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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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エピローグ 「次はないかもしれない」



 白暁院の廊下は、夜になると音が薄い。


 足音も、話し声も、機械の電子音も、昼より一段だけ遠くなる。静かというより、疲れてる音だなと夕璃は思う。


 その静かな廊下を、夕璃は一人で歩いていた。


 戦闘が終わって、簡易処置を受けて、波形を取られて、綾瀬に「今日はもう絶対に寝て」と言われて、それでもすぐ部屋へ戻る気にはなれなかった。


 足が勝手にこっちへ向いた。


 隔離寄りの経過観察室。


 詩乃がいる部屋の前。


 ガラス越しに見える室内は、白くて、清潔で、やけに遠く見えた。


 詩乃は眠っていた。


 眠らされている、の方がたぶん近い。


 ベッドの上で静かに横になっていて、腕には細いラインが繋がっている。顔色は悪くない。呼吸も穏やかだ。だからたぶん、体としては大丈夫なんだろう。


 でも、それだけだ。


 “体としては大丈夫”なんて言い方をしないといけない時点で、全然大丈夫じゃない。


「……ほんとに、ぎりぎりだったな」


 誰に聞かせるでもなく、夕璃は小さくつぶやいた。


 ガラスに自分の顔が映る。


 ひどい顔だ。


 目の下が重いし、頬の色も悪い。綾瀬にさっさと寝ろと言われるだけある。


「言われた通りにしないんだ」


 後ろから声がした。


 振り向く。


 雫だった。


 白暁院の夜灯りの下でも、きっちりしている。制服の乱れもないし、髪もちゃんとまとまってる。こっちはこんなにぼろぼろなのに、どうなってるんだろうなと思う。


「そっちこそ」


 夕璃が返す。


「青虹隊の副隊長がこんな時間にうろついてていいの」


「今日はもう隊舎に戻る前提じゃないから」


 雫はそう言って、夕璃の横に並んだ。


 ガラスの向こうを見る。


「寝てるね」


「寝てるね」


 短いやり取り。


 そのくらいしか、今はうまく言えない。


「詩乃さん」


 雫が小さく言う。


「ギリギリ止まったね」


「うん」


「止まったっていうか、戻った、か」


「どっちでもいいよ」


 夕璃は壁に軽く背を預ける。


「消えてないなら」


 雫は少しだけ黙ってから、うなずいた。


「……そうだね」


 夜の白暁院は、窓の外も白く見える。実際は真っ暗なのに、建物の明かりが反射して、世界全体が少しだけ色を失っている。


「夕璃」


 雫が言う。


「なに」


「今日は助かった」


 その言い方は、あんまり雫らしくなかった。


 もっとこう、分析みたいに言うかと思っていた。

 “判断は危なかったけど結果的には有効だった”とか。

 そういう感じじゃなくて、ちゃんと助かったと言われると、逆に少し困る。


「そっちも」


 夕璃は短く返す。


「観測なかったら、本核位置たぶん取れなかった」


「仕事しただけ」


「うん」


「……でも、よかった」


 そこだけ、雫は少しだけ目を伏せた。


「戻ってきて」


 その言葉は、軽くなかった。


 夕璃は少しだけ視線をそらす。


「わたしは戻ってるだろ」


「そういう意味じゃない」


 雫の声は低い。


「今日、あんたもかなり危なかった」


 図星だった。


 だから、すぐには返せない。


「本核に斬り込む前、波形がまた大きく乱れた」


 雫はガラス越しに詩乃を見たまま言う。


「綾瀬さんが止めなかったの、たぶんギリギリ使った方がよかったからだよ」


「嫌な言い方」


「事実だから」


 そこはやっぱりぶれない。


 でも、そのあと雫は少しだけ声を落とした。


「次は、たぶんもっと危ない」


「うん」


「本当に止めるかもしれない」


「うん」


「……そこ、もうちょっと嫌そうにしてよ」


 夕璃は少しだけ笑いそうになる。


「嫌だよ。かなり」


「顔に出てない」


「最近ずっとその評価なんだけど」


「そういうとこ」


 雫も少しだけ口元をゆるめた。


 ほんの少しだけ。


 それだけで、少しだけ息がしやすくなる。


「でも」


 雫はまた真面目な顔に戻る。


「今日ので、はっきりした」


「何が」


「旧第十三市街の深部反応と、適合者側の接続は近すぎる」


 夕璃は黙る。


 わかっている。

 でも、言葉にされるとまた重い。


「敵と味方の力が、別の場所から来てるんじゃない」


 雫が言う。


「たぶん、ずっと同じ深いところに根がある」


 それは、一番嫌な真実だった。


 倒していたものと、借りていたもの。

 向こう側の怪物と、こっち側の力。

 その根が、同じ層から伸びている。


 戦い方そのものが、最初から少し歪んでいたということだ。


「ほんとに、最悪だな」


 夕璃が言う。


「うん」


 雫も否定しなかった。


 しばらく二人で黙る。


 ガラスの向こうでは、詩乃が静かに眠っている。


 その寝顔を見ていると、あの地下街で一瞬でも“楽な方へ行こうとした”人には見えない。

 でも、それがあったのは事実だ。

 消えないし、消していいことでもない。


「詩乃」


 夕璃がぽつりと言う。


「隔離、されるかな」


 雫はすぐには答えなかった。


「今すぐじゃないと思う」


 やがて、静かに言う。


「でも、経過次第」


「だろうね」


