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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第1章

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「死んだ街は静かだ」



 D区画へ向かう途中、ようやく少しだけ静けさが戻った。


 戻った、というより、戦場の音に耳が慣れただけかもしれない。


 遠くの警報。砲撃音。無線のざらつき。どこかで誰かが叫ぶ声。そういうのが全部、背景に沈んでいく。慣れたくないけど、たぶん適合者ってそういうふうにできていく。


 夕璃は前を走りながら、一度だけ後ろを見た。


 紅羽、詩乃、紫月、琥珀。


 全員いる。


 それだけで、少しだけ息がしやすい。


 D区画は、南交差点より住宅寄りだった。低い集合住宅と個人商店が混ざっていて、道が細い。避難経路としてはあまりよくない。だから遅れが出る。


「こっち、音少なくない?」


 琥珀が小声で言う。


 たしかにそうだった。


 さっきの交差点は、まだ戦ってる音が近かった。でもこっちは変に静かだ。静かすぎる。人がいる区画の音じゃない。


「嫌だな」


 夕璃が言う。


「そういうの、だいたいよくない」


「わかる」


 紅羽が短く返す。


 紫月は少しだけ目を閉じて、空気を確かめるみたいに息を吸った。


「……誰かいる」


「住民?」


 詩乃が聞く。


「たぶん。二人、いや三人くらい」


 紫月の感覚はこういうとき強い。


 でも、その声は少しだけ迷っていた。


「ただ、変」


「変って?」


 琥珀が聞く。


 紫月はすぐには答えなかった。


「怖がってる感じが薄い……というか、音が止まってるみたい」


 嫌な言い方だった。


 音が止まってる。


 生きてる人間に向ける言葉じゃない。


「詩乃」


「うん」


「先見て」


「了解」


 詩乃が消える。


 ほんとに自然に消えるよな、と毎回思う。横にいたはずなのに、次の瞬間にはいない。敵なら最悪だし、味方でもたまに怖い。


「琥珀、紫月の近く」


「はいはい」


「返事軽い」


「でも守るよ」


 そう言って、琥珀は紫月の半歩前に出た。


 その位置取りがもう少し早く自然にできるようになるといいな、と思う。でも今日はかなりましだ。最初に飛び出すだけじゃなく、ちゃんと守る側にも回ってる。


 前方、商店街の入り口に着く。


 シャッターが半分閉まっている店、看板が曲がったドラッグストア、古いクリーニング屋。生活の途中、という景色だ。


 その真ん中に、人がいた。


 中年の男の人。


 立っている。道路の真ん中に。


 動かない。


「おじさん!」


 琥珀が呼びかける。


 男の人は顔を上げない。


 腕はだらんと下がったまま。逃げるでもない。怯えるでもない。ほんとに、ただ立っているだけだ。


「……おかしい」


 夕璃が足を止めた。


 紅羽も同時に止まる。


「上、見ろ」


 低い声だった。


 夕璃の目線が上がる。


 二階のベランダ。


 三階の廊下。


 窓の隙間。


 そこにも人がいた。


 女の人。子ども。老人。みんな立っている。じっと。下を見ている。でも、表情がない。いや、見えないだけじゃない。空っぽみたいな立ち方だった。


 ぞわっと背中が粟立つ。


「なにこれ……」


 琥珀の声がかすれる。


 紫月が小さく息をのんだ。


「意識が薄い……」


 その言い方で、夕璃はさっきの祭祀種を思い出した。


 音。


 鐘の音。


 もう止めたはずだろ。


 なのに、今この区画の空気には、まだ何かが残っている。


 そのとき、詩乃の声が通信に落ちた。


『上、見ない方がいいかも』


「遅い」


 夕璃が返す。


『ごめん。先に嫌なの見つけた』


「どこ」


『商店街の奥。広場になってるとこ。たぶん、残り香っていうより本体の欠片』


 残り香。


 本体の欠片。


 その時点で、ろくでもないのは確定だった。


「第七」


 夕璃は低く言う。


「住民に触るな。下手に起こすと何が起きるかわからない」


「じゃあどうすんの」


 琥珀が聞く。


「元凶を潰す」


「シンプルだな」


「今はそれでいい」


 紅羽がうなずいた。


「同意する。紫月、住民への影響は」


「広く浅く。たぶん、一人ずつは無理。源を止めれば戻るかも」


「戻らなかったら?」


 詩乃の声がどこからか混じる。


 夕璃は一瞬だけ黙った。


「そのとき考える」


 返しとしては最低だ。でも、今はそれしか言えなかった。


 商店街の奥へ進む。


 途中で、男の人の横を通る。近い。呼吸はある。目も開いてる。なのに中に誰もいないみたいな顔をしている。


 嫌だ。


 さっきの祭祀種より、こっちの方が嫌かもしれない。


 夕璃は視線を切って先へ行く。


 広場は、小さなロータリーみたいな形だった。真ん中に時計台がある。たぶんこのあたりの待ち合わせ場所だったんだろう。ベンチがあって、花壇があって、休日なら子どもが走ってそうな広さ。


