↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリウスが見ていた  作者: 國生さゆり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/31

シーン27 あっ、降ります。



ウチの近くにあるコンビニが見えてきた。


「あの、すみません。ちょっとだけ買い物したいんです。そこのコンビニの前で待っててもらえますか?」


私は身を乗り出して運転手さんに言った。


すると、よしのさんが隣から聞いてきた。


「ウチ、近いんですか?」


「ええ。すぐ、そこです」


「じゃあ、私も買いたいものが……」


よしのさんは窓の外を見た。


「歩きません?」


「ああ、そう。そうしたいところですが、もう……その……遅いですし」


「歩いたほうが早いですよ」


「いや、でも……」


私がマゴマゴしていると、運転手さんが言った。


「どっちでもいいから、早く決めてもらえませんか。あんたたちが乗った場所で、まだまだ客待ちしてたんですよ。今日は人が街に出てて、稼げそうなんですよね。すいませんねー」


「あっ、降ります」


即決したのは、よしのさんだった。


私は慌てて財布を取り出す。


精算しようとカードを抜こうとするが。


ガサッ。


引っかかった。


カードの端が。


財布のポケットの端にーーー!


なぜ今なんだーー。


なぜ!!


いつも、いつも。


なぜ今なんだよーーー!!!!!


「ありがとうございます」


よしのさんが私に言った。


そして運転手さんへ、


「領収書、お願いします」


と頼んでくれた。


領収書。


そうか。


少々ではあるだろうが。


私だって経費を使えなくもない。


まして今日は。


上司のお供だった。


「支払い終わらないと、領収書出せないんですけど」


運転手さんの声には、若干の嫌味が混じっていた。


「すみません」


私は囁いた。


カードは、まだ抜けない。


「ゆっくり。落ち着いて」


よしのさんが言った。


「そんなに急がなくても、大丈夫ですから」


バックミラー越しに私たちを見ていたのだろう。


運転手さんが笑った。


「なんか、あんたたち、いい感じで噛み合ってるね」


「ただの同僚です」


やっと抜けたカードを掴み、憮然と答えた。


「この人、恥ずかしがり屋さんなんです」


よしのさんが言った。


「揶揄わないでください」


私の声は小さく、弱々しかった。


開いたドアから流れ込んできた街の喧騒に、かき消されるほどに。


誰にも聞こえていなかっただろう。


私は力なくカードをタッチした。


     *


支払いを終え、領収書を握りしめてタクシーを降りた。


ドアが閉まる。


「お幸せにーーー!」


運転手さんが叫んだ。


今日は、何かと叫ばれる夜だ。


私は下を向いた。


「面白い人でしたね」


よしのさんが歩き出す。


「ああいう正直な人、私は好きです」


私はその後を追って、コンビニへ入った。


飲み物コーナーへ向かう。


――正直な人。


って言ったな。


つまり。


噛み合っていると思っている、ということか。


いや。


待て。


違う。


運転手さんが正直だと言っただけだ。


だから、その内容に同意したとは限らない。


決めてはいけない。


期待してはいけない。


希望を抱いてはいけない。


などと考えていたら、牛乳を鷲掴みにしていた。


私は我に返った。


周りを見る。


よしのさんは私のそばにいない。


淡い誤解は。


淡いまま秘めておいた方がいい。


私は酔っている。


酒に流されて進んだ恋は。


朝日が昇ったと同時に興醒めするのが。


世の習わしだ。


     *


先に精算を済ませていたのか。


よしのさんはエコバッグを持って、コンビニの前で待っていた。


連れ立って歩き出す。


途端。


ぐるん。


ぐるん。


今になって、酔いが本格的に回ってきた。


私の足取りは、ほぼ千鳥。


だが。


「近くまで送ります」


言った。


「いえ。大丈夫です」


しっかり断られた。


「何を買ったんですか?」


聞かれた。


私は素直に答えた。


「ウチのネコ、新鮮な牛乳が好きで。帰り道にあるあのコンビニで買って帰るのを、その……日課にしていまして。残りは私の朝食になります」


長い。


自分で話していても、そう思った。


長い。


よしのさんを見る。


顔をムズムズさせている。


その表情。


見覚えがある。


「もしかして! ネコアレルギーですか⁈ すいません!!」


慌てて謝罪した。


よしのさんが吹き出す。


「違います!!」


笑う。


「ネコ、大好きなんです!」


酔っていないと言ったよしのさんは。


嘘つきだ。


何を言っても笑いすぎる。


鼻も赤い。


目も潤んでキラキラしている。


「猫ちゃん、なんて名前ですか⁈」


「ねこ、といいます」


「猫に、ねこ?」


「五匹生まれたうちの三女でして。個体が小さすぎて、うまく育つか分からない子だったんです」


よしのさんは黙って聞いている。


「母に頼まれて飼い始めたんですけど……死ぬかもしれないと思ったら、その……名前をつけるのが不便に思えて」


私は少し笑った。


「それで、ねこ、という名前になりました」


「今、いくつですか?」


「十一年目ですから、人間だと六十歳くらいです」


「ねこを飼えていいですねー。うちのアパート、ペット禁止なんです」


「会っていきますか?」


言った。


私は。


言ってしまっていた。


酔いが。


一瞬で。


飛んだ。


「あっ!! あの!! 他意は!!!」


手を振る。


「ありません!!」


よしのさんが目を丸くした。


そして。


笑った。


「ぜひ!!」


即答ーーーしたーーー!!


「引かないでくださいね。私、猫の肉球の匂い嗅ぐの、大好きなんです!」


楽しそうだった。


本当に。


楽しそうだ。


私が覚えていられたのは。


……そこまでだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。