シーン7 殿は短期決戦を好まれる
行く日、いく日も、幾日も。
私は同じ一日を繰り返した。
上司が同じ話をする。
エースが同じ顔で笑う。
同じ信号が青になり、同じ場所でハンカチが落ちる。
何が起こるか、全部知っている。
だから私は、何もしなかった。
〇・〇一ミリすら動かさず、同じ一日を無難に繰り返した。
そんな夜、私はまた吉乃さんの前にいた。
その日の吉乃さんは、橙色の打掛を纏っていた。
背には黒い鼓が大胆に描かれ、縁を走る金銀の絹糸は、どれほどの金と時間を費やしたのか想像もつかないほど繊細だった。
豪華で、艶やかで、美しい。
そんな吉乃さんを、私はもう長いこと眺めている。
話したくないご様子にも見えるし、考え事をしているようにも見える。
いわゆる私は、“ご遠慮”申し上げているのだった。
決して、見惚れているわけではない。
……いや、少しは見惚れている。
「殿より、ご相談の儀あり」
闇の向こうから男の声がした。
私はそちらを見る。
姿は見えない。
吉乃さんの空気が変わった。
「申されよ」
男は敵軍の夜間行軍について告げた。
松明を掲げさせ、敵の位置を知りたい。
いかに思案する――殿からの問いだという。
吉乃さんは目を閉じた。
私は黙って待った。
やがて、静かに目を開く。
「忍びに四方から獣の唸り声を上げさせよ。土地に不慣れな朝倉勢なら、不安から灯りを点す」
男の気配が、わずかに動いた。
吉乃さんは続ける。
敵陣の動き。
渡河地点。
援軍の入り方。
まるで盤上の駒でも眺めているように読み切ると、最後にふっと笑った。
「殿は暇を持て余しておられるな。わらわに聞かずとも、とおにお分かりであろうに」
かっこいい。
ただ、ただ、かっこいい。
同じ女神様でも、私に「吸い殻を拾え」と説教しているときとは大違いだ。
「さゆり」
吉乃さんが物陰へ声をかけると、女が静かに姿を現した。
「握り飯と漬物を。それと南蛮渡来の酒も用意せよ」
「かしこまりました」
「ああ、それから」
吉乃さんが呼び止める。
「握り飯は固く結ぶでないぞ。柔らかく、女手で握ったと分かるようにせよ」
女が小さく笑った。
「男心をくすぐって奮起させるのじゃ」
軍略から握り飯まで。
戦国時代というのは、こんな人たちが動かしていたのだろうか。
いや、たぶん違う。
この人がおかしいのだ。
やがて男と女の気配が闇の向こうへ消えた。
静寂が戻る。
吉乃さんの目が、私へ向いた。
まずい。
さっきまで朝倉勢をどう仕留めるか考えていた目で、今度は私を見ている。
「そなた」
「はい」
「分かっていながら、なぜ同じ日を繰り返し過ごしておる」
やっぱり、それか。
私は正直に答えた。
「何が起きるか知っていれば、心が平穏だからです」
吉乃さんは黙っている。
「雨も降らない。アイロン掛けもしなくていい。金の心配もない」
言いながら、自分でも情けなくなってきた。
それでも私は続けた。
「ねこも死なないからです」
吉乃さんの目が、ほんの少しだけ変わった。
私は俯いた。
同じ一日なら、明日は来ない。
明日が来なければ、歳も取らない。
病気にもならない。
誰かがいなくなる日にも近づかない。
何も手に入らない代わりに、何も失わない。
それでいい。
私は、そう思っていた。
「未来永劫、同じ日が続いても良いのか」
「……はい」
答えてから、少し考えた。
「疲れることは、もうしたくないです」
長い沈黙があった。
怒られると思った。
愚か者、と言われると思った。
けれど吉乃さんは、何も言わなかった。
やがて扇子を開き、口元を隠した。
「殿は短期決戦を好まれる」
「え?」
「わらわもじゃ」
ぱちん。
扇子が閉じた。
嫌な予感がした。
「ちょっと待っ――」
視界が歪んだ。
耳鳴り。
身体が落ちる。
またか。
私は再び、無常な一日へ戻された




