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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第1章

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「朝はだいたいうるさい」



 扉を閉める前からうるさかったけど、廊下に出たらもっとうるさかった。


「だから、それあたしのだって! 昨日ちゃんと目ぇつけてたし!」


「目をつけていただけで所有権が発生するなら、食堂は毎日戦場だな」


「うわ、言い方かわいくな……くはないな。普通にムカつく」


「安心しろ。私も九条の理屈にはかなりムカついている」


 朝から元気だな……と思いながら廊下を曲がると、予想通り、食堂前の共有スペースで第七部隊がたむろしていた。


 琥珀が両手をぶんぶん振っていて、紅羽が腕を組んでいて、詩乃はソファの背にもたれて薄く笑っていて、紫月はその横で困ったように笑っている。


 いつもの光景だった。


 正式稼働日だろうがなんだろうが、この部隊の朝はたぶん一生こんな感じなんだろう。


「隊長、遅い!」


 最初に気づいたのは琥珀だった。


 ぱっと顔を上げて、こっちへ駆け寄ってくる。朝から元気すぎて眩しい。少し分けてほしいくらいだ。


「寝坊?」


「違う。起きたくなかっただけ」


「それ寝坊寄りじゃん」


「寄ってるだけで寝坊ではない」


「細っ」


 琥珀がけらけら笑う。軽い。朝からそのテンションを出せるの、わりと才能だと思う。


 夕璃はそのまま空いていた壁際に寄って、四人を見た。


「で、何の騒ぎ」


「聞いてよ隊長。食堂の限定パン、今日いちごクリームだったんだけど」


「嫌な予感しかしないな」


「詩乃先輩が取った」


「違いますよ。取ったんじゃなくて、先に確保しただけです」


 詩乃がさらっと言った。


 琥珀が信じられないものを見る顔になる。


「同じじゃん!」


「ぜんぜん違うよ。琥珀ちゃんは見てただけで、わたしは取ったの」


「いや、そこ言い切るんだ……」


 ちょっと引いた。


 いや、詩乃はこういうとこあるけど。あるけど、朝からパンでそこまで静かにマウント取るなよ。


 紅羽が深いため息をつく。


「そもそも限定品を巡って騒ぐな。正式稼働日の朝だぞ」


「それとこれとは別でしょ!」


「別じゃない」


「別だよ!」


「別ではない」


「別だってば!」


「声量で押し切るな」


 紅羽の返しが速い。たぶん今日はわりと最初からイラついている。


 まあ、無理もない。今日の第七部隊の状態は、どう見ても“決戦前の精鋭部隊”じゃなくて、“朝からパンで揉める女子五人組”だ。実際そうなんだけど。


 紫月が間に入る。


「はいはい。じゃあ、わたしの半分あげるから」


「え、いいの!?」


「その代わり、出撃前にちゃんとごはんは食べてね」


「食べる! めちゃくちゃ食べる!」


「九条、お前はいつも食べている」


「紅羽先輩、そういう言い方だとあたしが食いしん坊みたいじゃん」


「みたいじゃなくて、そのままだろ」


「隊長、紅羽先輩が朝から刺してくる」


「朝じゃなくても刺してるだろ」


「それはそう」


 琥珀が即答した。


 紅羽のこめかみがぴくっと動く。


 夕璃はちょっとだけ口元をゆるめた。ほんの少しだけ。


 やっぱり、静かすぎる朝よりはこっちの方がましだ。


「夕璃ちゃん、顔色あんまりよくないね」


 紫月がそう言って、少しだけ眉を下げた。


 気づくの早いな……と思う。


「いつも通り」


「その返しをする日は、だいたいいつも通りじゃないんだよね」


「こわ」


「紫月先輩、やさしい顔してたまにまじで鋭いよね」


「琥珀ちゃんほどじゃないよ」


「いやあたしは鋭いっていうか強いの方!」


「自分で言うんだ、それ」


 詩乃がくすっと笑う。


 その笑い方はやわらかいのに、たまに何考えてるのかわからなくなる。


 詩乃はそういう子だ。見た目だけなら一番おとなしくて、一番ふわっとして見えるのに、近くにいるとたまにぞくっとする。たぶん本人は隠してるつもりだし、実際ほとんどの人は気づいてない。でも同じ部隊でやってると、わかるときはわかる。


