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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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「まだ終わらない」



 喪鐘の花嫁の本体は、断片なんか比べものにならないくらい静かだった。


 静かなのに、見た瞬間にわかる。


 あれがいちばんまずい。


 地下街の吹き抜けの向こう。崩れたエスカレーターの上に、白い花嫁みたいな輪郭がゆっくり立ち上がっている。顔はない。なのに、見られている。


 ベールの下で、無数の鐘糸がゆっくり揺れていた。


 音はまだ鳴っていない。


 でも、それが逆に怖い。


『全隊、距離を取って』


 雫の声が通信に飛ぶ。


『今の本体反応、断片とは桁が違う。まともに近づくと持っていかれる』


「持っていかれるって、何に」


 琥珀が息をのむ。


『記憶層ごと』


 短い。


 でも十分に嫌だった。


 紅羽がすぐに前へ出る。


「第七、下がれ」


「え」


 琥珀が目を見開く。


「正面は赤が取る。お前たちは今は下がれ」


 その判断は正しい。正しすぎる。


 でも夕璃は、一歩も引けなかった。


「無理だ」


 紅羽が振り返る。


「黒瀬」


「わたしと詩乃に反応してる」


 夕璃は本体を見たまま言う。


「今引いても、たぶん向こうから来る」


 その瞬間、花嫁の裂けた口がゆっくり開いた。


 鐘の音。


 今度は今まででいちばん低くて、深い。


 耳じゃない。胸の奥へ落ちてくる音だった。


「っ……!」


 全員の動きが一瞬だけ鈍る。


 紫月の領域がすぐに広がる。白い光が足元を包んで、鐘の音を少しだけ押し返す。


「今なら、まだ!」


 紫月の声は強かった。

 でも、もう限界が近いのもわかる。


 花嫁が腕を広げる。


 そのベールの下から、白い残像がいくつも浮かび上がった。


 花嫁の残像。


 見た瞬間にわかる。

 斬るな。

 でも、斬らなきゃ押される。


「最悪……!」


 夕璃が吐き捨てる。


 残像が一斉に散る。

 兵骸種も、その足元からまた湧くみたいに現れる。


 戦場そのものを敵に変えてくる。


「赤、正面押す!」


 朱里の声が飛ぶ。


 その声だけで、空気が少しだけ前に揃った。


 赤虹隊が前へ出る。

 朱里の大剣が真正面の残像を割る。

 でも割れた瞬間、周囲の空気が歪む。

 やっぱり、斬るたびに何かが返ってくる。


「くそ……!」


 朱里の声が少しだけ低くなる。

 たぶん何か見せられたんだろう。


 紅羽も前へ出る。


「琥珀、右! 紫月の範囲から出るな!」


「了解!」


 琥珀は返事をして飛ぶ。

 でも、やっぱり勢いが強い。

 その背中を紫月の光が追う。


 詩乃はまだ少しだけ呼吸が乱れていた。


 夕璃は横目で見る。


「詩乃」


「……うん」


「見えてるか」


「見えてる」


「聞こえてるか」


 詩乃は少しだけ笑った。


「すごく」


 だめだ。


 まだ危ない。


 花嫁の声がまた落ちる。


「そのままで、いいのに」


 詩乃の肩が震える。


 夕璃は舌打ちした。


「紅羽! 詩乃、まだ危ない!」


「わかってる!」


 紅羽が叫び返す。


 でも紅羽は正面を押さえるので手いっぱいだ。

 詩乃を見ながら花嫁本体も止めるなんて、さすがに無理がある。


 だったら。


「詩乃、わたしの後ろ」


「無理」


 即答だった。


 それが余計にまずい。


「無理じゃない」


「今は前見てる方が楽」


 その言葉で、夕璃の背中が冷えた。


 楽。


 やっぱり、そこに寄ってる。


 花嫁の残像がまた一つ、詩乃の真正面へ現れる。

 詩乃はそっちへ吸われるみたいに踏み出した。


「白峰!」


 紅羽の怒声。


 でも、今の詩乃には半歩届かない。


 夕璃はもう動いていた。

 詩乃の腕をつかむ。

 細い。冷たい。力は入っているのに、芯だけどこか抜けてるみたいな感触だった。


「離して」


 詩乃が言う。


 声は静かだ。

