「嫌でも行くしかない」
中央戦術棟の大会議室は、朝なのに空気が重かった。
机と椅子がきっちり並んでいて、壁一面にモニターがあって、白い光で明るいはずなのに、明るく感じない。
集まっている人間のせいだと思う。
赤、青、黄、緑、藍、紫。
前に見たことのある顔ぶれ。
でも今回は“合同任務”というより、“最後の前段階”みたいな空気があった。
「うわあ……」
会議室に入った瞬間、琥珀が小声で言った。
「なにその、もう決戦前ですみたいな感じ」
「だいたい合ってるだろ」
夕璃が返す。
「いや、でも早くない? まだ朝だよ?」
「朝だからなんだ」
「せめて昼にしてほしかった!」
「意味わからん」
紅羽が先に席を選ぶ。
第七部隊はいつも通り、少し後ろ寄りにまとまって座る形になった。
前方には赤虹隊。朱里が真ん中あたりで腕を組んでいる。
青虹隊はその斜め横。雫はすでに端末を開いていた。
黄虹隊はきっちりした並びで、緑虹隊はその少し後ろ。
藍虹隊だけが、静かなくせに妙に存在感がある。
「藍の人たちって、ほんといるだけで圧あるよね」
琥珀が小声で言う。
「喋るな」
紅羽が即座に返す。
「いやでもほんとじゃん」
「ほんとでも今言うな」
「紅羽先輩、今日ぴりぴりしすぎ」
「今日じゃなくてもする場面だ」
たしかにそれはそうだ。
夕璃は前方を見た。
霧島、綾瀬、御門。
この三人が前に並んでる時点で、まともな話になるわけがない。
そして、そこへさらに千晴と奏まで加わる。
逃げ場がないなと思う。
「始める」
霧島が短く言った。
会議室が一気に静かになる。
モニターに旧第十三市街の立体地図が映る。
地上区画。地下街。輸送路。最深部。
そして、その中心に脈打つような赤い光点。
「旧第十三市街最深部における敵性反応は、終盤の交戦以降も減衰していない」
御門が言う。
「むしろ安定した」
「それ、いい意味じゃないよね」
琥珀がぼそっと言う。
「当たり前だ」
紅羽が小さく返した。
御門は気にせず続ける。
「喪鐘の花嫁本体は破砕に成功した。だが、あれは最深部の発生層から浮上した“人格的上位個体”のひとつに過ぎない可能性が高い」
夕璃は少しだけ眉を寄せた。
ひとつに過ぎない。
そういう言い方、ほんとに嫌だ。
「もっと分かりやすく言うと?」
透子が前の列から聞く。
御門は少しだけ間を置いてから答えた。
「花嫁は本体ではない。深部に、もっと大きい発生源がある」
それで十分だった。
会議室の空気がさらに落ちる。
「深部反応の仮称は」
綾瀬が引き継ぐ。
「《記憶の揺籃》」
名前までついた。
ろくでもなさが増した気がする。
「揺籃って、ゆりかご?」
紫月が小さく言う。
「そう」
奏が隣で答えた。
「生まれる場所、みたいな意味」
「……全然かわいくないね」
琥珀が顔をしかめる。
「名前の響きでだまそうとしてるやつじゃん」
夕璃は少しだけうなずいた。
同感だ。
「ここからが重要だ」
御門がモニターを切り替える。
波形がいくつも並ぶ。
敵性反応。英骸記憶の接続ログ。適合者側の変動。
見た目はわからない。でも、雰囲気だけで嫌なものだと伝わる。
「旧第十三市街深部反応と、適合者が使用する英骸記憶の接続層は、限りなく近い」
昨日も聞いた。
でも今日は、その先がある。
「仮説ではなく、ほぼ確定とみていい」
会議室の空気がまた一段冷える。
誰もすぐには喋らなかった。
やがて朱里が静かに言う。
「つまり、わたしたちが使っている力と、あそこから出てくる怪物は、根っこが同じかもしれないってこと?」
「同じ“かもしれない”ではなく、同じ深層構造から生じている可能性が極めて高い」
