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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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31/38

「並んで進める」



 中層の地下街は、地上よりも“生活の跡”が濃かった。


 壊れたショーケース。

 倒れた案内板。

 閉じたままのシャッター。

 床に散らばる買い物袋。

 誰もいないのに、ついさっきまで人がいたみたいな空気が残っている。


 そういう場所は、嫌だ。


 戦場として割り切りにくいから。


「右、広場に出る」


 澪那が前方で小さく言う。


 藍虹隊が先に足を止める。

 その合図で、第七部隊も動きを落とした。


 広場、と呼ばれていた場所は、地下モールの吹き抜けだった。

 上階へ続くエスカレーターは途中で止まり、天井の照明は半分以上落ちている。

 中央には小さなイベントステージみたいな円形の台があった。

 その周りを、黒い残滓がうごめいている。


「数、多いな」


 夕璃が言う。


 兵骸種だけで六。

 人形型残滓が二。

 それに、床のひびから黒い糸みたいなものが広がっている。


「住民反応は?」


 紅羽が聞く。


 透子が端末を見る。


「上階に三。浅い」


「残留思念?」


「たぶん」


 その返事だけで、少しだけ空気が重くなる。


 敵だけならまだ単純だ。

 でも、残留思念が混ざると途端に面倒になる。

 斬って終わり、ではなくなるから。


『第七、上階右手の回廊見て』


 雫の声が入る。


『人の形が三つ。まだ固まってるだけだけど、下の断片が広がると引っ張られるかも』


「……またそのやつか」


 夕璃が小さく言う。


 嫌というほど見た。

 人じゃない敵と、人だったものの境目がぐちゃぐちゃになるやつ。


「第六は枝を切る」


 澪那が言う。


「第七、上を見て」


「了解」


 紅羽が即答する。


 上階。

 つまり、残留思念側の処理が第七部隊に回ってきた。


 紅羽がすぐに切る。


「配置。私と黒瀬が上。白峰、中央の断片位置だけ見てろ。九条は紫月の前。勝手に線を越えるな」


「うっ」


 琥珀が顔をしかめる。


「またそれ」


「まただ」


「紅羽先輩、今日ほんと一生言うじゃん」


「お前が一生危ないからだ」


「ひど!」


「でも、今日は聞いて」


 紫月が静かに言った。


 琥珀がそっちを見る。


「……うん」


 その返事は不満そうだったけど、ちゃんと届いていた。


 夕璃は長刀を構える。


「行くぞ」


 紅羽と一緒に上階の回廊へ上がる。

 壊れたエスカレーターは使えない。

 横の非常階段を蹴って、一気に二階へ。


 上階の空気は下より少しだけ冷たかった。


 人影が三つ。


 小さな子ども。

 女の人。

 杖をついた老人。


 全部、ぼんやりしている。

 でも、輪郭だけはやけに人間らしい。


「……いやだな」


 夕璃が言う。


「そうだな」


 紅羽も短く返す。


 こういうのはやりにくい。

 敵ではない。

 でも放っておくと、断片に引かれて崩れる。


『下の断片、広がる』


 雫の声。


『三十秒以内に上を切らないと飲まれる』


「わかりやすく最悪だな」


 夕璃は一歩前に出る。


 残留思念たちは、まだこちらを見ていない。

 ただ、下の黒い糸にゆっくり引かれ始めている。


「どうする」


 紅羽が聞く。


「斬るわけにいかない」


「だから“どうする”と聞いている」


 もっともだった。


 夕璃は歯を食いしばる。


 紫月の領域だけに任せるには広い。

 放っておけば落ちる。

 紅羽と自分だけで抱えるには三人は多い。


