シーン5 私を出迎えたねこ
その夜も帰宅した私をねこが出迎えてくれていた。ねこに「寒いね、寒い」と話しかけた瞬間、私は思い出した。
「あっ、牛乳」
玄関にカバンを投げるようにして置きながら踵を返しつつ、「ちょっと待ってて」と口にして、閉めたばかりのドアを開けた。
ねこを引き取ったとき、あまりに小さかったから、とにかく大きくなってほしくて、毎日牛乳を与えている。中学生のころの私は小柄だった。それが嫌で、一日一リットル牛乳を飲んだ。今の百八十三センチになれたのもこのおかげだと、私は本気で信じている。しかしながら、会社では「木偶の坊」なんてありがたくないあだ名を頂いているが。
クリスマスのイルミネーションが小煩い街を歩きながら、ふと私は昼間のエースの涙を思い出していた。なぜ、「大丈夫だ」と言って、肩を叩いてやれなかったのだろうか、見て見ぬふりをした。どうして、私はいつもこうなのだろう。
いつもの小さな牛乳を手に取り、レジへと向かう。財布を開くと通販の振込用紙が目に入った。
レジにいるのは見慣れない外国人の青年だった。
私は考えた。
この人、処理の仕方がわかるだろうか。
日本語、大丈夫かな。
もたついたら面倒だな。と。
やめようかとも思ったが、期限が迫っている。
差し出した。
「現金のみになりますが、よろしいでしょうか」
返ってきた日本語は、私よりきれいだった。
「あっ、はい」
一万円札を出しながら、恥ずかしくなる。
外見で人を判断してはいけないと、何度も教わってきたのに。
人類皆平等。
そんな理念を口にしながら、
私たちは一秒で相手を分類する。
怖い。
自分も含めて。
牛乳を持って家へ戻ると、ねこはさっきと同じ場所に座っていた。
「待たせたね」
ねこはクルックーと鳴いた。
その鳴き声だけが、今日の私を責めなかった。
牛乳を小皿へ注ぐと、ねこは匂いを確かめてから舌を出した。
昔は皿に顔を突っ込む勢いだったのに、今では何事にも慎重だ。
十一年。
長いようで短い。
この部屋へ来たばかりの頃は、私の掌に乗るほど小さかった。
夜中に息をしているか心配になって、何度も腹の上下を確かめた。
名前をつけなかったのは、死ぬのが怖かったからだ。
名前をつければ、失ったときに悲しい。
だから「ねこ」。
ずいぶん卑怯な命名である。
それなのに十一年も一緒に暮らせば、名前など関係なかった。
「ねこ」
呼べば振り向く。
「ねこ」
もう一度呼ぶと、面倒臭そうに尻尾だけ動かす。
名前というのは、呼んだ回数で名前になるのかもしれない。
人もそうなのだろうか。
同僚。上司。エース。最古参。
私は人を役割で呼ぶ。
名前を知ってしまえば、少し近くなる。
近くなれば、失う。
だから無意識に避けていたのかもしれない。




