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シリウスが見ていた  作者: 國生さゆり


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26/31

シーン26 テーブルドンした、よしのさん。



何もかもが、規格外すぎた。


まず。


ビールで乾杯しなかった。


いきなり焼酎の水割りを頼んだ。


そして。


「かんぱ〜い」


グラスを合わせる間もなく、ゴクゴクと半分以上を飲み干した。


「いや〜〜ぃ、仕事終わりのこの一杯目はたまらない」


オヤジの常套句を、オヤジよりも完熟させて言い放った。


ドン!


テーブルにジョッキを置いた。


いや。


テーブルドンした。


「君、よく冷えててうまかったよ。さすがこの道のプロだねー」


ジョッキに話しかけている。


よしのさん。


やりすぎだ。


私の向かいに座ったエースは、目を丸くしてその飲みっぷりを見守っていた。


よし。


引け。


引くんだ、エース。


「いやーー、嬉しいなーー。いい飲みっぷりですね、よしのさん!」


エースもジョッキをあおった。


一気に飲み干す。


鼻の下に白い泡ひげをつけたまま、


「今日はあなたについてゆきます!」


と言った。


あっ!!!


エースは体育会系男子!!


元営業!!


筋骨隆々!!!


酒が強そうな要素が、すべて揃っていたーーー!!!


よしのさんの努力は。


開始早々。


無駄骨に終わった。


だが。


彼女は諦めない!!


「良かったーー! 今夜は飲むぞ!!」


破顔した。


残った焼酎の水割りをグイグイと飲み干す。


「大将、おかわりー!」


完全に。


人生の黄昏を酒で紛らわせるおじさんになった。


私は、さりげなく水の入ったグラスを隣のよしのさんの前へずらした。


「チェイサーです」


小声で囁く。


「いやだなー。そんな簡単に酒なんかに飲まれませんよ」


細めた目で、私を見上げた。


「もしかして心配してくれてます?」


ドキリ。


「酒の不始末くらい、自分でなんとかできる女なんですよーー、私」


「いいねー」


誕生日席の上司が割って入った。


「昔はそんな女性がたくさんいたよ。だけどね、勘定は男がするのが当たり前だったんだよねーー。ね?」


私とエースを見る。


私。


無視。


エース。


無視。


おそらく、すでに財布を気にしている。


セコいオヤジだ。


よしのさんが上司へ言い放った。


「覚悟してください。今日は美女二人と飲めるんですから」


「いいねー。ほんと、あの頃を彷彿とさせる子だ」


まんざらでもない顔でビールを飲み干す。


「焼酎、ボトルで頼もうか」


斜め右に座るさちこさんへ声をかけた。


「そうしましょう。皆さん飲めるみたいですから」


さちこさんも、すでにジョッキを空けていた。


強い。


美女二人。


強い。


     *


焼き鳥セット三十六本。


だし巻き玉子。


海鮮サラダ。


肉じゃが。


秋刀魚。


ししゃも。


エイヒレ。


きゅうりの浅漬け。


そして最後に、タコの酢の物。


一気にテーブルが埋まった。


「焼酎のボトルとレモンスライス多めで。炭酸水とお水はピッチャーで、それからアイスペールください」


よしのさんは早口で注文しながら、すでにセセリを手にしていた。


言い終わるや。


串を横滑りさせるように、一気呵成に食べる。


左手に串を持ったまま、箸できゅうりをブッ刺した。


「よしの」


さちこさんが、とうとう止めに入った。


「逃げないから。そう慌てないで、ゆっくり食べよう」


打ち合わせ済みだったはずだ。


それでも、いくらなんでもやりすぎだと思ったのだろう。


しかし。


よしのさんは振り切っていた。


「何言ってんの、さちこ。こういう時は早いもん勝ちなんだから!」


デカい。


周囲の視線が集まる。


そして私を見る。


「ねぇ?」


来た。


援護射撃だーー!!


今こそ私の出番。


「……ですね」


終わった。


終わってしまった。


なんだ。


しがなく。


ですね、って。


役立たずにも程がある。


「俺もそう思います」


エースだった。


「野球部の合同合宿なんて、まさにそうでしたよ。揚げ物と飯粒の争奪戦でした」


完璧。


マストな回答。


私は面白くなかった。


今後のよしのさんの援護射撃。


救世主の座は。


エースで決まった。


話題の宝庫。


タイミング。


場を盛り下げない気配り。


よく聞こえる耳。


営業で鍛えられた観察眼。


そして、野球場で日々轟かせていただろう、野太くよく通る声。


クソ!


