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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第1章

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「泣いてる暇があるなら走れ」



 補給スペースの空気が、一瞬で変わった。


 さっきまでゼリー一本であれだけうるさかったのに、モニターの赤い表示が出た瞬間、誰も何も言わなくなる。


【第七部隊、出撃準備】

【外縁居住区救援任務】


 短い文字だった。


 でも、それで十分だった。


 琥珀がゼリーを握ったまま固まる。紅羽の顔つきが切り替わる。詩乃は目を細め、紫月は画面を見たまま小さく息を吐いた。


 夕璃は一歩、前に出る。


「詳細は」


 その問いに答えたのは、壁際の端末じゃなく、霧島だった。


「移動しながら聞け。時間がない」


 その一言で、全員が動いた。


 補給は一瞬だった。紫月が最低限必要な安定剤と救急パックを取り、紅羽が装備チェックを飛ばし気味で済ませ、詩乃は無言で短刀の位置を確認し、琥珀は結局ゼリーを二本持っていた。


「なんで増えてんの」


 夕璃が言う。


「一本は走りながら用!」


「行儀わる」


「戦場に行儀とか言ってる場合!?」


「あるだろ一応」


「ないよ!」


「ある」


 紅羽が即答する。


「食べながら走るな、九条」


「無理!」


「無理じゃない!」


「いや無理だって!」


 そのやり取りをしながら、第七部隊は発進ゲートへ向かう通路を急いだ。


 戦術棟の中は慌ただしい。いつもなら訓練生や教官が普通に行き来している廊下も、今は連絡員と補給係が走り回っている。壁のモニターには東側外縁の地図。点滅する赤。更新される数値。


 正式稼働日。


 その響きが、急に現実になっていた。


 通路を曲がった先で、第三部隊・黄虹隊とすれ違う。


 御剣千晴が先頭だ。


 黄の隊服は目立つのに、動きに無駄がないせいで全体が静かに見える。防衛と避難の部隊らしいまとまり方だ。


 千晴が第七部隊を見る。


 ほんの一瞬だけ。


「黒瀬」


「はい」


「今回は救援だ。勝つ前に、落とすな」


 短い。


 けど、その言葉はさっきの演習の続きみたいに、まっすぐ入ってきた。


「……はい」


 夕璃が答えると、千晴はそれ以上何も言わず、部隊を率いて通り過ぎていく。


 紅羽が低くつぶやいた。


「言われなくても、そのつもりだ」


「でも、言われるとちょっと刺さる」


 夕璃が返す。


「刺さるのは大事だろう」


「まあね」


 さらに先で、第四部隊・緑虹隊の春風奏が、補給班に指示を飛ばしていた。やわらかい声なのに、やってることは早い。


「紫月さん!」


 奏が気づいて手を上げる。


「安定剤、いつもより一段階強いの回してあるから。あと東区画、避難経路のマップ更新入ってる」


「ありがとうございます」


「無理しないでね……って言っても、今日の任務じゃ難しいか」


 奏は少しだけ困ったみたいに笑って、それから夕璃へ視線を向けた。


「黒瀬さん」


「なに」


「戻ってきて。みんな分まとめて言うけど」


「雑」


「今はそのくらいでいいかなって」


 それはちょっとだけよかった。


 重い言葉を重いまま渡されるより、この人のこういう軽さの方が助かる。


「了解」


 夕璃がそう返すと、奏は「うん」とだけ言って、また補給班へ戻っていった。


 発進ゲート前はもうかなり騒がしかった。


 大型シャッターの向こうは外壁へ続いている。床には薄い振動。上から流れてくる警報音。整備班の声。遠くで起動する結界装置の低い唸り。


 そして、その全部の音の下に、少しだけ混ざっている外の空気。


 冷たい。


 戦場の手前の匂いがする。


「第七部隊、こっちだ」


 霧島に呼ばれて、五人は発進待機ラインへ並ぶ。


 前方には赤虹隊の一部と黄虹隊、少し離れて緑虹隊。橙虹隊は別ルートから外縁へ回るらしい。青虹隊はすでに高所支援準備中との表示がモニターに出ていた。


 雫ももういるんだろうな、と夕璃は思う。


 今はそれを考えてる場合じゃないけど。


 霧島が端末を開き、最後の説明を短く落とす。


「任務内容を繰り返す。東側外縁、第三区画居住ブロックにて異常反応増加。すでに黄虹隊が避難誘導、赤虹隊が前衛防壁を形成中。だが、敵性反応が居住区内へ入り込み始めた」