御門は淡々と答える。
言い直されても嫌なものは嫌だった。
「最悪」
夕璃が小さく言う。
雫が横目で少しだけこちらを見た。
「そこだけは同意」
その返しが来るあたり、ほんとにろくでもない話なんだろう。
「この事実を踏まえて、旧第十三市街への最終侵入作戦を実施する」
霧島が言った。
「目的は三つ。第一、深部発生源への到達。第二、流出ルートの断絶。第三、生還」
最後がちゃんと入っているのが、逆に少しだけ嫌だった。
入れないといけないくらい、生還率が重い話だということだから。
「各部隊の役割を確認する」
モニターに部隊色ごとのルートが出る。
「赤虹隊。正面制圧。外層から中層までの敵性群を押さえ、最深部前広場まで道を開く」
「了解」
朱里が短く答える。
その声には迷いがない。
そういうところが、この人は強い。
「黄虹隊。避難線、撤退路、生存導線の維持。最深部侵入中も、帰還ルートを消すな」
「了解」
千晴の返事も短い。
でも、それがいちばん大事な役割のひとつだと今はわかる。
「緑虹隊。補給、回復、浄化、波形安定の支援。中層と最深部手前の中継点を保持」
「了解です」
奏の声はやわらかい。
なのに、それだけで少し場の温度が戻る。
「青虹隊。全域観測、本核位置の特定、深部層の変動監視。必要時は狙撃支援に移る」
「了解」
凪が答えた。
雫は無言で端末を見ている。
「藍虹隊。深部侵入ルートの開拓、枝反応の切断、最深部への直接導線確保」
「了解」
澪那の声は静かだった。
でも、それだけで“行くんだな”とわかる静けさだ。
そして最後。
「第七部隊」
霧島の声が少しだけ低くなる。
「最深部接続対応、および発生源干渉時の想定外処理」
便利な言葉だなと思う。
つまり一番危ないやつだ。
「想定外処理って、雑すぎない?」
琥珀が小声で言った。
「今さらだ」
夕璃が返す。
でも、本当にそうだと思う。
綾瀬が前へ出る。
「分かりやすく言うと、第七部隊は“発生源に最も近い位置で、何が起きても対応しなければいけない部隊”です」
「分かりやすくなったぶん嫌なんだけど」
琥珀が顔をしかめる。
「気持ちはわかる」
紫月が小さく言った。
綾瀬は続ける。
「理由は二つ。黒瀬さんと白峰さんが深部反応と強く接続していること。もうひとつは、第七部隊が“予定通りにいかない戦場”への対応力を持っていること」
褒められてるようで、あんまり嬉しくない評価だなと思う。
そこへ雫が口を開いた。
「ただし、条件をつけたい」
全員の視線が青虹側へ向く。
雫はまっすぐ第七部隊を見る。
「黒瀬と白峰を最深部の自由行動から外す」
会議室の空気がぴんと張る。
「は?」
夕璃が素で言う。
紅羽もすぐに反応した。
「藍沢副隊長、それはどういう意味だ」
「そのままの意味」
雫は引かなかった。
「この二人は必要。でも、深部に近づくほど干渉を受ける。自由に動かせば、それだけで敵の誘導に乗る可能性がある」
「だったら第七部隊の意味が」
「わかってる」
雫が紅羽の言葉を切る。
「だから外せとは言ってない。自由行動から外すって言ってるの」
その言い方で、夕璃にも少しだけ意味がわかった。
戦力としては使う。
でも、好きに動かせない。
つまり、最初から“危ないもの”として管理に入れる。
気分は最悪だ。
「それ、かなり感じ悪いな」
夕璃が言う。
「知ってる」
雫は即答した。
「でも必要」
そこへ紅羽が低く言う。
「だったら誰が見る」
「一条さん、あなた」
雫は迷わなかった。
「白峰さんは黒瀬が見る。黒瀬はあなたが見る」
少しだけ、紅羽の表情が固くなる。
それは責任が増えるからだ。
たぶん誰よりわかりやすく。