私には一つもない。


敗北は明白だ。


負けるに決まっている。


「お待たせしました」


そこへ、焼酎セット一式を載せた大きなお盆を抱えて店員さんが現れた。


「待ってました! 社長!」


よしのさんが手を伸ばす。


危ない。


そう思った時には、エースが腰を上げていた。


お盆を受け取る。


同時に、さちこさんがエースの前の料理皿やジョッキ、取り皿、箸を手際よくどかしていく。


空いたスペースへ、エースがお盆を着地させた。


「ありがとう」


「いえ」


エースは、よしのさんのジョッキを手にしておかわりを作り始める。


その横で、さちこさんはエースの取り皿にだし巻き玉子ときゅうりの浅漬けを盛った。


箸まで綺麗に整える。


「違う皿に肉じゃがも取ってもらえませんか?」


「好きなんですか?」


「好きです」


さちこさんが肉じゃがを取り分ける。


エースの邪魔にならない。


差し出すタイミングもいい。


なんだろう。


この二人。


繁盛している小料理屋の大将と女将か。


「俺のも頼むよ」


上司だった。


「自分でどうぞ」


エースが即答した。


「今の時代、飲み会でなんでも女子にしてもらうの、良くないですよ」


「今夜は無礼講でしょう」


「意味が違います」


私は心の中で拍手した。


それでもさちこさんは、


「お任せください」


と笑って、上司の取り皿を引き取った。


その間に。


エースが、よしのさんのジョッキへ焼酎を注いでいる。


多い。


おい。


多いぞ。


「水と炭酸水、どっちがいいですか?」


「アーニャ、炭酸水が好き!! レモンもあーざいます」


アーニャ。


私は勝手な親近感を抱いた。


そしてなぜか、


――はてな、古代はそれでいいのかな。


と言ったユリーシャさんを思い出した。


なぜ今。


エースが炭酸割りを完成させる。


「どうぞ」


よしのさんへ手渡そうとした。


その瞬間。


私は。


ジョッキを奪った。


そして。


一気に飲んだ。


「なんでー!!」


エースが叫ぶ。


「濃く作りすぎだ」


言った。


私は。


下戸に近い。


「フハハーン」


上司。


「違います!」


即座に躾けた。


「優しいんだー」


さちこさんが笑う。


「あなたもです、さちこさん」


酔いが回り始めた私は、指を向けた。


「さっき、置き場がなくて困ってるエースを気遣っていたじゃありませんか。見事な差配でした。きっとあなたは、誰からも信頼される必殺仕事人だと思いました」


「そうなの!」


間髪入れず、よしのさん。


「さちこって、いつもそうなの。優しいし、料理上手だし、上司の信頼も厚くて。嫌なお局ちゃんにはさりげなく意地悪して、みんなの仇を取ってくれるの」


なるほど。


それは素敵だ。


ぐらり。


急に酔いが回った。


「うちにもいますよ。やな奴」


そこから私は、責任だけ部下に押しつける、とある上席の悪行について熱弁した。


透明性のない場所で話を進め。


失敗すれば、


「お前がそうしたから」


で逃げる。


「今どき、やばくないですか?」


「そのシステムを構築したのは先駆者」


上司が口を挟んだ。


「あの人は、その先駆者を真似して崇拝してるだけ」


「どおりで……」


エースが呟く。


「手慣れていたわけですね」


そう言いながら、新しいグラスに炭酸割りを作っていた。


レモンスライスを載せて、


「どうぞ」


よしのさんへ渡す。


そして私を見る。


「先輩も炭酸割りでいいですか?」


「いただこう」


ジョッキとボトルを手に取る。


自分で焼酎を注ぐと、すかさずエースが氷を入れ、炭酸を加えた。


カラカラ。


マドラーで混ぜてくれる。


男前なやつ。


そう思いながらエースを見ていたら。


さちこさんと目が合った。


彼女の目が言っていた。


――でしょ。


     *


「かんぱ〜い〜!」


空気を変えるような明るい声。


よしのさんが、私のジョッキへ自分のグラスを合わせてきた。


カチン。


「かんぱ〜い」


さちこさんも、エースのジョッキへ自分のグラスを軽く合わせる。


「乾杯」


エースが、さちこさんを見る。


二人で飲む。


「肉じゃが、好きなんですか?」


「母が教えてくれた最初の料理でして」


そこから。


二人は身の上話に花を咲かせ始めた。


