↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリウスが見ていた  作者: 國生さゆり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/31

シーン5 私を出迎えたねこ



その夜も帰宅した私をねこが出迎えてくれていた。ねこに「寒いね、寒い」と話しかけた瞬間、私は思い出した。


「あっ、牛乳」


玄関にカバンを投げるようにして置きながら踵を返しつつ、「ちょっと待ってて」と口にして、閉めたばかりのドアを開けた。



ねこを引き取ったとき、あまりに小さかったから、とにかく大きくなってほしくて、毎日牛乳を与えている。中学生のころの私は小柄だった。それが嫌で、一日一リットル牛乳を飲んだ。今の百八十三センチになれたのもこのおかげだと、私は本気で信じている。しかしながら、会社では「木偶の坊」なんてありがたくないあだ名を頂いているが。



クリスマスのイルミネーションが小煩い街を歩きながら、ふと私は昼間のエースの涙を思い出していた。なぜ、「大丈夫だ」と言って、肩を叩いてやれなかったのだろうか、見て見ぬふりをした。どうして、私はいつもこうなのだろう。




いつもの小さな牛乳を手に取り、レジへと向かう。財布を開くと通販の振込用紙が目に入った。

レジにいるのは見慣れない外国人の青年だった。


私は考えた。


この人、処理の仕方がわかるだろうか。

日本語、大丈夫かな。

もたついたら面倒だな。と。


やめようかとも思ったが、期限が迫っている。

差し出した。



「現金のみになりますが、よろしいでしょうか」

返ってきた日本語は、私よりきれいだった。



「あっ、はい」

一万円札を出しながら、恥ずかしくなる。


外見で人を判断してはいけないと、何度も教わってきたのに。

人類皆平等。



そんな理念を口にしながら、

私たちは一秒で相手を分類する。



怖い。

自分も含めて。


牛乳を持って家へ戻ると、ねこはさっきと同じ場所に座っていた。


「待たせたね」

ねこはクルックーと鳴いた。

その鳴き声だけが、今日の私を責めなかった。



牛乳を小皿へ注ぐと、ねこは匂いを確かめてから舌を出した。

昔は皿に顔を突っ込む勢いだったのに、今では何事にも慎重だ。

十一年。

長いようで短い。



この部屋へ来たばかりの頃は、私の掌に乗るほど小さかった。

夜中に息をしているか心配になって、何度も腹の上下を確かめた。

名前をつけなかったのは、死ぬのが怖かったからだ。

名前をつければ、失ったときに悲しい。

だから「ねこ」。

ずいぶん卑怯な命名である。



それなのに十一年も一緒に暮らせば、名前など関係なかった。

「ねこ」

呼べば振り向く。

「ねこ」

もう一度呼ぶと、面倒臭そうに尻尾だけ動かす。

名前というのは、呼んだ回数で名前になるのかもしれない。



人もそうなのだろうか。

同僚。上司。エース。最古参。

私は人を役割で呼ぶ。



名前を知ってしまえば、少し近くなる。

近くなれば、失う。



だから無意識に避けていたのかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。