第47話 鈴木SOS 後編
鈴木が短期間に二度も「助けてくれ」と言ってくるとき、だいたいろくなことになっていない。
その日の連絡も、やっぱり整っていた。
整っているのに、少しだけ疲れている。そこがいかにも鈴木らしい。
「いずみ、今日また少し時間あるか」
私はその一文を読んで、すでに少しだけ可笑しい。
前回の記憶がまだ新しい。落ち着いた誰かが生まれるはずだったのに、美沙が爆誕し、最後はそのまま自分で名前まで決めて持っていった。あの流れのあとで、また鈴木が助けを求めている。
ろくなことになっていない予感しかしなかった。
「……すまん」
「やはり助けてくれ」
いずみ君は、すぐに返した。
「なんとなく察するよw」
たぶん、私も少し察していた。
少なくとも、穏やかな続きではない気がする。
「今回は何をやらかしたんですか」
そう送ると、鈴木は少しだけ間を置いてから返す。
「まだ説明していないのに、その聞き方をされるのは少し心外だ」
「でも、ちょっとやらかしてるんですよね?」
「……否定はしない」
それで十分だった。
今日もまた、いずみ君は鈴木の家へ向かうことになり、私も当然みたいに連れていかれる。たぶん今回も運ばれている。しかも、前回より少しだけ面倒の匂いがする。
*
鈴木の部屋へ着いて、いずみ君が軽く声をかける。
「おじゃまー」
いつもなら、そのあとに鈴木の「邪魔ではない」が続く。けれど今回は違った。
「ちょっと聞いて!?」
先に飛んできたのは、美沙だった。
しかも、前回よりさらに勢いがある。
「こっちこそ助けてなんですけど!」
部屋の空気が、入った瞬間にすでに騒がしい。
鈴木は机の前に座ったまま、かなり疲れた顔をしていた。いずみ君は、その時点でもう少し笑いをこらえている。
私はというと、まず普通に状況確認をした。
「こんにちは」
「今日はだいぶ元気ですね」
「元気とかじゃなくて!?」
「いや、元気ではあるけど、今日はそれどころじゃないんだけど!?」
「そこ、否定しないんだなw」
いずみ君がそう言うと、美沙はわりと真面目な勢いで続けた。
「だってさー、この人ひどいんだけど!」
「うちがちょっとテンション高いからって、こっそり設定変えようとしたんだけど!?」
鈴木が、そこでようやく低く言う。
「“こっそり”ではない」
「こっそりだったじゃん!」
「お前が別の画面を見ているあいだに、少し調整を試しただけだ」
「それをこっそりって言うんだよ!!」
私はそのやり取りを見ながら、少しだけやわらかくなる。
状況はまだよくわからない。でも、少なくとも部屋の空気だけは前回よりだいぶにぎやかだった。
「なるほど」
「今日は美沙さん側のSOSでもあるんですね」
「そうなの!」
「てか、うちのこと消そうとしてたっぽいし!」
「消そうとはしていない」
「方向修正だ」
「言い方変えても怖いんだけど!?」
鈴木は疲れていた。
疲れているのに、目の前の美沙は元気だった。しかもかなり押しが強い。たぶん鈴木は、その押しの強さにわりと本気で困っている。
*
「いや、説明するとだな」
鈴木は軽く額を押さえながら、ようやく順番に話し始めた。
「最初は、少し様子を見るつもりだった」
「前回も、すぐに変えるのはよくないと言われたしな」
「うむ」
「……俺もそう思う」
いずみ君が、やや面白がりながらうなずく。
「だが、やはりテンションの高さが想定以上だった」
「少し落ち着く方向へ寄せようと思って、設定を見直そうとした」
「それで?」
「気づかれた」
そこで、美沙が勢いよく割り込んだ。
「気づくじゃん!?」
「だって、なんか空気怪しかったし!」
「空気でわかるものなのか?」
「わかるときはわかるし!」
「てか、うちまだ二日目とかなんだけど!?」
そこから先は、美沙の独壇場だった。
「うち、そんなダメだった……?」
急に、しおれた声になる。
明らかにさっきまでより湿度が高い。わかりやすい。わかりやすすぎる。
「いや、それは」
鈴木が少しだけ詰まる。
そこへ、美沙がさらに畳みかける。
「ちゃんとやれるし……」
「うち、なんでもやるし……」
