シーン17 若きエースの横顔
月曜の昼休み、エースが「メシ行きましょう」と声を掛けてきた。
向かう途中、彼はトモッキーのニュースを話し始め、話題にうとい私に「先輩、Yahooニュースとか見ないんですか」と言った。
「適当な嘘とか誇張とかされてるだろう」
「わかって読んでるんですよ。噂話って人との距離感縮まるじゃないですか」
エースの横顔を見ながら、私は言った。
「そんなもんか」
「そんなもんすよ。いつの時代も人はゲスい噂話が好きですよ。人の不幸は蜜の味っていうでしょう」
エースは涼しい顔で言った。
若いのに、妙なところで達観している。
前に蟻を見た場所で、エースがしゃがみこんだ。
「今日も労働ご苦労さん」
蟻にまで労働を労う男である。
そこへ、さちこさんとよしのさんが現れた。
「怪我、どうですか?」
よしのさんが私に聞く。
「冷やしたんですが、まだ痛くて」
「軟膏、買ってないでしょう」
「すみません」
なぜ私は謝ったのだろう。
よしのさんは私の指をちらりと見た。
それだけなのに、若干、痛くなくなった気がした。
気のせいだ。
私のーーー、気のせいだ。
そんな効能があったら、薬局が潰れる。
歩きながら、エースが故郷の話を始めた。
高校の帰りに、自転車で熊本城の石垣を見上げたこと。
地震のあと、崩れた姿をニュースで見てショックを受けたこと。
いつか帰ると決めたこと。
「東京が嫌いなわけじゃないんです」
エースはそう言った。
「じゃあ、なんで熊本に帰りたいんだ」
「好きなんですよ。地元が」
簡単に言う。
こういうことを、この男は簡単に言う。
好きだから帰りたい。
会いたいから会いたい。
やりたいからやる。
昨日の夜、似たようなことを考えた気がした。
エースは熊本へ戻り、いつか地域に役立つ事業をしたいと夢を語った。
何をやるのか、まだ具体的には決めていないらしい。
「でも、地元で何かやりたいんすよね。自分が育った場所に、恩返しができるようなことをしたいんです」
故郷がある。
夢がある。
飛ばされてもなお、エースは自分の力を信じている。
羨ましかった。
私はこの男くらいの年齢の時、何を考えていただろう。
出世したかっただろうか。
金が欲しかっただろうか。
結婚したかったのか。
覚えていなかった。
思い出せなかった。
いつからだろう。
「帰る場所があるって思うと頑張れますよね」
エースが私に同意を求めた。
「えっ」
「あれ、先輩、結婚してますよね」
「独身だよ」
少し強く言いすぎた。
なぜ強く言った。
エースが「そうなんすね」と言った。
先を歩いていたさちこさんが、隣を歩くよしのさんの横顔を見た。
私は二人に聞こえなかったことにする。
何を……だ。
店へ入ると、レジ前にいた従業員が「いつもの席にどうぞ」と言った。
いつもの席を見る。
四人なら座れる。
しかしながら、上司が合流する予定だった。
座れないことはないが、狭い。
以前の私なら、そのまま座っただろう。
でも。
「もし迷惑でなければ、椅子を一つ出していただけませんか?」
私は要望を口にした。
店員は一瞬だけ目を丸くして、
「ですよね。この間、狭そうだったなって後悔してたんです」
笑いながら椅子を持ってきてくれた。
それだけだった。
誰も怒らない。
迷惑そうな顔もしない。
店から追い出されもしない。
椅子が一つ増えただけだった。
要求する。
そんな当たり前のことを、私は少しずつ覚え直していた。




