「正式稼働日の朝」
開始音が鳴った。
同時に、第七部隊が散る。
紅羽が正面へ。琥珀はその半歩後ろ。紫月は崩れた壁の陰へ滑り込み、詩乃は最初からいなかったみたいに消えた。
夕璃は中央の瓦礫帯へ走る。
直後、頭上を何かが抜けた。
乾いた発射音。遅れて、後ろの外壁が弾ける。
「うわっ」
琥珀が反射で身を引いた。
「もう来た!?」
「来るだろ、青だぞ!」
夕璃は言いながら身を低くした。やっぱり早い。開始と同時に視線を通してきた。観測から射線までの組み立てが速すぎる。
「紅羽、そのまま前。止まるな」
「了解!」
紅羽が一気に加速する。大太刀形態の武器を構えたまま、まっすぐ。隠れる気がない。あれだけ堂々と前に出ると、逆に目を引く。
もう一発。
今度は紅羽の前方、足元狙い。紅羽が踏み込みを半歩ずらして避ける。
精密だな、と夕璃は思う。
「琥珀、まだ出るな」
「でも紅羽先輩ひとりじゃ」
「出るなって」
強めに言うと、琥珀はぎりっと歯を食いしばって止まった。
えらい。
たぶん今、すごく行きたいはずなのに。
「紫月、紅羽に軽くかけて」
「もう入れてる」
やわらかい光が紅羽の足元へ流れる。速度そのものが上がるわけじゃない。でも、無駄な力が抜けて動きが滑らかになる。あれがあるだけでだいぶ違う。
夕璃は瓦礫を蹴って中央を横切った。
次の瞬間、左の高所から三連射。
読んでいたみたいな位置だった。
「っ」
一発目を壁へ流し、二発目を身をひねってかわし、三発目だけが腕をかすめる。熱い。浅い。問題ない。
「隊長!」
琥珀の声が飛ぶ。
「平気」
短く返しながら、夕璃は舌打ちした。
早いし、嫌なとこ見てくる。
雫だな、と思う。
氷室凪もいるだろうけど、この細かさは雫っぽい。逃げ道を残さない置き方をしてくる。
だったらなおさら、中央で揺さぶる。
「詩乃」
「ん」
どこから返ってきたのかわからない声。
「観測、見えた?」
「二択。高架上か、北ビル三階」
「絞れる?」
「もう少し」
「急いで」
「がんばる」
軽い返事のくせに、たぶんすでに死角に入り込んでる。
夕璃は前へ出た。
わざと。
青虹から見えやすい位置へ。
当然、射線が寄る。壁の陰に隠れればいいのに、そうしない。少しだけ足を止める。そこへまた弾が来る。
今度は一発だけ。
牽制じゃない。確認だ。
動き方を見てる。
「雫、お前ほんと性格悪いな……」
思わず口に出た。
昔からそうだ。正面から強く殴るより、相手の癖を一個ずつ拾って詰めてくる。嫌なやつ……いや、強いやつ。
そのとき、前方の広場へ紅羽が飛び込んだ。
青虹隊側の前衛が二人出る。真白レイと七瀬澄玲。たぶんそうだ。距離と武装の見え方でわかる。
遠距離だけじゃない。ちゃんと前を置いてる。
「紅羽、足止めされる!」
「問題ない!」
紅羽の声と同時に、地面が重く鳴った。
戦場圧。
前へ踏み込む意志そのものを押しつける、紅羽の得意なやつ。真正面で食らうと、たいてい一瞬だけ足が止まる。
青虹の前衛もその一瞬をもらった。
そこへ紅羽がさらに踏み込む。
速い。
大太刀を振り下ろし、相手の防御を崩して、そのまま槍へ変形。連撃。
「うわ、紅羽先輩今日キレてる!」
「集中してるだけだ!」
「いや、ちょっとキレてるよね!」
琥珀の言う通り、いつもより圧が強い。
たぶん朱里に会ったせいもある。いい方に出るなら問題ない。暴走しなければ。
「琥珀、今」
「待ってました!」
夕璃が許可を出すと、琥珀が弾けた。
正面へ。けど一直線じゃない。紫月の光の端を踏みながら、ちゃんとコースを変える。
お、と思う。
さっきより冷えてる。
「おらぁっ!」
琥珀の籠手が唸る。青虹の前衛が横へ飛んで避ける。そこへ紅羽の槍が刺さる。完全には噛み合ってない。でも悪くない。
中央が荒れた。
なら、向こうは観測を守るために一瞬だけ意識を割く。
そのタイミングで、夕璃は北側の崩れたビルへ走った。
