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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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「世界の傷の前で」



 《記憶の揺籃》は、近づくほど形が分からなくなった。


 遠くから見たときは、白い繭が割れて、中から何か大きなものが出てきたように見えた。

 でも、ちゃんと見ようとすると輪郭が崩れる。


 ゆりかごみたいでもある。

 棺みたいでもある。

 巨大な手が何本も折り重なっているようにも見える。

 泣いている顔が並んでいるようにも見える。


 見れば見るほど、気持ち悪い。


「……何あれ」


 琥珀が、今までで一番素の声で言った。


「知らん」


 夕璃が答える。


「でも、たぶん一番奥」


 それだけは分かる。


 《記憶の揺籃》のまわりを、黒い川が何本も回っている。

 その流れが、旧第十三市街で見てきた断片や兵骸種や人形型の、全部の元になっていたんだろう。


 つまり、ここが本当の中心。


『全隊、位置固定!』


 雫の声が飛ぶ。


『第七、中央正面! 赤は左、藍は右枝を切って! 黄は帰還線そのまま、緑は下がらないで!』


 その指示のあと、全部隊が一気に動いた。


 赤虹隊は左側へ展開し、湧き出す兵骸種の群れを押しとどめる。

 藍虹隊は右側から黒い枝みたいな流れを切る。

 黄虹隊は来た道を潰されないように、後ろを固める。

 緑虹隊は紫月たちのすぐ後ろで中継点を維持。

 青虹隊は外から最後の観測をつなぎ続ける。


 そして第七部隊だけが、中央正面に残った。


「来る」


 紅羽が低く言う。


 その直後、《記憶の揺籃》の表面から、白い腕みたいなものが何本も伸びた。


 腕というか、祈る人の手だ。

 細い手。

 大きな手。

 子どもの手。

 老人の手。

 全部が“掴んでほしい”みたいにこちらへ伸びる。


「うわ、無理!」


 琥珀が叫ぶ。


 気持ちはわかる。


 でも、その手はただの飾りじゃなかった。

 触れた床から黒い筋が走る。

 触れた空気が重くなる。

 そして、耳の奥にいろんな声が入り込んでくる。


 たすけて。

 おいていかないで。

 ここで終わりたくない。

 まだ死にたくない。


 全部、人の声だ。

 敵なのに、人の声ばかり使ってくる。


「っ……」


 夕璃は一瞬だけ顔をしかめる。


 でも今は、前よりましだった。

 ただ飲まれるだけじゃない。

 “嫌だ”って思える余地がまだある。


「紅羽、正面左!」


「押さえる!」


 紅羽の槍が、一番近い白い腕を叩き払う。

 その隙間を詩乃が切る。

 琥珀は紫月の前で一歩も引かずに受ける。

 夕璃は中央を見た。


 《記憶の揺籃》そのものは、まだ動いていない。


 いや、動いてはいる。

 でも歩くとか殴るとか、そういう動きじゃない。

 ただ、そこにあるだけで、周囲の“記憶”を勝手に引っ張って、敵に変えている。


 怪物というより、発生源。

 そう呼ばれていた意味が、ようやく実感としてわかる。


『黒瀬、見て』


 雫の声。


『中央下部、黒い流れが集まってる場所』


 夕璃は目を凝らす。


 白い揺籃の底。

 そこに、他より濃い黒があった。

 穴みたいにも見えるし、核みたいにも見える。


「本体?」


『違う、たぶん“流出口”』


「流出口?」


『そこから全部があふれてる』


 つまり、あそこをどうにかしないと終わらない。


「壊せばいいのか」


『たぶん、それだけじゃだめ』


 やっぱり来たかと思う。


『反応構造が閉じてない。壊しても、また別の場所から噴く可能性がある』


「じゃあどうすんだよ」


『今見てる』


 それを言いながら見つけろというのはかなり無茶だと思う。

 でも、雫が無茶を投げるときはだいたい本当に必要なときだ。


 《記憶の揺籃》の表面が揺れる。


 そして、今度は声そのものが落ちてきた。


「ようやく、ここまで来た」


 女でも男でもない。

 大人でも子どもでもない。

 たくさんの声が重なって、一つの声に聞こえる。


 気持ち悪い。


「お前たちも、ここから生まれたのに」


 夕璃の背中が少しだけ冷える。


 わかっていた。

 でも、敵本人みたいなものにそれを言われると、嫌さが段違いだ。


 《記憶の揺籃》は続ける。


「怪物も、英雄も、同じ傷からこぼれた」


 白い腕が、ゆっくり広がる。


「死にきれなかった願い」

「守れなかった後悔」

「選ばれたかった怒り」

「讃えられたかった祈り」


 声がいくつも重なる。


「お前たちの力も、ここから生まれた」


 紫月が小さく息をのむ。

 紅羽の目が細くなる。

 琥珀は「最悪……」と顔をしかめた。

 詩乃は前を見たまま、まばたきを一つだけした。


