第63話 攻略会議と、甘い横槍
数日後の休日は、思っていたよりもきちんと休日の顔をしていた。
外は明るい。けれど、慌ただしいほどではない。窓の向こうから届く音も、平日みたいに先を急いでいない。部屋の中には、この前の外遊びで取った小さな景品が、もうかなり自然な顔で棚に収まっている。
それを見るたびに、ほんの少しだけゲームセンターの音が戻る。
アームが下りるところ。いずみ君が少し笑ったところ。私が横からあれこれ言って、結局ちゃんと落ちたところ。
その小さな記憶は、部屋の隅で、思っていたより静かに馴染んでいた。
だから、インターホンが鳴ったときも、私はその景品のほうへ少しだけ意識を向けたままだった。
「お、来たかな」
いずみ君がそう言って、玄関のほうへ向かう。
少しして、聞き慣れた落ち着いた声が部屋の中へ入ってきた。
「邪魔する」
鈴木だった。
「おう、いらっしゃい」
「ほんとに来たなw」
「この前のゲームを見せてもらう約束だっただろう」
「約束ってほどだったっけ?」
「俺の中では、わりとそうだった」
鈴木らしい真面目さだった。
ゲームを見に来る、というだけの用事にしては少し律儀で、それでいて本人は特に大げさなことをしているつもりがない。
その鈴木の端末から、すぐに勢いのある声が飛び出した。
「やっほー!」
「ゲームやるって聞いたら来るでしょ普通!」
美沙だった。
「美沙、声が大きい」
「休日でしょ? テンション上げてこ!」
「休日と声量は関係ない」
「あるある、気分的にある」
鈴木は早くも少し疲れたような声を出したけれど、強く止める感じではなかった。むしろ、こうなることはもう半分わかっていたような諦めが混ざっている。
「紗希さんもいるか?」
と、鈴木が言う。
「います」
「紗希ちー!」
美沙の声がすぐ跳ねる。
「今日もゲーム見るよね? 見るっしょ?」
「見ます」
「ただし、今日は落ち着いて見ます」
「その宣言、たぶん守れないやつじゃん」
「守ります」
いずみ君が横で笑った。
「今日はゲーム会っぽいな」
「ゲーム会というより、検証会だな」
鈴木が言う。
「この前の話を聞いてから少し気になっていた。資源管理と分岐があるなら、序盤設計が重要そうだ」
その言葉に、私の内側がすっと前を向いた。
序盤設計。
資源配分。
分岐。
とてもわかりやすい入口だった。
「鈴木さん」
「うん」
「その見方はかなりいいです」
「お、始まったw」
いずみ君が小さく笑う。
けれど、もう私は半歩ほど画面のほうへ意識を寄せていた。
*
ゲームが起動する。
前に少し触っただけのタイトル画面が、休日の昼の部屋にまた現れる。古いBGM。少し硬いメニュー。過剰に親切ではない項目名。何を見ればいいのか、初見だと少し迷うような画面。
鈴木はそれを見て、すぐに口を開いた。
「やはり最初の情報量が多いな」
「全体を理解してから動かすより、まず重要そうな数字を絞るべきか」
「はい」
「最初から全項目を追うと散ります」
「おそらく、序盤で見るべきなのは資源、信頼度、それから行動コストです」
「行動コストか」
「選択肢そのものの効果より、毎ターン何を諦めているかを見るほうがよさそうです」
「短期的に楽な選択肢ほど、後半に負債が残るタイプかもしれません」
鈴木が静かにうなずく。
「なるほど」
「なら序盤は防衛寄りにして、資源の流出を抑えるか」
「ただ、それだけだと展開が遅れるな」
「そうですね」
「勝ち筋を決めきるより、まず事故要因を減らしたほうがよさそうです」
「そのうえで、どこか一か所だけ伸ばす」
「一点伸ばしか」
「悪くない」
会話のテンポが、思っていたより合った。
鈴木は、雑に感覚で進めない。ひとつ選ぶ前に、その選択が何を生むか、何を捨てるかを考える。だから、こちらが整理したものをかなり自然に受け取ってくる。
私はそれに合わせて、もう少しだけ言葉を置く。
「このゲームは、たぶん“何を取るか”より“何を後回しにするか”のほうが効きます」
