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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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「壊れた街の奥へ」



 外縁第一ゲートの朝は、やけに風が強かった。


 冷たいわけじゃない。

 でも、肌に当たる感じが少しざらついている。旧第十三市街の方から吹いてくる風って、いつもそうだ。乾いてるのに、どこか湿っている。


 嫌な街の風だな、と夕璃は思う。


 ゲート前には、すでに各部隊が並んでいた。


 赤虹隊。

 黄虹隊。

 緑虹隊。

 青虹隊。

 藍虹隊。

 そして、第七部隊。


 こうして見ると、本当に総侵入なんだなと思う。

 前のときより、人数も空気もずっと重い。


 朱里は赤虹隊の先頭で、静かに前を見ていた。

 千晴は黄虹隊の配置を最後まで確認している。

 奏は緑虹隊の補助員と短く言葉を交わしていて、雫はすでに高所観測班と端末をつないでいた。

 澪那は相変わらず静かで、そこにいるだけで「始まるな」とわかる感じがある。


「……すご」


 琥珀が小さく言った。


「何が」


 夕璃が聞く。


「なんか、ほんとに大きい戦いっぽい」


「今さらかよ」


「いや、だって会議のときよりこう……目で見ると違うじゃん」


 たしかにそうだった。


 資料や言葉で聞くのと、実際に全部隊がここに並んでいるのを見るのでは、重さが違う。


「九条」


 紅羽が低く呼ぶ。


「なに」


「自分の線、忘れるな」


 琥珀は一瞬だけ口をとがらせた。

 でも、すぐにうなずく。


「……うん」


 その返事に、夕璃は少しだけ横目を向ける。

 前の琥珀なら、こういうときもっと軽く返していた。

 今はちゃんと、重さを知った上で言っている。


 紫月は小さなケースをもう一度確認していた。

 奏から渡された浄化パッチと、緩衝用の補助薬だ。


「紫月」


 夕璃が呼ぶ。


「なに?」


「深部手前まで、だろ」


「うん」


「無理すんなよ」


 紫月は少しだけ目を丸くして、それから笑った。


「それ、夕璃ちゃんが言うの」


「言う」


「珍しい」


「そうか?」


「うん。ちょっと」


 その言い方に、夕璃は少しだけ視線をそらした。


 たしかに珍しいかもしれない。

 でも今は、言わない方が変な気がした。


「大丈夫」


 紫月は静かに言う。


「止まる場所、ちゃんとわかってるから」


 その返事は、前より少しだけ強かった。

 少しだけ、前に進いた強さだ。


「第七」


 霧島の声が飛ぶ。


「配置確認、終わったな」


「はい」


 紅羽が答える。


「黒瀬」


「なに」


「今から先、影が見えても勝手に行くな」


 いきなり核心だった。


 夕璃は少しだけ顔をしかめる。


「見える前提で言うなよ」


「見えるだろ」


「……まあ」


「なら行くな」


「雑な命令だな」


「わかりやすいだろ」


 それはそうかもしれない。


 霧島はそれ以上言わず、前線全体へ向き直る。


「総侵入を開始する。各隊、予定ルートへ」


 ゲートがゆっくり開く。


 その向こうに広がっているのは、壊れた街だった。


 何度見ても、気分のいい景色ではない。

 崩れたビル。

 止まった信号。

 傾いた高架。

 割れたガラス。

 誰もいない道路。


 でも、完全に死んだ街にも見えない。

 まだ何かが奥で動いている感じが、ずっとある。


「……行くぞ」


 紅羽が言った。


 第七部隊が前へ出る。

 その少し前を藍虹隊。

 さらにその前では、赤虹隊がすでに正面の敵を押さえ始めていた。


 開戦は速かった。


 旧第十三市街の外縁に出た瞬間、兵骸種がわいた。

 建物の陰から、道路の裂け目から、止まった車列の間から。

 数は多い。でも、まだ浅い。


「赤、前押す!」


 朱里の声が通る。


 大剣が一閃。

 正面の兵骸種がまとめて吹き飛ぶ。


 赤虹隊の前進って、見ていて気持ちいいなとこういうときだけ思う。

 真正面から圧でこじ開ける感じが、あまりにもわかりやすい。


『第七、右ルート生きてる。黄が避難線引く』


 雫の声が通信に落ちる。


 高所から全体を見ている声だ。

 冷たいけど、迷いがない。


『藍はそのまま地下入口へ。紫は後ろ三歩。前に出すぎないで』


「誰に言ってんの」


 夕璃が言う。


『主に黒瀬と九条』


「ほらー!」


 琥珀が言う。


「なんであたし巻き込まれるの!」


「巻き込まれじゃないだろ」


 夕璃が返す。


 でも、そのやり取りが入ると少しだけ息がしやすい。

 深呼吸するみたいに、いつもの感じを思い出せるから。


 黄虹隊が左側で避難線を作っているのが見える。

 千晴が前に立って、隊員へ的確に指示を飛ばしている。

 緑虹隊はその後ろで補給と浄化の中継。

 奏が何人かを一目で見て、すぐに手当ての優先を振っていた。


 総力戦だ。


 それもちゃんと噛み合っている総力戦。


「右、二!」


 詩乃の声。


 夕璃は反射で長刀を構える。

 建物の影から人形型残滓が二体、滑るように出てきた。

 兵骸種より人に近い。

 近い分だけ気持ち悪い。


「詩乃、左」


「うん」


「琥珀、右は見るだけ!」


「見るだけって何!?」


「飛ぶなって意味!」


「最初からそう言ってよ!」


 言いながらも、琥珀は今回はちゃんと止まる。

 そこへ詩乃が音もなく入った。

