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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第3章

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「前より少し遠い」



 紫棟の朝は、静かだった。


 いや、正確にはいつもより静か、だ。


 完全に静かな紫棟なんて、たぶん都市伝説みたいなものだと思う。誰かが廊下を走る音とか、どこかの部屋で何か落とす音とか、琥珀の声とか、そういうのがあって完成する場所だから。


 でも今日は、その“いつもの雑音”が少し薄い。


 夕璃は共有スペースへ入った瞬間に、それを感じた。


 窓から朝の光が入っている。

 テーブルの上には紫月が淹れたらしい湯気の立つマグカップ。

 ソファには琥珀が座っている。けど、膝を抱えていて、珍しく喋っていない。

 紅羽は端末を見ている。

 詩乃は窓際に立って外を見ていた。


 揃ってはいる。


 でも、どこか前と少し違う。


「おはよう」


 紫月が最初に気づいて言った。


 声はいつも通りやわらかい。

 でも少しだけ、無理して整えている感じがした。


「おはよう」


 夕璃も返す。


「……珍しく静かだな」


「それ、みんな思ってる」


 紫月が少しだけ笑った。


 その笑い方に、少しだけ安心する。

 完全に元気じゃない。でも、笑おうとはしている。

 たぶん今の第7部隊には、それがけっこう大事だ。


 夕璃はテーブルの空いている席に座った。


 紫月が自然な手つきでカップを差し出してくる。


「飲む?」


「なにこれ」


「今日はふつうの紅茶」


「今日はって言った?」


「気のせいじゃない?」


「怪しいな」


 でも受け取る。


 ひと口飲む。ちゃんと紅茶だった。

 少しだけ熱い。少しだけ苦い。少しだけ落ち着く。


 ソファの方で、琥珀がぼそっと言った。


「……夕璃隊長」


「なに」


「今日、任務ないといいね」


 めずらしいことを言う。


 夕璃はカップを持ったまま、そっちを見た。


「ずいぶん弱気だな」


「弱気にもなるよ」


 琥珀は膝に顔を半分うずめたまま言う。


「昨日まででだいぶお腹いっぱいだし」


「お腹いっぱいで済む話じゃないだろ」


 紅羽が端末から目を離さずに言う。


「だって他に言い方なくない?」


「ある」


「例えば?」


「……重い」


「それも微妙!」


 少しだけ、共有スペースの空気が動いた。


 その会話を聞きながら、夕璃は内心で少しだけほっとする。

 琥珀が完全に黙っているより、このくらいの方がまだいい。


「琥珀ちゃん、ちゃんと寝れた?」


 紫月が聞く。


 琥珀は顔を上げて、ちょっとだけ変な顔をした。


「半分くらい」


「出た」


 夕璃が言う。


「最近それ便利すぎるだろ」


「しょうがなくない? 寝たような寝てないような感じだったし」


「わかる」


 詩乃が窓際のまま言った。


 全員がそっちを見る。


 詩乃は振り返って、いつものようにふわっと笑う。


「夢、見た気がするんだけど、起きたらぐちゃぐちゃで」


 その言い方は軽い。

 でも、その笑い方が少しだけ薄い。


 夕璃はカップを持つ指先に少し力が入るのを感じた。


 詩乃は戻ってきた。

 最後、ちゃんと戻ってきた。

 でも完全に元通りではない。


 それは、自分も同じだ。


「詩乃」


 紅羽が呼ぶ。


「なに?」


「今日の状態を、自分でどう思う」


 朝からずいぶんまっすぐ行くな、と思う。

 でも紅羽はたぶん、こういうのを曖昧にしたままにする方が嫌なんだろう。


 詩乃は少しだけ考えてから答えた。


「悪くはないよ」


「良くもない、か」


「うん」


 その返しは正直だった。


 紅羽はそれを聞いて、少しだけ息を吐く。


「なら、無理はするな」


「昨日も似たようなこと言ってた」


「大事だから繰り返す」


「そういうとこ、ほんと紅羽先輩だね」


 詩乃はそう言って少し笑った。


 その笑い方はさっきより少し自然だった。

 たぶん、紅羽のまっすぐさはこういうとき効く。


 夕璃は窓の外を見る。


 学園の朝は、何も知らないみたいに普通だった。

 校舎。中庭。遠くの白暁院。訓練棟の屋上。

 でもその下には、昨日までのいろいろがまだ残っている。


 詩乃は経過観察中。

 夕璃も危険波形寄り。

 紫月は削れている。

 琥珀はへこんでいる。

 紅羽は背負いすぎている。


 それでも、こうして同じ部屋にいる。


