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シリウスが見ていた  作者: 國生さゆり


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シーンそなたの視点はそなた次第じゃ


その夜。


当然のように。


きつのっちに召喚された。


私も。


いいだろう。


聞いてやろうじゃないか。


そんな腹づもりで。


吉乃さんの前に胡座を組んで座った。


糸のように目を細め。


じっと。


きつのっちを見る。


もう四十分ほど。


二人はこうして睨み合っている。


「わらわを直視するとは、無礼なるぞ」


きつのっちが言った。


「確かに君は、この時代ではお姫さんで。こんな態度を取る人はいないだろうけど」


私は言った。


「だからって、私の頭を使ってバケモノとやり合っていいってことじゃないでしょ。脳みその容量オーバーで、気狂い一歩手前だったんだよ。鼻血までたれたんだから」


そして。


「トモッキーのパジャマに擦りつけてやったけどね」


嫌悪と。


抗議と。


多少の嫌味を織り交ぜて。


言ってやった。


本当は。


怖かったのだ。


あの能面の声が。


頭蓋の内側で響いて。


自分の体が。


自分のものではなくなった。


それなのに。


怖かったと言うより先に。


文句が出た。


我ながら。


可愛げがない。


すると。


口元に安らかな笑みを湛えたきつのっちが。


「そんなわけがなかろう」


柔らかな猫なで声で返してきた。


「そなた。わらわを信用しておらんのか?」


ははーん。


私は思った。


これは。


絶対に何かある。


「ほら。そんな声出して。本当はヤバかったって思ってるからでしょ」


ピシリと指摘し。


顔をそむけてやった。


口元を扇子で隠したきつのっちが。


「フフフ」


と笑う。


可愛らしい笑い声だった。


胸の奥で固まっていたものが。


少しずつ。


ほどけてゆく。


可愛い人に。


男が敵うわけがない。


「でー。どういうこと?」


私は聞いた。


「最初から目当てはトモッキーだったの? それとも、たまたま?」


「わらわはエースを守護しておったのじゃ」


「えっ??」


私は身を乗り出した。


「エースからの乗り換えだったの⁈ 夜風に吹かれてたらとか、願い事を聞いておったとか、あれ全部! 嘘だったってこと⁈」


「すまぬ」


「ちぇ」


思わず口から出た。


「なんだか。がっかりだよ」


「お主」


きつのっちが笑った。


「ここへ来ると、普段の硬さが取れ。ずいぶんフランクに語るなぁ」


そして。


「向こうの世界でも、今のままであれば良いものを」


「吉乃さんの勘違いだよ」


そう返した。


     *


今日の吉乃さんは。


純白の着物に黒帯。


金糸と銀糸で刺繍された菊が。


川辺に咲き誇っている。


薄手の。


うす墨色の打ち掛けを羽織っていた。


幼女のように髪をおかっぱに切り揃え。


化粧をしていない顔は。


かえって若々しく見えた。


「大変だったね」


私が言った。


さっきまでの軽口とは違う。


今度は。


本当にそう思った。


吉乃さんは。


少しだけ目を細めた。


「フロイスが地球儀と時計とやらを殿にお見せした時。いつか、お前の国に行ってみたいと申しておられた」


遠くを見るような声だった。


「弥助を連れて、海を渡られたのだと。わらわは思う」


「きつのっちを残して?」


私は顔をしかめた。


「酷くない?」


「仇を討つは、名誉なことぞ」


静かな声だった。


「その誉を、殿はわらわに下された。家門の行く末も、わらわに任せてくだされたのだ」


吉乃さんは。


少しだけ笑った。


「充分じゃ」


その笑みは。


穏やかだった。


穏やかすぎた。


私は。


その顔を見ていた。


会いたくないの?