 双短刀が一体の足を切る。

 夕璃はもう一体へ踏み込む。


 人形型残滓がこちらを見る。


 次の瞬間、頭の中に知らない景色が差し込んだ。

 暗い駅。

 血のついた手すり。

 泣いている子ども。

 知らない。

 でも、気持ち悪いくらい近い。


「っ……」


 刃で受ける。

 浅く。

 深く触れるな、と雫と綾瀬に散々言われたのを思い出す。


『黒瀬、深く切らないで』


 ちょうど通信で雫が言った。


「タイミングうざいな!」


『助かってるなら文句言わないで』


 そのまま夕璃は残滓の横へ流れ、背中へ長刀を滑らせる。

 核は首じゃない。肩甲骨の間。

 詩乃の視線と自分の感覚が、前より噛み合う。


「そこ」


 詩乃の声。


「見えてる」


 斬る。

 残響。

 核が割れる。


 人形型が崩れる。

 琥珀が見ていた方も、詩乃が一瞬で落とした。


「はい終わり!」


 琥珀が言う。


「お前は見てただけだろ」


 夕璃が返す。


「見てただけでも役に立ったし!」


「それはそう」


 実際、それはかなり大事だ。

 前の琥珀なら我慢できずに突っ込んでいた場面で、ちゃんと止まれた。

 それだけで今は十分すぎる。


 地下入口が見えてくる。


 藍虹隊が先に入り口を押さえる。

 地上から地下へ降りる連絡通路。

 暗い。冷たい。湿っている。

 旧第十三市街の“中”へ入る感じがした。


「ここから先、観測少し荒れる」


 雫の声。


『でも切らない。絶対に切らないで』


「誰が」


『全員』


「雑だなあ」


『でもわかりやすいでしょ』


 夕璃は少しだけ息を吐いた。

 今日みんな、その言い方をやたら使う。


 地下へ降りる。


 空気が変わる。


 外の風の匂いが消えて、古いコンクリと金属の匂いが強くなる。

 壁の非常灯は半分死んでいる。

 生きている灯りだけが、白くて冷たい線を足元に落としていた。


「……やっぱりやだ」


 琥珀が小さく言う。


「お前、最近そればっかだな」


 夕璃が返す。


「だってほんとにやなんだもん」


「正直でいいと思う」


 紫月が後ろから言う。


「やだって思ったまま進める方が、ちゃんとしてるよ」


 その言い方が紫月らしくて、少しだけ気持ちが落ち着く。


 藍虹隊が前で止まった。


 澪那の手が上がる。


「反応、前方十」


「浅い?」


 紅羽が聞く。


「三つ浅い。ひとつ深い」


 透子が端末を見ながら答えた。


「またいやな言い方するな」


 夕璃が言う。


「でも合ってるし」


 その返しで、前方の暗がりが動いた。


 兵骸種が三体。

 その奥に、ベール状の断片が一つ。

 さらに、その向こうの通路の壁面に、黒い染みみたいなものが広がっている。


 ただの敵じゃない。


 街そのものが反応している。


「第六が先」


 澪那が言う。


「第七、後ろ三歩」


 動く。

 前よりはっきり、藍と紫の役割が噛み合っている。


 藍虹隊が枝を切る。

 第七部隊は、その向こうの“崩れそうなところ”だけを取る。

 紅羽が前。

 夕璃が中央。

 詩乃が死角。

 琥珀は線を守る。

 紫月が後ろから全体をつなぐ。


 昔より、声が増えた。


「右一体!」


「見えてる!」


「詩乃、断片の核!」


「胸じゃない、左上!」


「琥珀、そこ越えるな!」


「わかってるって!」


「紫月、大丈夫か!」


「まだいける!」


 戦いながら、ちゃんとお互いを見ている。

 それだけで、前より強い。


 断片を落とし、兵骸を掃き、黒い染みも藍虹隊が切り離す。


 短い戦闘が終わる。


「……前よりましだな」


 夕璃が息を吐きながら言う。


「何が」


 紅羽が聞く。


「うち」


 紅羽は数秒だけ黙って、それから短く返した。


「当然だ」


 その言い方が、紅羽っぽい。

 でも少しだけ、嬉しそうにも聞こえた。


 そこへ、また雫の声が入る。


『第七、気をつけて』


「今度は何」


 夕璃が聞く。


『黒瀬と白峰の反応だけ、少し先に動いてる』


 嫌な言い方だなと思う。

 でも意味はわかる。


「つまり?」


『向こうが、二人を先に見つけてるかもしれない』


 その瞬間、夕璃の背中を冷たいものが走った。


 前方の通路はまだ暗い。

 でもその奥から、何かがこちらを見ている感じが急に濃くなる。


 詩乃が小さく息をのんだ。


「……歌」


「え」


 琥珀が聞く。


「聞こえる」


 詩乃は前を見たまま言う。


「遠くで、女の人が歌ってるみたいな……」


 夕璃の耳の奥も、少しだけざわついた。

 でも、歌まではまだ聞こえない。


 その代わり、見えた。


 通路のずっと奥。

 非常灯の届かない暗い角。

 そこに、長い髪の女の影が立っていた。


 そして、少しだけこちらを向いた気がした。


「……っ」


「夕璃ちゃん?」


 紫月の声。


 瞬きする。

 影はもういない。


 でも、気配だけは残っている。

 向こうも気づいている。

 こっちも、もう見つかっている。


 澪那が前を見たまま言う。


「深部、近いね」


 その静かな声だけで、空気が一段落ちる。


 旧第十三市街は、ただ待っているんじゃない。

 ちゃんとこちらを見て、選んで、引っ張ろうとしている。


 それが、地下の奥へ進むほどはっきりしてきた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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