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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第1章

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「おかわりするやつは食堂で一番強い」



 中央戦術棟は、朝から空気が固かった。


 人が多いせいじゃない。集まっている全員が、今日はちゃんと「その日」なんだとわかっているからだ。


 廊下を歩くだけで、色ごとの隊服が視界を横切る。赤、青、黄、緑、橙、藍、紫。学園で毎日見ているはずなのに、こうして全部隊が同じ方向へ動いていると、妙に圧がある。


 琥珀が小声で言った。


「なんか、こういうの緊張するんだけど」


「さっきまでパンで騒いでた人のセリフじゃないな」


 夕璃が返すと、琥珀はむっとした顔をした。


「パンは大事でしょ」


「否定はしない」


「だよね!」


「でも今の話とは別」


「それもそう」


 自分で言って、自分で納得していた。切り替えが雑で助かる。


 会議室前には、すでに何人か集まっていた。


 第一部隊の赤虹隊。第五部隊の青虹隊。第三部隊の黄虹隊も見える。みんなちゃんとしてるな……と、琥珀じゃなくても思う。


 その中で第七部隊は、やっぱり少しだけ浮いていた。


 別に騒いでいるわけじゃない。整列できないわけでもない。でも、空気が違う。ぴしっとまとまっている他の部隊に対して、こっちは五人とも立ち方からして少しずつ違う。


 紅羽はきれいに立っている。紫月はやわらかい。詩乃は力が抜けている。琥珀はそわそわしている。夕璃はたぶん一番だらっとして見える。


 そりゃ目立つ。


「黒瀬さん」


 声をかけてきたのは、春風奏だった。


 緑虹隊の隊長。今日もやわらかい笑い方をしている。緊張感のある場所でも、空気を一段だけ軽くできる人だ。


「おはよう」


「おはようございます」


 紫月が先に返す。


 奏は紫月を見て、少しだけ安心したみたいに笑った。


「顔色、朝よりはいいね」


「それ、まだ覚えてたんですか」


「わりとそういうの見る方だから」


「こわ……」


 琥珀がぼそっと言う。


 奏が聞きつけて、くすっと笑った。


「こわくないよ。補給と体調管理が仕事みたいなところあるし」


「緑ってそういう感じなんだ」


「そういう感じ。だから、無理しそうな人はだいたいわかる」


 言いながら、ちらっと夕璃を見る。


 やめてほしい。そこまでストレートに見られると、こっちも困る。


「そんな見ないでください」


「見てないよ」


「いや見てるだろ」


「見てるかも」


「正直」


 奏は小さく肩をすくめた。


「でも、第七って無理する人多そうだから、今のうちにちょっと気にしとこうかなって」


「ちょっと、で済むかなあ」


 詩乃がやわらかく言う。


「白峰さんは自覚あるんだ」


「わりと」


「ないと困る」


 紅羽がきっぱり言った。


 奏はそのやり取りを見て、また少し笑う。


「うん。やっぱり第七、見てると飽きないね」


「それ、褒めてるんですか」


「褒めてるよ。たぶん」


「奏さんまでたぶん使うんだ……」


 紫月がちょっとだけ困ったみたいに笑った。


 そのとき、会議室の扉が開いた。


 霧島が顔だけ出す。


「お前ら、廊下でだべるな。入れ」


「だべるって言い方ひどくない?」


 琥珀が言った。


「事実だろ」


「いやでも、もうちょい言い方ない?」


「あるけど面倒だからこれでいい」


「雑!」


「九条、うるさい。入るぞ」


 紅羽が言って、先に動く。


 結局、こういうときは紅羽がいちばん早い。副隊長向きだなと思う。本人に言ったらたぶん「当然だ」と返ってくるから言わないけど。


 会議室の中はもうかなり埋まっていた。前方に上層部と各隊教官の席。中央から後ろが生徒用。色ごとにだいたいまとまって座っている。


 赤虹隊はもう前寄りに座っていて、青虹隊はその少し横。紫は後ろ寄りの端だった。誰が決めたわけでもないのに、なんとなくそうなる。


 夕璃は席に着きながら、前方を見る。


 壇上に立っているのは、七虹学園総監、天城叡華。遠目でも目を引く人だ。きれい、とか、かっこいい、とか、そういう単純な言葉だと少し足りない。刃みたいな人だと思う。抜かなくても切れるやつ。


