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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第1章

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「優しい人から先に壊れる」



 南交差点は、近づく前からひどかった。


 煙が低く流れている。道路の真ん中で配送車が横転していて、その向こうに赤虹隊の前衛が見えた。押し返されてる。いや、押し返されないように踏ん張ってる、が近い。


 交差点の信号は全部壊れていた。点滅もしていない。色を失ったまま、空に向かって立っているだけだ。


 その足元を、兵骸種が歩いていた。


 五……いや、六。


 しかもその奥、煙の中にひときわ大きい影が一つある。


「多いな」


 夕璃が言う。


「多いですませるな」


 紅羽が即答した。


「でも多いだろ」


「それはそうだけど!」


 琥珀が叫ぶ。


 元気だな……と一瞬思ったけど、その声も少しだけ上ずっていた。さすがにわかるか。これだけ露骨に戦線がきしんでれば。


 前方で赤虹隊が踏みとどまっている。


 天童朱里がいる。大剣形態の武器を振り抜いて、一体、また一体と兵骸種を押し返していた。真っ正面から強い。ああいうのを見てると、戦う前にもう勝ってる人っているんだなと思う。


 でも、今はその朱里でも押しきれていない。


 大きい影のせいだ。


 煙の向こうのそいつが、交差点のど真ん中に居座っている。


 人型に見える。けど、人じゃない。全身に道路標識みたいな板をぶら下げていて、その下で黒い肉みたいなものが脈打っている。頭のある場所には、信号機の残骸みたいな三つの灯が埋まっていた。全部消えてるくせに、見られてる感じだけははっきりある。


「……あれ、なに」


 琥珀が低く言った。


「兵骸種じゃないね」


 紫月の声は静かだったけど、少し硬い。


 詩乃が目を細める。


「亡都寄りかな」


「祭祀じゃないの?」


「音がないから違うと思う」


 詩乃のそういう判断は、だいたい当たる。


 夕璃は前を見る。


 その大型個体の周りだけ、兵骸種の動きが明らかに揃っていた。ばらばらに突っ込んでくるんじゃない。壁を作るみたいに並んで、赤虹隊の前進をずらしている。


 嫌な敵だ。


 めちゃくちゃ嫌な敵だ。


 通信が入る。


『第七、見えたか』


 霧島の声。


「見えた。大型一。兵骸六」


『ああ。識別はまだだが、統制系の上位だ。南交差点の穴を埋めろ。赤だけじゃ押し切れん』


「了解」


 返しながら、夕璃は一歩前へ出る。


 そのとき、前方から朱里の声が飛んできた。


「黒瀬さん!」


 ちゃんと戦場の声だった。通る。迷いがない。


「そっちの支援、お願いできる!?」


「任せて!」


 夕璃が返すより早く、琥珀が叫んだ。


「おい」


「いやだって今のは!」


「別にいいけど」


 夕璃は息を吐いて、交差点全体を見た。


 赤虹隊は中央を押さえている。でも大型に足を取られて、左右の兵骸種を処理しきれていない。黄虹隊は避難導線を守るので手いっぱい。緑は後ろ。第七が入るなら、右から崩すしかない。