 そのとき、下から詩乃の声が飛んだ。


「夕璃ちゃん、左からなら届く!」


「何が」


「音!」


 音。


 その一言で、少しだけわかる。


 この人たち、視線じゃない。

 下から来てる“呼ばれる感じ”に引っ張られてる。


「紅羽、右!」


「任せろ!」


 紅羽が回廊の反対側へ走る。

 夕璃も左へ。


 二手に分かれる。

 そして、二人で同時に声を投げる。


「そっち行くな!」


 夕璃が叫ぶ。


「止まれ!」


 紅羽の声が重なる。


 子どもの影が一瞬だけ揺れる。

 女の人の顔が、ほんの少しだけこちらを向く。


 それだけでは足りない。


 下から、また黒い断片が広がる。

 まずい。


「紫月!」


 夕璃が叫ぶ。


「少しだけ上まで伸ばせる!?」


「やる!」


 白い光が、下階からすっと伸びてくる。

 細い。

 でも確かに、上階の回廊まで届いた。


 その光が残留思念たちの足元を包む。

 引かれる力が少しだけ弱まる。


 そこへ、琥珀の声が下から飛んだ。


「そっち行くなって言ってんだろーっ!」


 大声だった。

 きれいでもないし、上品でもない。

 でも、その声だけが妙にはっきり上まで届く。


 子どもの影が、ぴたりと止まる。


「……え」


 夕璃が思わず言う。


 琥珀本人も、下で「え?」って顔をしていた。


 たぶん今のは狙ってない。


 でも、その“余計なこと考えずまっすぐ止める声”が、この場ではいちばん届いた。


「夕璃!」


 紅羽の声。


 はっとする。


 下の断片がもう一段広がった。

 残留思念を止めても、元を切らなきゃ意味がない。


「詩乃!」


「見えた!」


 下から返事。


「中央の台の裏! 断片核、浅い!」


「黒瀬、下がるぞ!」


 紅羽が叫ぶ。


 上階の残留思念は、紫月の光と琥珀の声でぎりぎり止まっている。

 だったら今しかない。


 夕璃は回廊の手すりを蹴った。

 飛び降りる。

 着地と同時に、中央の台へ走る。


 人形型残滓が一体、前へ出る。

 長刀で受ける。

 浅く流す。

 核は見ない。今は時間優先。


「紅羽、前!」


「押さえる!」


 紅羽の槍が残滓と兵骸をまとめて止める。

 その正面固定は、やっぱり強い。


 詩乃が音もなく夕璃の横へ出た。


「台の下、左」


「了解」


 詩乃の視線と、自分の勘。

 それが前より噛み合う。


 円形台の下へ身体を滑らせる。

 黒い糸。

 その奥に、小さな核。

 虫みたいに脈打っている。


「気持ち悪……!」


 琥珀が言う。


「黙ってろ!」


 夕璃が返す。


「反応しそうになる!」


「その余裕あるなら平気じゃん!」


 言い返しながらも、夕璃は長刀を突き込んだ。


 一撃。

 硬い。

 まだ足りない。


 そこへ詩乃が横から滑り込んで、双短刀を逆手に差し入れる。


 夕璃の刃の裂け目と、詩乃の細い刃。

 その二つがぴたりと重なる。


 残響。


 核が割れた。


 次の瞬間、床を這っていた黒い糸が一気にほどける。

 上階の残留思念も、そこでようやく引っ張る力を失った。


 広場が静かになる。


『上階、反応安定』


 雫の声。


『今のうちに回収ライン引く。黄を回す』


「了解」


 夕璃は息を吐く。

 前より、少しだけましだ。


 前の第七部隊だったら、たぶんもっと雑に突っ込んで、もっと危なかった。


 紅羽も同じことを思ったのか、小さく言った。


「前よりは、まともだな」


「めずらしいな、素直」


 夕璃が言う。


 紅羽は少しだけ眉を寄せる。


「事実を言っただけだ」


「でも褒めた」


「褒めてはいない」


「してるよ」


 下から琥珀が言った。


「今のちょっと嬉しかったし」


「お前には言っていない」


「えー」


「でも、琥珀ちゃんの声、よかった」