雫はさらに続ける。
「皇さんは最深部手前まで。緩衝と戻し役。九条さんは突出禁止じゃなく、“決めた線を絶対に越えない”を徹底」
「うわ、あたしだけめっちゃ分かりやすく子ども扱いされてる」
琥珀が言う。
「子どもだからではなく、そこが一番危ないから」
千晴が横から静かに言った。
琥珀はちょっとだけ口をとがらせる。
でも反論はしない。
そこが少し成長したな、と思う。
奏が紫月の方を見て言う。
「最深部手前で止まるの、平気?」
紫月は少しだけ迷うように息を吸った。
「平気、じゃないけど」
「うん」
「でも、止まる」
その返事は、前の紫月なら少し遅れていたかもしれない。
今はちゃんと、自分で“止まる”を選んでいる。
夕璃は少しだけ横目で見る。
その変化はたぶん、かなり大きい。
「最終的な鍵は、最深部において何をするかだ」
御門が言う。
モニターに《記憶の揺籃》の模式図が出る。
巨大な円環みたいなもの。その中心から流出が広がっている。
「破壊は選択肢のひとつに過ぎない」
夕璃は少しだけ眉を上げた。
「じゃあ他は」
「封鎖、接続遮断、あるいは流出方向の変更」
御門が答える。
「相手が怪物一体ではなく“発生構造”なら、壊すだけで終わる保証はない」
また、嫌な話が増えた。
「つまり」
透子が小さく言う。
「最後に“どう止めるか”をその場で選ばなきゃいけないってことだね」
「そうだ」
御門がうなずく。
「その役割に最も近いのが、第七部隊になる」
会議室の後ろで、琥珀が小さく「うへぇ」と言った。
気持ちはかなりわかる。
そこへ朱里が口を開いた。
「一条」
「はい」
「最後まで正面は開ける。だから中は任せる」
その言葉は、紅羽へ向けたものだった。
信頼の置き方がまっすぐで、少し眩しいくらいだ。
紅羽も短くうなずく。
「はい」
千晴は第七部隊を見て、一言だけ言う。
「帰る道はこちらで守る。だから、戻る判断を遅らせるな」
それもまた重い。
でも、今の第七部隊には、ちゃんと届く言葉だった。
奏は紫月に小さなケースを渡した。
「浄化パッチ、追加。やばいと思う前に使って」
「ありがとう」
「我慢しないでね」
「うん」
そのやり取りのやわらかさが、少しだけ救いだった。
そして最後に、澪那が詩乃を見た。
「最後まで落ちないでね」
静かな声。
でも、その一言はひどく刺々しかった。
詩乃は少しだけ目を細める。
「努力はするよ」
「努力で済むといいね」
感じが悪い。
ほんとにこの人はそういうのが上手い。
夕璃が思わず口を開こうとした、その前に霧島が会議を切った。
「以上だ。細部は各隊で詰めろ」
椅子が引かれる。
各隊が立ち上がる。
でも、夕璃はすぐには立たなかった。
最深部接続対応。
想定外処理。
そして“何をするかはその場で選ぶ”。
要するに最後は、自分たちで決めろということだ。
夕璃はそういうのが嫌いじゃない。
でも今回は、それが嬉しくない。
立ち上がる。
その瞬間、モニターの最深部表示の一点だけが、ふっと明るくなった気がした。
「……っ」
夕璃の呼吸が一瞬だけ止まる。
そこに、長い髪の女の影が立っているように見えた。
誰にも見えないみたいに自然に。
ただ、その一点を指している。
最深部の中心。
「夕璃ちゃん?」
紫月の声で、はっとする。
もう影はいなかった。
ただの地図だ。
赤い光点が脈打っているだけ。
「いや」
夕璃は視線を切る。
「なんでもない」
でも、胸のざらつきは消えなかった。
待っている。
あそこが。
自分を。
そしてたぶん、詩乃も。
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