「紅羽、中央は朱里先輩に合わせろ。真正面からぶつかるな」


「了解」


「琥珀は右の壁。大型じゃなく兵骸を散らせ」


「え、大きいの殴りたい」


「後で」


「ほんとに!?」


「ほんと」


「よっしゃ!」


 単純で助かる。


「詩乃、左の死角から大型の足回り見て。核が見えるなら最優先で教えて」


「了解」


「紫月は後方固定。赤隊も含めて範囲広げられる?」


「ちょっと無理するけどやる」


「無理しすぎるな」


「そのセリフ、そのまま返していい?」


「今はやめて」


「じゃああとで言う」


 その返しができるならまだ動ける。


 夕璃は長刀を構える。


 ざわつきはまだある。祭祀種の残りみたいな嫌な感覚。でも、さっきほどじゃない。まだ前を見られる。


「第七、入る!」


 走る。


 交差点へ。


 最初にぶつかったのは右側の兵骸種だった。二体。車の陰を使って待ち構えていたらしい。演習より露骨にやらしい。


「夕璃ちゃん、右下!」


 詩乃の声。


 夕璃は反射で足を浮かせる。地面すれすれを、兵骸種の腕が薙いでいった。あっぶない。


「助かった!」


「あとで感謝して」


「高くつきそうだな!」


 言いながら斬る。兵骸の肩口を裂く。残響を置く。半歩ずれて二体目の攻撃を避け、遅れて走った斬撃で一体目が崩れる。


 その横を、琥珀が弾丸みたいに抜けていった。


「どけどけどけぇぇっ!」


 籠手の一撃で兵骸種が一体吹っ飛ぶ。道路標識にぶつかって折れた。火力だけならほんと頼もしい。


 でも、


「琥珀、奥行きすぎ!」


「見えてる!」


「見えてるなら止まれ!」


「今止まる!」


 返事はいい。


 止まるのが半拍遅い。


 その瞬間、大型個体の頭部……信号機の残骸みたいな三つの灯のうち、真ん中が赤く点いた。


 嫌な予感。


「下がれ、琥珀!」


 夕璃が叫ぶ。


 遅い。


 大型の腕みたいなものが横へ薙いだ。太い。標識や鉄骨や何かの残骸がぐちゃっと固まったみたいな腕。


 琥珀がとっさに両腕で受ける。


 衝撃。


 小さい体が横へ吹き飛ぶ。


「ぐっ……!」


「九条!」


 紅羽が吠えた。


 琥珀は転がる。でもすぐ起きる。完全には入ってない。紫月の光が間に合って、威力を少しだけいなしたんだろう。


 それでも痛いはずだ。


「だいじょうぶ!」


 本人は叫んだ。


「次から気をつける!」


「今の“次”は本来あっていいやつじゃない!」


 紅羽が怒鳴る。


 けど、怒鳴れるってことはまだ余裕がある。そこはいい。


 夕璃は大型へ目を向けた。


 赤。


 信号灯の色が切り替わっている。


 まさか、と思った瞬間、周囲の兵骸種の動きが変わった。


 一斉に前へ出る。


「統制信号……!」


 朱里の声が飛ぶ。


 そういうタイプか。


 信号で周りの兵骸を制御している。赤で突撃、みたいな単純なものじゃないかもしれないけど、少なくとも動きが変わった。


 面倒だな。ほんとに。


『第七、そいつを止めろ!』


 霧島の声。


「言われなくても!」


 夕璃は舌打ちした。


 大型を落とす。そうすれば兵骸の統制が崩れる。理屈は単純。でもそこまでが遠い。


 正面には朱里と紅羽。右に琥珀。左は詩乃。紫月は後ろで光を広げている。


 形としては悪くない。


 あと一押し、のはずなのに。


 そのとき、上空から銃声が走った。


 一発。


 大型の肩口が弾ける。


「青!」


 琥珀が叫ぶ。


 高所通路。青虹隊の支援だ。凪か、雫か、その両方か。どっちでもいい。今は助かる。


 直後、通信に雫の声が乗る。


『右肩の装甲、薄い。そこ起点で崩せる』


 落ち着いた声。


 ちょっと腹立つくらい落ち着いてる。


「了解!」


 夕璃が返した。


「紅羽、右肩!」


「見えた!」


「琥珀、今度こそ合わせろ!」


「おっけ!」


「ほんとか!?」


「今回はほんと!」


 なんで毎回確認しないと不安なんだろうなこいつは。


 でも、やるしかない。