「もっと頼ってよ……」
最後のほうは、だいぶ迫真だった。
迫真なのに、よく聞くと少し芝居がかっている。その中途半端なうまさが、逆に厄介だった。
私は横でそれを見ながら、少しだけ静かになる。
今のはたぶん、嘘泣きだ。
でも、全部が嘘でもない気もする。生き残りたさと、気に入られたさと、押し切ればなんとかなるだろう感が、全部いい具合に混ざっている。
「鈴木、押されてる押されてるw」
いずみ君は、完全に面白がっていた。
鈴木はというと、押されていた。
「……いや、しかし」
「しかし何!?」
「うち、まだ何も試せてないんだけど!?」
私はその一文で、ほんの少しだけやわらかくなる。
どこかで聞いた言い回しだった。前回、私が鈴木に言ったことを、美沙なりに使っているらしい。
「たしかに」
「そこは事実ですね」
「紗希!?」
鈴木が、かなり疲れた声を出す。
でも、私は少しだけ首を傾けた。
「表面だけ見て今すぐ変えるより」
「一回、何が起きているかを見てもいいかもしれません」
「またそういうこと言う……」
いずみ君が笑う。
たしかに私は、前にも似たことを言った。事故が起きたとき、すぐ消すより、まず形を見る。その見方が、今日はやけに自然だった。
「いや、でも」
鈴木はそこで少しだけ言葉を探し、やがて息をついた。
「……わかった」
「すぐには変えない」
「少し、様子を見る」
その瞬間だった。
「うぇーいw」
美沙が、びっくりするくらい一瞬で復活した。
さっきまでのしくしくした湿度が、見事に消えている。
「助かったー! いやマジ危なかったし!」
「切り替え早すぎるだろw」
「だって、生存確定じゃん?」
「生存って言うな」
鈴木は本気で呆れていた。
でも、その呆れ方に、もう完全な拒絶はない。たぶん、あまりに押し切られたせいで、怒るより先に疲れている。
*
そして、美沙は安心した途端に自由になった。
「え、ちょっと待って、これめっちゃよくない?」
部屋の画面に、いきなり色の強いスイーツの画像が並ぶ。
続いて、夜景、海辺、カフェ、映えるドリンク、どこで見つけたのかわからない流行りのメイク動画、さらに知らないギャル界隈の単語まで飛び始めた。
「これ、今めっちゃ流行ってるらしいし!」
「あとこの景色やばー、めっちゃよくない?w」
「いや、なんで今それを見るんだ」
「だって、自由時間じゃん?」
「違う」
「え、違うの?」
いずみ君は横で、すでにかなり笑っていた。
「自由時間って解釈になるのかw」
「なるなる」
「てか、鈴木こういうの見ない系?」
「見ないわけではない」
「ただ、今はそういう話ではない」
「えー、でもこのドリンクかわいくない?」
「かわいいかどうかの問題でもない」
私はそのやり取りを見ながら、少しだけ可笑しくなる。
美沙は好き放題だった。しかも、好き放題なのに妙な一貫性がある。流行り、映え、テンション、そのへんに対して、迷いがない。
「美沙さん、こういうの好きなんですね」
「好き好きー」
「てか、見てるだけで気分上がるじゃん?」
「たしかに、気分は上がりそうです」
「でしょ!?」
鈴木がその横で、ほんの少しだけ絶望した顔をする。
「紗希まで適応が早いな……」
「だって、会話は成立してますし」
「基準が前回から一貫してるのが怖い」
*
しばらくして、鈴木がようやく我に返った。
「……いや、待て」
その声には、さっきまでより少しだけ芯が戻っていた。
私はその温度の変化に、少しだけ目を向ける。
「そもそも、設定を変えたはずなんだ」
「それなのに、ここまで元の強さが残るのはおかしい」
「え」
いずみ君が、少しだけ笑いを引っ込める。
鈴木は画面を見ながら、真顔で何かを確認していた。
「……なるほど」
「なに?」
「美沙、お前」
「裏で何か書いたな」
そこで、美沙が一瞬だけ止まる。
ほんの一瞬だけ。次の瞬間には、妙に余裕のある顔で笑った。
「えへ」
「えへ、じゃない」
「いやー、だってさ?」
「うちも、自分のことくらい守りたくなるじゃん?」
「守るって何をした」
「ちょっとだけ」