 モニターの地図が拡大する。


 細い生活道路、住宅棟、小規模商店、避難ポイント。


 その中に赤い点がいくつも出ている。


「種類は現時点で兵骸種を確認。ただし、上位反応が一つ混ざってる。これが厄介だ」


「上位って、どのくらい」


 琥珀が聞く。


「まだ特定できてない。ただ、現場報告じゃ音響系の精神干渉あり」


 紫月の目が少しだけ細くなった。


「祭祀種……」


「たぶんな」


 霧島がうなずく。


「まだ断定はできんが、近い。避難が混乱してるのもそのせいだ」


 夕璃は地図を見る。


 居住区。


 ただの戦場じゃない。生活の中に敵が入り込んでいる。住民がいて、泣いてる子どもがいて、逃げ遅れた人がいて、そこに兵骸種と精神干渉。


 いちばんやりづらい形だ。


「第七の役割は二つ」


 霧島が指を立てる。


「一つ、居住区内へ入り込んだ敵の刈り取り。二つ、祭祀系上位個体の発見と足止め。撃破まで行けるなら行け。無理なら位置を固定して他隊へ繋げ」


「足止めか」


 紅羽が静かに言う。


「住民優先ですか」


「優先順位の一番上は常に住民だ」


 霧島の声は低かった。


「忘れるな。今回お前らが助けるのは、ログじゃない。本物だ」


 その一言で、胸の奥が少しだけ冷えた。


 演習じゃない。


 当然だ。わかってる。


 でも、改めて言われると重い。


 琥珀がゼリーをぐっと飲み込む。


「……了解」


 いつもより声が低い。


 夕璃は横目でそれを見る。


 たぶん琥珀も、今はちゃんとわかっている。


「紫月」


 霧島が呼ぶ。


「精神干渉が出たら、お前が鍵だ。無理に全部抱えるな。まずはラインを保て」


「はい」


「一条。正面を押しすぎるな。引く判断も持て」


「はい」


「白峰。消えるのはいいが、消えたままになるな」


「了解です」


「九条。前しか見るなとは言わん。だが、前だけ見るな」


「……はい」


「黒瀬」


「なに」


 霧島の目が真っ直ぐ来る。


「隊長やれ」


 短かった。


 でも、それで十分すぎた。


 夕璃は一瞬だけ目を細めて、それから答える。


「了解」


 そのとき、発進ゲートの上でランプが青から白へ変わった。


【第七部隊、出撃許可】


 シャッターがゆっくり上がる。


 外の光が差し込む。


 冷たい風。


 そして、その向こうの遠景に、外壁と街区、そのさらに奥で立ち上がる薄い黒煙が見えた。


 現実だ。


 完全に。


「行くぞ」


 紅羽が言うより少し早く、琥珀が一歩出る。


 でも今日は飛び出さなかった。ちゃんと半歩で止まる。


 えらい。


 夕璃は前を見た。


 背中の奥がざわついている。嫌な感じだ。夢の残りみたいなざわつき。でも、今は置いていくしかない。


「第七部隊、出る」


 誰に向けたわけでもなく、でもちゃんと四人に聞こえる声で夕璃は言った。


「全員で行って、全員で戻る。まずはそれだけ考えろ」


「了解!」


 琥珀が大きく返す。


「了解」


 紅羽が続く。


「うん」


 詩乃はやわらかく。


「了解です」


 紫月は静かに。


 五人が走り出す。


 発進ゲートを抜けた瞬間、空気が変わった。


 学園の中とはぜんぜん違う。風は冷たいのに、どこか熱を含んでいる。遠くで警報が鳴っていて、外壁上では砲台の起動音がしている。地面は硬く、空は高く、東側の街区だけが、そこだけ別の世界みたいに少し歪んで見えた。