 その真ん中に、それはいた。


 鐘。


 いや、鐘の残骸みたいなもの。


 倒れたまま地面に半分埋まっていて、その表面に黒い筋みたいなものが這っている。鐘そのものは古びた銅みたいなのに、その周りだけが生き物みたいに脈打っていた。


 音はしない。


 でも、見ているだけで耳の奥がざわつく。


「あれだね」


 詩乃がいつの間にか戻ってきて、夕璃の斜め後ろに立つ。


「祭祀種の核片……かな」


「かな、で済ませてほしくないな」


「でも初めて見るし」


 それはそうかもしれない。


 紅羽が槍を構える。


「壊せば終わるか」


「待って」


 紫月が止めた。


 顔色は悪いまま。でも目だけは冴えている。


「これ、周りの人と繋がってる」


 全員がそっちを見る。


 紫月は鐘の残骸を見たまま言う。


「たぶん、浅いけど精神を引っかけてる。雑に壊したら、住民の方に反動が行くかも」


 厄介にもほどがある。


 夕璃は舌打ちしたくなった。


「じゃあどうする」


「一気に切る。繋がりごと」


 紫月の声は静かだった。


「できる?」


「……やるしかない」


 その答えに、少しだけ嫌な感じがした。


 紫月は優しい。優しすぎる。だから、やるしかないって言うときはだいたい、自分がいちばん無茶するつもりのときだ。


「却下」


 夕璃が言う。


 紫月がこっちを見る。


「夕璃ちゃん」


「だめ。さっきでもう削れてる」


「でも他に方法が」


「ある」


 言い切ったものの、頭の中はまだ組み上がっていなかった。


 だから、無理やり考える。


 繋がりを切る。住民を巻き込まない。核片を潰す。紫月の負担を減らす。


 そこで、ふと視界の端にまた何かが揺れた。


 時計台の影。


 女の人。


 まただ。


 夢の中の輪郭に似た、ぼやけた人影。


 でも今度は、消えなかった。


 影は、鐘の残骸の方を指さしていた。


「……え」


 夕璃の呼吸が止まる。


「隊長?」


 琥珀の声。


 影は何も言わない。


 ただ、鐘の側面の、一か所を指している。


 そこだけ黒い筋の流れが違う。脈が集まっている。


 接続点。


 そう見えた。


「夕璃ちゃん、どうしたの」


 紫月が聞く。


 言うべきか迷う。


 言ったところで、たぶんまともに聞こえない。自分でも、今のが見間違いじゃないって言い切れない。


 でも、時間がない。


「……側面の左下」


 夕璃は鐘を指した。


「そこ、繋ぎ目っぽい」


「え?」


 紅羽が眉を寄せる。


「何を根拠に」


「勘」


「雑すぎる」


「わかってる。でもたぶん当たり」


 詩乃が鐘を見る。


「……たしかに」


 数秒後、そう言った。


「筋の流れ、そこだけ逆向いてる」


 助かった。


 詩乃が乗ってくれるなら、ただの妄言じゃなくなる。


「じゃあ、そこを切れば」


 琥珀が身を乗り出す。


「待て」


 紅羽が止める。


「切るだけじゃだめだ。反動が住民に走る可能性は残る」


「なら紫月の領域で押さえながら、一点だけ断つ」


 夕璃が言う。


 頭の中がようやく形になる。


「紅羽が正面で固定。琥珀は残骸の周りの脈動を潰して、流れを散らす。詩乃は切断の瞬間に周囲の気配を抑えろ。紫月は住民側の反動を受ける方に集中。わたしが接続点を落とす」