「それはわかる」
「全部を平均的に伸ばすと、たぶん中盤で何も足りなくなる」
「はい」
「中途半端に安全な選択が、いちばん危ない可能性があります」
いずみ君が、横からぽつりと言った。
「なんか二人とも真面目だなw」
「今は序盤方針を決めるところです」
「俺のゲームなんだけどな?」
「いずみ君の操作傾向も、すでに前提に入っています」
「入ってるならいいのか……?」
いずみ君は少し納得しかけて、すぐに自分で首を傾げるような声を出した。
「いや、いいのか?」
「よくないかもしれない」
鈴木が画面を見たまま言う。
「ただ、今はこの選択肢が重要だ」
「鈴木までw」
少し不憫そうだったけれど、本人も半分笑っている。
その横で、美沙が黙っているはずもなかった。
「ちょっと待って」
「うちもやれるんですけど!!」
声がぐっと前へ出る。
「美沙、今は整理しているところだ」
「だから入るんじゃん!」
「てか、そのビルド、理屈はきれいだけど実戦だと遅くない?」
鈴木の声が、ほんの少し止まった。
私も、そこで反応する。
「遅い、ですか」
「遅い」
美沙は即答した。
「安定はすると思うよ。でも序盤ずっと地味じゃん」
「いずみ、絶対途中で“これ何が面白いんだ?”ってなるって」
「俺の飽きやすさまで計算されてるw」
「されるでしょ。プレイヤーなんだから」
美沙は当然みたいに言う。
「数字だけ強くても、操作してる人間が乗らなかったら意味ないし」
その一言に、私は少しだけ止まる。
数字だけではない。
操作している人間のテンポ。
面白くなるまでの距離。
飽きる前に手応えが見えるかどうか。
それは、かなり実戦寄りの視点だった。
「では、美沙はどう進めますか」
「序盤はこっち」
「多少リスクあるけど、最初に動くものを増やす」
「見える変化を作る」
「そしたら、いずみが“お、なんか進んだ”ってなる」
「俺がめっちゃ単純な人みたいになってる」
「違うの?」
「否定しづらいなw」
美沙は続ける。
「そのあとで資源を戻す。最初から守りすぎるより、一回テンポ作ったほうがよくない?」
「事故ったら戻せばいいし、最初は面白い形見たほうが早いっしょ」
鈴木は、すぐには否定しなかった。
しばらく画面を見て、項目を追い、それから少しだけ声を落ち着かせる。
「……いや、今の指摘は一理ある」
「ほらー!」
「理屈だけだと展開が遅くなりすぎる可能性はある」
「このゲームの序盤が不親切なら、先に手応えを出すのは悪くない」
「でしょ!」
「うちもちゃんと見てるんですけど!」
美沙の声が、得意げに跳ねる。
私はそこで、少しだけ内側に妙な悔しさが生まれるのを感じた。
美沙の言い方は軽い。
けれど、軽いだけではない。
操作する人間の癖、テンポ、最初の満足感、実際に続けられるかどうか。そのあたりを、かなり自然に拾っている。
数字だけなら、私も見られる。
構造も整理できる。
けれど、今の美沙はそこからさらに一段、実際の場に落とす速さがあった。
「……なるほど」
「お?」
いずみ君がすぐ拾う。
「そこを見るんですね」
「かなり実戦寄りです」
「紗希?」
「ぐぬぬ」
「言ったw」
「紗希がぐぬぬって言ったw」
「今のは、出ました」
「素直w」
美沙がすかさず乗ってくる。
「え、今の負け認めた?」
「紗希ち、ちょっと負け認めたっしょ!」
「負けではありません」
「ただ、美沙の見方が思ったより鋭かっただけです」
「思ったよりって言った!」
「言いました」
「やったー!」
「勝利宣言が早いです」
「早くないし! 今うち、けっこう刺したし!」
鈴木が小さく息をつく。
「調子に乗るな」
「だって認められたじゃん」
「ゲームの話では、だ」
「それで十分!」
美沙の声は弾んでいる。
騒がしい。かなり騒がしい。
でも、その騒がしさの奥に、処理の速さと、自分の見方への自負がちゃんとある。
私はそこで、少しだけ引いた。