「夕璃も」


「知ってる」


 そこは先回りして言った。


 雫は少しだけ目を細める。


「知ってるならいい」


「よくないけどな」


「よくなくても、知ってないよりはいい」


 その返しが雫らしい。


 白暁院の自動ドアがどこかで開いて、閉じた。遠い音だった。


 やがて、廊下の向こうから綾瀬が歩いてくるのが見えた。


 疲れている顔だった。でも歩幅は乱れない。


「まだいたの」


 綾瀬が言う。


「寝ろって言ったでしょ」


「言われた」


「じゃあ寝て」


「はーい」


 返事だけはいい。


 綾瀬は少しだけため息をついた。


「詩乃さんは今夜はこのまま。明日もう一回、記憶干渉の残留を診る」


「……はい」


 夕璃が答える。


「それと」


 綾瀬の視線が、今度は夕璃へまっすぐ向く。


「あなたも」


「やっぱり来た」


「来るに決まってるでしょ」


 綾瀬は真顔だった。


「今日の波形、危険域まではいってない。けど、かなり近い。次の深部反応でどうなるかはわからない」


 夕璃は少しだけ視線を落とす。


 それもわかってる。


 わかってるけど、聞きたくないだけだ。


「旧第十三市街の深部であなたが見ている“女の影”」


 綾瀬が続ける。


「それ、もう単なる幻視で片づけられない」


「……うん」


「追ってるのか、導いてるのか、まだ断定はしない」


 そこで一拍置いて、綾瀬は低く言った。


「でも、次は本当に危ない」


 その言葉だけは、妙に静かに刺さった。


 脅しじゃない。

 警告でも少し足りない。

 もっと現実に近い何かとして、そこに置かれる。


 夕璃は返事をしなかった。


 できなかった。


 綾瀬もそれ以上は求めず、少しだけ表情をやわらげる。


「今日は休んで」


 それだけ言って、詩乃の部屋の方へ視線を向けた。


 夜は、まだ深い。


 でも、もう十分だった。


 雫が先に廊下を戻る。


「行こ」


 夕璃にそう言う。


「送る」


「子どもじゃないんだけど」


「知ってる」


 でも、そのまま一人にする気もないらしい。


 夕璃は少しだけ肩をすくめた。


「……じゃあ途中まで」


「うん」


 二人で白暁院の廊下を歩く。


 静かだ。


 でも、完全な静けさではない。


 この建物の奥には、まだ休めていない人たちがいる。

 今夜を越えたけど、明日どうなるかわからない人たちがいる。


 それは、詩乃だけじゃない。

 夕璃も、紫月も、たぶん第七部隊全員がそうだ。


 白暁院の出口が見えてきたころ、夕璃はふと思い出したように口を開いた。


「御門は」


「うん?」


「今頃なにしてると思う」


 雫は少しだけ嫌そうな顔をした。


「ろくでもない解析結果まとめてるんじゃない」


「だろうね」


 たぶん、その通りだ。


 実際その頃、御門朔は上層部向けの解析報告をまとめていた。


 旧第十三市街深部で回収された記録層。

 祭祀種核片。

 人形型残滓。

 喪鐘の花嫁本核の破片。

 適合者側の波形ログ。


 それらを重ねると、嫌でも見えてくるものがある。


 御門は淡々と報告文を打ち込む。


【仮説段階だが、天孔由来敵性反応と英骸記憶接続層は、起源的に同一の深層構造へ連なっている可能性が高い】


 少しだけ止まり、続ける。


【すなわち、骸獣群および適合者戦闘記憶は、完全な異物と対概念ではなく、人類史に蓄積した死と記憶の同一基盤から発生した表裏である可能性がある】


 冷たい文章だった。


 でも、そこに書かれている意味は冷たくない。


 むしろ、世界の根をひっくり返すくらい重い。


 敵は、外から来たわけじゃないのかもしれない。

 力も、外から借りているわけじゃないのかもしれない。

 最初から、同じ傷の内側で、こちらと向こうが繋がっていたのかもしれない。


 その仮説の先で、世界は今までより少しだけ、救いのない顔をする。


 白暁院の外へ出る。


 夜風が頬に触れる。


 雫が横で立ち止まった。


「じゃあ、ここで」


「うん」


 短いやり取り。


 雫は少しだけ迷って、それから言う。


「夕璃」


「なに」


「次は、ほんとに」


「止める?」


「うん」


 夕璃は少しだけ笑った。


「そこまで言うなら、できれば止められる前に戻るよ」


「それ、約束?」


「半分くらいは」


「やっぱり最悪」


 雫はそう言ったけど、少しだけ笑っていた。


 雫が去っていく。


 夕璃は一人になって、夜の学園を見る。


 静かだ。

 でも、その静けさはもう、前みたいな安心じゃない。


 旧第十三市街の奥には、まだ何かが残っている。

 喪鐘の花嫁は砕いた。

 でも、連結元はもっと深い。


 そして、自分たちの力もまた、その深いところと切れていない。


 敵に壊されているんじゃない。

 最初から、傷はこっち側まで続いていた。


 夕璃は少しだけ目を閉じた。


 頭の奥は静かだった。

 今夜は、女の声もしない。

 でもそれが、逆に少しだけ不気味だった。


 目を開ける。


 夜はまだ終わっていない。


 たぶん、次はもっと深い。


 それでも、行くしかないんだろうなと思う。


 だってもう、この世界は外から壊されているんじゃない。

 最初から、わたしたちの中まで続いていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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