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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第1章

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「でも泣くなとは言わない」

 


 紅羽が最初に届いた。


 槍を低く構えて、真正面から。


 祭祀種は細い腕みたいなものを何本も広げる。先端にぶら下がっているのは鈴……に見えて、よく見たらぜんぶ歪んだ骨だった。気持ち悪い。


「っ……!」


 紅羽の一撃が外殻へ食い込む。硬い。兵骸種とはぜんぜん違う感触だ。槍先がめり込みはする。でも、砕けない。


 そこへ右から琥珀が飛び込む。


「どけぇぇっ!」


 籠手がうなる。衝撃蓄積を乗せた拳が横殴りに叩き込まれて、祭祀種の脇腹みたいな場所がひしゃげた。


 鈍い音。


 歪んだ鐘の音が一瞬だけ止まる。


「いける!」


 琥珀が叫ぶ。


「まだだ!」


 夕璃はそう返しながら前へ出た。


 祭祀種の外殻は、殴れば壊れる。けど、壊しきる前に音を鳴らされるとまずい。紫月の領域があるうちに、核を見つけて止めるしかない。


「詩乃!」


「左の奥」


 即答だった。


「たぶん、胸の中。でもちょっと深い」


「了解」


 夕璃は長刀を握り直す。


 祭祀種が腕を振る。横殴りの鈍い一撃。夕璃は身をひねってかわし、ついでにその腕を斬る。切れた。けど、落ちた先から黒い煙みたいにほどけて、また別の場所へ繋がり直す。


 面倒くさい。


 ほんとにこういうタイプは嫌いだ。


「紅羽、正面もっと押せる?」


「押す!」


 返事と同時に、紅羽の圧が強くなる。


 戦場圧。


 前へ出る意志をそのまま力に変えるみたいな能力だ。いつ見ても、たちが悪いくらいまっすぐで、でも頼もしい。


 祭祀種の上体がわずかにのけぞる。


 今だ。


「琥珀、右からもう一発!」


「おっけ!」


 琥珀が地面を蹴る。小柄なくせに一歩が重い。ぐん、と低く加速して、今度は拳じゃなく肘から入った。


 衝撃。


 ひしゃげた外殻にひびが走る。


 その隙間へ、夕璃はそのまま飛び込んだ。


 紫月の領域の中なのに、まだ嫌な音が耳の奥を引っかく。ちり、ちり、ちり……鐘というより、爪でガラスを撫でるみたいな音だ。


 気持ち悪い。


 それだけじゃない。


 見えてはいけないものが、視界の端ににじむ。


 燃える旗。折れた槍。膝をつく誰か。夢の続きみたいな景色。


「夕璃ちゃん!」


 詩乃の声が飛ぶ。


 夕璃は歯を食いしばった。


 前だ。


 今は前を見る。


 長刀を突き込む。


 ひびの入った外殻を押し広げるみたいに、刃が入る。その奥、どくどくと脈打つような黒い塊が見えた。核。


 見つけた。


「紅羽、固定!」


「任せろ!」


 紅羽の槍が祭祀種の身体を正面から押さえ込む。完全に止めるには足りない。でも十分だ。


「琥珀、下がれ!」


「まだ殴れる!」


「下がれって!」


 強めに言うと、琥珀は悔しそうにしながらも一歩引いた。


 その判断が早いの、今日はほんと偉い。


 夕璃は接続を切り替えた。


 長刀の形が少しだけ変わる。厚みが減って、鋭さが増す。斬るためじゃなく、貫くための形。


 紫電の剣聖。


 今はこれでいい。


「借りる」


 誰に言うでもなく小さくつぶやいて、夕璃は踏み込んだ。


 核まで一直線。


 でもその瞬間、祭祀種の中心の穴が大きく開いた。


 まずい、と思うより先に音が来る。


 鐘の音。


 今度はさっきまでよりずっとはっきり、近く。


 耳じゃない。頭の中に直接、濁った鐘を落とされたみたいな衝撃。


「……っ!」


 足が止まる。


 視界が歪む。


 知らない景色が一気に流れ込んできた。


 崩れた礼拝堂。泣いている子ども。血のついた白い手。笑っている誰か。自分じゃない視点。自分じゃない呼吸。


 やばい。


 これ、持っていかれる。


 夕璃が歯を食いしばった瞬間、背中にやわらかい熱が触れた。


「戻って」


 紫月の声だった。


 静謐領域が、一段深くなる。


 白い光が夕璃の輪郭を縫い留めるみたいに流れ込んで、頭の中の濁流を押し返す。


 完全には消えない。


 でも、足は戻る。


「……ありがと」


「あとで言って」