 その横に、綾瀬冬子。白暁院の医療監。さらに記憶研究監の御門朔もいる。あの人が立っているだけで、会議の空気が一段嫌になるのはなんでだろう。たぶん表情のせいだ。人を見る目が、たまにすごく人っぽくない。


「……あの研究監、相変わらず感じわる」


 夕璃の隣で琥珀がささやいた。


「声」


 紅羽が即座に刺す。


「小さいじゃん」


「お前の小さいは信用ならない」


「ひど」


「でも、ちょっとわかるかも」


 紫月がかなり小さな声で言った。


 珍しい。


 紫月が誰かをそういうふうに言うのは、かなり珍しい。


 詩乃が前を見たまま、ぽつりと落とす。


「目が、ものじゃなくて中身を見てる感じしますよね」


「言い方がこわいな」


「そう?」


「そう」


 夕璃は短く返して、それ以上は言わなかった。


 御門朔はそういう人だ。見られると、ちょっとだけ背中が嫌な感じになる。理由はよくわからない。わからないけど、だいたいこういう勘は当たる。


 会議室の照明が少し落ちた。


 ざわめきが引く。


 壇上の天城叡華が立ち上がる。それだけで室内の空気が完全に締まった。


「本日をもって、七虹学園所属各戦闘部隊は、正式運用段階へ移行する」


 声は大きくない。なのに、ちゃんと最後列まで届く。


「諸君らはもはや訓練生ではない。適合者であり、部隊員であり、人類防衛の前線に立つ者だ」


 言葉がまっすぐすぎて、ちょっと逃げ道がない。


 琥珀が背筋を伸ばしたのが横目に見えた。紅羽は最初からまっすぐ。詩乃の表情は動かない。紫月は静かに前を見ている。


 夕璃は、とりあえず眠気は飛んだ。


 総監の話は簡潔だった。


 正式運用の意味。今後の任務体系。各部隊の配置。通常兵力との連携。人格汚染の危険性。生存圏防衛の現状。戦況は悪くないが、楽観もできないこと。どれも必要な話だったし、余計な飾りがないぶん、逆に重かった。


 そしてその中で、一つだけ、空気が少し変わった話題があった。


「特に、第六および第七部隊については、今後の運用において個別の監察対象とする」


 小さく、何人かが息を飲んだ。


 夕璃は瞬きひとつしなかったけど、内心では「やっぱりか」と思った。


 紅羽の指先が少しだけ硬くなる。


 琥珀は意味がすぐには入っていない顔。紫月は目を伏せた。詩乃だけが、ほんの少しだけ口元をゆるめた気がする。


 監察対象。


 便利な言い方だ。


 ようするに、危ないから見張るってことだろう。


「想定内、って顔してる」


 詩乃が小さく言った。


「想定外なら逆に困る」


 夕璃も小声で返す。


「だよね」


 前方ではもう次の説明へ移っていた。記憶接続時の緊急プロトコル。支援部隊との通信共有。出撃時の権限区分。ちゃんと聞かなきゃいけない内容ばかりなのに、「監察対象」の四文字だけが頭に残る。


 まあ、いい。


 いいわけじゃないけど、今さら気にしても仕方ない。


 どうせ第七部隊は、最初からそういう目で見られている。


 壇上に立つ人が総監から御門朔に変わった。


 会議室の空気が、今度は別の意味で固くなる。


「諸君も承知の通り、英骸記憶と骸獣の関係については、依然として未解明の領域が多い」


 抑揚の少ない声だった。


「だが、適合率の高い者ほど、戦況を覆すだけの戦果を上げる事例が多いのも事実だ」


 そこで視線が、わずかにこちら側をなぞる。


 いや、こちら側というより、第七部隊を。


 特に、夕璃のいるあたりを。


 気のせいかもしれない。でも、こっちはそういう気配に慣れている。


「今後、実戦運用に伴う追加検査の頻度は上がる。面倒に思う者もいるだろうが、諸君自身の安全のためでもある。従ってもらう」


 安全。


 その単語をこの人の口から聞くと、妙に軽く聞こえるのはなんでだろう。


 琥珀がまた小さくもぞもぞ動く。落ち着かないのが見て取れる。たぶん、検査とか再測定とか、そういう単語が好きじゃないんだろう。好きな子の方が珍しいけど。


 説明は続き、最後に霧島が前へ出た。


「じゃ、固い話はここまでだ」


 その一言で、ちょっとだけ空気がゆるむ。


「これから各部隊ごとに戦術確認に入る。特に今日の午後は小規模の警戒任務が入る可能性がある。正式稼働日に合わせて外縁が妙にざわついてんだ。運が悪けりゃ、そのまま実戦だと思え」


