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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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22/38

「きみがきみじゃなくなる前に」



 再出撃の通知は、夜になってから来た。


 正確には通知というより、呼び出しだった。


【第七部隊、二二三〇、中央戦術棟第二会議室】


 時間が時間だ。


 ろくでもない話だと、開く前からわかる。


「うわ、最悪」


 琥珀が端末を見た瞬間に言った。


「せめて明日にしてほしくない?」


「明日にした結果、もっと悪くなると判断されたんだろ」


 夕璃が言う。


「それ言われると何も言えないんだけど!」


 紫棟の共有スペースには、もう全員そろっていた。


 紅羽は通知が来た時点で立ち上がっていたし、詩乃はソファの背にもたれていたのに目だけは起きている。琥珀は露骨に嫌そう。紫月はカップを片づけながら少しだけ眉を下げていた。


 夕璃はその空気を見回して、少しだけ息を吐く。


 揃ってはいる。


 でも、きれいには揃っていない。


 昨日までの第七部隊なら、こういう呼び出しでももっと雑にまとまっていた。今は、五人が同じ部屋にいるのに、それぞれ少しずつ違う方向を見ている感じがある。


「行くよ」


 紅羽が言う。


 短い。


 でも、その声にも少しだけ硬さがあった。


 第二会議室には、思った通りの顔ぶれがいた。


 霧島、綾瀬、御門。

 赤虹隊から朱里。

 青虹隊から雫。

 藍虹隊から澪那。

 緑虹隊から奏。

 黄虹隊から千晴。


 もうだいぶ見慣れたメンツだけど、見慣れても気分がよくなるわけじゃない。


 モニターには旧第十三市街の地図。


 それだけで胃が重い。


「単刀直入に言う」


 霧島が言った。


「深部反応がまた増えた。しかも今度は外へ押し出す動きじゃない。逆に、こっちの観測を引っ張ってる」


「引っ張る?」


 琥珀が聞く。


 答えたのは御門だった。


「観測機器へ誤誘導に近いノイズが入っている。まるで、“見てほしい場所”を向こうが選んでいるような反応だ」


「気持ち悪いな」


 夕璃が言う。


「同感」


 雫がすぐに返した。


 そこだけ息が合うのもどうなんだろうなと思う。


 綾瀬が前へ出る。


「この段階で、深部侵入前の最終確認を行う」


 モニターに、いくつかの波形が並ぶ。


 夕璃の。詩乃の。たぶんそうだ。


「黒瀬さん、白峰さん。この二人は深部側への感応が強い。だからこそ必要でもあるし、危険でもある」


 そこまではもう聞いた。


 問題は次だった。


「そして、深部反応に最も強く引かれているのは」


 綾瀬が一拍置く。


「白峰さんです」


 会議室が静かになる。


 夕璃は横を見る。


 詩乃は動かなかった。


 表情も、手も、呼吸も。静かすぎるくらい静かだった。


 紅羽が先に口を開く。


「……数値は」


「危険域ではない」


 綾瀬が言う。


「でも、近い」


 その言い方で十分だった。


 危険域じゃない。けど近い。

 まだ落ちていない。けど、落ちる方向を向いている。


 そういう意味だ。


「だったら外した方がいい」


 雫が言った。


 迷わず。


「白峰さんを深部侵入から外す。少なくとも第一案としてはそれが妥当」


 詩乃の指先が、机の上でほんの少しだけ動いた。


 でも詩乃本人は何も言わない。


「それはだめだ」


 紅羽が即答した。


「白峰を外すなら、第七部隊の内部対応力が半分落ちる」


「知ってる」


 雫も引かない。


「でも、だからって落ちる可能性の高い本人を連れていく理由にはならない」


「可能性、だろ」


 夕璃が口を挟む。


 雫がこっちを見る。


「そう。可能性。でも深部任務は、その可能性を軽く見ていい段階じゃない」


「じゃあ誰ならいいんだよ」


 夕璃の声が少しだけ低くなる。


「安全なやつ?」


「そんな人いないでしょ」


 雫も少しだけ強く返す。


「でも比較はできる」


「比較で切れるなら苦労してない」


「だから最初から言ってる。壊れる前提で組めって」


 そこへ奏が口を挟んだ。


 ちょうど、その温度が上がりきる前に。


「うん。そこはたぶん変わらないよね」


 奏の声は静かだけど、ちゃんと割って入ってくる。


「詩乃ちゃんを外すかどうかじゃなくて、連れていくなら“どう止めるか”を先に決める方がいい」


 詩乃がようやく目を上げる。


「止める前提なんだ」


「そこ、拗ねるとこじゃないよ」


 奏がやわらかく言った。


「自分でもちょっとわかってる顔してるし」


 詩乃は少しだけ口元をゆるめた。


 でも、その笑い方は乾いていた。


「……見られてるなあ」


「見てるからね」


 奏の返しは、紫月とはまた違うやわらかさだった。