私はちらりと、よしのさんを見る。


成功している。


作戦は。


たぶん。


よしのさんが私を見た。


「このネギまの、ねぎ。九条ネギです。美味しいですね」


目の焦点が、少し怪しい。


酔っている。


かなり。


いや。


私も同じようなものか。


ねぎまを手に取る。


頬張る。


「美味いですね!」


「俺、ロックで飲みたい」


上司が言い出した。


「ペース考えてください」


「まだ週の中日ですよ」


「水割りでいいから」


口々に止める。


「好きなように飲ませろよ。金払うのは俺だぞ」


「だから最後までしっかりしていて欲しいんですよ」


「なんか飯もの食べてからにされては」


「いいから、俺のことはほっといてくれ」


上司は黙々と飲み始めた。


私たちは。


喋った。


飲んだ。


食べた。


     *


締めに、


醤油。


激辛。


ネギ大盛り。


三種類のラーメンを頼んで、みんなでシェアする頃には。


もう。


グダグダだった。


会話が飛ぶ。


話題が飛ぶ。


誰も最後まで人の話を聞いていない。


一方通行なのは上司だけ。


だが。


その置き去り感すら楽しんでいるように見えた。


「みんなで写真撮ってもらいましょ」


エースが言った。


店員さんに頼んでくれたのは、さちこさん。


並ぶ。


私の肩に、よしのさんの腕がブンと回された。


近い。


近いぞ。


それを見たさちこさんが、エースの両肩へ手を置く。


「チキショウ」


上司がダブルピースをした。


パシャリ。


酔っ払い五人が、


写真に収まった。


     *


店を出たのは、十二時を過ぎていた。


近くの大通りまで歩く。


「ご馳走様でした」


四人揃って、上司へ頭を下げた。


よしのさんが、ふらつきながら顔を上げる。


「さちこを送っていたらけますか?」


呂律が怪しい。


エースへ頼むや否や。


ちょうど通りかかったタクシーへ向かって道路に出た。


「危ないよ、よしの!」


さちこさんが駆け寄る。


よしのさんは、そのさちこさんをタクシーへ押し込んだ。


そして振り返る。


「エースさ〜ん」


「お先です」


エースは、しっかりした口調だった。


タクシーへ乗り込む。


窓を開ける。


「ごちそーさまーでしたーー!!!」


とんでもない大声で叫んだ。


ただの酔っ払いだった。


タクシーが走り去る。


よしのさんと私は顔を見合わせた。


どっと疲れが押し寄せる。


そして。


笑った。


「なんだ。そういうことか」


上司が呟いた。


よしのさんが、


「ありがとうございます」


と、にこやかに微笑んだ。


上司が彼女をじっと見る。


「あなたに似た人に昔、ルビーの指輪を贈りました」


なんの話だ。


私は白けた目で上司を見る。


上司も私を見返した。


「お前が責任持って送っていけよ」


そして。


さっさとタクシーを止めて乗り込んだ。


窓が開く。


同時に、車が走り出す。


「老兵は去るのみだーー! ばか野郎!!」


夜の街へ、上司の叫びが消えていった。


なんだったんだ。


よしのさんの顔にも、


――よく意味が分からない。


と書いてある。


「どうします?」


聞いた私も、やっぱり酔っ払いだった。


「送っていただけますか?」


私は頷いた。


それしかできなかった。


よしのさんがタクシーを止める。


私はオズオズと乗り込んだ。


どこまでもイケてない男である。


「あの……どちら方面でしょう」


「大久保です。新大久保駅の近くです」


ええ!


近い。


いや。


待て。


私は隣のよしのさんを見る。


「……酔ってないんですか?」


「ええ」


普通の声だった。


「あれぐらいなら全然普通です」


普通ーーー!!


普通のよしのさんが聞く。


「どちら方面ですか?」


「あ……西武の。西武新宿駅の近くです」


「近いじゃないですか!!」


よしのさんの顔が、ぱっと明るくなった。


「よかった」


そう。


私たちは。


ご近所さんではない。


だが。


歩こうと思えば歩ける。


六分。


いや、八分。


そのくらいの距離に住んでいた。



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