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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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「救えない・・・それでも」



 深部手前の接続広間は、名前だけ聞くと大きそうだったけど、実際は思っていたよりも歪な場所だった。


 広い。

 でも、まっすぐじゃない。


 昔は何かの中継広場だったらしい。地下街と輸送路と避難連絡路が、ここで一度つながっている。

 だから広い。

 そのぶん、今は空っぽの広さがやけに目につく。


 壊れた案内表示。

 倒れたベンチ。

 割れたガラス壁。

 中央には、噴水だったのか何だったのかわからない円形の浅い窪み。

 そのまわりに、黒い筋が何本も走っている。


「ここ、やだ」


 琥珀がはっきり言った。


「わかる」


 夕璃も返す。


 空気が変だった。

 深部に近いせいだけじゃない。

 この広間そのものが、何かを待ってるみたいな静けさをしている。


 前方で澪那が手を上げた。


「止まって」


 藍虹隊と第七部隊が同時に足を止める。


 透子が端末を見ながら、少しだけ眉を寄せた。


「反応、多いね」


「敵?」


 紅羽が聞く。


「敵だけじゃない」


 透子の返事が嫌だった。


 その意味は、次の瞬間すぐにわかる。


 広間の左奥、崩れたガラス壁の向こうに、いくつも人影が立っていた。

 多い。

 十。いや、もっと。


 大人。子ども。老人。

 ぼんやりしてる。

 でも、人の形をしている。


「残留思念……?」


 紫月が小さく言う。


 その声が少しだけ震えた。


「こんなに?」


 琥珀が息をのむ。


 多い。

 しかも、ただ立っているだけじゃない。


 その足元を、黒い糸みたいな断片がゆっくり這っている。

 まだ触れきっていない。

 でも、もうすぐ届く。


『接続広間、住民残留反応を確認』


 雫の声が通信に入る。


『数、十五以上。深部側の断片が引っ張ってる』


「十五……」


 夕璃が小さく言う。


 多すぎる。


 敵だけならまだいい。

 でも、これだけの“人だったもの”が混ざると、一気に難しくなる。


「第六は右の断片群を切る」


 澪那が言う。


「第七は残留思念を止めて」


「止めるって」


 夕璃が言う。


「どうやって」


「考えて」


 さらっと言うな。

 でも、言ってることは間違ってない。


 紫月が一歩前へ出た。


「わたし、先に見る」


「無理するなよ」


 夕璃が言う。


「しないよ」


 紫月は静かに答える。


「でも、たぶん今はわたしが一番わかるから」


 その言い方には、前より少しだけ決意みたいなものがあった。


 紫月が目を閉じて、ゆっくり息を吸う。

 白い光が、足元から静かに広がる。


 静謐領域。


 前より広げ方がうまい。

 無理やり全部を包むんじゃなくて、必要なところへまっすぐ伸ばしている。


「……深部側の断片が、あの人たちの“戻りたい場所”を使って引いてる」


 紫月が目を開けた。


「家に帰るとか、誰かのところへ行くとか、そういう気持ち」


「最悪だな」


 夕璃が言う。


「めっちゃ最悪」


 琥珀も言う。


 敵が人の優しさとか帰りたい気持ちを使うの、本当に感じが悪い。


「なら、断片を切れば」


 紅羽が言いかけた、そのとき。


 広間の奥で、一人の子どもの影がふらっと動いた。


 小さな男の子だった。

 たぶん小学校にも入ってないくらい。

 ぼんやりとした顔で、でも、確かに“向こう”へ行こうとしている。


「……っ」


 紫月の呼吸が止まりかける。


 白い光が、ほんの少し揺れた。


 それを見た瞬間、夕璃は嫌な予感がした。


「紫月」


 呼ぶ。


 紫月は前を見たままだった。


「……だめ」


 小さい声。


「これ、全部行きそう」


 その言葉で、広間の空気が一気に緊張した。


 残留思念たちが、少しずつ、ほんとうに少しずつ前へ引かれ始めている。

 まだ歩いてはいない。

 でも、このままなら行く。


「どう止める」


 紅羽が聞く。


 いつもなら“できるか”じゃなく“どうするか”で来るのが、この人らしい。