 澪那がそこで言う。


「私は連れていく」


 夕璃は内心で、やっぱり言うよなと思う。


「白峰さんは落ちやすい。でも、落ちる前の感応は戦力になる」


「言い方」


 琥珀が小さく言った。


「最低」


「知ってる」


 澪那は平然としていた。


「でも、それが現場では正しいこともある」


 詩乃が少しだけ目を細める。


「宵待隊長」


「なに」


「そういう言い方、ほんと好きじゃない」


「うん」


 澪那はあっさりうなずいた。


「好きじゃなくていいよ」


 その返し方が、ほんとに腹立つ。


 でも、詩乃はそこからもう一歩踏み込んだ。


「わたし、自分が向いてるのはわかってる」


 会議室の空気が少しだけ変わる。


 詩乃は前を見たまま続ける。


「でも、それでいいとは思ってない」


 紅羽が、ほんの少しだけ息を吐いた。


 たぶんそれだけで、今日はかなり大きい。


「だから」


 詩乃は自分の指先を見る。


「連れていくなら、止める前提で連れてって」


 その言い方は、弱くなかった。


 諦めでもなかった。


 ただ、自分の危うさを見ないふりしない人の言い方だった。


 夕璃は少しだけ視線を落とす。


 ずるいなと思う。


 そういうふうに言われると、誰も軽く扱えなくなる。


 千晴が短く言った。


「なら、条件付きだ」


 全員がそっちを見る。


「深部侵入時、白峰は単独行動禁止。黒瀬か一条、どちらかの視界から絶対に外さない」


「詩乃を監視するってこと?」


 琥珀が聞く。


「違う」


 千晴は首を振る。


「落ちる前に戻すためだ」


 その言い方は、少しだけましだった。


「加えて、皇は深部手前まで同行。最深部は待機」


 紫月が顔を上げる。


「……わたしも?」


「深部反応への緩衝材として必要だ。ただし、最深部までは入れない」


 綾瀬が続けた。


「これ以上削るつもりはないから」


 紫月は少しだけ迷うみたいに息を吸って、それからうなずいた。


「わかりました」


「九条」


 千晴が今度は琥珀を見る。


「お前は前に出るな、ではなく、前に出る位置を決めろ」


「……うん」


「返事が弱い」


「だって、難しいじゃん」


 珍しく、琥珀が弱音っぽく言った。


 その顔を見て、爛がいれば今ここで何か言うんだろうなと思う。熱いことを。まっすぐなことを。


 でも爛はいない。だから、代わりに朱里が言った。


「難しいよ」


 琥珀が顔を上げる。


「でも、難しいから覚えるしかない」


 朱里はそれだけ言った。


 すごく当たり前の言葉なのに、こういう人に言われるとちゃんと残るからずるい。


 霧島が最後に結論を落とす。


「明日の深部侵入、編成は変えない。ただし条件を増やす。黒瀬と白峰は相互監視。一条はその統括。皇は緩衝補助。九条は突出禁止」


「最後だけ名指し強くない?」


 琥珀が言う。


「お前だからだ」


 霧島が即答した。


 それで会議は終わった。


 椅子の音がする。


 でも、第七部隊はすぐには立たなかった。


 詩乃の言葉がまだ残っていたからだ。


 向いてるのはわかってる。

 でも、それでいいとは思ってない。


 あれを聞いたあとで、いつも通りの顔に戻れるほど器用なやつはこの部屋にはいない。


 会議室の外へ出る。


 廊下の照明が白くて、少し目が痛い。


 琥珀が先に口を開いた。


「……やだなあ」


「今日それ何回目?」


 夕璃が聞く。


「わかんない。でもやだなって思うんだもん」


「思うのは自由だ」


「え、そこ否定しないんだ」


「今さらだろ」


 琥珀は少しだけ黙って、それからぼそっと言う。


「詩乃先輩」


 詩乃が振り向く。


「なに?」


「落ちるなよ」


 直球だった。


 詩乃は少しだけ目を丸くする。


「雑な言い方」


「でもほんとだし」


 琥珀は唇を噛む。


「置いてかれんの、やだから」


 その言葉に、詩乃の表情がほんの少しだけやわらいだ。


「……うん」


 それだけだった。


 でも、その返事はさっき会議室でしたやつより、少しだけ人っぽく聞こえた。


 紅羽がそこで言う。


「黒瀬」


「なに」


「少し話す」


 やっぱり来た。


「どこで」


「屋上」


「好きだな」


「静かだからだ」


 それはたしかにそうかもしれない。


 結局、第七部隊はいつの間にか“重い話は屋上で”みたいな流れになりつつあった。


 夜風に当たりながらじゃないと、飲み込めないことが増えてきたんだろう。


 紫月と琥珀、それから実乃里は先に戻る。

 詩乃は「先に部屋行ってる」と言った。

 夕璃と紅羽だけが、屋上へ向かった。


 夜の屋上は静かだった。


 風がある。少し冷たい。でも、会議室の空気よりはずっとましだ。


「で」


 夕璃が先に言う。


「何の話」


 紅羽はすぐには答えなかった。


 手すりの向こう、遠くの外壁を見ている。


 その横顔は硬い。


「私は」


 やがて紅羽が言った。


