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シリウスが見ていた  作者: 國生さゆり


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19/31

シーン19 あ、暗い方のLINEが好きなんですね。



昼食を終えて店を出たところで、上司が言った。


「夜さ、飲みに行かない?」


唐突だった。

この人の提案には、だいたい前置きがない。


「今日のですか?」

と、エースが聞いた。


「うん、今日の経費は見逃される率高いし、せっかくだからさ、いろいろあった昨日の慰労会やろうよ」


いろいろ。


パイプ椅子を並べ、トモッキーが倒れ、吉乃さんが現れ、私は指を怪我して、カスタマーセンターで人間の怒りを浴び続けた。


いろいろありすぎです。


「さちこさんとよしのさんも、どうですか?」


エースが聞いた。


「私は大丈夫です」


さちこさんが答えた。


よしのさんも、


「私も大丈夫です」


と頷いた。


「先輩も行きますよね?」

 エースが私を見る。


こういう時、私はいつも一瞬考える。


明日は仕事だ。

家にはねこがいる。

急に予定を変えるのは好きではない。


行かない理由なら、いくらでも浮かんだ。


「……うん、私も大丈夫です」


言ってから、自分で少し驚いた。


「じゃあ決まりっすね」

 エースが笑った。


決まったらしい。


誰も私の決断を大事件だとは思っていない。


当たり前だ。

飲みに行くだけなのだから。


そのあと、まだ痛む指の薬を買うために、私はよしのさんにお供する形で、会社へ戻る途中にあったドラッグストアへ寄った。痛み止めのロキソニンを手にドラッグストアの迷路を歩いていると、「先輩、これ良いすよ」商品を手にしたエースが大声を張り上げた。


近づいてゆくと、


「これ、この軟膏、メチャメチャ効くんですよ」と笑う。



「野球やってた時に、体のメンテも自己管理だったんです。詳しくなりまして。あっ、それから包帯じゃなくて、防水効果がある火傷した時に巻くやつあるんですけど、それも便利で使いやすいですよ」


何でも知ってるんだね、エースくん。


二人で探しに行くことにした。


よしのさんとさちこさんはフレグランスコーナーにいて、何やら試供品を試していた。


先をゆくエースが陳列棚を見ながら、


「えっと、ここの隣にありそうだな」


と言って左へ曲がった。


私だけが取り残される形になった。


その時だった。


「私、好きなのよ。だから今日の飲み会のときに協力してくれないかな」


さちこさんの声が聞こえた。


……。


好き。


誰を。


いや。

聞いてはいけない。


立ち聞きしているかのように思われるのも―――。


そう考えた私は、むやみに足を速めた。


そして角から出てきたおばちゃんとぶつかった。


「すみません!」声が大きすぎた。


さちこさんが振り向いた。


目が合った。


……。


さちこさんは下を向いて顔を赤らめた。


「私、先に会社に戻ってるね」


それだけ残して、そそくさと店から出て行った。


残された私とよしのさん。


気まずく視線を交わす。


「あっ、あの、立ち聞きしてたわけじゃなくて」


言ってから気づいた。


それはもう、


『はい。聞いていました』


と言っているようなもんではないか。


後の祭りでしかなかった。


よしのさんは笑顔を絶やさず、おばちゃんに、


「すいません。この人、お借りします」


と言った。


なぜ私は借りられた。


そのままレジのほうへ連れてゆかれる。


「LINEを個人で繋いでいいですか?」


よしのさんが私に囁いた。


「ええ」


訳がわからないまま、スマホを出そうとする。


「あっ、大丈夫です。グループLINEから辿れますから」


小声でそう言うと、よしのさんはさちこさんを追うようにドラッグストアから出て行った。


私はその背中を見送った。


個人でLINE。


……。


個人で、よしのさんとLINE。


昨日、


“はい。ありがとうございます”


しか送れなかった男です。


何だ。


何が起きている。


私に何がーーー、おこったーー!!!


「先輩、ありましたよ」

 エースが戻ってきた。


「並んでてくれたんですね。流石です」


違う。


私はただ茫然と立っていただけだ。


その時、エースのLINE音が鳴った。


「部長が迷子になってるみたいなんで、行って来ます」


迷子。


ドラッグストアで。


エースは探し当ててくれた防水加工カバーを私のカゴに入れ、足早に食品コーナー方向へ向かっていった。


LINE音が鳴った。


暗いほうのLINEが「ラ〜イ〜ン」と奏で続けている。


“今夜のお店が決まったら連絡ください。先に出ました。すみません” さちこさん


“了解” エース


“何が食べたいかだけ、教えていただきたい” 上司


“焼き鳥が食べたいです” よしのさん


……焼き鳥。


あんな可愛い顔で。

オーダーはオヤジ。


焼き鳥。


萌えギャップ。


私は腹を抱えて笑い出しそうになった。


そこへ、エースに連れられた上司が現れた。


「なに、一人でニヤニヤしてるんだ」

 と上司。


私は笑みを引っ込める。


上司が私の持っているカゴに黒砂糖のど飴を滑り込ませた。


「長時間、会議で話してたらね、喉の調子がね」


恩着せがましく言った。


「ありがとうございます」


私は頭を下げた。


「部長が説明してくれなかったら、私は責任を取らされていたと思います」


「まあ、実際、触ってないんだからね」


上司は何でもないことのように言った。


その何でもなさが、この人らしかった。


「大の男が三人、横に並んでると通行の邪魔ですよ」


後ろから声がした。


振り向く。


さっきぶつかったおばちゃんだった。


「あっ、先ほどは失礼しました」


謝っている最中に、私たちのスマホが立て続けに鳴り始めた。


ピコン。


ピコン。


ラ〜イ〜ン。


おばちゃんの眉間に皺が寄る。


「本当、今の若い人は」


若い。


誰がだ。


一瞬嬉しくなった。


いや、違う。

まとめて言われただけだ。


おばちゃんは尖らせた目で私を睨み、そのまま歩いていった。


上司がスマホに視線を落とした。


さっきまでの緩んだ顔が、引き締まる。


「会社が事態を収拾するために、記者会見を開くらしい」


「会社が?」


「うん」


エースがスマホを見る。


「今日、これからじゃないですか!!」


今日!


これから。


私はカゴの中を見た。


ロキソニン。

軟膏。

防水加工カバー。

黒砂糖のど飴。


平和だった。


恐ろしく平和なカゴだった。


その外では、何かが動き始めている。


「俺、先出るから」


上司が歩き出した。


どういう一日になるんだ。

不作法だとは知りつつも、私はカゴをその場に置いた。


「一緒に出ましょう」


エースとともに、私は上司を追った。



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