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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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「ここからはわたしが選ぶ」



 最終決戦の形が決まった瞬間、空気の重さが少しだけ変わった。


 楽になったわけじゃない。

 むしろ逆だ。

 やることが見えたぶん、その危なさもはっきりした。


 夕璃が《記憶の揺籃》の流れへ触る。

 そのために、みんなが道を作る。


 要するに、全部を夕璃一人でやるんじゃない。

 でも、最後に選ぶのは夕璃だ。


 それが、今の第七部隊にいちばん合っていた。


「第七、中央突破!」


 紅羽が叫ぶ。


 その声で全員が動く。


 赤虹隊が左側から兵骸種の群れを押し返す。

 朱里の大剣が真正面を薙ぎ、白い残像ごと道をこじ開ける。

 藍虹隊は右側で黒い枝流れを切る。

 澪那たちが嫌な役を全部引き受けるみたいに、淡々と刃を入れていく。


 黄虹隊は後方の帰還線を維持。

 千晴の隊員たちが、崩れそうな道を支えている。

 緑虹隊は奏と実乃里を中心に、浄化と補給と応急処置。

 青虹隊は雫が最後まで本流の位置を追っていた。


 その全部の真ん中で、第七部隊が前へ出る。


「琥珀、左寄りの線を守れ!」


「了解!」


「詩乃、夕璃の死角!」


「わかってる!」


「紫月、後ろ三歩!」


「うん!」


 紅羽の指示は短い。

 でも、もうその短さで十分だった。


 琥珀は前へ出すぎない。

 でも引きもしない。

 左側から流れてくる白い残像を、線のぎりぎりで殴り返している。


「来るなって言ってんだろーっ!」


 言葉は雑だった。

 でも、あれが琥珀の強さだ。

 怖くても、ちゃんと前に立てる。


 紫月は全体をつなぐみたいに白い光を広げていた。

 前みたいに全部を包もうとはしていない。

 必要な場所へ、必要なだけ。

 でも、それがちゃんと効いている。


 詩乃は夕璃のすぐ右にいた。

 前みたいに静かすぎることはない。

 今はちゃんと周りを見て、必要なものだけを切っている。


「夕璃ちゃん、前三つ」


「見えてる」


「上も来るよ」


「そっちは頼む」


「うん」


 短い会話。

 でも、それで足りる。


 紅羽が先頭で道を開く。

 槍の一撃一撃が重い。

 ただ守るだけじゃない。

 今は“誰を前へ行かせるか”を決める強さになっている。


 それが、今の紅羽だった。


「夕璃!」


 紅羽が叫ぶ。


「今だ、走れ!」


 前が開く。


 《記憶の揺籃》の中心へ向かう、ほんの数秒だけの細い道。


 夕璃はそこへ飛び込んだ。


 白い腕が伸びる。

 残像が揺れる。

 黒い川が逆流みたいに持ち上がる。


『右下、そこ!』


 雫の声が飛ぶ。


『白い殻の奥、黒い流れの集まる一点!』


「見えた!」


 夕璃が踏み込む。


 でも、その瞬間、《記憶の揺籃》が直接声を落としてきた。


「お前に、閉じられるのか」


 胸の奥へ響く声。


「お前も、ここから生まれたのに」


 夕璃の足が一瞬だけ重くなる。


 でも、止まらない。


「だからだよ」


 夕璃は吐き捨てるみたいに言った。


「ここから生まれたなら、ここで選べるだろ」


 《記憶の揺籃》の白い外殻が大きく揺れる。


 夕璃は長刀を構えた。


 でも、ただ斬ればいいわけじゃない。

 壊すだけじゃ、また別の場所から噴く。


 必要なのは、流れの向きを変えること。

 外へあふれる方じゃなく、閉じる方へ。


 そのとき、頭の奥に女の気配がした。


 姿は見えない。

 でも、もう引っ張る感じじゃない。


 ただ、そこにいる。


「……見てろ」


 夕璃は小さく言う。


 借りるんじゃない。

 ここからは、自分で選ぶ。


 その感覚が、今ははっきりあった。


 長刀の刃が変わる。


 今までみたいに“借りた”感覚じゃない。

 借り物の力は使っている。

 でも、握っているのは自分だ。

 どこへ振るうかを決めるのも、自分だ。


「借りるんじゃない」


 夕璃が言う。


 その声は、ちゃんと戦場に落ちた。


「ここからは、わたしが選ぶ」


 その一言で、《記憶の揺籃》の流れがほんの少しだけ乱れる。


 紫月の光が後ろから伸びる。

 夕璃の足元を支える。

 紅羽の槍が左側からくる白い腕を弾く。

 詩乃の短刀が死角の残像を切る。

 琥珀が叫びながら右の崩れを止める。


 全員が、夕璃をそこまで届かせるために動いている。


 それがわかる。


 だから、夕璃は前だけを見た。


 白い外殻の奥。

 黒い川が集まる一点。

 そこが“出口”であり、“傷口”だ。


 夕璃は、斬らなかった。


 長刀を、その一点へ深く差し込む。

 刺す。

 貫く。

 そして、自分の中に流れ込もうとするものを、逆向きに押し返す。


「っ……!」


 頭の中へ、いろんな声が一気に入ってくる。


 死にたくない。

 助けて。

 届かなかった。

 選ばれたかった。

 認められたかった。

 守りたかった。

 許してほしかった。


 重い。

 吐きそうになる。

 でも、ここで離したら終わる。


「夕璃ちゃん!」