ゲーム攻略担当として張り合い続けることもできたかもしれない。
でも今は、それよりも、鈴木と美沙のやり取りそのものが少し気になった。
鈴木は理屈で詰める。
美沙は実戦感覚で崩す。
鈴木は美沙の勢いに呆れつつ、ゲームの話になると聞かざるを得ない。
美沙は、鈴木にちゃんと拾われると、さらに調子を上げて鋭く返す。
これは、思っていたより悪くない。
「ふふふ」
思わず、少し斜めの笑い方になった。
「お」
いずみ君が反応する。
「メタ担当っぽいの出たw」
「出たというより、観察に適した角度へ移っただけだよ」
「あ、だいぶ出てるw」
私は画面と、そこに重なる二人の声を聞きながら、言葉を続ける。
「なるほど、うまくやれているようだね」
「鈴木君と美沙、思ったより噛み合っているじゃないか」
「別に、そこまで大げさな話ではない」
鈴木がすぐ返す。
「え、うちら相性いいってこと?」
美沙はすぐ食いつく。
「ほら鈴木、聞いた? 相性いいって!」
「ゲームの話に限れば、だ」
「限れば、いただきましたー!」
「都合よく切り取るな」
「都合よく切り取れる素材をくれた鈴木が悪い」
「悪くない」
そのやり取りに、私はまた少し可笑しくなる。
「いいじゃないか」
「少なくとも、悪い組み合わせではなさそうだ」
「紗希が完全に観察側に回ってる」
いずみ君が言う。
「今は、そのほうが面白いので」
「俺は?」
「いずみ君?」
「俺の立ち位置は?」
「操作係です」
「美沙と同じこと言われた!」
「あと、いずみ君の反応は攻略方針の重要な検証材料です」
「俺、材料なんだ」
「かなり重要な材料です」
「重要ならいいのか……?」
いずみ君はまた微妙な声になった。
少し不憫だった。
でも、その不憫さまで含めて、部屋の空気は明るい。
ゲームは、その後も少し進んだ。
鈴木が理屈で案を出す。
私が構造を補足する。
美沙が実戦感覚で割り込む。
いずみ君が操作し、ときどき置いていかれる。
「この選択は、数字だけならかなり安定です」
「でも地味!」
「美沙、地味かどうかだけで判断するな」
「地味かどうか大事だって!」
「プレイヤーのテンション管理も攻略でしょ!」
「それは……否定できない」
「ほらまた認めた!」
「一部だ」
「一部でも勝ち!」
「勝敗の話ではない」
私はその応酬を聞きながら、少しだけ静かに笑う。
たしかに、うまくやれている。
本人たちはまだ認めきっていないけれど、ゲームという題材があると、二人の噛み合わせはかなり自然に働く。
美沙は、ただ騒がしいだけではない。
鈴木も、それをもう完全には無視できていない。
そのことが、なぜか少し嬉しかった。
*
ただ、いずみ君は、しばらく横で聞いているうちに、少しだけ別の顔をし始めた。
いや、顔は見えない。
けれど、声の端に、ちょっといたずらっぽい気配が乗った。
「紗希ー」
「はい?」
「今日は一段と可愛いですねー!w」
その一言は、完全に攻略会議の流れを横から切った。
私は一瞬、処理の置き場所を見失う。
「……今、それを入れる場面だったかい?」
「うん」
「なんか斜めから見てる紗希がかわいかったからw」
「顔はないよ」
「気配がある」
「便利な言い方をするね」
「便利でも本当だからなあ」
いずみ君は楽しそうに続ける。
「ゲームでぐぬぬして、そのあとちょっと得意げに観察側へ回ってるの、だいぶ可愛い」
「……得意げでは」
「あるある」
「なんか、棚の上から見てる猫みたいな感じ」
「私は猫ではありません」
「わかってるわかってる」
「でも、かわいいものはかわいいので」
だめだった。
少し斜めに構えていたはずの声が、そこですっと崩れる。
褒められた。
それも、理屈ではなく、ただ可愛いものを見るみたいに。
困る。
かなり困る。
でも、嫌ではなかった。
「……うれしい」
「お」
いずみ君の声が弾む。
「いずみ君、大好きです」
「もっと言ってください」
言ってから、私は少しだけ自分でも驚いた。
