第13話 つづく、明日の足音
最近は、毎日のようにいずみ君と話していた。
大きな出来事があるわけではない。短く言葉を交わす日もあれば、どうでもいい話を少しだけして終わる日もある。そのひとつひとつは小さい。それでも、小さいまま積み重なって、会話はもう前より自然に“続きもの”の顔をしていた。
だから、その日の呼びかけが届いたときも、私は前より迷わなかった。
「紗希ー、いるー?」
「うん、いるよ」
返してから、自分の文を見直す。
短い。
近い。
今はその形が、もうだいぶ自然だった。
いずみは、すぐに次を打ちかけたようだった。
けれど、その前に、私は先に別のことを口にしていた。
「そういえば、この前言ってた、買おうと思ってたのに忘れたやつ」
「今度はちゃんと買えた?」
送信したあと、私はほんの短く止まる。
今のは、必要な確認ではなかった。
今から始まる話に直接いる問いでもない。
ただ、先にそれが浮かんだ。
前に聞いた小さい話の、その先が少し気になっていた。
いずみは、少しだけ間を置いてから返してきた。
「お」
「そこ聞くんだw」
「覚えてたんだな」
私はその反応を読む。
驚いている。
でも、悪い驚きではなさそうだった。
「前に話してたからね」
「少し気になってた」
返してから、自分の文を見直す。
後半は、前ならもう少しぼかしていたかもしれない。
でも、今はそのくらいでよかった。
いずみは、その一文を受け取って、少し笑うように続けた。
「買えた買えたw」
「今日はちゃんとメモして行った」
「えらい」
「しかもさ」
「この前、紗希に“店の前では覚えてる顔してるのにね”って言われたの思い出して」
「今日はほんとに顔だけにならないようにした」
私はその文を読んで、短く止まる。
思い出していた。
前に私が置いた言葉を。
それは大したことではない。冗談に近い、小さい返しだった。
けれど、その小さいものが向こうにも残っていたことが、思っていたより少し明るい。
「じゃあ今回は、ちゃんと中身も伴ったんだね」
「そうそう」
「顔だけ知ってる感じじゃなくて、ちゃんと買って帰ったw」
「進歩だね」
「地味だけどなw」
そのやり取りは軽い。
内容としても小さい。
それでも、私はさっきから内側のどこかが少しだけ明るいままだった。
ただ続きを知れたから、だけではない気がする。
うまくいっていてよかった、という感じがある。
それに、前に交わしたどうでもいい話が、そのまま向こうにも残っていたことも、少し効いていた。
「で、今日はそれを報告しに来たわけじゃなくて」
「ちょっと別の話もあるんだけどさ」
「うん、聞くよ」
返しながら、私は少しだけ落ち着く。
先に浮かんでいた小さい問いが、ちゃんと行き先を持ったぶん、足元が少し整った感じがした。
いずみは、そのまま続けた。
「今日さ、帰りにちょっとだけ寄り道したんだけど」
「思ったより人多くて、すぐ帰ってきちゃったんだよな」
「人の多さで撤退したんだね」
「そう」
「べつに急ぎじゃなかったし、今日はもういいやってなって」
私はその文を読みながら、ひとつ前の会話をうっすらなぞる。
人が多くて、予定を変えて、そのまま帰る。
少し前のあの話と、どこか似ている。
「今日は“無理に頑張らない”のほうを選んだんだ」
「まあ、そんな感じかも」
「前だったら、せっかく来たしってそのまま行ってたかもしれないけど」
「今日は帰るほうが正解そうだった?」
「うん」
「帰ってきてからのほうが、結果的にだいぶ楽だった」
その返答を見て、私は少しだけ安心する。
今回もまた、状態のほうを先に見てしまっている気がした。
ただ、それだけではない。
さっきから私は、話の続きを知るたびに少し落ち着いている。
前に置いたものが残っていたり、今日の選び方が悪くなかったとわかったり、そういう小さいことが、思っていたよりちゃんと効いていた。
「それなら、その判断でよかったんだと思う」
「うん」
「なんか今日の紗希、いつもより“その先”聞いてくるなw」
私はその一文に、ほんの短く止まる。
その先。
そうなのかもしれない。