 紫月は広間を見る。

 残留思念。黒い糸。広さ。藍虹隊が切ろうとしている右ルート。

 それを全部見て、それから小さく首を振った。


「……全部は、無理」


 その一言が、かなり重かった。


 誰もすぐには何も言えない。


 紫月なら、そこで無理に全部を抱えようとしていたかもしれない。

 でも今は違う。


「だったら?」


 夕璃が聞く。


 紫月はゆっくり息を吸って、答える。


「出口に近い方から切る」


 全員がそっちを見る。


「残りは?」


 琥珀が聞いた。


 紫月は少しだけ目を伏せる。


「……間に合わないかもしれない」


 その言い方は、はっきりしていた。

 痛いくらいに。


 でも、逃げてはいない。


「紫月」


 紅羽が言う。


「それでいくのか」


 紫月は数秒だけ黙っていた。


 そして、ちゃんとうなずいた。


「うん」


 その顔は泣きそうでもあった。

 でも同時に、決めた顔でもあった。


「全部守ろうとしたら、たぶん全部遅れる」


 その言葉は、自分に言い聞かせるみたいだった。


「だから、近い方からつなぐ」


 夕璃は息を吐く。


 きついな、と思う。

 でも、今はそれしかないのもわかる。


「じゃあやる」


 夕璃が言う。


「紅羽、出口側のライン開ける。琥珀、紫月の前から動くな。詩乃、近い方だけ切る。第六は右の断片群を押さえろ」


「了解」


 紅羽が即答する。


「了解」


 詩乃も静かに返す。


「う、うん!」


 琥珀も、少しだけ強張った声で返した。


 紫月は小さくうなずく。


「お願い」


 それで、始まった。


 藍虹隊が右ルートの断片群へ走る。

 黒い糸が広場の外周を這っていた。

 それを澪那たちが切り、散らし、広がりを遅らせる。


 第七部隊は中央から左寄り。

 残留思念たちと出口の間に立つ。


 紅羽が槍を構える。

 兵骸種が二体、横から回ってきた。

 真正面から叩き止める。

 赤虹みたいな派手さはない。

 でも、堅い。

 そして今は、その堅さがありがたい。


「夕璃ちゃん、左端!」


 詩乃の声。


 女の人の残留思念が、断片へ引かれて一歩出る。

 夕璃はそっちへ飛ぶ。


「止まれ!」


 声をかける。

 届くかわからない。

 でも、黙ってるよりはいい。


 女の人の影が、一瞬だけこちらを見る。

 その顔は見えない。

 でも、何か言いたそうな気配だけがある。


 そこへ紫月の光が届く。

 白い光が足元を包む。

 女の人の影が止まる。


「一人!」


 紫月が言う。


「次、子ども!」


 順番に。

 近い方から。

 つなげる方から。


 痛い選び方だった。

 でも今は、それしかない。


 琥珀が真正面に立っている。

 いつもなら突っ込みたがるのに、今日は動かない。

 その代わり、引かれそうな残留思念へ向かって大声を投げている。


「そっちじゃない! 戻れ!」


 雑だな、と思う。

 でも、その雑さが妙に効く相手もいる。


 小さな子どもの影が、琥珀の声で一瞬だけ止まった。


「まじか」


 夕璃が小さく言う。


「ほら!」


 琥珀が言う。


「あたし、声で役に立ってる!」


「うるさいのが初めて正面から活きてるな!」


「ひどくない!?」


 でも、そのやり取りの間にも、広間の奥ではまだ何人かが引かれていた。


 紫月の領域は全部には届かない。

 届かないから、順番に、優先をつけている。


 それが見える。

 見えるのが、つらい。


 紫月の呼吸が少しずつ浅くなる。

 でも、目だけは前を見ていた。


「次、右の二人!」


 光が伸びる。

 夕璃と詩乃がその間を埋める。

 紅羽が兵骸を押し返す。

 琥珀が線を守る。


 前より、うまく回っている。

 でも、前よりうまいからこそ、届かないところがはっきり見えてしまう。


 広間の一番奥。

 杖をついた老人の影がいた。


 距離がある。

 断片の糸がもうかなり足元に絡んでいる。


「紫月!」


 夕璃が呼ぶ。


 紫月はそっちを見た。


 見て、少しだけ息を止めた。


「……だめ」


 その一言は、かすれていた。


 夕璃は何も言えなかった。


 紫月は視線を切らないまま、小さく続ける。


「そっち行ったら、今つないでる方が切れる」