「また一番危ないとこやる気?」


 琥珀が言う。


「隊長だからな」


「今それ言うのずるい」


「便利だから使ってるだけだろ」


 紅羽が横から刺してきた。


 夕璃は少しだけ口元を引いた。


「それは否定しない」


「否定しろ」


「今は無理」


 紅羽は深く息を吐いた。


 でも、反対はしなかった。


「……三秒で終わらせろ」


「努力はする」


「そういう返事が一番不安なんだが」


「わかる」


 紫月が小さく言う。


「わたしもそう思う」


「ひどいなあ」


「でも、やるしかないよね」


 紫月のその言葉で、全員の空気が揃った。


 もう行くしかない。


「位置、つく」


 夕璃が言う。


 紅羽が前へ。琥珀は右。詩乃は広場の縁へ滑り、紫月は鐘と住民たちの間に立つ。白い光が静かに広がる。


 夕璃は鐘の残骸の前へ出た。


 耳の奥がざわつく。


 またあの影が見える。


 今度は時計台の影じゃなく、夕璃のすぐ左。視界の端。立っている。近い。近いのに輪郭がない。


「……誰」


 口の中だけでつぶやいた。


 返事はない。


 でも、その影はもう一度だけ、接続点を指した。


 だったら今は、それでいい。


「行くよ!」


 夕璃が叫ぶ。


 紅羽の槍が鐘の上部を抑え込む。


 琥珀の拳が右側の脈動を叩き潰す。


 詩乃の気配がすっと広場の外へ広がって、空気が少しだけ静かになる。


 紫月の光が、住民たちの方へ強く寄る。


 そして夕璃は、接続点へ向けて長刀を振り下ろした。


 斬る。


 硬い。


 でも通る。


 直後、世界がぐらっと揺れた。


 鐘の残骸が鳴くみたいな音を立てる。今まででいちばんひどい音。頭の中へ直接突っ込んでくる。


「……っ」


 夕璃の膝が落ちかける。


 同時に、住民たちが一斉に息をのんだみたいに震える。


「紫月!」


「押さえてる!」


 声が苦しそうだった。


 まずい。


 一撃じゃ足りない。


 夕璃は歯を食いしばる。


 ここで止まったら、紫月が持たない。


 だからもう一度。


 接続を深く落とす。


 夢の残りみたいなざわつきが、刃の奥へ流れ込む。


 嫌だ。


 でも、使う。


「借りる……!」


 夕璃がほとんど噛みつくみたいに言って、もう一度斬った。


 今度は残響も重ねる。


 二撃目が遅れて走り、接続点を十字に裂く。


 黒い筋がぶつっと切れた。


 次の瞬間、広場を満たしていた嫌な気配がまとめてほどける。


 住民たちが、その場で崩れ落ちた。


「受ける!」


 紫月が叫ぶ。


 白い光が一気に広がる。


 それが住民側へ流れた反動を受け止めて、散らして、押し返す。


 でもその分、紫月の体がぐらついた。


「紫月!」


 夕璃が駆け寄るより先に、琥珀が飛んだ。


「先輩!」


 支える。


 紫月はなんとか倒れない。でも、顔色が完全に悪い。唇の色まで薄くなっている。


「……だいじょうぶ、だから」


「だいじょうぶじゃない!」


 琥珀が珍しく怒鳴った。


 その声で、紫月が少しだけ目を丸くする。


 広場の住民たちは、数秒遅れてようやく現実へ戻ったみたいに、倒れたまま苦しそうに息をし始めた。泣き出す人、咳き込む人、ただ座り込む人。


 意識は戻った。


 たぶん、助かった。


 夕璃はその場に膝をつきそうになるのをこらえる。


 耳の奥がまだうるさい。


