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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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「笑えてるから壊れていいわけじゃない」



 《記憶の揺籃》へ続く道は、道というより傷口だった。


 ホームの一番奥。

 黒い川が流れ込んでいく先に、大きな穴みたいな暗がりがある。

 でも、ただの穴じゃない。


 近づくほど、壁でも床でも天井でもない感じが強くなる。

 空間そのものが裂けて、そこに無理やり別の何かを押し込んだみたいな、不自然な広がり方をしていた。


「……ほんとに、やだ」


 琥珀が言う。


 今日は何回目だろうなと一瞬思って、でも数えるのはやめた。

 たぶん今は、その感想が一番正しい。


 各隊が、ここで最後の再配置に入る。


 赤虹隊はホーム手前の広場で、湧き直してくる兵骸種を押さえる。

 黄虹隊は帰還ルートの維持。

 緑虹隊は最終補給と浄化の中継点。

 青虹隊は高所と外周から観測をつなぎ続ける。

 藍虹隊は《記憶の揺籃》へ伸びる黒い枝みたいな流れを切って、本道だけを残す。


 そして第七部隊は、その真ん中に立っていた。


「ここから先、まともじゃないと思って」


 雫の声が通信に入る。


『見えるものも聞こえるものも、たぶん全部そのまま信じないで』


「めずらしくふわっとした注意だな」


 夕璃が言う。


『ふわっとするしかないくらい、向こうが嫌な場所ってこと』


「なるほど」


『あと』


 雫が少しだけ間を置いて続ける。


『詩乃さん』


 詩乃が顔を上げる。


「なに」


『今日は、ほんとに一人で飲まれないで』


 その言い方は、ちょっとだけ硬かった。

 ただの観測担当としてじゃなく、ちゃんと見てる側の声だった。


 詩乃は少しだけ目を細めて、それから笑う。


「努力する」


『そこは約束して』


「……善処します」


『だめそう』


 珍しく、雫の返しが即だった。


 琥珀が小さく吹く。


「雫先輩も最近ちょっとだけ砕けてきたよね」


『聞こえてるけど』


「ひぇ」


 そのやり取りで少しだけ空気がやわらぐ。

 でも、完全にはゆるまない。


 《記憶の揺籃》の入口に近づくほど、詩乃の横顔がまた静かになっていくのを、夕璃は見ていたからだ。


「詩乃」


 夕璃が呼ぶ。


「ん」


「今、何が聞こえる」


 詩乃は少しだけ黙る。


「笑い声」


 その答えに、夕璃の背中が少し冷えた。


「誰の」


「わからない」


 詩乃は前を見たまま言う。


「でも、わたしに似てる感じする」


 それが最悪なんだよ、と夕璃は心の中で思う。


 自分の声に似ているものほど、拒みにくい。


 紅羽もそれを理解したのか、短く言った。


「黒瀬、右につけ」


「うん」


「白峰は私と夕璃の間を歩け」


「了解」


 詩乃は軽く返す。

 でも、その返事の温度が少しだけ薄い。


 《記憶の揺籃》の外周へ踏み込んだ瞬間、空気が変わった。


 音がなくなる。


 いや、正確には、遠くなる。


 みんなの足音も、通信のノイズも、武器がかすれる音も、全部が一枚膜を隔てた向こうみたいに聞こえる。


 中央には、大きな繭みたいなものがあった。


 白い。

 でも、きれいな白じゃない。

 古い包帯とか、濡れた紙とか、剥がれかけた写真とか、そういうものが何層も重なってできたみたいな白だ。


 その表面を、黒い糸が何本もゆっくり流れている。

 時々、その白い膜の内側で人の顔みたいなものが浮かんでは消える。


「……っ」


 紫月が小さく息をのむ。


「これ、ひどい」


「うん」


 奏も後方から低く答えた。


「たぶん、ここがほんとうに一番奥」


 繭のまわりに、細い通路みたいな道が円を描いている。

 その道の途中途中に、白い残像が立っていた。


 女。

 兵士。

 子ども。

 老人。

 誰も顔ははっきりしない。


 でも、それぞれが違う“なれなかった何か”を抱えて立っている感じがした。


『第七、中央の白い繭そのものが本体じゃない』


 雫の声が入る。


『あれは発生源の外殻。たぶん、周囲の残像が先』


「また嫌な順番だな」


 夕璃が言う。


『今さらそこ?』


「今さらだけど」


 そのとき、詩乃の足が止まった。


 夕璃はすぐ気づく。


「詩乃」


 返事がない。


 詩乃は真正面を見ていた。

 繭じゃない。

 その少し手前、左側に立つ白い残像を。


 それは、詩乃自身だった。


 制服姿。

 双短刀。

 笑っている。


 でも、その笑い方が、一瞬だけ見せた“あれ”に近い。

 きれいで、やわらかくて、でもかなり危ない笑い方。


「……来た」


 詩乃が小さく言う。


 その声は、少しだけ乾いていた。


 白い残像の詩乃が、ゆっくりこちらへ顔を向ける。


「そんなに嫌がらなくていいのに」


 詩乃の声に似ている。

 でも、違う。


「向いてるなら、楽な方で使えばいいじゃん」


「……」


 詩乃は何も返さない。


 夕璃が一歩前へ出る。


「聞くな」


「聞いてないよ」


 詩乃はそう言う。

 でも目が逸れない。


 白い残像の詩乃は、くすっと笑う。


「ほんとに?」