高所。三階。詩乃の候補の一つ。
途中でまた弾が来る。
角度が変わった。
「北ビルだな」
ほぼ確信する。
夕璃は壁を蹴り、半壊した階段を飛ばし気味に上がる。疑似市街地のくせに、足場が妙に悪い。いや、だからこそ演習なんだろうけど。
二階の踊り場へ出た瞬間、上から射線。
読んでいた。
夕璃は長刀を半身で構え、弾道を斬るみたいにいなす。無茶だが、できる。たぶん普通はやらない方がいい。
「相変わらず、面倒なことするね」
上から声がした。
藍沢雫。
やっぱりか。
壊れた窓際に長銃を構えている。きっちりした姿勢。隣には観測器が浮いている。青白い光がこちらを舐めるみたいに走っていた。
「そっちこそ。開始三秒で撃つなよ」
「五秒」
「誤差だろ」
「誤差じゃない」
真面目か。
いや真面目なんだけど。
夕璃は二階の柱を盾にして、上を見上げる。
「氷室隊長は?」
「言うと思う?」
「思わない」
「でしょ」
雫は淡々としていた。
けど、視線の奥だけが少しだけ固い。こっちをただの敵として見てない顔だ。
「黒瀬、今日はわりと本気で止めるから」
「模擬戦なのに重いな」
「第七が相手のときは、だいたい重くなる」
その言い方に、少しだけ笑いそうになった。
わかる。
でも、止まる理由にはならない。
「悪いけど、そっち潰さないと勝てない」
「うん。知ってる」
雫の指先が引き金にかかる。
夕璃はその瞬間、視線を上じゃなく右へ飛ばした。
雫の背後。
窓枠の外側、ほんの少しだけ空気が揺れる。
「詩乃」
夕璃が小さく言ったのと、雫が弾を放ったのは同時だった。
銃声。
夕璃は柱の陰へ落ちるように避ける。
その直後、三階の窓側で金属が打ち合う高い音。
「……っ」
雫が半歩下がる。
窓枠の向こうから、詩乃がするっと入り込んでいた。どこ通ってきたんだ、それ。
「やっぱりここだ」
詩乃はにこっと笑う。
「当たり」
「最悪」
雫が珍しく顔をしかめた。
その表情はちょっとだけ貴重だった。昔から、あいつがきれいに崩れる瞬間は少ない。
詩乃の双短刀が翻る。雫は長銃を捨てるみたいに離して、腰の短銃へ持ち替えた。近距離対応もちゃんとある。さすが青虹。
「黒瀬、見てるだけ?」
「見るわけないだろ」
夕璃は二階から一気に三階へ駆け上がった。
雫は詩乃との距離を保ちながら後退し、同時に観測器を動かして中央へ情報を流そうとする。
させるか。
夕璃は長刀を振るう。
雫が横へ避ける。その回避先に詩乃の鋼糸。読んでたみたいな連携だった。
「うわ、やな感じ」
詩乃が言う。
「わたしと夕璃ちゃん、こういうのだけは合うんだよね」
「そこ、うれしそうに言うな」
「ちょっとだけ」
雫が短く息を吐く。
「ほんと、そういうとこ……」
言い切る前に、詩乃の刃が雫の短銃を跳ね飛ばした。
銃が床を滑る。
同時に、夕璃の斬撃が観測器の制御線を断つ。
青い光が散った。
【観測ユニット停止】
演習システムの無機質な音声が響く。
「観測、取った」
夕璃が通信へ流す。
返ってきたのは、中央のど真ん中でやたら元気な琥珀の声だった。
「よっしゃあ!」
「調子に乗るな、九条!」
「紅羽先輩それさっきからずっと言ってる!」
中央が少し押し返しているらしい。
雫は壁際まで下がり、夕璃と詩乃を見た。
「二対一、ずるくない?」
「戦場で言う?」
夕璃が返す。
「言わない」
「なら諦めろ」
「諦めるわけないでしょ」
言って、雫は腰の観測端末だけを残して、非常階段側へ飛び退いた。
逃げる気じゃない。
立て直す気だ。
その判断はすごく雫らしい。
「追う?」
詩乃が聞く。
夕璃は一瞬考えて、首を振った。
「いや、中央」
「了解」
三階の窓から下を見る。
中央では紅羽がまだ前衛二人を押さえていて、琥珀が横からめちゃくちゃに圧をかけている。めちゃくちゃだけど、紫月の支援がきっちり通ってるせいで完全には崩れていない。