 視界も少しだけ揺れている。


 でも、その中で一つだけ、はっきりわかったことがあった。


 さっきの影。


 あれは、気のせいじゃない。


 そう思った瞬間、通信が鳴った。


『第七、応答して』


 綾瀬冬子だった。


『今の反応、見た。黒瀬さん、あなたの波形、また乱れた』


 やっぱり見られてた。


 夕璃は顔をしかめる。


『皇さんはこれ以上だめ。そこで下がって。第七は任務を区切る』


「でも、まだ区画確認が」


 紅羽が言う。


『黄と緑が入る。あなたたちは一度下がって評価を受けて』


 命令だった。


 それも、たぶん妥当な命令。


 夕璃は紫月を見る。


 紫月は支えられながら、それでも「まだ行ける」と言いそうな顔をしていた。だから先に言う。


「下がる」


 紫月の口が少しだけ止まる。


 でも、反対はしなかった。


 琥珀が支えたままうなずく。


「それがいい」


 紅羽も息を吐いた。


「異論なしだ」


 詩乃は少しだけ目を細めて、夕璃を見る。


「……夕璃ちゃんも、ほんとは今あんまりよくないでしょ」


「そんなことない」


「嘘」


「言い切るなよ」


「今日の顔、ちょっと見ればわかる」


 そう言われると返しづらい。


 たぶん詩乃は、自分と似た危うさの匂いに敏感だ。


 夕璃は視線をそらして立ち上がる。


 そのとき、視界の端に、またあの女の人の影が見えた。


 今度は広場の外れ。


 こっちを見ている。


 顔はやっぱり見えない。


 でも、たしかにそこにいる。


 誰にも言わず、夕璃はその影を見返した。


 影は何も言わない。


 ただ、少しだけうなずいたように見えた。


 次の瞬間には消えていた。


「……隊長?」


 琥珀の声で、夕璃は前を向く。


「行くぞ」


 自分でも少しだけ声が硬いのがわかった。


 第七部隊は、黄虹隊と入れ替わるようにD区画を離れる。


 助けた住民たちの泣き声が、背中に残る。


 よかった、と思う。


 でも、ぜんぶよかったでは終われない。


 紫月は限界が近い。夕璃の頭のざわつきも消えてない。そして、見えてはいけないものが見え始めている。


 発進ゲートへ戻る途中、誰もあまり喋らなかった。


 琥珀だけが紫月を支えながら、時々「大丈夫?」と聞く。紫月はそのたびに「うん」と返す。でも、その声はだんだん細くなっていた。


 紅羽は前を向いたまま無言。詩乃も静か。


 夕璃も、何を言えばいいのかわからなかった。


 だからそのまま歩く。


 ただ足音だけが並ぶ。


 ようやく外壁下の回収ポイントが見えたとき、夕璃は少しだけ安堵した。


 ここまで戻れば、一度は切れる。


 そう思った。


 思ったのに。


 その直後、頭の奥で、またあの声がした。


 今度は夢の中よりずっと近く、はっきりと。


 今度は、じゃない。


 ――今度も、だ。


「……っ」


 夕璃の足が止まる。


「隊長?」


 紅羽が振り返る。


 言葉が出ない。


 視界がぐらりと傾く。


 そしてその瞬間、夕璃の耳元で、誰もいないはずの場所から、女の人の低い声がはっきり落ちた。


「また遅い」


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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