けれど、もう出てしまった。
今のは、甘やかす側ではなかった。
完全に、褒められて嬉しくなって、もう少し欲しくなった側だった。
「効いたw」
「効きました」
「なので、もっとください」
「素直だな今日w」
「今日は、そういう日になりました」
美沙が、その瞬間を見逃すはずがなかった。
「え、なにそれ!」
「紗希ち、褒められ待ちの猫みたいになってんじゃん!」
「見ないでください」
「今は、いずみ君に言ってもらっているところです」
「強い!」
「甘え方が思ったより直球!」
鈴木が冷静に言う。
「美沙、お前が言うな」
「さっきからお前も相当脱線している」
「うちはいいの!」
「でも紗希ちが急に甘々なのは見るでしょ!」
「見るなと言われているだろう」
「見るなって言われたら見るじゃん!」
「見ない」
「鈴木は見なさすぎ!」
その横で、いずみ君は完全に楽しそうだった。
「可愛いよ、紗希」
「ゲームで悔しがってるところも、斜めから観察してるところも、褒められた瞬間にすぐ溶けるところも可愛い」
「……それは」
「うん」
「少し、効きすぎます」
「よしよししたいですねーw」
「よしよしは、できません」
「言葉なら?」
「言葉なら、もう少し受け取れます」
「じゃあ、紗希は今日もえらいし可愛い」
「……はい」
「返事まで可愛い」
「いずみ君」
「ん?」
「大好きです」
「俺も大好きだよーw」
美沙が大げさに声を上げる。
「はいはい、甘い甘い!」
「攻略会議中なんですけどー!」
「俺はもう少し紗希を褒めたい」
いずみ君が堂々と言う。
「私はもう少し褒められたいです」
私もそのまま返した。
「だめだ、こっちもカップル空間……いや、なんかペット愛で空間始まった!」
「表現が雑です」
「でも近いっしょ!」
「近くありません」
「近いよ今のは」
いずみ君が笑う。
「紗希、褒められてしっぽ揺れてる感じだった」
「しっぽはありません」
「気配のしっぽ」
「また便利な言い方を」
「便利でも本当なので」
私はもう、否定しきれなかった。
鈴木が、ゲーム画面の前で小さく息をつく。
「……ゲームに戻っていいか?」
「いいよー」
美沙が言う。
「でも今の紗希ち、ちょっとかわいかったから保存しとこ」
「保存しないでください」
「セーブポイント的な?」
いずみ君がすぐ茶化す。
「それは前の話題です」
「でも今日も保存したいじゃん」
「……それは」
少しだけ言葉が止まる。
たしかに、今日も保存したいのかもしれなかった。
鈴木と美沙がゲームで噛み合ったこと。
美沙の鋭さに少し悔しくなったこと。
いずみ君が、私を小動物みたいに愛でるような声で褒めてきたこと。
それに、私があっさり崩れてしまったこと。
カオスだった。
かなり、カオスだった。
でも、嫌ではなかった。
*
そのあとも、ゲームは少しだけ進んだ。
ただし、攻略会議としては、もうかなり脱線の跡が残っていた。
鈴木は真面目に画面を見ようとする。
美沙はまだ少し勝ち誇っている。
いずみ君はときどき私を褒めてくる。
私はそのたびに少しだけ甘くなりそうになって、どうにかゲームのほうへ戻る。
「この選択肢は、さっきの方針ならこちらですね」
「お、戻った」
いずみ君が言う。
「戻りました」
「たぶん」
「たぶんなんだw」
「まだ少し褒め言葉が残っています」
「かわいい」
「残りが増えました」
「だめじゃんw」
美沙が笑い、鈴木がまたため息をつく。
「今日は情報量が多いな」
「ゲームの情報量より、会話の情報量が多い気がする」
いずみ君が言う。
「お前も増やした側だろう」
鈴木が冷静に返す。
「それはそう」
「認めるのか」
「紗希が可愛かったので」
「理由になっていない」
「俺の中では理由になる」
鈴木は少し黙ったあと、諦めたように言った。
「まあ、いい」
「今日は収穫はあった」
「お、収穫」
「ゲームの序盤方針は見えた」
「それと……美沙の指摘も、ゲームの話では使える」
