シーン18 企画部は強引にトモッキーぶち込んだもんだから大慌てしてるよ
昼食の席でも、トモッキーのニュースが話題になった。
昨日のイベントで起きた転倒事故。
ネットには様々な憶測が飛び交っているらしい。
私は吉乃さんの話を思い出し、背中が冷えた。
偶然。
そう思いたい。
でも、あの時のトモッキーの顔を思い出すと、簡単に偶然とは言えなかった。
そこへ遅れて上司が現れた。
「いやー、参った参った」
参ったと言いながら、あまり参っている顔ではない。
椅子を一脚増やしておいて正解だった。
上司は当然のようにそこへ座りながら言った。
「トモッキーの師匠が週刊誌に告白した記事が出たよ。昨日のことがわかってて、仕組んだようなタイミングだよね。偶然は必然かーー」
交通事故のとき、トモッキーに利き腕を踏みつけられた。
故意だったのではないか。
記事には、そんな言葉まで並んでいるらしい。
「昨日の冠スポンサーもね、損害賠償を言い出したんだって、企画部は大慌てだよ。強引にトモッキーぶち込んだもんだから」
「そんなに大変なんですか」
さちこさんが聞いた。
「大変なんてもんじゃないらしいよ。スポンサー、広告代理店、テレビ局、トモッキーの事務所、会場側からの問い合わせが、ひっきりなしなんだってーー。知らんけど」
知らんのかーい。
上司は水を飲んだ。
「そうそう」
思い出したかのように私を見た。
「キミがトモッキーに触れてないってことは、上にも説明しておいたから」
「えっ」
「企画部がずいぶん焦ってたからね。誰かのせいにして楽したそうだったから、言っといた」
怖いことを、ナプキンを広げながら言う。
「お礼なら、よしのさんに言いなよ。あの時、間に入ってくれなきゃ、キミは企画部に生贄にされてたよ」
私はよしのさんを見た。
「ありがとうございます」
「いえ」
彼女は小さく笑った。
またー、指が若干痛くなくなった。
だから気のせいだってーー。
「よし」
上司が突然、機嫌よく言った。
「今日は経費で奢る」
「経費なんですか?」
エースが嬉しそうに聞く。
「うん」
セコい。
と、私は思う。
だが、そのセコさを少しだけ微笑ましく思っている私がいる。
どうした、私。
寛容になったのか。
馬鹿になったのか。
企画部の惨状を思い描いてみる。
プリンターの前には印刷待ちの社員が列を作り、会議室の予約表は真っ赤に埋まり、固定電話と携帯電話は切ったそばから鳴り響く。
「コピー機の紙がない」
「会議室が寒い」
「宅配便何時まで」
「会議室の室温下げろ」
「加湿器もってこい」
「ランチミーティングの弁当おんなじ店が続いてんぞ、少しは考えろよ」
「お前が経費節減と言ったんだろう」を飲みこむ私ども。
そんなことを、私ども総務へ問い合わせてくる人たちである。
それが今日は来ない。
自分たちでやっているのだ。
やればできるじゃないか。
いや。
それどころではないのだ。
何か理由がある。
公になっては都合の悪い何かが……。
芸能人一人の転倒で、スポンサーが動く。
広告代理店が動く。
テレビ局が動く。
会社が動く。
すごいな、トモッキー。
そして、名前もないユーザーと呼ばれている人たちの力。
「トモッキーのハッシュタグ、三十分で三倍になってます」
スマホを手にしたエースが言った。
「三倍って何が?」
上司が聞く。
「投稿数です。すごい勢いです」
「暇だね」
「俺らも全部読んでるから同類ですよ」
「記事書いた人は仕事だったろうに」
上司が言いながら手を上げた。
「すみませーん、今日はナポリタンにしまーす。大盛りで」
自由だな、この人。
「あっ、オムライスも!」エースがスマホ画面を私に見せながら張り上げた。
画面の中では、みるみる間に数字が増えてゆく。
検索数が増えれば増えるほど、注目される。
注目されれば、もっと増える。
トモッキーは今、日本中から見られている。
それはきっと、すごいことなのだろう。
なのに。
なぜだか、私には実感がない。




