シーン6 きつのっちがバチを当てたのか、私はタイムループしている
「起きぬか、愚か者」
吉乃さんの声で目を覚ました。
会いたかったはずなのに、いざ姿を見ると緊張する。
今夜も美しい。今夜?――いや今日も? 夢の時間軸ってどうなってるんだろう?
しかし、綺麗だ。
面倒臭い思考が走り始めた途端、吉乃さんに叱られた。
「愚か者め。わらわはそなたのものではないぞ」
やっぱり読んでる。
いやいや、私のものだなんて思ってませんよ。こんな綺麗な人が私のものになるなんて、愚か者の私でもそこまで愚かでは――。
吉乃さんに鋭く睨まれた。
私は乾いた唇を内側に引っ込めて、謝罪の意を示した。
吉乃さんの目つきは変わらない。
「それよりそなた、コンビニの前に吸い殻が落ちておったのに、なぜ拾わなかった」
問いただされた。
「誰が吸ったかわからないし、触るの気持ち悪かったんです」
「不道徳な場所へ物を捨てるということは、運をも捨てるということぞ」
「運?」
「こちらでは、そんな運をstarと呼ぶ」
妙にRの発音がいい。
「人は同じ数のstarを持って生まれる。好機は平等じゃ。誰かが捨てた運を拾う者もおる。損して徳を取れとは、案外本質を突いておるぞ」
気になっていたことを私は聞いた。
「吉乃さんって、いつの時代の人なの? その英語、どこで覚えたの?」
「わらわは戦国の世の魂じゃが、その後、何度か転生しておる。ハリウッドの映画starであったこともある」
「女優さんだったの!」
「慰問先へ向かう飛行機が撃ち落とされ、あっという間に幕を閉じたがな」
さらりと言って笑う。
「そうか、綺麗なはずだよねーー。納得、納得」
「よいか。明日があると皆思っておるが、寿命など刻まれてはおらん。魂は世界共通じゃ」
吉乃さんは扇子を閉じた。
「〇・〇一ミリの行いが、地球の裏側の誰かの運命を変えることもある」
「確かそれ、バタフライエフェクトって言ったっけ」
扇子がぱちんと鳴った。
黙れと仰せだ。
私は口を閉じた。
「大層なことをせよと言うておるのではない」
吉乃さんは私を見た。
「落ちているものを拾う。礼を言う。誰かに声をかける。逆に、何もせぬことも一つの行いじゃ」
私は黙って聞いた。
なぜだろう。
煮込みハンバーグを食べたあと、わざわざ店へ戻ったエースの背中が浮かんだ。
美味しかったです。
たった、それだけ。
「同じ景色とて、そなたの振る舞い一つで行く末は変わる」
吉乃さんが笑った。
嫌な笑いだった。
「それをそなたに体験させてやろう。しかと楽しめ」
「え?」
急に視界が歪んだ。
耳鳴り。
身体が落ちた。
「先輩、どうしました?」
エースが肩を揺らしていた。
「信号変わったよ」
上司の声。
私は交差点に立っていた。
上司が、あの日と同じことを言う。
「わかるな、自分がやんないとって勝手に刷り込んじゃってね――」
待て。
この話を、私は知っている。
前から、よしのと呼ばれた女性が歩いてくる。
微笑む。
すれ違う。
ハンカチが落ちる。
知っている。
次に私が拾う。
「あの、落としましたよ」
女性が振り返る。
「ありがとうございます。よかったー、友達からもらったハンカチだったんです」
知っている。
目元が吉乃さんに似ていることも。
連れの女性が私を見る。
そして言う。
「ありがとうございます。行こー、よしの」
知っている。
全部、知っている。
私は手の中のハンカチを見た。
さっきまで夢の中にいたはずだ。
いや、そもそもあれが夢だったのか?
〇・〇一ミリ。
吉乃さんの声が、頭の奥に残っている。
待って。
「しかと楽しめ」って、まさかこのこと?
いやいやいや。
ちょっと待ってくれ。
私が、何をした?
吸い殻を拾わなかっただけだ。
たった、それだけじゃないか。
……まさか。
きつのっち、バチ当てた?
勘弁してくれよ。
私はただ、普通に昼飯を食べに行きたかっただけなのだ。
それなのに――。
私はタイムループしていた。