 静かすぎる。


「やだね」


 夕璃は引かなかった。


「今のあんた、信用できない」


「ひど」


「ひどくていい」


 詩乃の目が少しだけ細くなる。


「夕璃ちゃん」


「なに」


「わたし、今ならたぶん、すごく上手くやれるよ」


 その一言は、思ったより重かった。


 こわい。


 でも、逃げる暇はない。


「知るか」


 夕璃は言った。


「上手くやれても、そっち行くなら意味ない」


 花嫁の鐘糸が一気に広がる。

 床を這い、壁を登り、天井からも降ってくる。

 空間そのものが狭まる。


 透子が叫ぶ。


「鐘糸、来る!」


 藍虹隊がすぐに足を止めて封じにかかる。

 でも数が多い。


『第七、中央だけでいい! 全部取ろうとしないで!』


 雫の声。


『本核がまた動く! 詩乃さん側に寄ってる!』


「やっぱり」


 夕璃が歯を食いしばる。


 核は詩乃を選んでいる。


 それが最悪だった。


「紅羽!」


「聞こえてる!」


 紅羽が兵骸を薙ぎ払いながら戻る。

 でも、その途中で花嫁の本体が真正面から腕を振るった。


 重い。

 空気ごと叩き潰すみたいな一撃。


 紅羽が槍で受ける。

 床が割れる。

 受けきった。けど、完全には止まらない。


「っ……!」


 紅羽の足が下がる。


 まずい。


 正面が押される。


 その瞬間、朱里が飛び込んだ。


「一条!」


 大剣が花嫁の腕を下から弾く。

 真正面をこじ開けるみたいな一撃。


「ここはこっちで持つ!」


 朱里の声はまっすぐだった。


「そっちは詩乃さんを!」


 紅羽が一瞬だけ迷って、でもうなずく。


「……任せます!」


 赤虹隊と第七部隊の役割が、そこで完全に分かれた。


 正面を赤。

 中央の崩れかけを、第七が支える。


「紫月!」


 夕璃が叫ぶ。


「詩乃に!」


「もうやってる!」


 白い光が詩乃を包む。

 でも、押し返しきれない。

 花嫁の声が、やさしく、近く、何度も落ちる。


「もう、いいよ」

「楽になって」

「笑っていいよ」


「……っ」


 詩乃の足がまた前へ出る。


 夕璃はその肩をつかんだまま離さない。

 でも、それだけじゃ足りない。


「琥珀!」


「うん!」


 琥珀がすぐに来る。

 詩乃の前へ立つ。

 震えてる。

 でも立つ。


「先輩、だめ」


 琥珀の声は、泣きそうだった。


「行かないで」


 詩乃の目が、ようやく少しだけ琥珀を見る。


「琥珀ちゃん」


「やだ」


 琥珀が首を振る。


「そういう静かな顔、やだ。先輩それ、ぜんぜん楽しそうじゃないじゃん」


 その言葉が、少しだけ詩乃を止める。


 でもまだ足りない。


 花嫁の本体が、ゆっくりこちらへ裂けた口を向ける。


 その奥に、深い鐘核が見えた。


 偽核じゃない。

 本体。

 でも近づけない。


『本核位置、胸部中央から上へ移動!』


 雫の観測が飛ぶ。


『詩乃さんとの共鳴点に寄ってる!』


「そこ取れる!?」


 夕璃が叫ぶ。


『取れるけど、近すぎる! 今の位置だと詩乃さんも巻く!』


 最悪だ。


 だったら、詩乃を引くしかない。


「詩乃!」


 夕璃が真正面から呼ぶ。


 詩乃の目が、少しだけこっちへ来る。


「帰ってこい!」


 叫ぶ。


「今、あんたが見てるそれ、あんたの欲しいもんじゃない!」


「……わかってる」


 詩乃の声がかすれる。


「わかってる、けど」


「けどじゃない!」


 夕璃の声が、思ったより強く出た。


「向いてるとか楽とか、そんなのどうでもいいんだよ!」


 喉が熱い。

 でも止まらない。


「わたしが嫌なんだよ!」


 詩乃の目が見開かれる。


「ここであんたがそっち行くの、わたしが嫌だ!」


 戦場なのに。

 敵がいるのに。

 そんな、ほとんど感情そのままの言葉が出る。


 でも、それでよかったのかもしれない。


 詩乃の顔が、そこでようやく大きく揺れた。


 花嫁の声が一瞬だけ遠のく。


 紫月の光が、その隙間へ深く入る。


「詩乃ちゃん!」


 紫月の声。

 やわらかいのに、強い。


「戻ってきて。まだ、ここにいて」


 そこへ琥珀が続く。