ただ、気になる。
氷室凪がまだ見えない。
「……まだ一枚ある」
夕璃がつぶやいた直後、空気が変わった。
演習場全体の上空表示に、赤いラインが走る。
【高出力狙撃モード移行】
「っ、紅羽!」
夕璃が叫ぶ。
ほぼ同時に、会場を切り裂くみたいな一発。
今までとは音が違う。重い。速い。
紅羽がとっさに槍を立てる。
着弾。
衝撃で紅羽の体が半歩、いや一歩下がった。
腕は無事。でも防御姿勢ごと押されている。
「今の……!」
琥珀が目を見開く。
高所、南東の崩れた看板上。
そこに氷室凪がいた。
長銃を構えている。
「隊長出てきた……!」
琥珀の声に、夕璃は歯を食いしばった。
あっちが本命だったか。
雫は囮というほど軽くはない。でも、観測を取らせたうえで最後の一手を通すなら、理屈は合う。
青虹、ほんと嫌らしい。
「中央、下がるな!」
夕璃はそのまま窓枠へ足をかけた。
「隊長!?」
紫月の声。
「詩乃、凪の射線切れる?」
「一瞬なら」
「十分」
夕璃は三階から飛び降りた。
無茶だ。
でも着地は取れる。
膝へ衝撃が来る。痛い。でも問題ない。
次の瞬間にはもう走っていた。
「黒瀬!」
どこからか雫の声が飛ぶ。
無視した。
氷室凪の次弾が来る前に距離を詰める。向こうも移動しながら撃ってくるタイプだ。だから足を止めたら終わる。
空気が揺れる。
「今」
詩乃の声と同時に、凪の視線がほんの一瞬だけぶれた。
死角固定。完全には効かない。でも一瞬なら足りる。
夕璃は接続を切り替えた。
長刀が収縮し、短い突撃形態へ変わる。斬るより速さ。
踏み込む。
凪がそれでも撃つ。すごいな、と思う。迷いがない。
夕璃は身を沈めて弾を避け、そのまま懐へ飛び込んだ。
「近い」
凪が静かに言う。
「近づいた」
夕璃はそのまま武器を振り上げた。
直前で止める。
凪の喉元、数センチ手前。
演習判定が光る。
【第五部隊隊長、制圧判定】
同時に、各所の疑似戦闘ユニットが停止した。
終了音。
模擬戦の終わりを告げる無機質な電子音が、演習場全体に響いた。
夕璃はやっと息を吐いた。
近かった。
かなり。
凪は武器を下ろして、夕璃を見る。
「速いね」
「そっちも」
「観測切られたのが痛かった」
「雫がいたら、もっと痛かっただろ」
言うと、凪はほんの少しだけ目を細めた。
「かもね」
その声に敵意はなかった。ただの評価だった。
夕璃が中央へ目をやると、紅羽が肩で息をしていて、琥珀がその場にへたりかけていて、紫月がすぐに光を流していた。詩乃はどこからか戻ってきて、まるで最初からそこにいたみたいな顔をしている。
そしてその少し後ろ、非常階段の陰から雫が出てきた。
こっちを見る。
何か言いたそうで、でも言わない顔。
夕璃はとりあえず肩をすくめた。
雫は小さく息を吐いてから、淡々と言った。
「最後、無茶したね」
「知ってる」
「昔からそう」
「そっちもな」
「わたしはもっと計算してる」
「自分で言うんだ」
「事実だから」
そこは変わらない。
霧島がゆっくり歩いてきた。
「終了。結果は第七の勝ち」
琥珀が「よっしゃ!」と立ち上がりかける。
でも霧島の次の一言で止まった。
「ただし、褒めるほどきれいな勝ち方でもない」
琥珀の動きが止まる。
紅羽がまっすぐ前を見る。詩乃は笑わない。紫月は光を消して、静かに顔を上げた。
霧島は端末を操作し、評価ログを空中へ映した。
【勝敗 第七部隊 勝利】
【被制圧判定 第七部隊 2.5】
【連携精度 B-】
【損耗想定 高】
【戦術変化対応 A】
【指揮安定度 C+】
「見ろ」
霧島が言う。
「勝った。だが、被弾も多い。連携は荒い。損耗想定は高い。ようするに、お前らは勝っただけだ」
その言い方は冷たい。けど、間違ってはいない。
紅羽が低く言う。
「……ご指摘は」
「まだ終わってない」
霧島が切った。
