませんよ。自分達だけの話なら、余所でやりましょう」
ロジェは手をポンポンと叩き、一同に退出を提案した。
「それもそうか。ウム、病み上がりのところをすまんな。養生してくれ」
総団長はそう言ってディーンの肩をポンと叩いてそそくさと退出した。
ロジェはすぐには出ていかず、ディーンに歩み寄って顔を寄せた。
「さて、私も今日はおいとましますが。あの竜晶なんですが、譲ってもらえません? 望みの額を出しますので」
冗談か本気なのか知らないが、ディーンには快い一言ではなく、ロジェをキッと睨んだ。
「やるわけがない。あれは俺がもらったものだ」
「ははっ。ですよねえ……」
ディーンの静かな怒りに、ロジェは尻尾を巻くように病室を後にした。
ただ、退室の際にロジェが一言呟いたのだが、それは周りには聞こえなかった。
「そうか。あのお方に会えたのか。羨ましいな」
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訪問者を見送た後、ディーンの身体に一気に疲れが押し寄せてきた。今日は医者の言う通り休んでいたほうがいいだろう。
「そうか。ラグナはあれっきり帰ってないのか……」
そうでなければ、巨人竜の正体を探るために自分に話を聞きには来ないだろう。もっとも当ては外れたらしいが。
ふと、窓の外に顔を向けた。
(今どこにいるんだ? ラグナもグリオスも、それに……)
魔鳥に侵されていた頃とは違って青く澄んだ静かな空を眺めながら、巨人竜や懐かしい存在に思いを巡らせた、その時である。
ディーンは視線の先、遥か高空に小さな影を見つけた。
それはまっすぐに、御山に向かって飛んでいるように見えた。
慌てて診療所の外を行く街の人々に目を移したが、見える範囲ではそれに気づいた様子はなかった。
寝すぎて寝ぼけたか。見間違いだろうか。
ただ、その影は青い輝きを湛えていた気がした。
それも、とても懐かしい青色を……。