「先輩! 置いてくなって言ったじゃん!」


 紅羽が一歩前へ出る。


「白峰」


 短い。

 でも、いちばんまっすぐな声だった。


「命令だ。戻れ」


 詩乃の唇が震える。


 次の瞬間、詩乃は自分の短刀を逆手に持ち替えて、そのまま自分の左腕へ浅く刃を入れた。


「っ!?」


 琥珀が目を見開く。


 夕璃も息をのむ。


 でも、その痛みで詩乃の目が完全にこちらへ戻った。


「……まだ、わたしの方が痛い」


 詩乃が、ひどくかすれた声で言う。


 その言葉は、たぶん戻るための言葉だった。


 花嫁の鐘糸が一気に暴れる。


 共鳴を切られた反動だ。


「今だ!」


 雫の声が飛ぶ。


『本核、露出! 今しかない!』


 夕璃は詩乃の腕を離し、そのまま前へ出た。

 紅羽も同時に動く。

 琥珀は涙目のまま叫びながら拳を握る。

 紫月は最後の力で領域を押し広げる。


 そして赤虹隊の正面が、朱里の一撃で開いた。


「行って!」


 その声に押されるみたいに、第七部隊が飛ぶ。


 紅羽が槍で花嫁の上体を止める。

 琥珀が右側の鐘糸を殴り飛ばす。

 詩乃が戻った意識のまま、残像の死角を切り裂く。

 紫月が全員の足元を繋ぎとめる。

 夕璃だけが、本核を見る。


 胸の中央。

 裂けた口の下。

 黒い鐘の中に、白い光みたいな核。


 あれだ。


「借りる」


 夕璃が低く言う。


 長刀の刃が変わる。

 深く。

 でも、落ちすぎない。


 今は空っぽにならない。

 借り物でいい。

 でも、決めるのは自分だ。


「これで終われ」


 踏み込む。


 花嫁の本体がこちらを見下ろす。

 口が開く。

 鐘の音が鳴る。


 でも、もう遅い。


 夕璃の刃が本核へ届く。

 一撃。

 まだ割れない。

 ならもう一度。

 残響を深く重ねる。


 二撃目が遅れて走る。


 朱里の一撃が正面から重なる。

 紅羽の槍が核の下を押し上げる。

 詩乃の刃が、最後に核の横を裂く。


 ぱき、という乾いた音。


 そして、喪鐘の花嫁の本核が砕けた。


 次の瞬間、地下街全体から鐘の音が消えた。


 静かになる。


 ほんとうに、一瞬だけ。


 その静けさの中で、ベールが崩れた。


 花嫁の衣装みたいだった外殻が、薄い記憶片になって落ちてくる。

 光のない写真。

 古い招待状。

 誰かの祈りの文字。

 泣き笑いみたいな、知らない顔。


 そして最後に、花嫁の顔らしきものが一瞬だけ完成して、すぐに崩れた。


 戦場は終わった。


 少なくとも、この一戦は。


 夕璃はそこでようやく膝をつきそうになるのをこらえた。


 息が荒い。

 腕が重い。

 頭も少し痛い。


 でも、まだ立っている。


「……終わった?」


 琥珀が、泣きそうな声で聞く。


 紅羽が息を整えながら答える。


「たぶん、今は」


 詩乃はその場に立ったまま、少しだけ震えていた。

 でも、目はちゃんとこちらにある。


 戻った。


 完全じゃないかもしれない。

 でも、消えてはいない。


 それだけで十分だった。


 通信が入る。


 今度の声は御門だった。


『深部反応、急速に減衰。だが、消えていない』


 最悪だな、と思う。


『本核は砕けたが、さらに深い下層に連結元がある可能性が高い』


 やっぱり、これで終わりじゃない。


 でも、戦いとしては十分だ。


「……あとでにして」


 夕璃が小さく言うと、通信の向こうで少しだけ間があった。


 御門は何も返さなかった。


 代わりに、綾瀬の声が入る。


『全隊、撤収。今すぐ戻って』


 その声音には珍しく、有無を言わせない強さがあった。


 赤も、青も、黄も、緑も、藍も、もう限界が近いんだろう。


 第七部隊は、その場でようやく少しだけ息をついた。


 でも、その呼吸の中に、完全な勝利の軽さはなかった。


 勝った。

 でも、壊れかけた。

 そして、世界の傷口はまだ奥にある。


 それが、全員わかってしまっていたから。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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