 紫月の声は少しだけ苦しそうだった。


 領域を維持しながら、さらに夕璃に寄せている。負担が大きいのがわかる。


 なら、今ので決める。


 夕璃は目の前だけを見る。


 黒い核。


 脈打つ中心。


 あれを落とす。


「夕璃ちゃん、右!」


 詩乃の警告。


 反射で体をひねる。祭祀種の腕が薙いできていた。ぎりぎりでかわす。頬をかすめる。熱い。


 でも崩れない。


 夕璃はそのまま一歩、もう一歩と踏み込んだ。


「そこだぁぁっ!」


 横から琥珀の声。


 下がったはずの琥珀が、今度は遠巻きに回って、祭祀種の脚部を思いきりぶん殴った。衝撃で巨体のバランスがわずかに崩れる。


「九条!」


 紅羽が怒鳴る。


「今のは必要!」


「必要だったけど勝手に戻るな!」


「ごめん!」


 すごい勢いで怒られながら謝ってる。忙しいな。


 でも、その一撃で十分だった。


 祭祀種の核が、ほんの少しだけむき出しになる。


「もらう」


 夕璃はそう言って、刃を突き込んだ。


 手応え。


 硬い外殻じゃない。もっと深い、嫌な感触。


 核を貫く。


 同時に、残響が走る。


 一撃のあとを追うみたいに、遅れて二つ目の斬撃が同じ場所を裂いた。


 祭祀種の身体が大きく震えた。


 鐘の音が、途中でひしゃげる。


 ちり……ぎ、みたいな変な音になって、それっきり止まる。


 静かになった。


 いや、ほんとは周りでいろんな音が鳴ってる。遠くの警報も、人の声も、兵骸種の足音もある。


 それでも、さっきまで頭の中をひっかいていた嫌な音が消えたぶん、世界が急にまともに戻ったみたいに感じた。


 祭祀種が崩れる。


 細い腕も、歪んだ外殻も、黒い煙みたいにほどけて、地面へ落ちる前に霧散していく。


【上位敵性反応、消失】


 演算音声じゃない。実戦用の簡易端末が、夕璃の手首で短く告げた。


 夕璃はやっと息を吐いた。


「……終わった」


「終わってない!」


 紅羽の声が飛ぶ。


「周囲確認!」


「あ、はい」


 思わず素で返した。


 紅羽は槍を引き抜きながら、あたりを見回している。まだ戦闘の顔だ。切り替えが早い。


 琥珀は肩で息をしているけど元気そう。詩乃はいつの間にか近くへ戻っていて、外れた髪を指で直している。紫月は……少し顔色が悪い。


「紫月」


「平気」


 言うのが早い。


 平気な人の返答じゃない。


「平気じゃないだろ」


「でも動けるから大丈夫」


「それ、さっき霧島教官に怒られてたやつ」


 夕璃が言うと、紫月は一瞬だけ目を丸くして、それから少し笑った。


「ほんとだ」


「笑ってる場合じゃない」


「それもそう」


 その会話の途中で、通信が入る。


『第七、上位反応消失を確認。よくやった』


 黄虹隊、御剣千晴の声だった。


 短い。けど、その短さの中に少しだけ安堵が混じっていた。


『だが居住ブロック西側で避難遅れが出ている。救援を優先しろ』


「了解」


 夕璃が返す。


 終わっていない。ほんとに。


 祭祀種を落としても、まだ住民がいる。兵骸種も残ってる。戦場はそう簡単に区切りよく終わらない。


「行くぞ」


 夕璃が言う。


 紅羽がうなずく。


 そのとき、路地の向こうから泣き声が聞こえた。


 子どもの声。


 細い。途切れ途切れ。怖くて、息がうまく吸えてない泣き方。


「っ」


 琥珀が反射でそっちを見る。


「隊長!」


「行く!」


 第七部隊が路地へ飛び込む。


 商店区画の角を曲がった先、小さな駐輪場の陰に、小学校低学年くらいの女の子がしゃがみ込んでいた。近くに倒れた自転車。泣きながら耳を塞いでいる。


 たぶん、さっきの鐘の音で動けなくなっていたんだろう。


 その少し先、兵骸種が一体、ゆっくりそっちへ向かっている。


「行かせるか!」


 琥珀が飛ぶ。


 今度の踏み込みは迷いがなかった。


 拳を叩き込む。兵骸種が横へ吹き飛ぶ。壁にぶつかって崩れ落ちた。


 紅羽がすぐに周囲を確認する。


「他は!」


「いない!」


 詩乃が答える。たぶんほんとだ。


 紫月が先に女の子のところへしゃがみ込んだ。


「大丈夫。もう大丈夫だよ」


 声の出し方が、戦闘中とまるで違う。


 やわらかい。あったかい。ちゃんと、怖がってる相手の方へ届く声だ。


 女の子は顔をぐしゃぐしゃにしながら紫月を見る。


「お、おかあさんが……」


「どこで別れたかわかる?」


