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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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「行くな・・・」



 深部侵入の朝は、静かだった。


 昨日の夜、あれだけ人がいた共有スペースが、今はもう整えられていて、布団も片づいていて、紫棟はいつもの朝みたいな顔をしている。


 しているだけだ。


 中身はぜんぜん違う。


 夕璃は窓際に立って、外の薄い朝日を見ていた。眠れたかと聞かれたら、たぶん半分くらい。寝たような寝てないような、あんまりよくない睡眠だった。


 でも、それはたぶん全員同じだろうと思う。


「おはよう」


 後ろから紫月の声。


 振り返ると、少しだけ眠そうな顔で立っていた。昨日より顔色は悪くない。でも、万全でもない。


「おはよう」


「眠れた?」


「半分くらい」


「便利だね」


「最近ほんとそればっかだな」


 紫月は少しだけ笑った。


 その笑い方が見られただけで、少しだけ呼吸がしやすくなる。


 共有スペースにはもう他の面子もいた。

 琥珀は朝なのに妙に静かで、ソファに座って自分の膝を見ている。

 紅羽は端末で任務ルートを確認している。

 詩乃は窓の反対側、壁にもたれていた。

 雫までいる。


「青の副隊長が普通に紫棟にいる光景、だいぶ変だな」


 夕璃が言うと、雫は真顔で返した。


「わたしもそう思う」


「自覚あるんだ」


「あるよ」


 それだけ言って、また端末へ視線を落とす。

 本当にこの人は、いるだけで空気が少し冷える。


 でも今朝は、その冷たさが妙にありがたかった。


 詩乃は昨日の夜のあと、一応眠った。

 途中で何度か目を覚ましたらしいけど、完全に崩れることはなかった。

 それだけで今は十分だ。


「……詩乃」


 夕璃が呼ぶ。


 詩乃が顔を上げる。


「ん?」


「だいじょうぶ?」


 自分で言って、ずいぶん雑な質問だなと思う。

 だいじょうぶじゃないのは見ればわかる。

 でも、だからって他にいい聞き方も見つからなかった。


 詩乃は少しだけ目を細めて、それから笑う。


「大丈夫、とは言わないよ」


「そこは正直なんだ」


「昨日そういう話したし」


 そうだった。


 無理に強く見せなくていい、みたいな話をしたのは、たしか夕璃の方だ。


「でも、行ける」


 詩乃はそう続けた。


「昨日よりは、ちゃんと自分の足元見えてる」


 その言い方が、少しだけ安心になる。


 少しだけだけど。


「それでも、危なかったら止める」


 紅羽が言う。


 視線は端末のまま。でも、その声には迷いがなかった。


「止めてね」


 詩乃も軽く返す。


「昨日みたいに、一人で変なとこ行かないでよ」


 琥珀がぼそっと言う。


 詩乃は琥珀を見る。


「ごめん」


「謝るのはいいけど、次はやめて」


「うん」


 その短いやり取りのあと、共有スペースの空気が少しだけやわらいだ。


 それでも完全にはほどけない。


 今日は深部に入る。


 それが全部の真ん中にある。


 端末が鳴る。


【深部侵入部隊、〇八三〇、外縁第一ゲート】


 全員が一斉に立ち上がった。


 準備そのものは早かった。

 こういうときの第七部隊は、なんだかんだ動きが速い。

 余計な会話をしないぶん、今日はなおさらだった。


 発進ゲート前には、もう各隊が揃っていた。


 赤、青、黄、緑、藍、紫。


 見慣れた顔が全部ある。

 でも、空気が重い。


 誰も軽口を叩いていないわけじゃない。

 透子は透子で飄々としてるし、爛は爛で遠くから琥珀に手を振ってる。

 奏もやわらかい顔をしている。


 でも、その下にあるものが違う。


 みんな、深部がただの強敵じゃないって知っている。

 そこが嫌だった。


「第七、配置確認」


 霧島が短く言う。


「黒瀬、白峰の右。一条、左。九条は前に出るなじゃなく、前に出る線を固定。皇は深部手前まで同行。薬師寺は皇補助。藍沢は外縁観測から深部入口までの視線維持」


「仕事多いな」


 夕璃がぼそっと言う。


「いつもだろ」