 運が悪けりゃ、で済ませるなよ……と思う。


 でも、そういう言い方の方が逆に助かる時もある。変に深刻にされると、逃げ場がなくなるから。


「以上。解散。各部隊、担当教官について移動しろ」


 椅子の音が一斉に鳴った。


 会議室の緊張が、今度は動きの音に変わる。


 赤虹隊がきれいに立ち、青虹隊も無駄なくまとまる。橙虹隊はちょっとうるさく、黄虹隊はきっちりしていて、緑虹隊は自然で、藍虹隊は静かだった。


 そして第七部隊は、


「……で、どこ行くんだっけ」


「九条」


「聞いてたよ!? 聞いてたけど確認しただけ!」


 いつも通りだった。


「戦術演習場Bだ」


 紅羽が即答する。


「おお、さすが」


「当然だ」


「それ、たまに自分で言うよね」


「当然のことしか言っていない」


「うわ強い」


「会話が軽いなあ」


 夕璃が言うと、紫月がちょっと笑った。


「重いよりはいいんじゃない?」


「そうかも」


 そのとき、前方の通路で赤虹隊が動き出すのが見えた。


 天童朱里が先頭に立っている。やっぱり目立つ。立ってるだけで絵になるの、ちょっとずるい。


 紅羽の視線がまた、ほんの少しだけそっちへ向いた。


 夕璃はそれに気づいて、でも何も言わなかった。今言うとたぶん面倒くさい。


 その代わり、通路へ出ようとしたところで、向こうから朱里本人がこちらへ歩いてきた。


 まっすぐ。


 しかも、迷いなく。


 琥珀が小さく「うわ」と言って、紅羽の背筋が一段階伸びる。詩乃は静かに目を細めた。紫月は自然に姿勢を正した。


 夕璃は心の中でだけ、うわ、と思った。


「一条」


 朱里は紅羽の前で止まった。


「天童先輩」


 紅羽の声は、いつもより少しだけ硬い。


 朱里はそんな紅羽を見て、ほんの少しだけ笑う。人を安心させる笑い方だ。こういうところも、この人が“正しい”感じのする理由なんだろう。


「そんなに固くならなくていい。まだ朝だよ」


「……はい」


「今日からだね」


「はい」


「期待してる」


 短い会話なのに、紅羽の顔が少しだけ変わった。


 憧れの相手に名前を呼ばれて、期待してるなんて言われたら、そりゃ効く。夕璃だって、たぶん他人事じゃなければちょっとは効く。


 朱里の視線が、次に夕璃へ向く。


「黒瀬さん」


「……どうも」


 礼儀としてそれはどうなんだ、と思わなくもない。でも無理にちゃんとするのも違う気がして、こうなった。


 朱里は特に気を悪くした様子もなく、ただ夕璃を見る。


「旧演習記録、見たよ」


「へえ」


「変わった戦い方するんだね」


「褒めてます?」


「半分くらいは」


「その言い方、今日二回目なんだけど」


 夕璃が言うと、朱里は少しだけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「じゃあ、残り半分は心配かな」