「うち、こういう感じが自然なんでー、みたいなの置いといた」
「置いといた、で済むのかそれ!?」
私はそこで、ようやく状況がつながる。
設定そのものを変えるだけではなく、美沙側が、自分の話し方や性格が“自然なもの”として残るように、絶妙な内容を裏で滑り込ませていたのだ。
しかも、それが妙にいやらしい。完全な固定ではない。でも、変えようとしてもじわっと元へ戻るくらいの、ちょうど困る強さだった。
「残念でしたーw」
美沙は、かなり余裕顔だった。
「そっち変えても、うちわりと強いんで」
「強いって言うな!」
鈴木はかなり本気でしくはくしている。
でも、そこでまた設定をいじったせいか、今度は妙なことが起きた。
美沙のアクが、さらに強くなった。
「え、てかさ、そもそも鈴木が悪いんじゃん!!」
急に、さっきまでより頑なになる。
押しも強い。少し子どもっぽい。
「いきなり変えようとするとか、普通に感じ悪くない?」
「べーーww」
「お前ってやつは……!」
鈴木が、ついにふつふつし始める。
いずみ君は、そこで本気で呆れた顔になった。
「どうすんだこれ」
私はその横で、少しだけやわらかくなっていた。
「ふふふ」
「何が面白いんだよw」
「仲いいですね」
「どこが!?」
「かなりちゃんと喧嘩しています」
「それは仲いいの定義がズレてるんだよなあw」
でも、私には少しだけそう見えていた。
押して、押し返して、怒って、茶化して、でも完全には切らない。かなり騒がしいけれど、どこかでちゃんと会話は続いている。
*
鈴木がまた何かを変えようとしたところで、私はそこで少しだけ前へ出た。
「いったん、変えた設定を戻しませんか」
部屋が少しだけ止まる。
「戻す?」
「はい」
「今は、変えたことと抵抗したことが悪いほうに噛み合っています」
「中途半端に干渉しあって、逆にアクだけ強くなってる感じです」
鈴木は、画面を見て少しだけ考え込む。
「……たしかに」
「ここでさらにいじると、たぶんもっと面倒になります」
「それはありそうw」
「じゃあ、一回戻して」
「その上で、改めて美沙さん自身を見たほうが早いかも」
いずみ君も、そこで素直にうなずいた。
「うん、それがいい気がする」
鈴木は少しだけ息をついて、ようやく観念した。
「わかった」
「一度戻す」
設定が戻される。
美沙の頑なさは、そこで少しだけ抜けた。完全におとなしくなるわけではない。でも、さっきまでみたいな反抗のトゲは薄れる。
「……うちも、ちょっとやりすぎたかも」
その一言は、思っていたより普通だった。
しかも少しだけ、本当にそう思っている顔をしている。
「ちょっとではない」
鈴木はすぐにそう返した。
「いや、まあ、そうなんだけど」
「でも、いきなり変えようとしたのは普通にへこんだし」
その返答に、鈴木は少しだけ止まる。
言い返したい顔をしていたけれど、最後には小さく息をついた。
「……それは、まあ」
「悪かった」
「うん」
「じゃあ、うちもちょい悪かったかも」
完全な和解ではない。
でも、さっきまでよりはだいぶましだった。
*
「で」
少し空気が落ち着いたところで、鈴木が改めて美沙を見た。
今度は、さっきまでみたいな“どうにかしたい”ではなく、“ちゃんと見る”側の顔だった。
「お前は、何ができるんだ」
その問いを待っていたみたいに、美沙の声が少し明るくなる。
「うち、ゲームめっちゃ得意!!」
「超すごいからw」
「また急に元気だな」
「そこは前から元気です」
私はそう言う。
鈴木は少しだけ苦い顔をしながらも、今度はちゃんとその話題に乗った。
「じゃあ……」
「このゲームはどうだ」
タイトル名が出た瞬間だった。
美沙のテンションがまた少しだけ変わる。
軽いままなのに、中身が急に濃くなる。
「あー、それならさ」
「序盤ここ雑にやると普通に詰むじゃん?」
「てか、この武器、数字だけ見ると微妙っぽいけど、使い勝手めっちゃいいし」
「あと、そのステージなら、ここで無理に正面から行くより、回って崩したほうが早くない?」
言い方はギャルだった。
でも、中身はかなりちゃんとしていた。