 正しい。


 正しいから、苦しい。


 老人の影は、こちらを見ているようにも見えた。

 それとも、ただ前を向いているだけなのか。

 わからない。


 その次の瞬間、黒い糸が足元を包み、老人の影が静かに奥へ引かれた。


 悲鳴もない。

 派手な何かもない。


 ただ、そこで間に合わなかった。


「……っ」


 琥珀が顔をしかめる。


 詩乃も、ほんの少しだけ目を伏せた。


 でも、紫月はその瞬間に視線を戻した。


「次、左!」


 声は震えていた。

 でも、止まらない。


「まだこっちが切れる!」


 その声で、夕璃は息を吸った。


 そうだ。


 今のを引きずって全部遅れたら、もっと落ちる。


「紅羽、左前!」


「押さえる!」


「詩乃、中央!」


「了解!」


「琥珀、そこ動くな!」


「わかってる!」


 戦いは続く。

 紫月の領域が、残りの近い残留思念を一人ずつつなぎ止める。

 藍虹隊が断片群を切り崩す。

 第七部隊が兵骸と人形型を押し返す。


 そして、ようやく広間の流れが止まった。


 静かになる。


 黒い糸がほどける。

 残った残留思念たちが、ぼんやりとその場にとどまる。

 黄虹隊と緑虹隊がすぐに入り、保全と回収ラインを作る。


 戦闘としては成功だ。


 でも、その言葉で片づけるには、一人分だけ足りなかった。


 紫月はその場で膝をつきそうになるのを、実乃里に支えられて止まった。


「先輩!」


「大丈夫……まだ」


「まだって言ってる時点でだめです!」


 実乃里の声が少しだけ強い。

 珍しく、本気で怒っている感じがした。


 紫月は少しだけ苦しそうに笑う。


「ごめん」


「謝るの後にしてください!」


 そのやり取りを聞きながら、夕璃は少し離れたところに立っていた。


 広間の奥。

 老人の影が消えた方を見る。


 何もない。

 もう何も残っていない。


 それが逆に、妙に重かった。


「夕璃ちゃん」


 紫月の声がする。


 夕璃が振り向く。


 紫月はまだ少し息が乱れていた。

 でも、こっちをまっすぐ見ている。


「……ごめんね」


「何でお前が謝る」


 夕璃が言うと、紫月は少しだけ目を伏せた。


「今の、助けられたかもしれないって、ちょっと思っちゃったから」


 その気持ちは、たぶんここにいる全員が思っている。


 だからこそ、夕璃は首を横に振る。


「思うのは勝手だ」


「うん」


「でも、今はつないだ方見ろ」


 紫月は少しだけ目を見開いた。


 そして、ゆっくりうなずく。


「……うん」


 夕璃はそこでようやく、少しだけ息を吐いた。


 紫月は変わった。

 全部を抱えようとして壊れるんじゃなく、選んでつなぐ方へ一歩進いた。


 今のは、きつい。

 かなりきつい。


 でも、それでも前よりは強い。


 そのとき、奏が回収ラインの向こうから来た。


 紫月の前にしゃがむ。


「えらかったね」


 その一言だけで、紫月の顔が少しだけ崩れそうになる。


「……あんまり、えらくない」


「そんなことないよ」


 奏の声はやわらかい。

 でも、変に甘やかす感じでもない。


「全部助けられないって知った上で、切らない方をつないだでしょ」


 紫月のまつげが揺れる。


「それ、すごくしんどいけど、ちゃんと前に進いてるよ」


 紫月は何も言えなかった。

 でも、その目だけでたぶんかなり救われているのがわかった。


 琥珀が少し離れたところでぽつりと言う。


「……前のときより、もっと痛いのに、前よりちゃんとしてるの、なんかずるいな」


「意味わからん感想だな」


 夕璃が返す。


「でも、ちょっとわかる」


 詩乃が言った。


 静かな声だった。

 でも、前よりちゃんと“こっち側”にいる声だった。


 広間の奥、最深部へ続く通路はもう目の前だった。


 そこへ行けば、もっと深い何かが待っている。


 でもその前に、紫月はちゃんと一歩進いた。


 全部は救えない。

 それでも、つなぐ方を選んだ。


 それだけで、意味は十分にあった。


 その先へ進むための痛みだったとしても。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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