 紫月が少し息を乱しながら言う。


「うるさいのって、たまに大事だね」


「紫月先輩まで!?」


「褒めてるよ」


「ほんと!?」


「うん」


 そこで琥珀が、ちょっとだけ元気な顔になる。

 単純だなと思う。

 でも今は、その単純さがありがたかった。


 そのとき、夕璃の視界が一瞬だけ揺れた。


 息を吸う。

 冷たい感じが、頭の奥をかすめる。


 まただ。


 深部へ近づくほど、記憶ノイズの触れ方が強くなっている。


 目の前の広場が、一瞬だけ別の場所に重なった。

 白い駅のホーム。

 血のついた階段。

 長い髪の女の影。


「……っ」


「黒瀬!」


 紅羽の声が飛ぶ。


 夕璃ははっとして顔を上げた。


 広場は元のままだ。

 詩乃も、琥珀も、紫月もいる。


「どうした」


 紅羽が一歩近づく。


「……少し、引かれた」


 ごまかす気にはなれなかった。


 紅羽の目が細くなる。


「場所は」


「まだ平気」


「まだ、で止めるな」


「止めてる」


「顔が止まってない」


 そこを雫の声が通信で拾う。


『黒瀬、今の波形、ちょっと深かった』


「見てたのかよ」


『見てるよ。だから言ってる』


 雫は一拍置いて続けた。


『次、同じの来たら一回下がって』


「嫌だね」


『嫌でも』


 そこで少しだけ通信が乱れた。

 ノイズ。

 ざ、と短く走る。


 全員が一瞬だけ上を見る。


 深部側だ。


 向こうからの反応が、また一段強くなった。


 澪那が前方の通路から戻ってくる。


「中層終わり」


 短く言う。


「次、深部手前の接続広間」


 その言い方だけで、空気が変わる。


 深部手前。

 つまり、もうかなり近い。


「休憩は?」


 琥珀が聞く。


「三分」


 透子が答えた。


「短っ!」


「十分だよ」


「ひど!」


 でも、その短さが逆にありがたい気もした。

 長く止まる方が、変なことを考えそうだったから。


 紫月は壁に軽く背を預けて呼吸を整えている。

 でもまだ、目は死んでいない。


「紫月」


 夕璃が近づく。


「いける?」


 紫月は少しだけ笑った。


「前より、ちゃんと聞いてくれるね」


「茶化すなよ」


「ごめん。……いける」


 少しだけ間があった。

 でも、それは無理の嘘じゃない感じだった。


「ただ、次はたぶんきつい」


「だろうな」


「だから、わたしが止まれって言ったら、止まってね」


 その言い方はやわらかいのに、少し強かった。


 夕璃は一瞬だけ黙って、それからうなずく。


「わかった」


 紫月はそれで少しだけ安心したみたいに息を吐いた。


 詩乃は、その少し離れたところで一人、壊れたガラスケースの上に指を置いていた。

 顔は普通。

 でも、静かすぎる。


 夕璃は近づく。


「詩乃」


「ん?」


「今、どうだ」


 詩乃は少しだけ考える。


「……ちゃんとここにいるよ」


「そうじゃなくて」


「わかってる」


 詩乃は小さく笑った。


「怖いし、少し楽にも感じる」


 その言い方が、かなり嫌だった。


 でも、黙って抱え込まれるよりはましだ。


「だから」


 詩乃は夕璃を見る。


「今のうちに言っとく。もし変だったら、ちゃんと止めて」


 夕璃は少しだけ息を止める。


「ずいぶん素直になったな」


「夕璃ちゃんがしつこいからね」


「褒めてる?」


「半分くらいは」


 それで少しだけ、二人とも笑った。


 短い。

 でも、その短さで十分だった。


 三分はすぐ終わる。


 各隊がまた動き出す。

 深部手前の接続広間へ。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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