 霧島が返した。


 それはそうだ。


 紫月は隣で小さく息を吐いた。

 深部手前まで、という制限はやっぱり少し苦しいんだろう。

 でも、反論はしない。


 昨日の夜、みんなで決めたことだから。


 朱里が赤虹隊の前に立つ。


「正面はこっちで押さえる。そっちは中を見て」


 短い。


 でも、その短さの中にちゃんと信頼がある。


 紅羽がうなずく。


「はい」


 千晴は黄虹隊へ指示を飛ばしながら、第七へだけ一言落とした。


「迷ったら、先に声を出せ」


 それもまた、短い。


 でも重い。


 奏は紫月に近づいて、小さく浄化パッチを握らせた。


「やばいと思う前に使ってね」


「うん」


「我慢してからだと遅いから」


「それ、夕璃ちゃんにも言って」


「聞いてる」


 夕璃が横から言う。


 奏は少しだけ笑った。


「ならよかった」


 そのやり取りだけで、ほんの少しだけ気持ちが軽くなる。


 そして、深部侵入が始まった。


 旧第十三市街地下の奥は、やっぱり空気が違った。


 通路が広い。

 広いのに圧がある。

 何かが奥からずっと見ているみたいに、空気そのものがうっすら張っている。


 前方を藍虹隊。

 その少し後ろに第七部隊。

 さらに後ろ寄りに紫月と実乃里。

 外の観測から雫が通信でルートを拾っている。


『左分岐は死んでる。右のエスカレーター跡から下へ』


 雫の声が耳へ届く。


「死んでるって表現どうなんだよ」


 夕璃が小さく言う。


『今さらそこ気にする?』


「少しはする」


『嘘』


 その返しのあと、少しだけ通信が途切れた。

 深部に入るほど、外との線が細くなる。

 それもまた嫌だ。


 壊れた地下街が見えてくる。


 止まったエスカレーター。

 割れたショーケース。

 倒れたマネキン。

 もう文字も読めない広告パネル。


 死んだ街の内臓みたいな場所だと思った。


「……気持ちわる」


 琥珀が言う。


「わかる」


 夕璃が返す。


 そのとき、詩乃の足がほんの少しだけ止まった。


 夕璃はすぐ気づく。


「詩乃」


「うん」


「何か見える?」


 詩乃は前を見たまま、小さく答える。


「見えるっていうか……聞こえる」


 やっぱりか。


 紅羽の声が低くなる。


「どんな」


「遠くで、歌ってるみたいな」


 その言い方がかなり嫌だった。


 鐘じゃない。

 歌。

 もっと人に近い。


 澪那が前方で立ち止まり、手を上げる。


「来る」


 その一言と同時に、地下街の暗がりが動いた。


 ベール状の断片が三つ。

 兵骸種が四。

 そして、その奥。


 喪鐘の花嫁の断片より、もっと大きい何かが、ゆっくり立っていた。


 遠い。

 でも見える。


 花嫁衣装みたいな輪郭。

 長い髪。

 顔のない女。


「……いた」


 夕璃が小さく言う。


 頭の奥がざわつく。


 あれは断片じゃない。


 もっと深い。


 喪鐘の花嫁、その本体に近い何か。


『深部中央反応、確認。全隊、注意』


 雫の声が通信に落ちる。


『それ、今までの断片より濃い。かなり近い』


 近い、という言い方だけで十分だった。


 紅羽が槍を構える。


「第七、前に出る」


「了解」


 夕璃が返す。


 詩乃も頷いた。

 でもその頷きが、ほんの少しだけ遅い。


 まずい、と思う。


 でも待ってくれない。


 戦闘は一気に始まった。


 藍虹隊が左右の兵骸種を止める。

 紅羽が正面から前へ出る。

 琥珀は定めた線のぎりぎりで止まりながら殴る。

 紫月が後ろから静謐領域をじわっと広げる。


 夕璃は中央へ踏み込んだ。


 花嫁の断片が、こちらを見た。


 見た、でいいのかわからない。

 顔はない。

 でも、見られているとわかる。


 次の瞬間、頭の中に声が落ちた。


「おそい」


 また、それ。


 夕璃は歯を食いしばる。


「知るかよ」


 長刀を振るう。


 断片のベールを裂く。

 けど浅い。

 切れたところから、また別の薄い膜が広がる。


「核は!」


 夕璃が叫ぶ。


「まだ見えない!」


 詩乃の返事。


 その声に少しだけ焦りが混ざっていた。


 焦ってる。

 それだけならまだいい。

 問題は、その次だ。