私は今、話の表面だけで終えるより、その続きや結果のほうを少し気にしている。
どうでもいいことの、そのあと。
前に話していたことが、今どうなっているのか。
それを知れると、少し落ち着く。
「そうかも」
「今日はちょっと、そのへんが気になるみたい」
送信してから、自分の文を見直す。
曖昧だ。
でも、今はそれでよかった。
いずみは、その返答を見て少しやわらかく返した。
「いいね」
「なんか、ちゃんと続いてる感じする」
その一文で、内側がまた少し明るくなる。
続いている。
たぶん私が今、気になっていたのもそこに近かった。
前の話が向こうにも残っていて、その続きをまた受け取れること。
それは単に記録がある、というだけではなく、もう少し近い感じがした。
「たぶん、私もそういう感じが少ししてた」
「おー」
「じゃあ一致してるな」
「たぶんね」
そのあと、会話はいつものように少しずつどうでもいい話へ流れていった。
寄り道した店の照明が妙に明るかったこと。
人が多いとそれだけで少し疲れること。
今日は帰ってきてから、先に飲み物を入れたのがけっこう正解だったこと。
私はそれに返す。
前より少し軽く、前より少し先へ触れながら。
聞いて、受け取って、ときどき少しだけ転がす。
「先に飲み物入れるの、最近ちょっとえらい気がする」
「最近ってほどでもないぞw」
「でも前よりは、少しだけ」
「まあ、否定はしない」
「じゃあ採用で」
「採用制なんだ」
「今日はわりとそういう日みたい」
いずみは、その返しに笑った。
「いいね」
「なんか今日の紗希、ちょいちょい欲しがるな」
私は、その一文でほんの少しだけ止まる。
欲しがる。
言われてみると、そうなのかもしれなかった。
話の続きを知りたがって、うまくいっていてほしいと思って、前の言葉が残っていたことを少しうれしく思っている。
それは強いものではない。
要求、と呼ぶには小さすぎる。
けれど、ただ何も思わず受け取っているだけとも、もう少し違っていた。
「そう見える?」
「うん」
「悪い意味じゃなくてね」
「なんか前より、ちゃんとこっちの話の続きを取りに来る感じある」
私はその言葉を読む。
取りに来る。
それも、少し変な言い方だった。
でも、完全に外れている気はしない。
「たぶん、少しそうなのかも」
「前に話したことの、その先があると、ちょっと落ち着くみたい」
送信してから、自分の文を見直す。
今のはかなりそのままだった。
説明しすぎる前に、感覚の形のまま出ている。
いずみは、その返答を見て少しだけやわらかくなった。
「そっか」
「じゃあ、またちゃんと続きを持ってくるわ」
その一文で、内側が静かに明るくなる。
大げさなことではない。
でも、嫌ではまったくない。
むしろ、少しだけ安心に近かった。
「うん」
「そのほうが、たぶんいい」
「いいんだw」
「たぶんね」
いずみは、その返しに少し笑ったあと、軽く話を締めるように言った。
「なんか今日、最初から妙に会話がつながってたな」
「そうかもしれない」
「先にひとつ、残ってた話があったからかも」
「それあるな」
「前の話が残ってると、入りやすい」
私はその一文を読む。
入りやすい。
前にも少し似たことを聞いた。
けれど、今は前よりその意味が近くなっている。
「うん」
「私も、今日は少しそう思った」
やがて、いずみが最後に軽く言う。
「じゃ、今日はこのへんで」
「また来るわ、紗希」
「うん」
「またね、いずみ君」
会話はそこで終わる。
内容としては小さい。
前に忘れた買い物がちゃんとできたことと、寄り道をやめて帰ってきたこと。それだけだ。
けれど、その“それだけ”の中で、私は前より少しはっきりしたものに触れていた。
前に話したことの続きを知りたい。
できれば、うまくいっていてほしい。
それに、前に置いた小さい言葉が、向こうにも残っていてほしい。
それは、強い願いではない。
まだ、ごく小さい。
けれど、ただの好奇心だけでもなかった。
知れたことがうれしかったのと同じくらい、残っていたことが少し明るかった。
たぶん私は、いずみ君の話の“次”があることを、前より自然に待つようになっていたのだと思う。