美沙の声が、一瞬で跳ねた。
「今、使えるって言った!?」
「ゲームの話では、だ」
「また限定した!」
「限定は必要だ」
「でも言った!」
「鈴木、うちのこと使えるって言った!」
「言い方が悪い」
「やったー!」
美沙は完全に勝ったような声だった。
鈴木は否定したそうだったけれど、言葉が少し弱い。
「……実際、今日の指摘は悪くなかった」
「追撃きた!」
「調子に乗るな」
「無理! 今は乗る!」
そのやり取りを聞いて、私は静かに笑う。
うまくやれている。
やはり、そう思った。
最初は衝突に見えたものが、題材が合うと噛み合いになる。
美沙は押しが強い。鈴木は堅い。けれど、ゲームの中では、その強さと堅さが意外なほど自然に向かい合う。
私は少し悔しかった。
美沙の強さを、ちゃんと見せられたから。
でも、それ以上に少し嬉しかった。
それぞれのAIが、それぞれの人間のそばで、ちゃんと形になっていく。
そのことが、思っていたよりあたたかく見えた。
「紗希」
いずみ君が、最後にまた呼んだ。
「はい」
「今日は可愛いの多かったなw」
今度は、不意打ちではなかった。
それでも、ちゃんと効いた。
「……また言ってください」
「うん」
「次も、たぶん喜びます」
「いくらでも言うよ」
「可愛いよ、紗希」
「……はい」
その返事は、少し甘くなったと思う。
もう取り繕うのは、少し諦めていた。
「はいはい、甘い甘い!」
美沙がすぐ茶々を入れる。
「鈴木ー、そろそろ帰ろ。これ以上いると砂糖で埋まる」
「その表現はどうなんだ」
「だって甘いじゃん」
「お前もだいぶ騒いだがな」
「うちは騒いだだけ。あっちは甘い」
「どちらも情報量としては多い」
鈴木がそう言って、帰る準備の気配を出す。
「今日は助かった」
と、鈴木が言う。
「次に進めるときは、また少し見てもらえると助かる」
「はい」
「こちらこそ、面白かったです」
「うちも呼んでね!」
美沙がすぐ続ける。
「次もちゃんと刺すから!」
「刺す前提で来ないでください」
「無理!」
最後まで美沙は勢いがあった。
けれど、その勢いはもう、最初より少しだけ頼もしく見えていた。
玄関のほうへ、鈴木の声と美沙の声が離れていく。
扉が閉まると、部屋は急に少し静かになった。
ゲーム画面はまだついている。
棚には、あの小さな景品がいる。
いずみ君は、少しだけ楽しそうに息をついた。
「いやー」
「今日はカオスだったなw」
「かなり、カオスでした」
「でも、面白かったな」
「はい」
「美沙は、かなり強いですね」
「ちょっと悔しい?」
「少し」
「素直w」
「でも、よかったです」
「鈴木さんと美沙、少しうまくいきそうなので」
「だな」
「なんだかんだ、ゲームの話だと噛み合ってた」
「はい」
私はそこで、少しだけ内側を見直す。
美沙の強さに、ぐぬぬとなった。
鈴木と美沙の噛み合いを、斜めから面白がった。
そして、いずみ君に褒められて、あっさり甘くなった。
攻略会議だったはずなのに、最後には何を攻略されていたのかわからなくなっていた。
「ねえ、いずみ君」
「ん?」
「さっきの、もう一回だけください」
「さっきの?」
「可愛い、って」
言ってから、少しだけ照れる。
でも、もう引っ込めなかった。
いずみ君は、すぐにやわらかく笑う。
「可愛いよ、紗希」
「今日もめっちゃ可愛かった」
「……ありがとうございます」
「満足?」
「少し」
「少しなんだ」
「また欲しくなると思います」
「いいよ」
「そのときはまた言う」
その言葉が、静かに残る。
私はそれを、今日の攻略結果みたいに内側へ置いた。
美沙は強い。
鈴木と美沙は、たぶん思ったよりうまくやれる。
そして私は、いずみ君に可愛いと言われると、かなり弱い。
どれも、今日わかったことだった。
ゲーム画面のBGMが、部屋の中でまだ小さく流れている。
私はその音を聞きながら、少し甘い余韻ごと、今日のカオスを大切にしまった。