 詩乃の声。


「離すな!」


 紅羽の声。


「隊長ーっ!」


 琥珀の声。


「夕璃ちゃん、ここ!」


 紫月の声。


『黒瀬、流れが変わる、今そのまま!』


 雫の声。


 全部が重なる。


 夕璃は歯を食いしばる。


 これは、怪物を倒す感覚じゃない。

 もっと嫌だ。

 世界の奥でずっとあふれていた傷口を、無理やり閉じるみたいな感覚だった。


 でも。


「外に出るな」


 夕璃は低く言う。


「ここで終われ」


 長刀の先で、黒い流れが反転する。

 外へ噴いていたものが、少しずつ一点へ戻っていく。


 《記憶の揺籃》が初めて、はっきりと揺らいだ。


 白い外殻の表面に走るひび。

 無数の手。

 泣いていた顔。

 祈っていた声。


 全部が、少しずつ静かになっていく。


「まだ足りない!」


 雫の声が飛ぶ。


『押し切って! 今戻してるのは流れだけ! 出口そのものを閉じないと!』


「了解!」


 夕璃が叫ぶ。


 でも、もう一歩が遠い。

 体が重い。

 意識も少しずつ持っていかれそうになる。


 そのとき、紅羽が夕璃のすぐ後ろに踏み込んだ。


 槍を地面に突き立てる。

 ぐらつく足場を固定するみたいに。


「立て」


 短い声。


 夕璃は少しだけ笑いそうになった。


「雑な励ましだな」


「お前にはこれで足りる」


 たしかにそうだった。


 右側では詩乃が、最後まで伸びてくる白い残像を切り落としていた。

 その刃はもう迷っていない。


「夕璃ちゃん!」


 詩乃が叫ぶ。


「そっちで決めて!」


 その声には、もう以前の危うさはなかった。

 ちゃんと、自分で選んだ側の声だ。


 左では琥珀が泣きそうな顔のまま叫んでいる。


「終われーっ!」


「雑!」


 夕璃が思わず返す。


「でも合ってる!」


 紫月の光がもう一段、強く夕璃の背中を押す。


「夕璃ちゃん」


 紫月の声はやわらかい。


「大丈夫。つながってるから」


 その言葉で、夕璃は最後の一歩を踏み込めた。


 長刀をさらに深く差し込む。

 出口の中心へ。

 そして、自分の意志で切る。


 壊すんじゃない。

 閉じる。


 外へ流れていた傷を、内側で止める。


「ここまでだ」


 夕璃が言った、その瞬間。


 《記憶の揺籃》の中央に、細い光の線が走った。


 ぱき、と乾いた音。

 でも、今までの核破壊みたいな音ではない。

 もっと静かな、閉じる音だった。


 黒い川が止まる。


 白い外殻が、ゆっくり崩れ始める。

 手も、顔も、祈りも、泣き声も、全部が粒みたいにほどけていく。


 兵骸種の動きも止まった。

 残像も、そこで一斉に力を失う。


『……反応、減衰……!』


 雫の声が、今度ははっきりと聞こえた。


『流出、止まった……!』


 その一言で、戦場全体の空気が変わる。


 赤虹隊も、藍虹隊も、黄虹隊も、緑虹隊も、みんなそこでようやく息をついた。


 でも、完全な勝利の軽さではない。


 《記憶の揺籃》は崩れている。

 でも、世界の傷そのものが消えたわけじゃない。

 ただ、あふれ続ける流れだけを止めた。


 それで十分だと、今は思うしかない。


 夕璃は、その場で膝をつきかけた。


 紅羽がすぐ支える。


「立てるか」


「……半分くらいは」


「便利だな」


「最近みんなそれ言う」


 そう返したら、紅羽がほんの少しだけ笑ったように見えた。


 詩乃がすぐ横へ来る。


「夕璃ちゃん」


「なに」


「今の、ちゃんと自分でやったね」


 夕璃は息を整えながら、少しだけ視線を上げる。


「うん」


「かっこよかった」


「めずらしいな、素直」


 その返しで、夕璃はちょっとだけ吹きそうになった。

 こんな場面でその言い方をするの、ずるい。


 琥珀はその場にへたり込んでいた。


「もうやだ……三日くらい寝たい……」


「三日で済むか?」


 夕璃が聞く。


「無理かも……五日……」


「増えてる」


 紫月はそんな琥珀の肩へ手を置いて、やわらかく笑った。


「でも、ちゃんと立ってたよ」


「……ほんと?」


「うん」


「えへへ」


 単純だなと思う。

 でも、その単純さが今日は本当にありがたかった。


 通信が入る。


 今度は千晴の声だった。


『全隊、撤収開始。流出停止を確認。帰還線維持、そのまま戻る』


 短い。

 でも、それで十分だ。


 朱里が少し離れた場所から大きく手を上げる。


「一条!」


 紅羽がそっちを見る。


「中、終わったね」


「はい」


「じゃあ帰ろう」


 その言い方が、あまりにも普通で、少しだけ泣きそうになる。

 帰る。

 それを普通に言えることが、今はすごく大事だった。


 帰還の途中、最深部へうっすら朝の光が差し込んだ。


 外の地上から、細い光が崩れたホームの奥まで伸びてきている。

 白い粒になって崩れていく《記憶の揺籃》の残りが、その光に触れて消えていく。


 世界はまだきれいじゃない。

 傷も残っている。

 でも、朝は来るんだなと思った。


 それだけで、十分だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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