「今の勝ちは、黒瀬が最後に無茶を通したから拾えた勝ちだ。全員がそういう勝ち方に甘えるな。実戦でそれをやると、たぶん誰か帰ってこない」
琥珀が視線を落とした。
紫月の指先がわずかに動く。たぶん、その言葉がいちばん刺さるのはこの人だ。
夕璃は何も言わなかった。
言い返すこともできる。でも、言い返したところで、たぶん意味はない。
そのとき、後ろから別の足音が近づいた。
御剣千晴。
黄虹隊の隊長だった。
さっきまで別区画で見ていたらしい。堅い顔のまま、演習ログへ目を通す。
「制圧速度は優秀」
短く言って、そこで一度止める。
そのあとで、はっきり続けた。
「民間保護想定を入れた場合、この戦い方では落とす」
空気がまた少し冷えた。
千晴の言葉は、霧島よりさらに逃げ道がない。
「特に九条」
「は、はい」
「前へ出るなとは言わない。だが、前しか見えなくなるのは論外だ」
琥珀がぎゅっと拳を握る。
「……はい」
「白峰」
「はい」
「お前は消えすぎる。味方から見えなくなるな」
「気をつけます」
詩乃は素直だった。こういうときだけ素直なの、ちょっとずるい。
「一条」
「はい」
「押しの強さはいい。だが、お前が前を向きすぎると、後ろの視野が狭くなる」
「……はい」
「皇」
「はい」
「支えることに慣れすぎるな。必要なら切る判断も持て」
紫月の目が少しだけ揺れた。
最後に、千晴の視線が夕璃へ向く。
「黒瀬」
「……はい」
「お前は勝たせるために無茶を通しすぎる」
まっすぐ言われた。
夕璃は目をそらさなかった。
「勝てばいいと思ってる顔だな」
「思ってない、とは言えません」
言うと、千晴は一拍だけ黙った。
「なら覚えろ。守れない勝ちは、次の戦場で首を締める」
その言葉は、妙に重かった。
たぶんこの人は、何度もそういう場面を見てきたんだろう。だから言う。責めるためじゃなく、知ってるから。
千晴はそれ以上は言わず、踵を返した。
「以上だ。次に活かせ」
去っていく背中はまっすぐだった。
琥珀が小さく息を吐く。
「……勝ったのに、全然勝った感じしない」
「それが現実だ」
紅羽が言う。
でもその声も、少しだけ硬い。
夕璃はログ表示を見上げる。
勝利。
でも、きれいじゃない。誰が見てもそうだ。
霧島が最後に言った。
「休憩十分。そのあと各隊解散。午後の待機命令が出るまでは自由だ」
自由。
そう言われても、今の空気で素直にわーいとはならない。
霧島が去ると、琥珀がその場でしゃがみ込んだ。
「はぁ……」
「落ち込みすぎ」
夕璃が言う。
「だって、名指しで怒られたし……」
「正論だった」
「それはそうだけど!」
琥珀が顔を上げる。
「隊長だって言われてたじゃん」
「うん」
「うん、で終わるの!?」
「だって終わったし」
「メンタルどうなってんの」
「普通」
「普通ではないな」
紅羽が即答した。
夕璃は少しだけ笑う。
「紅羽もだいぶ刺さってるだろ」
「……否定はしない」
素直だ。
いや、こういうときはちゃんと素直なんだよな、この人。
紫月が静かに言う。
「でも、言ってもらえてよかったのかも」
全員がそっちを見る。
紫月は少しだけ迷うみたいに視線を伏せて、それから続けた。
「勝って終わり、で流されるより、ちゃんと止めてもらえた方が、次に持っていけるから」
やさしい言い方だ。
でも甘くはない。
詩乃が小さく笑う。
「さすが紫月先輩。まとめ方がいい」
「そんなつもりじゃないよ」
「でも、その通りかも」
夕璃は言った。
本音だった。
千晴の言葉は痛い。でも、必要な痛さだった気がする。
そこへ、少し遅れて雫が近づいてきた。
青虹隊の方はもう片付けに入っている。凪もこちらを見ていたけど、来るのは雫だけらしい。
「おつかれ」
「そっちも」
夕璃が返す。
雫は第七部隊全員を見渡してから、琥珀に目を止めた。
「九条さん」
「はい?」
「最後、ちゃんと止まってたね」