「さっき、詩乃を外した方がいいと思った」


 夕璃は黙って聞く。


「戦力が落ちるのはわかっている。けど、それでもだ」


 風が吹く。


「落ちるかもしれない仲間を、最初から連れていくのは間違ってると思った」


「うん」


「だが、同時に」


 紅羽は少しだけ目を伏せた。


「外した瞬間に、詩乃がもっと遠くへ行く気もした」


 それは、たぶん正しい。


 だから難しい。


「腹立つよな」


 夕璃が言う。


 紅羽は少しだけ息を吐いた。


「ああ」


「正しい方を選んでも、間違えるときあるし」


「そうだな」


「しかも今回、たぶん両方正しい」


「それがいちばん厄介だ」


 紅羽の返しは小さかった。


 それから少しだけ間があいて、紅羽が夕璃を見る。


「お前」


「なに」


「詩乃を見ていられるか」


 まっすぐな問いだった。


 隊長だから、とか、条件だから、とか、そういう飾りがない。


 夕璃は手すりに肘をついて、夜空を見る。


「いられるよ」


「即答だな」


「見るしかないだろ」


 夕璃は言う。


「たぶん、わたしがいちばんわかるし」


 その一言は、少しだけ重かった。


 紅羽もたぶん、それを聞いていた。


「……そうだな」


「嫌だけどね」


「だろうな」


「詩乃が落ちる感覚、ちょっとわかるから」


 言ってしまってから、少しだけ静かになる。


 紅羽はすぐには返事をしなかった。


 でも、その沈黙は拒絶じゃなかった。


「だから余計に、見てないとだめだと思う」


 夕璃が続ける。


「行くなって言えるの、たぶん今のうちだけだ」


 紅羽は手すりへ手を置いた。


「……私は、止めることしかできん」


「それでいいだろ」


「よくない」


 即答だった。


「止めるだけでは足りない」


 その言葉が、紅羽らしい。


 この人はずっとそうだ。守るために前に立つ。止めるために自分が壁になる。

 でもそれだけじゃ届かないって思い始めてる。


「だから形を変えるんだろ」


 夕璃が言う。


「朱里先輩に言われたやつ」


 紅羽は少しだけ笑うような、困ったような顔をした。


「聞いていたのか」


「だいたい見てる」


「気持ち悪いな」


「褒めてる?」


「違う」


 少しだけ空気がやわらぐ。


 そのとき、屋上の扉がまた開いた。


 振り向くと、雫だった。


「なんでいるの」


 夕璃が言う。


「その言い方やめて」


 雫は少しだけ眉をひそめる。


「一応、用事があって来たんだけど」


「偶然にしてはタイミングよすぎ」


「偶然じゃないし」


 強いな。


 雫は二人のところまで歩いてきて、紅羽に軽く会釈した。


「一条さん」


「藍沢副隊長」


 少しだけ硬い。


 まあ、それはそうか。


「白峰さん、部屋に戻った?」


 雫が聞く。


「たぶん」


 夕璃が答える。


 雫はそこで少しだけ息を吐いた。


「よかった」


「何」


「大したことじゃない」


「その言い方で済むやつ、大したことじゃない率低いんだけど」


 夕璃が言うと、雫は少しだけ視線をそらした。


「……青の観測ログ、個別で見返してたの」


「うん」


「白峰さん、今日の会議で“向いてる”って言ったあと、一回だけ波形が落ち着いた」


 紅羽が眉を寄せる。


「落ち着いた?」


「そう。安定したって意味じゃない」


 雫は言葉を選ぶ。


「むしろ逆。迷ってる波形が、一瞬だけすごく綺麗にそろった」


 それがどういう意味か、夕璃にはなんとなくわかった。


 怖い方の落ち着きだ。


 揺れている人が、危ない方へ一歩だけ納得したときの静けさ。


「それ、やばいじゃん」


 夕璃が言う。


「だから来たの」


 雫はまっすぐ返した。


「今夜ひとりにしない方がいい」


 紅羽と夕璃が、同時に黙る。


 さっき詩乃が部屋に戻ったと言ったばかりだ。ひとりじゃないといい。でも、ひとりかもしれない。


「行くぞ」


 紅羽がすぐに言った。


 三人で屋上を出る。


 廊下を早足で戻る。走るまではいかない。でも、かなり速い。


 紫棟の廊下は静かだった。


 詩乃の部屋の前に着く。


 夕璃がノックする。


「詩乃」


 返事がない。


「詩乃!」


 もう一度。返事なし。


 紅羽が一歩前に出る。


「開けるぞ」


「待って」


 雫が小さく言った。


 端末を取り出して、観測ログを確認する。数秒。やがて顔を上げる。


「部屋じゃない」


「どこ」


 夕璃が聞く。


 雫は一拍だけ迷ってから言った。


「白暁院の旧観測棟。今、あそこに反応がある」


 嫌な予感が、完全に形になる。


 詩乃。


 やっぱり、一人で静かに危ない方へ行くやつだ。


 夕璃はもう走り出していた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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