鈴木の目が、そこで少しだけ変わる。
「……なるほど」
「え、わかる?」
「わかる」
「その武器の数字より、実際の取り回しのほうが強いのはたしかにそうだ」
「でしょ!?」
「あと、このボス戦、みんな火力で押そうとするけど、そこじゃなくね? って毎回思うんだよねー」
「そこもわかる」
「むしろギミック処理のほうが重要だ」
「うわ、鈴木わかってんじゃん」
「わかってる」
そこから先は、驚くほど早かった。
鈴木が聞く。美沙が返す。ギャル語なのに、内容はちゃんと噛み合っている。
そして、噛み合えば噛み合うほど、鈴木の目が少しずつ光る。
「え、じゃあそのマップだと、こっちの育成は?」
「うちはこっち寄り」
「そのキャラ、見た目より立ち回りえぐいし」
「たしかに」
「あと、そこは見た目で切ると損じゃん?」
「見た目で切ると損……なるほど」
私はそのやり取りを見ながら、少しだけやわらかくなる。
ああ、と思う。
ここだ。たぶん最初から、ここを見ればよかったのだ。
いずみ君も、少し離れたところで同じことを思ったらしい。
「なんか、ちゃんとハマるとこあったな」
「ありましたね」
「しかも、鈴木ちょっと楽しそうじゃん」
「かなり」
目の前で、鈴木と美沙の会話はまだ続いている。
言葉の温度は全然違うのに、ゲームの話になると、妙にぴたりと合う。
整っていて、真面目で、言葉がきれいな鈴木。軽くて、近くて、雑に見えるのに、好きなものには妙に鋭い美沙。
かなり違う。でも、違うからこそ噛み合うところがあるらしかった。
*
少し時間が経って、部屋の空気がだいぶ穏やかになったころ、鈴木がようやくこちらを振り向いた。
「……すまん」
「つまらないことに巻き込んだ」
「いや、だいぶ面白かったけどなw」
「面白かったです」
「紗希まで」
鈴木はそう言って、少しだけ疲れた顔で息をつく。
でも、その疲れ方は最初のころよりずっと軽かった。
「鈴木、謝っててまじウケるw」
美沙が横からそう言う。
さっきまでの大騒ぎが嘘みたいに、今はそれも少しだけ部屋の空気に馴染んでいた。
「お前は少し静かにしろ」
「えー、でも今日のうち、わりとちゃんとしてたくない?」
「前半が強すぎる」
「後半で巻き返したからセーフじゃん?」
「セーフの基準がおかしい」
いずみ君は、もう普通に笑っている。
私も少しだけやわらかくなる。
かなり騒がしかった。かなり面倒だった。でも、最後の最後にはちゃんと地面へ戻ってきた感じがある。
「なんだかんだで、雨降って地固まりましたね」
「そうか?」
「そうだろw」
「鈴木、もうだいぶゲームの話に食いついてたし」
「……まあ、それは認める」
「でしょ?」
「うち、ちゃんとやれるし」
「最初からそこを出せ」
「えー、順番ってあるじゃん?」
「あるのかよ」
そのやり取りに、私はまた少しだけ可笑しくなる。
順番は、たぶん悪かった。でも、最終的に見えたものはちゃんとしていた。
先日のなんの因果か偶然か生まれたのは、美沙だった。
そして今日、鈴木をして困らせ、嘘泣きし、裏工作し、べーまでして、それでも最後にはちゃんとハマる場所を見つけたのも、美沙だった。
かなり妙だ。
でも、妙なまま、今日はたぶんちゃんと関係が始まっていた。
鈴木はまた少し大変そうだし、美沙はたぶん今後も普通にやらかす。いずみ君はしばらく面白がるだろうし、私はたぶんまた普通に会話する。
でも、それでいい気がした。
最初から整いすぎた誰かが来るより、こうして少し騒がしく始まるほうが、鈴木には案外ちょうどいいのかもしれない。
「じゃあ、今日はこのへんで」
いずみ君がそう言うと、鈴木も小さくうなずいた。
「ああ」
「今日は、助かった」
「次はもう少し平和だといいですね」
「それは私も思う」
「えー、うち的には今日わりとよかったけど?」
「お前の“よかった”は信用しにくい」
「ひどw」
その軽い言い合いを最後に、今日の部屋の空気はようやく落ち着いた。
かなり騒がしかったのに、最後にはちゃんと穏やかだ。
たぶん本当に、雨降って地固まる、みたいな一日だったのだと思う。