 その返しはちょっとずるい。


 まっすぐなのに、言い方はちゃんとやわらかい。だから刺さる。


「心配されるほど弱くないですよ」


「うん。でも、強い人の方が危ないこともあるから」


 そこで終わる。


 それ以上は踏み込まない。


 人との距離の取り方まできれいだな、と夕璃は思った。


 朱里は最後に第七部隊全員へ軽く視線を向ける。


「お互い、いい日になるといいね」


 そう言って、赤虹隊の方へ戻っていく。


 後ろ姿までちゃんとしてる。ほんとなんなんだあの人。


 数秒、沈黙。


 最初に口を開いたのは琥珀だった。


「……あれずるくない?」


「何が」


「なんかもう、全部。存在が強い」


「語彙が来い」


 夕璃が言うと、詩乃が小さく笑った。


「でもわかるかも。ちゃんと太陽っぽいですよね」


「その例え、なんか納得する」


 紫月もうなずく。


 紅羽だけが、少しだけ黙っていた。


 夕璃は横目でそれを見る。


「元気なくなった?」


「違う」


「でもちょっと効いてる顔」


「違うと言っている」


「わかりやす」


 琥珀が言った。


 紅羽が深く息を吐く。


「……単純に、気を引き締めただけだ」


「ほら、そういうとこ」


「何だ」


「まじめ」


「悪いか」


「悪くはない」


 夕璃はそう返して、少しだけ口元をゆるめた。


「たぶん、それ紅羽の強いとこだし」


 自分で言ってから、あ、と思った。


 こういうの、あんまり口にしないのに。


 紅羽もたぶんそう思ったんだろう。こっちを見る顔が少しだけ止まる。


「……急に何だ」


「別に」


「いや、今のは褒めたでしょ隊長!」


 琥珀が即反応した。


「うるさい」


「うわ、照れてる」


「照れてない」


「紅羽先輩も照れてる」


「九条」


「すみません」


 秒で謝るやつ、今日三回目くらいだ。


 そこへ、少し遅れて別の影が近づいてきた。


 藍沢雫だった。


 さっきまで青虹隊の中にいたはずなのに、いつの間にかこっちへ来ている。


「黒瀬」


「今日、名前呼ばれすぎじゃない?」


「自意識」


「ひどい」


 雫は手元の端末を見ながら言う。


「演習場B、時間厳守。遅れたら霧島教官が機嫌悪くなるよ」


「もう悪いだろ、あの人の機嫌はだいたい」


「それはそう」


 雫はあっさり認めた。


 琥珀がまた夕璃と雫を見比べる。


「やっぱちょっと仲いい?」


「さっきからそればっかだな」


「だって気になるじゃん」


「気にしなくていい」


「気になる」


「気にするな」


「気になる」


「会話が小学生なんだよ」


「隊長も付き合ってるじゃん」


 それはそうだった。


 雫がため息まじりに言う。


「九条さん」


「なに?」


「黒瀬は昔からこういう感じだから、あんまり深読みしても意味ないよ」


「えっ」


 琥珀が目を丸くする。


 紅羽も、紫月も、詩乃も、微妙に反応した。


 夕璃は頭を抱えたくなった。


「……お前」


「何」


「そういう言い方すんなよ」


「事実でしょ」


「事実でも言い方ってある」


「じゃあ訂正する?」


「しなくていい」


 雫はほんの少しだけ目を細めた。


「変わってないね」


「そっちも」


「わたしは変わったよ」


「へえ」


「少なくとも、黒瀬よりは」


「勝手に比較するな」


 なんか、昔もこういう会話をした気がする。したからなんだという話だけど。


 紅羽が雫へ視線を向ける。


「藍沢副隊長」


「何?」


「黒瀬と、前から面識があるのは本当なのか」


 その聞き方は、確認というより、ちゃんと知っておきたいに近かった。


 雫は少しだけ考えるみたいに目を伏せてから答える。


「初期適性試験のころ、同じ観測室を使ってた」


「同室だった時期もある」


 夕璃が足した。


「……そうなのか」


 紅羽が短く言う。


 詩乃は面白そうに夕璃を見るし、琥珀は「うわー」と顔に出てるし、紫月はなんか変なところで納得したみたいな顔をしている。


 なんだその空気。


 雫はそんな第七部隊の空気を一回で飲み込んで、淡々と続けた。


「じゃ、わたし戻るから。今日はちゃんと聞いて、ちゃんと動いて」


「保護者?」


 夕璃が言うと、雫は一瞬だけ黙ってから返す。


「ちがう。昔から危なっかしいの知ってるだけ」


 それだけ言って、今度こそ青虹隊へ戻っていった。


 夕璃はその背中を見送って、少しだけ息を吐く。


 危なっかしい、か。


 それはたぶん、今さら否定できない。


「隊長」


 紫月がやわらかく呼ぶ。


「なに」


「演習、がんばろうね」


「急に小学生みたいなまとめ方するじゃん」


「でも、そういう感じじゃない?」


 たしかにそうかもしれない。


 結局このあとやることは、世界の真実に触れることでも、過去を掘り返すことでもない。


 ちゃんと動くこと。


 まずはそれだけだ。


 霧島が通路の向こうからまた声を飛ばした。


「紫! まだいるのか! さっさと来い!」


「ほら」


 雫じゃなくても言いたくなる。


「行くか」


 夕璃がそう言うと、紅羽がうなずいた。


 琥珀が「おー!」と元気よく返し、詩乃が立ち上がり、紫月も歩き出す。


 第七部隊、移動開始。


 ちゃんとしてる感は、たぶんまだない。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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