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シリウスが見ていた  作者: 國生さゆり


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13/31

シーン13 ご意見、賜らせて頂きます、中村でございます



帰社して総務のドアを開けると、四人全員が受話器を握っていた。


隣の席で電話が鳴っている。

女性社員が口だけで「でて」と言った。


私は上着を脱ぎながら、頭の奥から研修文句を掘り起こした。

名前は――中村でいこう。受話器を取った。


「カスタマーセンターでございます。このたびはお手数をお掛けして申し訳ございません。担当いたします、中村でございます」


受話器の向こうは、最初から怒っていた。

「希望記念公園のイベント、トモッキー出るの!? 出ないの!? 時間過ぎてるんだけど!」


私は何も知らない。

「申し訳ございません。会場アナウンスにて――」


「最悪!」

電話が切れた。


……。

中村、何もしてないのに。


三本目を終えた頃、手書きの紙が回ってきた。

《美容家トモッキーさまの出演は、ご本人の体調不良により急遽見送られました》


「えーーーっ」

声を上げてしまい、全員の視線を集めた。


そのとき、最古参が現れた。

「トモッキー、救急車で大学病院に搬送されたらしいの。うわ言を口走りながら錯乱したんだって。企画部長から伝言。お客様の怒りをできるだけ緩和しろ、だそうよ」


錯乱。


その言葉だけが耳に残った。最古参はそのまま、損失、保険、スポンサー、法務の話まで一気に吐き出し、「差し入れ持ってくるからね」と言い残して去った。


まずい。


これは責任の所在を押しつけ合う戦争になる。

急遽の出演を押し通した企画部。

保険の名義にトモッキーを入れていなかった法務。

太客の代理店を連れてきた営業。


そして――。

その始まりは私だ。


受話器が鳴った。

「出てください」

隣から声が飛んでくる。

考えている暇はなかった。


みんな眉間にシワを寄せ、がむしゃらに対応していた。


鳴る。


取る。


謝る。


切れる。


鳴る。


その繰り返しだ。


企画部長からは「お客様の怒りをできるだけ緩和しろ」とのお言葉まで賜っている。ここは火消しの最前線だ。


私も中村に戻った。

夜まで電話は鳴り止まなかった。


この部署に来た頃、電話対応の女神に教わったことがある。

「怒っている人ってね、怒りたいんじゃなくて、分かってほしい人が多いんですよ」


しかしながら、今回はトモッキーに会えない怒りばかりだった。


「トモッキーに会うために来たのよ!」

「交通費返して!」

「仕事休んだんだけど!」

「責任者出して!」

「最初から呼んでなかったんでしょう!」


キーキーと尖る声。

声。

声。


何十本目だっただろう。

謝っていた私の脳裏に、突然トモッキーの顔が浮かんだ。


ヒールが折れる直前。

トモッキーは私を見ていなかった。

私の後ろを見ていた。


その後ろにいたのは――。

吉乃さん。


『見たな、そなた』

低い声までもが蘇る。


トモッキーには、なぜ吉乃さんが見えたのだろう?

吉乃さんは、なぜ懐剣を抜いたのだろう?


「――聞いてるんですか!」

電話の声で我に返った。


「申し訳ございません。お聞きしております」

私は受話器を握り直した。


考えるな。

悟るな。

目立つな。

行動するな。


以前の私なら、そこで考えるのをやめていた。


知らない方がいい。

関わらない方がいい。

どうせ私には関係ない。

それで終わりにしていた。


けれど。


トモッキーは救急車で運ばれた。

うわ言を口走りながら、錯乱して。

私はもう「自分には関係ない」で片づけられなかった。


電話の向こうで、女の声が尖る。


その声の奥で。

誰かが笑った。


背筋がゾッとした。



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