琥珀が目を丸くする。
「……え、そこ?」
「そこ」
「褒められた?」
「半分くらいは」
「またそれ!」
琥珀が叫ぶ。
夕璃は少し吹きそうになった。
雫は夕璃を見て、今度はまっすぐ言う。
「黒瀬」
「なに」
「勝ちは勝ち。でも、最後のあれは次も通ると思わない方がいい」
「そっちも千晴隊長みたいなこと言うじゃん」
「言うよ。だってほんとだし」
雫は淡々としていた。
「今日のは、わたしが詩乃を見失ったから崩れた。次はそうならない」
詩乃が首をかしげる。
「宣戦布告?」
「事実確認」
「青ってこういうとこあるよね」
「紫に言われたくない」
雫はすぐ返した。
ちょっとだけ、昔の感じが戻る。
夕璃は肩をすくめる。
「じゃあ次も勝つ」
「うん。こっちも勝つ」
短い。
でもそれで十分だった。
雫はそれ以上は何も言わず、青虹隊の方へ戻っていく。
夕璃はその背中を見てから、小さく息を吐いた。
やっぱりやりづらい。
でも、嫌じゃない。
その感覚がちょっとだけ面倒くさい。
十分の休憩時間は、思ったより短かった。
第七部隊はそのあと、演習場の外にある休憩スペースへ移動した。自販機とベンチが並んでいるだけの場所。でも、屋内の空気よりは少し呼吸しやすい。
琥珀がスポーツドリンクを一気に半分くらい飲む。
「はー……生き返る」
「まだ死んでないだろ」
「気持ちの話!」
「それ便利だな」
「便利だよ!」
琥珀は元気だ。落ち込んでも戻りが早い。その辺は助かる。
紅羽は缶の水を開けながら、夕璃を見る。
「黒瀬」
「なに」
「次は、最後の無茶を前提にしない組み方をする」
「うん」
「返事が軽い」
「いや、賛成だから」
紅羽が少しだけ目を細めた。
「……ならいい」
紫月がその会話を聞いて、小さく笑った。
「ちょっとずつ、ちゃんと部隊っぽくなってきたね」
「どの辺が」
夕璃が聞く。
「反省会ができてるところ」
「今までできてなかったみたいな言い方だな」
「できてなかったよ」
詩乃がさらっと言った。
「前までは、紅羽先輩が怒って、琥珀ちゃんがしょんぼりして、夕璃ちゃんがだるそうにして、わたしは見てて、紫月先輩がまとめようとして終わってた」
「だいたい合ってるのやだな……」
琥珀が言う。
でも、たしかにそうだ。
今日はちゃんと、全員が少しは同じ方向を見ていた。痛いところを痛いまま受け取って、それで終わらせなかった。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけど、前よりは。
そのとき、休憩スペースの壁にあるモニターが短く光った。
全員の視線がそっちへ向く。
学園内緊急連絡。
【各正式部隊、待機命令】
【中央生存圏・東側外縁にて異常反応増加】
【警戒レベル2より3へ移行】
空気が変わる。
さっきまで演習の余韻だったものが、一気に現実へ引き戻された。
琥珀がドリンクを持つ手を止める。
「……え」
紅羽が立ち上がった。
「早すぎる」
「正式稼働日に合わせたみたいだね」
詩乃が小さく言う。
その言い方は冗談みたいなのに、全然笑えなかった。
夕璃はモニターを見つめる。
東側外縁。
朝に出た警戒情報と同じ方向だ。
偶然じゃない気がする。そういう勘は、あまり当たってほしくないのに、だいたい当たる。
次の表示が出る。
【対象部隊は各教官の指示を待て】
【出撃の可能性あり】
琥珀がごくりとつばを飲んだ。
「これ……今日?」
「たぶんな」
夕璃が答える。
紫月が静かに立ち上がる。
詩乃も、紅羽も、もう冗談を言う顔じゃない。
正式稼働日の朝は、まだ終わっていなかった。
むしろ、ここからが始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!!
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