 嫌な眺めだ。


「右ルート、急ぎます!」


 前方で黄虹隊の伝令が叫ぶ。


「居住ブロックC、避難遅れ多数!」


「赤隊、交差点維持!」


「緑、補給ライン確保!」


 いろんな声が飛んでいる。


 その中を、第七部隊は東へ走る。


 途中、外壁上の高所通路に青虹隊の影が見えた。


 長銃の反射光。


 観測器の青い光。


 そして、その一人が少しだけこちらを見下ろす。


 雫。


 距離が遠いのに、なぜかわかった。


 雫は何も言わない。ただ、観測器の光が一瞬だけ第七部隊の進路をなぞって、そのまま前方の街区へ飛ぶ。


 次の瞬間、居住ブロック入口の角で、何かが弾けた。


 兵骸種の頭部。


 長距離狙撃。


「うわ、青すっご」


 琥珀が言う。


「感心してる場合か」


 紅羽が返す。


「でも助かってる!」


「それはそうだ!」


 夕璃は口元を少しだけ上げた。


 雫らしいなと思う。


 言葉はなくても、やることは早い。


 居住ブロックCに入る。


 そこから先は、戦場というより、生活の途中を壊した場所だった。


 自転車が倒れている。買い物袋が散っている。開いたままの玄関。落ちた植木鉢。子どもの靴が片方だけ転がっていた。


 その真ん中を、兵骸種が歩いている。


 数は三。


 その向こう、避難誘導の黄虹隊員が二人、住民を庇いながら下がっていた。


「第七、前に出る!」


 夕璃が叫ぶ。


 紅羽が先に飛ぶ。続いて琥珀。


 詩乃はもう消えた。


 紫月の光が背中へかかる。


 夕璃は走りながら思う。


 訓練のときより、ずっと嫌だ。


 当たり前だ。


 ここは誰かの暮らしの中だ。


 失敗したら、数字じゃなくて人が落ちる。


 兵骸種がこちらへ向く。


 その動きは、演習より明らかに生々しかった。


「うわ、ほんもの気持ちわる……!」


 琥珀が叫ぶ。


「喋ってる暇あるなら殴れ!」


 夕璃が返す。


「言われなくても!」


 琥珀の籠手が唸る。


 紅羽の槍が前を切る。


 詩乃の鋼糸が路地を横切る。


 夕璃は長刀を構えて、そのまま一体の懐へ飛び込んだ。


 斬る。


 硬い。


 でも通る。


 返す刃で二撃目。遅れて残響が走る。兵骸種の動きが止まる。


 その向こうで、黄虹隊員が叫んだ。


「子どもが一人見当たりません!」


 夕璃の目が動く。


「最後にいた場所!」


「商店区画の角! でも、さっきから鐘みたいな音が……」


 鐘。


 その言葉で、空気のどこかがひどく嫌な感じに揺れた。


 遅れて、耳の奥でかすかな音が鳴る。


 ちり、とも、ぎぃ、ともつかない、薄い金属音。


 夕璃の背中を冷たいものが走った。


「祭祀種……!」


 紫月が息をのむ。


 兵骸種の奥、商店区画の影で、黒いなにかがゆっくり立ち上がるのが見えた。


 人型にも見える。鐘楼にも見える。細い腕みたいなものが何本も垂れていて、その中心に、口みたいに開いた穴がある。


 そこから音がする。


 ちり、ちり、ちり。


 嫌な音だった。


 聞いているだけで、知らない景色が頭の奥ににじむ。


「全員、耳塞げ!」


 夕璃が叫ぶより早く、紫月が前へ出た。


 白い光が広がる。


 静謐領域。


 やわらかい光が音を押し返すみたいに広がって、耳の奥のざわつきが少しだけ薄まる。


「行ける!」


 紫月の声はいつもより強かった。


「今ならまだ!」


 紅羽が祭祀種へ向き直る。


 琥珀が唇を噛む。


 詩乃の姿は見えない。


 そして夕璃は、その鐘の音の向こうで、一瞬だけ夢の中の声に似た何かを聞いた気がした。


 今度は、落とすな。


 いや、違う。


 違うはずなのに、耳が勝手に拾う。


「隊長!」


 琥珀の声で、夕璃は意識を引き戻した。


 前だ。


 今は前。


 夕璃は長刀を握り直した。


「紅羽、正面。琥珀は右から外殻を割れ。詩乃、いるなら核探れ! 紫月、ライン維持!」


 自分の声が、少しだけ冷えていた。


 でも、それでいい。


「了解!」


「任せろ!」


「もう見てるよ」


 詩乃の声だけが、どこからともなく返ってくる。


 祭祀種が、もう一度鐘の音を鳴らそうとする。


 その前に、第七部隊が一気に踏み込んだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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