そう聞こうとして。


やめた。


そんなこと。


聞けるはずがなかった。


「これから先」


吉乃さんは。


暗がりへ顔を向けた。


「いくら探しても、殿のお体は見つかるまい。死んだと思わせるには、誰かが供養の真似事をせねばならぬ」


声が少し低くなる。


「でなければ殿は、まだお命を狙われる」


私は。


何も言えなかった。


吉乃さんはそのまま。


「茶の湯をこれえ」


と命じた。


その横は。


泣いていた。

     *


「苦い……」


私は呟いた。


「エースの父親が早逝したのは、本人から聞いておろう」


私は頷いた。


「前回、あの者と対峙した時。父親が、わらわを庇ったのじゃ」


「庇った?」


「事情を話し、納得するまで何でも答えてやった」


きつのっちは。


湯呑みへ視線を落とした。


「後になって分かったことじゃが。あの者の家は、かつて生駒の家に仕えておった」


「え?」


「本人は知らなんだ」


きつのっちが。


ほんの少し笑った。


「わらわも知らなんだ」


「じゃあ……偶然?」


「さてな」


湯呑みを持ち上げる。


「血が覚えておったのか。それとも、ただ。あの者がそういう男であったのか」


一口。


茶を飲んだ。


「わらわには分からぬ」


そして。


静かに言った。


「申し訳なくも、命を落とした」


少し間を置く。


「ゆえに。恩返しとしてエースを守っておったところへ、そなたが現れたのじゃ」


「で」


私は聞いた。


「なんでエースから乗り換えたのさ?」


「そなたが、うつけだったからじゃ」


「失礼だな」


とは言ってみたものの。


確かにそうで。


今もそうで。


と思わざるを得ない。


すると。


きつのっちが。


「だから、仇が取れたのやもしれぬ」


と。


他人事のようにこぼした。


『姫、お役に、立てて、光栄です。』


一つ一つ。


発音を粒立てて。


言い返してやった。


胡座を組んだ左足に肘をつき。


掌へ顎を乗せる。


これまでのことを。


ぼんやり考えていた。


「わらわは、これからもそなたの守護ぞ」


きつのっちが言った。


「何か望みはあるか?」


     *


私は。


吉乃さんの顔へ視線を戻した。


しばらく見つめ。


それから。


視線を落とした。


何を望むのか。


考えた。


心持ちが。


ゆっくりと言葉になる。


「今まで」


私は言った。


「物事の見方の角度を、間違えてた気がするんだ」


吉乃さんは。


黙っている。


「失ったものとか。足りないものとか。そういうのばかり見てた」


少し。


恥ずかしくなった。


「簡単にはいかないだろうけど」


私は。


顔を上げた。


「ひとりの人の笑顔で、いいんだなぁって」


口にしてみると。


妙に。


胸へ落ちた。


吉乃さんが。


ふっと。


息を多く含んだ声で言った。


「なかなか、そう思わせてくれる人とは会えぬ」


そして。


ほんの少し。


笑った。


「だから、生きているのかもしれぬな」


私は。


「そうだね」


と。


ため息のように答えた。


     *


「そなたに褒美をやろうと言っておる」


きつのっちが言った。


「何が良い?」


「元々、エースの守護だったんだからさ」


私は言った。


「エースを幸せにしてやってよ。できれば、さちこさんと」


「それは、もう決まっておる」


「え?」


「何度生まれ変わっても、あの二人は縁を持つ定めじゃ」


「そうなの!!」


思わず。


声が大きくなる。


「そうか!! それはよかった!!」


胸の奥が。


ぱっと明るくなった。


なのに。


「……いいな」


気づけば。


そう言っていた。


きつのっちが。


私を見る。


「そなたは今世をもって、この地球から卒業する」


「えっ!!」


私は顔を上げた。


「何で!! お払い箱なの!! やっぱり役立たずだから!!」


「今回の邪気払いでな」


きつのっちは。


いたって平然としている。


「確変が起きての」


「確変⁈」


「そなたの契約の箱は、満杯となった」


「ちょっと待って」


「天の気まぐれで、たまにそうなる時がある」


「神なのに、俗っぽいね」


「次はどこへ行きたい?」


「アンドロメダ星雲」


「相分かった」


即答ーーー

     *


「それからさ」


私は言った。


「吉乃さん」


「なんじゃ」


「いつまで生きられるか分からないけど」


少し考えた。


「平々凡々とした人生にしてほしいです」


吉乃さんは。


何も言わない。


「格別とか。偉業とか」


私は首を振る。


「そんなの、いらないから」


空を思い浮かべた。


道端の花。


風。


「空を見ても。道端の花を見ても。風がそよいでも」


少し笑った。


「幸せだな〜って思える毎日にしてくれない?」


言ってから。


妙な感じがした。


それは。


誰かに叶えてもらう願いなのだろうか。


ふと。


吉乃さんの頬に。


笑みが浮かんだ。


晴れやかな。


笑みだった。


「そなた」


きつのっちが言った。


「今しがた、自分で言っておったぞ」


「え?」


「Focusする場所と」


少し首を傾げる。


「角度じゃ、と」


私は。


黙った。


吉乃さんは。


まっすぐ私を見る。


「空も」


「花も」


「風も」


ゆっくりと言った。


「もう、そこにある」


私は。


何も言えなかった。


「そなたの視点は」


吉乃さんが笑った。


「そなた次第じゃな」



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