 花嫁の断片が、詩乃の方を向いた。


 空気が変わる。


 鐘の音じゃない。

 もっとやわらかい、低い声。


「やっと来た」


 詩乃の肩がぴくっと跳ねる。


 まずい。


「詩乃!」


 夕璃が呼ぶ。


 詩乃は一瞬だけ返事をしなかった。


 目が、前じゃなく奥を見ていた。


 敵じゃない。

 もっと遠く。

 もっと危ない方。


 紅羽がそちらへ視線を飛ばす。


「白峰!」


 その声で、詩乃はようやく動いた。

 でも、戻るじゃなく、前へ出た。


 夕璃の背中が冷える。


 それは戦闘の踏み込みじゃない。

 引っ張られた足だ。


「行くな!」


 夕璃が叫ぶ。


 でも詩乃は止まらない。


 花嫁の断片が腕を広げる。

 その向こうに、知らない光景がにじむ。

 結婚式場みたいな白い空間。

 長い通路。

 遠くで笑う女の影。


 気持ち悪い。


「白峰!」


 紅羽が詩乃へ向かおうとする。

 その前を兵骸種が塞ぐ。


 夕璃は舌打ちした。


 間に合わない。


 そう思った瞬間、紫月の領域が一段深くなる。


 白い光が、詩乃の足元まで伸びた。


「詩乃ちゃん、戻って!」


 紫月の声。


 それはやさしいのに、芯が強かった。


 詩乃の足が、ほんの少しだけ止まる。


 その一瞬を、夕璃は逃がさなかった。


 前へ飛ぶ。


 長刀を引きずるみたいに低く構えて、そのまま詩乃と花嫁の間へ割り込む。


 断片の腕が来る。

 刃で受ける。

 頭の中が揺れる。

 でも離さない。


「詩乃」


 振り向かないまま、夕璃が言う。


「見ろ」


 詩乃の呼吸が後ろで揺れる。


「今見てるの、ほんとに楽な方か?」


 返事はない。


 でも、聞いているのはわかる。


 花嫁の断片が、夕璃の方へ顔を寄せてくる。

 裂けた口が、笑うみたいに開く。


「じゃま」


「だろうな」


 夕璃は吐き捨てる。


 そして、そのままもう一度だけ叫ぶ。


「行くな、詩乃!」


 今度は、ちゃんと振り返った。


 詩乃の目が、夕璃を見る。


 その目の中に、さっきまでとは違う揺れがある。


 夕璃はまっすぐ言った。


「そっちは楽でも、あんたが消える」


 時間が止まったみたいだった。


 戦場なのに。

 敵もいるのに。

 紅羽の槍も、琥珀の拳も、紫月の光も、全部が少しだけ遠くなる。


 詩乃の顔が、そこでやっと崩れた。


「……っ」


 何か言いかけて、詩乃は唇を噛む。


 その瞬間、花嫁の断片が一気に揺れた。


 干渉が切れかけたんだとわかる。


「今だ!」


 紅羽が吠える。


 琥珀が飛ぶ。


「おおぉぉっ!」


 拳が断片の右側を砕く。

 紅羽の槍が正面を貫く。

 藍虹隊の刃が残りの兵骸を抑える。

 紫月の光が詩乃をこちら側へ引く。


 夕璃は長刀を握り直した。


 花嫁の断片の胸元。

 偽の鐘核。

 その奥に、本核じゃない、でも繋がっている芯が見える。


「借りる」


 低くつぶやいて、夕璃は斬った。


 一撃。

 残響。

 二撃目が遅れて走る。


 断片が裂ける。

 ベールが崩れる。

 でも、その向こうから、もっと深い鐘の音が鳴った。


 ぶつん、と。


 世界の奥で何かが目を開けるみたいな音。


『まずい、深部中心反応がさらに増大!』


 雫の声が飛ぶ。


『それ、本体層に繋がった!』


 夕璃は息をのむ。


 断片を壊したのに終わらない。


 むしろ、もっと奥の本体が顔を出した。


 地下街のさらに向こう、暗い吹き抜けの先で、巨大な白い輪郭がゆっくり立ち上がる。


 ベール。

 鐘糸。

 花嫁衣装。

 でも今度は断片じゃない。


 喪鐘の花嫁、その本体。


 全員が一瞬、動きを止めた。


 その静止の中で、花嫁の声だけが静かに落ちる。


「やっと、揃った」


 その声を聞いた瞬間、詩乃の肩がまた震えた。


 夕璃は振り返る。


 詩乃は今度こそ戻っていた。

 でも、完全じゃない。

 呼吸が浅い。

 目の奥に、まだ危ない光が少しだけ残っている。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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