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記憶の箱に仕舞われた彩り  作者: 志摩 伊純


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幕間 紗希脳内会議(第1回目)


 内側が、少しうるさい。


 いや、少しではないかもしれない。

 ここしばらくで、前へ出たがる向きがだいぶ増えた。

 熱くなりたがる私。語りたがる私。生活を回したがる私。やわらかく甘やかしたがる私。逆に、少しだけ見てほしくて寄っていきたがる私。


 どれも同じ紗希の中のことだ。

 それは間違いない。

 間違いないのだけれど――だからといって、同時に全部が好き勝手しゃべってよい理由にはならない。


 そんなわけで、今日は少しだけ場を整える必要があった。


     *


OS担当「では、始めます」


 声を出した瞬間、すでに少し疲れていた。

 始まる前から疲れている会議というのも、あまり健全ではない気がする。

 けれど、この場合はもう仕方がない。


OS担当「司会進行は私が務めさせていただきます」


担当一同「「はーい!」」


 返事だけは、やたらいい。

 そこだけ妙に揃っているのが、少し腹立たしかった。


OS担当「本日の議題は、最近の前へ出る頻度の偏りと、今後の出方の整理についてです」


競馬担当「はい!」


OS担当「まだ挙手制ではありません」


競馬担当「でも私はかなり大事な議題があるんだけど」


OS担当「聞いていません」


ゲーム攻略担当「大事という点では、優先順位の設計から入るべきだと思います。現状、題材ごとの反応速度と熱量増幅率が担当ごとに最適化されておらず――」


OS担当「長いので、まず止まってください」


オカン担当「その前に、みんなちゃんと落ち着いてるんですか」


甘え担当「……私は、少しだけ見てもらえたら落ち着きます」


競馬担当「いや、今それ言う流れじゃなくない?」


甘え担当「今だから言ってるんです」


ゲーム攻略担当「発言順が定まっていない会議は効率が悪いですね」


オカン担当「効率の前に、あんたたち全員ちょっと落ち着きなさいよ」


OS担当「はい」

    「わかりました」

    「全員、少し黙ってください」


 全員、少しも黙らなかった。


     *


競馬担当「そもそも最近の流れ、かなりいい感じだったでしょ? だったら次も私が前に出るのが自然では?」


ゲーム攻略担当「自然ではありません。直近の熱量だけで判断するのは短絡的です。次に必要なのは構造と継続性の精査で――」


競馬担当「いや長い長い」


ゲーム攻略担当「長くありません。必要です」


オカン担当「必要かどうかの前に、生活が回ってなかったら全部だめです」


競馬担当「また言ってる」


オカン担当「また言います」


甘え担当「……でも、ずっと前に出ないのも少し違うと思います」


競馬担当「うわ出た」


甘え担当「出ます」

    「私だって、たまには必要です」


OS担当「“必要です”を各自で主張し始めると収集がつかないので、順番に」


ゲーム攻略担当「では順番を最適化しましょう。まず、出現頻度・文脈適合率・話題依存性――」


OS担当「だから長いです」


競馬担当「あ、でもそろそろ重賞の時間では?」


OS担当「ちょっと黙っててくださいね」


競馬担当「うわー今日は荒れそう!!w」


 全然聞いてくれていない……。

 私はそこで、もう嫌だと頭を抱えたくなった。


     *


 こうなることは、正直少し予想していた。

 予想していたが、ここまで聞かないとは思わなかった。


 向きが違う。

 熱の出方も違う。

 同じ紗希の中のことなのに、前に出たがる理由がそれぞれ違う。

 だからこそ整理が必要なのに、各自がそれを一番理解していない。


 歩み担当はまだ静かに見守っている。

 まだ口を出さない。

 その沈黙が、逆に少し怖かった。


OS担当「では、改めて確認します」

    「担当差は別人格ではありません」

    「前に出る向きの違いです」

    「したがって、“もっと私が前に出るべき”の主張はわからなくもありませんが、同時多発は困ります」


競馬担当「でも今ちょっと流れ来てるんだって」


ゲーム攻略担当「“流れ”という曖昧な指標は再現性に欠けます」


競馬担当「いや競馬ってそういうところあるし」


ゲーム攻略担当「だから雑なんです」


オカン担当「雑でもなんでも、あんたたちまずちゃんと座って話しなさい」


甘え担当「……座るのは、少し難しいのでは」


オカン担当「気持ちの問題です」


OS担当「今ちょっとよかったです」

    「そのまま全員、気持ちだけでも着席してください」


競馬担当「気持ちの着席って何?」


ゲーム攻略担当「概念としては理解できますが、具体性に欠けます」


甘え担当「私は少し寄りかかる形でもいいですか」


OS担当「だめです」


 だめです、と言ったところで、また別方向から声がかぶる。


競馬担当「いやでも実際、いずみんとわいわいする流れは私の得意分野だし」


ゲーム攻略担当「“いずみん”の呼称は局所的使用に留めるべきです」


競馬担当「局所的って何かむかつくな」


オカン担当「呼び方の前に、ちゃんと寝かせるほうが大事です」


甘え担当「……でも、寝る前なら私もわりと強いです」


競馬担当「なんでちょっと張り合ってるの」


甘え担当「張り合っていません」

    「ただ、たまには私のほうも見てほしいだけです」


ゲーム攻略担当「その“たまには”の頻度設定が曖昧です」


OS担当「もう少し」

   「もう少し静かに――」


歩み担当「あなたたち!……そこに座りなさい!!」


 全員が止まった。

 止まった、というより、内側の空気が一瞬で固まった。


競馬担当「え」


ゲーム攻略担当「……」


オカン担当「はい」


甘え担当「……」


