シーン12 痛かったですね、後爪郭に血豆ができています。
救護テントへ向かう途中、白衣の医師とすれ違った。よしのさんが呼び止めると、医師は「出演者が倒れたらしいんです」と言い、私の顔を申し訳なさそうに見上げ「申し訳ありません。意識のない方を優先させてください」と言った。
「主催会社の者です。もちろん出演者を優先してください」と私が言うと、医師は一度走り出しかけて、振り返った。「すみません。優劣なんかつけてしまって」頭を下げ、小走りに去っていった。
私は、その立ち振る舞いをかっこいいと思った。
医療の現場で優先順位は必要だ。
そんなことは私にだって分かる。
それでもあの医師は、「優劣」と口にした自分に引っかかりを覚え、ちゃんと言葉にして私へ謝った。
生きづらいだろうに。
私は勝手にそう思った。
救護テントでは、看護師が私の指を見て言った。
「痛かったですね。後爪郭に血豆ができています」
「えっ!」
私より先に、よしのさんが反応した。
「今は冷やすしかありません。爪を作る部分を守る大事な場所なので、強い圧は避けてください」
看護師が保冷剤をガーゼで包み、丁寧に当ててくれる。
その手元を心配そうに見ていたよしのさんが、私の顔を覗き込んだ。
「しみませんか?」
「ええ。心に沁みています」
私は思わず答えていた。
よしのさんが怪訝な顔をする。
看護師がその顔を見て「怪我をしてエンドルフィンが出ているんでしょう」と言った。
私は笑った。
怪我の功名とは、このことか。
うだつの上がらない会社員が、素敵な女性二人に甲斐甲斐しく世話を焼かれている。
人生、何が起きるか分からない。
スマホが鳴った。
上司からのLINEだった。
《治療が終わったら帰社してくれないか? クレーム係が不足してるらしい》
夢から現実へ戻すには、充分すぎる文面だった。