 その声は近い。

 近すぎる。


「でも思ったでしょ。楽だなって」


 詩乃の肩がわずかに揺れる。


「笑えるって、悪いこと?」


 残像が続ける。


「殺せるって、役に立つってことじゃん」


「やめろ」


 夕璃が低く言う。


 でも、残像は止まらない。


「怖がる必要ないよ。向いてることをちゃんと使うだけ」


 詩乃が、そこでほんの少しだけ前へ出かけた。


 夕璃は反射で腕をつかむ。


「行くな」


「まだ行ってない」


「足が出た」


「少しだけ」


「その少しが一番やばい」


 紅羽が前へ出る。

 詩乃の反対側へ回る。


「白峰」


「ん」


「見るな」


 短い。

 でも、強い。


 詩乃は一瞬だけまばたいた。

 そこで少しだけ、現実側へ戻る。


 でも、残像はそこでさらに近づいてきた。


「向いてるのに、どうしてそんなに嫌がるの?」


 詩乃の声に似た声が、やけにやさしく落ちる。


「きれいに壊れられるなら、それでよくない?」


 それは、前よりもっと危ない言い方だった。


 壊れてもいい、じゃない。

 壊れること自体を“きれい”だと言ってくる。


「詩乃ちゃん!」


 紫月が後ろから呼ぶ。


 光が少しだけ強くなる。

 でも、届ききらない。


 残像は、詩乃の手を取ろうとするみたいに、白い腕を伸ばした。


 その瞬間、詩乃の目がほんの少しだけ揺れる。


 まずい。


「詩乃」


 夕璃が言う。


「見ろ」


 詩乃は返事をしない。


 だから夕璃は、もっと強く言った。


「そいつ、お前じゃない」


「……似てるよ」


 詩乃が小さく返す。


「すごく」


「似てても違う」


 夕璃は一歩前へ出る。


「笑えることと、壊れていいことは別だ」


 白い残像が少しだけ首をかしげる。


「でも、楽だよ?」


 そのやさしい声に、夕璃はいらっとした。


「知るか」


 吐き捨てる。


「楽でも、消えるなら意味ない」


 詩乃の目が少しだけ夕璃へ寄る。


 今だ、と思う。


「詩乃」


 夕璃はまっすぐ言う。


「向いてても、行っていい場所は自分で決めろ」


 その言葉に、詩乃の表情が揺れた。


 白い残像の笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。


「自分で?」


 詩乃がつぶやく。


「うん」


 紅羽も低く言う。


「お前が決めろ」


 紫月の光が、足元をつなぎ止める。


「詩乃ちゃん、まだここにいて」


 琥珀も、少しだけ震えた声で言った。


「先輩、それ、全然楽しそうじゃないじゃん」


 その一言で、詩乃の顔がほんの少しだけ崩れた。


 白い残像が、そこで初めてわずかに苛立ったように見える。


「どうして?」


 残像が言う。


「向いてるのに」


「向いてても」


 詩乃がゆっくり口を開いた。


 声は最初、少しだけかすれていた。

 でも、だんだんはっきりしていく。


「向いてても、わたしの行く場所は、わたしが決める」


 その言葉が落ちた瞬間、白い残像に細いひびが入った。


 ぱき、と乾いた音。


 詩乃は一歩前へ出る。

 今度は、引かれた足じゃない。


 自分で出た足だった。


「笑えるからって、壊れていいわけじゃない」


 双短刀を構える。


 その刃先はぶれていない。


「役に立てるからって、消えていいわけでもない」


 白い残像が、その場で少しだけ後ろへ揺れた。


 そして、次の瞬間には、詩乃がもうそこへ入っていた。


 速い。

 静か。

 でも、前みたいな危うい静けさじゃない。


 自分で選んで切る速さだ。


 一閃。


 白い残像が、胸の中心から裂ける。


 壊れる。

 でも、きれいには消えない。

 どこか悔しそうに歪みながら、白い粒になって崩れていく。


 詩乃はその場に立ったまま、少しだけ息を吐いた。


「……戻った?」


 琥珀が聞く。


「もともといたよ」


 詩乃が振り向いて、少しだけ笑った。


 その笑い方は、やっとちゃんと人間のものだった。


 夕璃は肩の力を抜く。


「よかった」


「今さら?」


「今だからだよ」


 その短いやり取りのすぐあとだった。


 中央の白い繭が、大きく脈打った。


 どくん、と。

 空間ごと心臓みたいに揺れる。


 全員の視線がそっちへ向く。


 繭の表面に、次々とひびが入る。

 白い膜が割れ、その奥から、もっと深い暗さが見え始める。


「まずい」


 澪那が低く言う。


「来るよ」


 その言葉と同時に、繭が縦に裂けた。


 中から現れたのは、怪物みたいな形じゃなかった。


 もっと嫌だった。


 人の手。

 人の顔。

 人の祈る姿。

 泣く声。

 叫ぶ口。

 そういうものが何百も重なって、一つの大きな“揺籃”みたいな形を作っている。


 ゆりかごみたいにも見える。

 棺みたいにも見える。

 世界の傷口そのものみたいにも見える。


『確認……最深部反応、完全顕現……!』


 雫の声が、珍しくわずかに乱れた。


『《記憶の揺籃》、来る!』


 夕璃は長刀を握り直す。


 詩乃も、もう揺れていない目で前を見る。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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