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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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33/38

「未熟でも立つ意味はある」



 深部手前の連絡通路は、やたら細かった。


 さっきまでの接続広間が広すぎたせいかもしれない。

 でもそれを抜きにしても、ここは嫌な細さをしている。


 天井が低い。

 壁が近い。

 照明が少ない。

 前の人の背中がずっと見える。


 逃げ道がない感じが、すごく強い。


「ここ、絶対なんかあるじゃん……」


 琥珀がぼそっと言った。


「あるだろうな」


 夕璃が返す。


「そんな即答いらないんだけど!」


「でもそういう顔してるぞ、この通路」


「通路に顔はない!」


 少しだけ空気が動く。

 でも、その軽口も長くは続かなかった。


 前方の藍虹隊が速度を落としたのがわかったからだ。


 澪那が手を上げる。

 全員停止。


「反応、左右に散ってる」


 透子が端末を見たまま言う。


「まっすぐ前っていうより、挟みに来る感じ」


「また気持ち悪いな」


 夕璃が言う。


「今日はそればっかだね」


 詩乃が小さく返す。


 通路はここで二層に分かれていた。

 地上で言うなら、上に保守用の細い歩廊があって、下に本来の連絡路がある感じだ。


 澪那が短く判断する。


「第六は上。第七は下」


「分断されるぞ」


 紅羽が言う。


「わかってる。でも、まとめて食われるよりまし」


 澪那は静かに答えた。


 それはたしかにそうかもしれない。

 でも、あんまり嬉しい話ではない。


 藍虹隊が上へ回る。

 第七部隊は下の連絡路へ。


 そこまではよかった。


 問題は、その三十秒後に起きた。


 通路の中央で、天井が落ちた。


 正確には、落ちたように見えた。

 実際は敵性断片が天井材をまとめて引きはがして、通路の真ん中へ叩き落とした。


「っ!」


 夕璃が反射で飛びのく。

 紅羽が槍で破片を弾く。

 紫月が後ろへ光を張る。


 でも、それで隊列が割れた。


 夕璃、紅羽、詩乃が前。

 紫月、実乃里、琥珀が後ろ。


「最悪!」


 琥珀が叫ぶ。


「上から来る!」


 後ろ側の通路天井から、細い兵骸種みたいなものが二体落ちた。

 いや、兵骸種というより“ぶら下がる残滓”に近い。

 長い腕で、後衛を狙っている。


「琥珀、下がれ!」


 紅羽が叫ぶ。


「無理! 紫月先輩たちの前いないとまずい!」


 その返しは速かった。


 夕璃は振り返る。

 瓦礫と断片で視界が悪い。

 でも、後ろ側の空気が危ないのはわかった。


「紅羽、前どうする!」


「こっちは詩乃と押さえる! 黒瀬は」


 そこまで言いかけて、紅羽が一瞬だけ止まる。


 夕璃を戻せば前が薄くなる。

 戻さなければ後ろが危ない。


 その迷いの一秒で、琥珀が動いた。


「いい! ここあたしがやる!」


「九条!」


 紅羽の声が飛ぶ。


 でも、琥珀はもう前へ出ていた。

 紫月と実乃里の前へ。

 ちゃんと、決められた線の範囲で止まって。


 そこが大事だった。


 前の琥珀なら、そのまま敵を追ってもっと奥へ出ていた。

 今は違う。


「来いよ!」


 琥珀が吠える。


 両腕の籠手を構える。

 細い残滓が飛びかかる。

 速い。

 でも、琥珀は引かなかった。


 一体目の腕を打ち砕く。

 二体目の爪を肘で受けて、そのまま体当たりみたいに押し返す。


「琥珀ちゃん、前出すぎないで!」


 紫月が叫ぶ。


「出てない!」


 ほんとうに出ていない。

 線を越えていない。

 ギリギリで止まっている。


 夕璃はその場で少しだけ目を見開く。


 できてる。


 怖いくせに。

 泣きそうなくせに。

 ちゃんと止まれている。


 前方では、夕璃たちの側にも敵が来ていた。

 断片が瓦礫の向こうから伸びる。

 人形型が二体。

 詩乃が即座に動く。


「夕璃ちゃん、右!」


「見えてる!」


 長刀で断片を払い、紅羽が正面を止める。

 でも、夕璃の意識は少しだけ後ろへ残っていた。


 琥珀、一人で持てるか。


 その不安を、詩乃が見抜いたみたいに言う。


「見に行かなくていいよ」


「でも」


「今戻ったら、前が崩れる」


 静かな声。

 でも、それは正しい。


「琥珀ちゃん、今がんばってる」


 詩乃は短刀を振るいながら続ける。


「だから、こっちはこっちで持たないと」


 夕璃は息を吐いた。


 そうだ。

 信じて前を持つ。