 それが今の第7部隊だ。


「夕璃ちゃんは?」


 紫月が聞いた。


「なにが」


「自分の状態」


 聞かれると思っていなかったわけじゃない。

 でも、いざ聞かれると少しだけ答えづらい。


「……普通」


「それは嘘」


 即座に詩乃が言った。


「はや」


「だって顔が普通じゃないもん」


「最近みんなそればっかだな」


「ほんとだし」


 紫月までうなずく。


「影、まだ見る?」


 その問いには、共有スペースの空気が少しだけ静かになった。


 夕璃はすぐには答えなかった。


 見ている。

 聞いている。

 でも、ずっとじゃない。


「昨日は見てない」


 ようやくそう言う。


「でも、見ない方が逆に少し気持ち悪い」


 自分で言って、嫌な言い方だなと思う。


「静かすぎるってこと?」


 紫月が聞く。


「たぶん」


 夕璃はうなずく。


「前はたまに勝手に出てきて、勝手にかき回してきたのに、今は逆に何もない」


「嵐の前みたいでやだね」


 琥珀が小さく言う。


「うん」


 夕璃は短く返す。


 その感覚はたぶん近い。


 静かすぎる。

 そして、その静かさが“終わったから”じゃないのが分かる。


 端末の通知音が鳴った。


 全員分、ほぼ同時。


 嫌な予感しかしない音になってきたなと思う。


 夕璃は画面を見る。


【本日一一〇〇 中央戦術棟・合同戦術会議】

【旧第十三市街最深部関連】

【第七部隊 全員出席】


 共有スペースに、また少しだけ重さが落ちる。


「来たか」


 紅羽が低く言う。


「来たねえ……」


 琥珀が天井を見る。


「旧第十三市街最深部関連って、もう字面からして行きたくない」


「行きたくないだけで済むならいいけどな」


 夕璃が言う。


 紅羽は端末を閉じて立ち上がる。


「総侵入作戦の正式通達だろう」


「だろうね」


 紫月も小さくうなずいた。


「昨日の感じだと、そうなると思ってた」


 詩乃は画面を見たまま、少しだけ目を細める。


「全員出席、か」


「何だよその反応」


 夕璃が聞く。


 詩乃は顔を上げた。


「別に」


「別に、の顔じゃない」


「夕璃ちゃん、その言い方ほんと好きだね」


「最近ほんとそういうやつ多いからな」


 そう返したけど、夕璃も同じことを思っていた。


 全員出席。


 つまり、まだ第7部隊は切り離されていない。


 詩乃も。

 夕璃も。

 危ないのに、外されていない。


 必要だからだ。


 それは安心でもある。

 でも同時に、もっと危ない話でもある。


「……ねえ」


 琥珀が急に言う。


「もしさ、本当に最深部まで行くなら」


 全員がそっちを見る。


「第7部隊、全員で行けるのかな」


 珍しく、かなり弱い声だった。


 いつもの琥珀なら、先に「行くしかないっしょ!」って言う。

 でも今日はそれがない。


 ちゃんと怖いんだろう。


 紅羽は少しだけ黙ってから言った。


「それを今から決めるんだろう」


「答えになってるようでなってなくない?」


「今の時点では、それしか言えん」


 それもまた紅羽らしい。


 曖昧に希望だけ言わない。

 でも、変に悲観もしない。


 紫月がそっと言う。


「全員で行けるかはまだ分からないけど」


 その声はやわらかかった。


「全員で行きたいって思ってるのは、たぶんみんな同じだよ」


 琥珀がそっちを見る。


 詩乃も、夕璃も、紅羽も、誰もすぐには何も言わなかった。


 でも、否定もしなかった。


 それで十分だった。


「……よし」


 夕璃は立ち上がる。


「会議まで少しあるし、準備するか」


「何の準備」


 琥珀が聞く。


「気持ちの」


「雑」


「でも必要だろ」


「必要だけど!」


 そこへ、窓の外で風が動いた。


 カーテンの端が少し揺れる。

 その揺れの向こう、ガラスに一瞬だけ長い髪の女の影が映った気がした。


 夕璃の呼吸が止まりかける。


「……っ」


「夕璃ちゃん?」


 紫月の声で、はっとする。


 振り返る。

 窓の外には、もう何もない。

 朝の学園だけだ。


「いや」


 夕璃は視線を切った。


「なんでもない」


 でも、そのざらつきは胸の中に残ったままだった。


 静かだったものが、少しだけ動いた。


 それだけでわかる。


 まだ、朝はちゃんと来ていない。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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