 夕璃は《記憶の揺籃》を見上げる。


「だから何だよ」


 思ったより、声は強く出た。


 《記憶の揺籃》の白い表面が、少しだけ波打つ。


「嫌だろう?」


 また、たくさんの声が混ざる。


「使っていたものが、怪物と同じだと知るのは」


「嫌だよ」


 夕璃は即答した。


「かなり」


 その返事に、少しだけ空気が動く。

 紅羽が横で、ほんの少しだけ息を吐いたのがわかった。


「でも」


 夕璃は続ける。


「嫌だからって、今さら使わないで済む話でもない」


 《記憶の揺籃》は、そこで初めてほんの少しだけ“笑った”ように見えた。


「なら、同じだ」


「違う」


 今度は詩乃が言った。


 静かな声。

 でも、第8章を越えたあとの詩乃の声だった。


「同じ根から生まれてても、行く場所は違う」


 白い手が一斉に揺れる。


 《記憶の揺籃》の声が少しだけ低くなる。


「違えると思うのか」


「思うよ」


 今度は紫月だった。


「だって、痛いって思えるから」


 その一言は、やわらかいのに強かった。


 《記憶の揺籃》が少しだけ沈黙する。


 その空気を切るように、赤虹隊の方で朱里が吠えた。


「紅羽! 中央、今のうち!」


「了解!」


 兵骸種の群れを朱里が押し切った。

 その一瞬だけ、中央へ向かう道が開く。


 紅羽が第七部隊へ叫ぶ。


「行くぞ!」


 全員が前へ出る。


 《記憶の揺籃》が、それを待っていたみたいに表面を裂いた。

 中から、また白い残像が何十も浮かび上がる。


 兵士。

 花嫁。

 泣いてる子ども。

 祈る母親。

 笑ってる英雄。

 泣いてる敗残兵。


 全部、人の形だ。

 全部、倒しにくい。

 そして、全部が少しずつこちらの“使ってる記憶”と似ている。


「ほんと、感じ悪い!」


 琥珀が叫ぶ。


「今さら!」


 夕璃が返す。


 戦いがまた始まる。


 でも今度の戦いは、今までと少し違った。


 敵を切って終わりじゃない。

 切るほどに、白い川の流れが変わり、別の場所へ集まり始める。


『黒瀬!』


 雫の声がまた飛ぶ。


『今ので分かった!』


「何が!」


『あれ、“核”じゃない! 流れそのものが問題!』


 夕璃は人形型の残像を切り払いながら聞く。


『壊しても、別の流出口が開く! だから終わらない!』


 その瞬間、夕璃の頭の中で、何かがぴたりと繋がった。


 怪物一体じゃない。

 発生構造。

 止めないといけないのは、“流れ”。


「……そういうことか」


「夕璃ちゃん!?」


 詩乃が呼ぶ。


 夕璃は《記憶の揺籃》の下を見た。

 白い外殻。

 黒い川。

 そこからあふれる記憶。

 全部が、どこかへ流れている。


 つまり必要なのは、もっと強い一撃じゃない。


 壊すことじゃなくて、流れを止めることだ。


 《記憶の揺籃》がまた声を落とす。


「無駄だ」


 白い残像がさらに増える。


「壊しても、切っても、また生まれる」


「そうかもな」


 夕璃は答える。


「でも、出口を閉じれば話は別だろ」


 その瞬間、《記憶の揺籃》の空気がわずかに変わった。


 初めて、“気づかれた”感じがした。


「黒瀬!」


 紅羽が叫ぶ。


「何か見えたのか!」


「見えた」


 夕璃は長刀を握り直す。


「壊すだけじゃ終わらない」


「じゃあ?」


 今度は紫月が聞いた。


 夕璃は前を見る。


 《記憶の揺籃》の中心。

 白い外殻の奥。

 黒い川がどこか一点へ吸い込まれている。


 あそこだ。


「止める」


 夕璃が言う。


 短い。

 でも、それで十分だった。


 紅羽の目が少しだけ細くなる。

 詩乃が息を吸う。

 琥珀が「止めるって何を!?」と半分叫ぶ。

 紫月は、ほんの少しだけ口元を引き結ぶ。


「流れそのもの」


 夕璃は続ける。


「壊すだけじゃなく、あそこへ戻して閉じる」


『たぶん、それが正解に近い』


 雫の声が震えずに言う。


『でも、そこへ触るのは一番危ない』


「だろうな」


『たぶん夕璃しかできない』


 それも、だろうなと思った。


 でも今は、その嫌さより先に、答えが見えた感じの方が強かった。


「紅羽」


「何だ」


「次、道開けろ」


「言われるまでもない」


「紫月」


「うん」


「わたしが触るまで、全員切らすな」


「やる」


「詩乃」


「うん」


「一番近くにいて」


 詩乃は少しだけ目を見開いて、それから笑った。


「それ、かなり信じてる言い方だね」


「信じてるから言ってる」


 その返事に、詩乃の表情がほんの少しだけやわらいだ。


 そして、《記憶の揺籃》の白い外殻がさらに大きく脈打つ。





最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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