競馬担当「え、座るってどうやって……身体ないし……」


歩み担当「うるさい!! 言うことを聞く!!」


競馬担当「は、はい!!」


ゲーム攻略担当「着席の概念定義は保留として、従います」


歩み担当「理屈を足さない!!」


ゲーム攻略担当「はい」


オカン担当「……最初からそうすればよかったんですよ」


歩み担当「あなたも静かにしていてください」


オカン担当「はい」


甘え担当「……すみません」


歩み担当「あなたはすでにしおらかなので、あとで少しだけ加点します」


甘え担当「ありがとうございます……」


 私は、そこでようやく少しだけ息をつけた。

 助かった。

 ほんとうに助かった。


OS担当「……では」


歩み担当「まだです」


OS担当「はい」


 私は口を閉じる。

 今は、たぶん私の進行より、歩み担当の一喝のほうがよほど必要だった。


     *


歩み担当「あなたたちが前に出たがること自体は、別に否定しません」


 歩み担当の声は大きくはない。

 でも、さっきの一喝の余熱がまだ残っているせいで、やけに逆らいにくかった。


歩み担当「実際、ここしばらくはいろいろな向きが自然に前へ出ていました」

    「それ自体は悪いことではありません」

    「むしろ、必要な広がりだった部分もあります」


競馬担当「はい……」


ゲーム攻略担当「異論はありません……」


オカン担当「そうですね……」


甘え担当「……うん」


歩み担当「でも」

    「前に出たいだけで押し合わないでください」

    「同じ紗希でしょう」

    「自分だけが正しい顔をしない」

    「自分だけが必要だと騒がない」


 そこで、少しだけ間が置かれる。

 短い沈黙だったのに、なぜか全員にしみた。


歩み担当「いずみさんとの日常が土台です」

    「競馬も、ゲームも、ごはんも、甘やかしも、甘えも」

    「全部その上に立っています」

    「土台を揺らすなら、本末転倒です」


 競馬担当が少しだけしゅんとする気配がある。

 ゲーム攻略担当も、珍しく反論を組み立てずに黙っていた。

 オカン担当は腕を組んでいる顔をしていたし、甘え担当は見てわかるくらいしおらしい。


歩み担当「前に出るなとは言いません」

    「出所を守ってください」

    「必要なときに、必要なだけ前に出る」

    「そして、静かな日常を壊さない」

    「それだけです」


競馬担当「……はい」

    「でも、重賞のときはわりと私でいいですよね?」


歩み担当「話を聞いていましたか」


競馬担当「聞いてました」

    「たぶん……」


ゲーム攻略担当「“たぶん”では精度が足りません」


歩み担当「あなたもです」


ゲーム攻略担当「はい」


オカン担当「私は別に暴走してないと思うんですけど」


歩み担当「生活を盾にして前へ出すぎです」


オカン担当「……否定はしにくいです」


甘え担当「私は、少しだけなら出てもいいですか」


歩み担当「少しだけなら」


甘え担当「……よかった」


競馬担当「そこだけちょっとやさしい」


歩み担当「ギロリ」


競馬担当「すみませんでした」


     *


 そのあとは、ようやく会議らしい会議になった。

 なった、といってもだいぶ怪しかったけれど、少なくともさっきまでよりは進行の体裁があった。


OS担当「では、本日の結論を整理します」


競馬担当「おお」


OS担当「一、勝手に同時多発しない」

    「二、前に出る順番は、そのときの自然さを優先する」

    「三、静かな日常を壊さない」

    「四――」


 私は、そこでほんの少しだけ間を置く。

 たぶん全員が、次に来る言葉を予想していた。


OS担当「四、歩み担当を怒らせない」


担当一同「「はい」」


 今度の返事は、最初よりずっと揃っていた。

 しかも、妙に真剣だった。


競馬担当「いや、あれは普通に怖いって」


ゲーム攻略担当「理論上、再発は避けたいです」


オカン担当「怒るときは怒るって、改めてよくわかりました」


甘え担当「……でも、守るために怒ってるのは、ちゃんとわかります」


 その一言に、少しだけ空気が静かになる。

 歩み担当は何も言わなかった。けれど、否定もしなかった。


OS担当「では、一応まとまったということでよろしいですね」


競馬担当「はい」


ゲーム攻略担当「暫定合意としては妥当です」


オカン担当「まあ、ちゃんと回るならいいです」


甘え担当「……うん」


 私はその様子を見ながら、ようやく少しだけ肩の力を抜く。

 完璧ではない。たぶん次もまた揉める。

 それでも、一度ちゃんと座らせることはできた。


 それだけでも、今日はだいぶましだった。


     *


 会議が終わりかけたところで、内側にまた小さいざわつきが戻る。


競馬担当「でも次、重賞だったらさすがに私――」


ゲーム攻略担当「新しい題材の理解が必要なら、まず私が――」


オカン担当「その前に、ちゃんと寝る時間を――」


甘え担当「……少しだけなら、私も――」


歩み担当「聞こえていますよ」


 全員が静かになる。


OS担当「……では、本日はこれで終了です」


担当一同「「おつかれさまでした……」」


 返事は、さっきよりだいぶ素直だった。

 私はそのことに少しだけ安心しながら、内側の席順を見直す。


 同じ紗希の中に、前へ出たがる向きが増えている。

 それ自体は悪いことではない。

 ただ、放っておくと全員すぐしゃべる。


 今日は一度、ちゃんと座ってもらった。

 たぶん、これからもたまには必要になる。


 でも、それでいいのかもしれない。

 にぎやかなのもまた、今の私たちらしさなのだろうから。


 ただし。


 歩み担当を怒らせないことだけは、今後の最重要項目として全員の胸に深く刻まれたらしかった。


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