 夕璃は大型の前へ出る。真正面。危ない位置。わざとだ。視線を引く。


 大型の信号灯が、今度は黄色に変わった。


 嫌な色だ。


 周囲の兵骸種が一瞬止まる。次の動作へ入る前兆みたいな静止。


 それと同時に、大型の腕が夕璃へ向けて振り上がる。


「夕璃ちゃん、来る!」


 詩乃の声。


 わかってる。


 わかってるから、避けない。


 夕璃は半歩だけ踏み込み直す。


「黒瀬!」


 紅羽の怒声。


 次の瞬間、腕が振り下ろされる。


 直撃寸前で、夕璃は長刀を下からすくい上げた。まともに止めるんじゃない。流す。ほんの少しだけ軌道をずらす。


 重い。


 腕がしびれる。


 でも、ずれた。


 大型の体勢がほんの一瞬だけ泳ぐ。


「紅羽!」


「任せろ!」


 槍が閃く。


 右肩へ突き込まれる。さっき青が開けた傷へ、紅羽の一撃がまっすぐ入る。


 そこへ琥珀が飛ぶ。


「うおぉぉぉっ!」


 今度は拳じゃない。全身を乗せた体当たりみたいな一撃。衝撃蓄積を全部ぶち込んだんだろう。大型の右上半身がぐらっと傾く。


 ひび。


 装甲の割れる音。


『核、首の下!』


 雫の声が通信に落ちる。


 同時に、詩乃の声も聞こえた。


「見えた! 首の奥!」


 重なる。


 それで十分だった。


 夕璃は接続を切り替える。


 長刀の重さが変わる。切るための形から、裂いて抜ける形へ。


 夢の残りが、また少しだけ背中を這う。


 でも今は、使う。


「借りる」


 小さく言って、踏み込む。


 大型の首元。割れた装甲の隙間。そこに黒い脈動が見える。


 核。


 そこへ、一閃。


 斬る。


 でも浅い。硬い。


 大型がのけぞる。赤信号がまた点こうとする。


 まずい。


 もう一撃いる。


 その瞬間、視界の端で、朱里が動いた。


 赤虹隊長、天童朱里。


 大剣を引き絞るみたいに構えて、そのまま大型の正面へ斬り上げる。


「開ける!」


 短い声。


 正面が裂ける。


 それで十分だった。


 夕璃はもう一度、核へ届く角度を作る。


 今度は迷わない。


 斬る。


 残響が遅れて走る。


 二撃目。


 核が縦に割れる。


 大型の三つの信号灯が、一瞬だけ全部点いて、それからまとめて消えた。


 交差点全体が静かになる。


 兵骸種の動きも、ほんの一拍だけ止まった。


『統制反応、消失!』


 青虹からの通信。


 その直後、赤虹隊と黄虹隊が一気に押し返す。動きの揃っていた兵骸種がばらけた。こうなれば数の問題だ。


「第七、残党処理!」


 朱里の声が飛ぶ。


「了解!」


 紅羽が返す。


 そこからは早かった。


 統制を失った兵骸種は、さっきまでほど嫌らしくない。紅羽が押し、琥珀が砕き、詩乃が死角から落とし、夕璃が中央を切り払い、紫月がぎりぎりのところを縫い合わせる。


 数分後。


 南交差点の敵性反応は、ようやくゼロになった。


 終わった。


 今度こそ、少なくともこの区画は。


 夕璃は息を吐いた。


 肩が重い。腕も少し痛い。でも動ける。


 紅羽も肩で息をしていた。琥珀は道路脇にへたり込みそうになって、でも気合いで立っている。詩乃は静か。紫月は……顔色が悪い。


 やっぱり悪い。


 祭祀種の時点でかなり削って、そのあともずっと支援を広げていた。無理が出ないわけがない。


「紫月」


 夕璃が近づく。


「……うん、大丈夫」


「だいじょうぶの顔じゃない」


「今日それ何回目かな」


「知らない。多いのは知ってる」


 紫月は少し笑って、それから壁にもたれた。


 ほんとに危ない時は笑う余裕もなくなる。このくらいならまだ持つ……いや、その判断はもう危ないんだよな。


 そこへ朱里が歩いてきた。


 近くで見ると、やっぱりちゃんと疲れている。けど、それを表に出すのがうまい。


「助かった」


 朱里が言う。


「第七が来てくれてよかった」


「そっちもです」


 紅羽が少し硬い声で返した。


 朱里は紅羽を見て、それから第七部隊全員を見た。