「むこう……おみせ……」


 指さした先は、通りを一本越えた先の商店列。


 夕璃が地図を頭の中で組む。避難導線から少し外れてる。嫌な位置だ。


「紅羽、琥珀、通りを押さえろ。詩乃は先行。母親探す。紫月はこの子連れて一回下げて」


「了解」


 紅羽が即答。


「了解!」


 琥珀も続く。


「わかった」


 詩乃はもう動いていた。


「夕璃ちゃんは?」


 紫月が聞く。


「わたしは詩乃の後ろ」


 それだけ言って、夕璃も走り出した。


 商店列の通りは、さっきよりひどかった。シャッターが半分閉まった店、割れたガラス、転がる商品、放り出されたカゴ。避難の途中で時間が切れたみたいな景色だ。


 詩乃の声が前から飛ぶ。


「いた」


 夕璃が加速する。


 路地の奥、店の入り口の前で、女の人が倒れた棚に足を挟まれていた。生きている。けど、兵骸種が一体すぐ近くにいる。


 そいつもこちらに気づく。


「詩乃!」


「わかってる」


 詩乃の姿が消える。


 次の瞬間には兵骸種の背後にいた。双短刀が一閃。首筋を断つ。きれいすぎて、見ててちょっと怖いくらいだ。


 兵骸種が崩れる。


 夕璃はすぐに女の人の方へ向かった。


「動けますか」


「……っ、娘、娘が……!」


「生きてます」


 そう言うと、女の人の顔が一気に崩れた。泣きそうになって、それをこらえる顔だ。


「紫月が保護した。今、下がらせてる」


「よかった……」


 言って、力が抜ける。


 まずい。


「詩乃、棚どかせる?」


「やる」


 二人で棚を持ち上げる。重い。演習体じゃない現実の棚は、変に生々しくて嫌だ。


「っ、せ……!」


「夕璃ちゃん、力ないなあ」


「うるさい」


「ほんとのこと」


「斬るぞ」


「その言い方はちょっとこわい」


 軽口を叩きながらも、詩乃の手は速かった。棚が持ち上がり、夕璃が女の人を引きずり出す。


 足首を痛めてる。歩けるけど速くはない。


「肩貸します」


「……ごめんなさい」


「あとででいいです。今は動いて」


 自分でもちょっとびっくりするくらい、すらっと口から出た。


 たぶん紅羽の影響だな、と夕璃は思う。前なら、もう少し雑な言い方をしていた気がする。


 通りへ戻ると、紅羽と琥珀がきっちり押さえていた。


「母親、確保!」


 夕璃が叫ぶ。


 紫月のところへ合流する。女の子はまだ泣いていたけど、さっきよりずっと落ち着いていた。母親の顔を見た瞬間、声にならない泣き方で飛びつく。


 その勢いで、紫月がちょっとだけよろけた。


「紫月!」


「平気……」


 またそれだ。


 けど、今はほんとに突っ込んでる暇がない。


 女の子と母親を黄虹隊の避難導線へ預ける。黄の隊員がしっかり受け取ってくれる。そこはほんとに頼もしい。


 そのとき、外壁側から大きな衝撃音が響いた。


 ごん、と腹にまで来る音。


 全員が振り向く。


 東側の区画の向こう、煙が一段大きく上がっていた。


 通信が荒れている。


『赤隊、南交差点押し返される!』


『追加反応、二、いや三!』


『緑、医療班前へ!』


 嫌な増え方だ。


 朝に霧島が言っていた“連動してる”ってやつかもしれない。


「第七!」


 今度の通信は霧島だった。


『南交差点へ回れ。赤と黄の間に穴が開く!』


「了解!」


 夕璃が返す。


 紅羽が槍を握り直す。琥珀はもう前を向いている。詩乃は静かに目を細め、紫月はまだ少しつらそうなのに立つ。


 休む暇なんか、やっぱりない。


「走るぞ!」


 夕璃が先に踏み出す。


 南交差点。


 そこが次の戦場だ。


 そして夕璃は走りながら、胸の奥のざわつきがまだ消えていないことに気づいていた。


 祭祀種の音は止まった。


 でも、さっき頭の中で聞こえた声だけが、まだ少しだけ残っている。


 今度は、落とすな。


 誰の声だ。


 なんで今さら、そんなふうにこびりつく。


 夕璃は一度だけ目を閉じかけて、すぐに開いた。


 今はまだ、そんなことを考える時間じゃない。


 前だ。


 前に行く。


 けれど、そのざわつきは、次の戦場の手前までずっと背中に張りついて離れなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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