 たぶん今の第7部隊に必要なのは、それだ。


 前方の人形型がこちらを見る。

 口もない顔で、妙に人懐っこい気配を出してくる。

 気持ち悪い。


「しんぱい?」


 頭の中に声が落ちる。


 夕璃は舌打ちした。


「うるさい」


 斬る。

 浅く。

 核は腹じゃない。肩寄り。


 詩乃の視線と重なる。


「そこ」


「うん」


 核を割る。

 もう一体も紅羽が止め、詩乃が落とす。


 短く息をつく。


 そしてすぐに後ろを振り返った。


 瓦礫の向こう。

 琥珀が、まだ立っていた。


 ボロボロ、というほどではない。

 でも楽ではないのが一目でわかる。

 肩で息をしているし、籠手を構えた腕も少し震えている。

 それでも、線を越えていない。

 紫月と実乃里の前にちゃんと立っている。


「……すご」


 夕璃が思わず言う。


 その瞬間、後ろ側の残滓がもう一体、横のひび割れた壁から染み出した。


 まずい。


「琥珀、左!」


 夕璃が叫ぶ。


 琥珀は反射でそっちを向く。

 でも、間に合いきらない。


 そこへ紫月の光が割り込んだ。

 細く、でも正確に。

 残滓の軌道を半歩ずらす。


「今!」


「おぉぉっ!」


 琥珀の拳が叩き込まれる。

 残滓が壁へ叩きつけられる。

 そのまま崩れる。


 静かになった。


「っはぁ……!」


 琥珀がようやく大きく息を吐いた。

 その場にしゃがみ込みそうになるのを、ぎりぎりで耐える。


「だいじょうぶ!?」


 紫月がすぐ聞く。


「……だいじょぶ、じゃないけど、まだ立てる」


 その返しが、前の琥珀よりずっとましだった。

 変に強がりきらない。


 瓦礫の向こうから紅羽が低く言う。


「九条」


「はい!」


「よく持った」


 一秒だけ、琥珀の顔が止まった。


 それから、ちょっとだけ信じられないものを見るみたいな顔をする。


「え、いま褒めた?」


「事実を言っただけだ」


「褒めてるじゃん!」


「うるさい」


「でも嬉しい!」


 声がちょっと戻った。

 その戻り方に、夕璃は少しだけ笑いそうになる。


 瓦礫を乗り越えて合流する。

 第七部隊がまた一つに戻る。


 琥珀はまだ少し呼吸が荒い。

 でも、目は前を向いている。


「びっくりした」


 夕璃が言う。


「なにが」


 琥珀が聞く。


「ちゃんと止まれた」


「失礼じゃない!?」


「でも事実だし」


「ひどい!」


 そのやり取りに、紫月が少しだけ笑った。

 詩乃も、小さく肩を揺らす。

 紅羽だけはいつも通りっぽい顔をしていたけど、さっきよりほんの少しだけ空気がやわらいでいた。


 琥珀はそこで、少しだけ真面目な顔になる。


「……前はさ」


「うん」


「一人で倒せばいいって思ってたんだよね」


 誰も口を挟まない。


「でも、さっき」


 琥珀は自分の拳を見る。


「勝つとかじゃなくて、ここ守んないとって思ってた」


 その声はまだ少し震えていた。

 でも、ちゃんと自分の中から出ている声だった。


「みんなで戻りたいから、前立つんだなって、ちょっとわかった」


 夕璃は息を吐く。


 答えとしては、それで十分すぎた。


「えらい」


 紫月が言う。


「えへへ」


「褒めるの早いな」


 紅羽が言う。


「だって今のは褒めるとこでしょ」


 紫月の返しに、紅羽は何も言わなかった。

 でも否定もしなかった。


 そのとき、前方の通路のさらに奥で、低い振動が走った。


 全員がそっちを見る。


 瓦礫の向こう、深部へ続く扉のような大きな隔壁。

 閉じていたはずのその中央に、細いひびが入っている。


『第七、聞こえる?』


 雫の声が入る。


『今の振動で、最深部側の封鎖が一段ゆるんだ』


「つまり?」


 夕璃が聞く。


『もうすぐ開く』


 その言葉だけで十分だった。


 琥珀がさっきまでより少し低い声で言う。


「……やっぱり、ここからが本番じゃん」


「そうだな」


 紅羽が答える。


「今までのは前座だ」


「嫌すぎる」


「でも、行くしかない」


 夕璃が言う。


 そのとき、紫月が少しだけまっすぐ前を見る。


「……うん」


 たぶん全員、同じことを思っていた。

 琥珀は一歩進いた。

 紫月も一歩進いた。

 でも、それで楽になるわけじゃない。


 最深部はこの先にある。

 そしてそこには、もっと深い何かが待っている。


 それでも、第7部隊はまた並んだ。


 前より、少しだけましな形で。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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