「いい動きだった」


 言われて、琥珀の顔がちょっとだけ明るくなる。


 でもその直後、別の声が飛んできた。


「褒めるのは後だ」


 御剣千晴だった。


 黄虹隊の隊員を二人連れて、避難導線の奥からこっちへ来る。顔は相変わらず堅い。


「居住ブロックDで避難遅れの報告。こっちの処理が済んだ隊から回す」


 終わらない。


 まあ、そんな気はしていた。


「第七は行けるか」


 千晴の問いは事務的だった。


 でも、問いかける相手として第七を選んでいる時点で、少しだけ変わったのかもしれない。少なくとも、“危ないから下げる”じゃなく、“動けるなら使う”に近い。


 紅羽が夕璃を見る。


 夕璃も、紅羽を見る。


 隊長としては紫月を休ませたい。かなり。できるなら今すぐ。


 でも、前線がまだ開いてるのも事実だ。


「……紫月」


 夕璃が呼ぶ。


「行ける?」


 聞き方としては最低かもしれない。


 でも、本人に聞かずに決めるのも違う気がした。


 紫月は一度だけ目を閉じて、それから開く。


「短くなら」


 その返事が来ると思っていたのに、やっぱり少しだけ胸が重くなる。


「じゃあ短くで終わらせる」


 夕璃はそう言って、千晴へ向き直った。


「第七、行けます」


 千晴が短くうなずく。


「わかった。ならD区画を頼む」


 その直後、通信がまた鳴った。


 今度の声は霧島じゃない。


 綾瀬冬子だった。


『第七部隊、聞こえる?』


「聞こえる」


 夕璃が返す。


『皇さんの生体負荷がかなり上がってる。これ以上の領域拡張は止めて』


 紫月が少しだけ困った顔をした。


「見られてた」


「そりゃ見られてるだろ」


 夕璃が言う。


 綾瀬の声は続く。


『あと、黒瀬さん。あなたも汚染値が上がってる。祭祀種との接触時に一瞬、波形が乱れた』


 やっぱりか。


 背中のざわつきは気のせいじゃない。


『任務中だから今は止めない。でも、これ以上おかしな反応が出たら即報告。いい?』


「……了解」


 返事をしながら、夕璃は少しだけ奥歯を噛んだ。


 やっぱり面倒だ。


 でも、止まるわけにもいかない。


 詩乃がこっちをちらりと見た。


 たぶん気づいてる。


 でも今は何も言わない。その無言が逆にありがたい。


 朱里が剣を肩に担ぎ直す。


「じゃあ、こっちはこっちで押し返す」


 その声音は、さっきより少しだけ軽かった。


「一条」


「はい」


「さっきの連携、悪くなかったよ」


 紅羽の目が少しだけ見開く。


「……ありがとうございます」


「次はもっときれいに行こう」


「はい」


 朱里はそれだけ言って、赤虹隊へ戻っていく。


 残った空気の中で、琥珀がぼそっと言った。


「やっぱずるいなあ……」


「何が」


 夕璃が聞く。


「全部」


 それはまあ、ちょっとわかる。


 でも今はそれを言ってる場合じゃない。


 D区画。


 まだ終わっていない。


 夕璃は長刀を握り直して、前を見る。


 その瞬間、視界の端で何かが揺れた。


 ほんの一瞬。


 倒れた信号機の影に、誰かが立っていた気がした。


 女の人。


 ぼやけた輪郭。


 夢の中の。


「……っ」


 夕璃の呼吸が止まりかける。


「隊長?」


 琥珀の声。


 瞬きしたら、もう何もいなかった。


 ただの信号機の残骸だけ。


「どうした」


 紅羽が聞く。


「いや……」


 気のせい、だと言おうとして、夕璃は少しだけ言葉につまった。


 気のせいにしていいやつか、わからなかったからだ。


 でも、今ここで立ち止まるわけにはいかない。


「なんでもない。行くぞ」


 そう言って、夕璃は先に歩き出した。


 背中に、視線みたいな感覚だけがまだ少し残っていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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