 ああ、今ちょっと危ない笑い方したな、とか。


 今のはただ面白がってるだけだな、とか。


 夕璃がぼんやりそんなことを考えていると、紅羽がこっちを見た。


「黒瀬」


「なに」


「なに、じゃない。今日の予定は頭に入っているな」


「一応」


「一応で済ませるな」


「ちゃんと入ってる」


「本当か?」


「疑い深いな」


「お前が信用を積んでいないからだ」


「朝から重い」


「朝だからだ」


「紅羽先輩、それ今日ずっと言うつもり?」


「必要なら言う」


 まじめすぎる。いや、助かってはいるんだけど、朝一のテンションでぶつかるにはちょっと硬い。


 紅羽は今日、たぶんかなり気を張っている。正式稼働日。初任務。第七部隊副隊長。責任感のかたまりみたいな人間には、そりゃ荷が重いだろう。


 でも、それを正面から受けるほど、夕璃は器用じゃない。


「大丈夫だよ、紅羽先輩。なんかあったら隊長がいい感じにするって」


「なんだその雑な信頼は」


「え、違うの?」


「違わないけど言い方」


「でも夕璃ちゃん、だいたい最後はなんとかするよね」


 紫月までそう言った。


 夕璃は少しだけ目を細める。


「やめろよ。その言い方、あとで失敗したときに効くやつじゃん」


「失敗する前提で話すな」


 紅羽のツッコミは早い。さすが副隊長。


 詩乃が指先で髪をくるりといじりながら、小さく首をかしげる。


「でも、夕璃ちゃんって、失敗しそうに見えるのに、変なところで外さないよね」


「褒めてる?」


「半分くらいは」


「残り半分は」


「気持ち悪いくらい勘がいいなって思ってる」


「それ褒めてないだろ」


「褒めてるよ。たぶん」


「たぶんで来るなよ……」


 会話のテンポは軽い。軽いけど、詩乃の言葉だけは少しだけ残る。


 変なところで外さない。


 勘がいい。


 それはたぶん、第七部隊の他の四人も感じていることだ。


 夕璃自身は別に勘がいいつもりはない。ただ、たまに見えてしまうだけだ。次にどこが危ないかとか、どのタイミングで踏み込めばいいかとか。理由はうまく言えない。言えないし、言いたくもない。


 夢の残りみたいなものを、説明に使いたくはなかった。


 その空気を切るみたいに、共有スペースの壁に取り付けられた端末が短く鳴った。


 ぴ、と乾いた電子音。


 全員の視線がそっちへ向く。


 画面に表示されたのは、簡潔な召集通知だった。


【第七部隊、〇七〇〇、戦術棟第二会議室へ集合】


 その下に、見慣れた名前。


 霧島蓮司。


 紅羽がすぐに端末を確認し、自分の腕時計にも視線を落とす。


「あと十五分だ。食堂へ行くなら今しかない」


「よっしゃ!」


「走るな、九条」


「いや走るでしょ!」


「走るな!」


「朝ごはんがかかってるんだって!」


「戦場より優先順位が高いな」


「戦場の前だから大事なんだってば!」


「開き直るな」


 琥珀がもう半分走り出していて、紅羽が後ろから止めようとして、でもたぶん止まらない。紫月が小さく笑って、詩乃が面白そうに眺めている。


 夕璃はその様子を見ながら、少し遅れて歩き出した。


 結局、こうして五人で並ぶと、それなりに部隊っぽく見える。中身はだいぶ怪しいけど。


「夕璃ちゃん」


 横に来た紫月が、小さな声で呼ぶ。


「なに」


「ほんとに大丈夫?」


 その聞き方は、体調のことだけじゃない。


 夢見が悪かったことも、顔色がよくないことも、たぶん見抜かれている。紫月はそういうところがある。やさしいくせに、見ないふりがあんまりうまくない。


 夕璃は少しだけ視線をそらして、肩をすくめた。


「……まあ」


「ぜんぜん安心できない返事なんだけど」


「でも嘘はついてない」


「それはそうかもだけど」


 紫月が困ったみたいに笑う。


 その顔を見ると、逆にこっちが少し困る。


「無理しないでね」


「それ、今日言う?」


「今日だから言うの」


「重いなあ」


「重くするつもりはないよ。ただ、ちゃんと戻ってきてほしいだけ」


 紫月はそう言ってから、少しだけ声を落とした。


「みんなで」


 その一言だけは、やけにまっすぐ胸に入った。


 夕璃は返事をしなかった。


 返したら、変に何かがこぼれそうだったからだ。


 代わりに、食堂の方へ走っていく琥珀の背中を見て言う。


「とりあえず、あいつを止めないとごはんが全部なくなる」


「それはほんとにそう」


 紫月がくすっと笑った。


 前では紅羽がまだ琥珀に何か言っている。


「九条、だから待て!」


「待ってたらなくなるの!」


「なくならない!」


「なくなる!」


「なくならない!」


「紅羽先輩も走ってるじゃん!」


「お前を止めるためだ!」


「じゃあ実質いっしょだって!」


「違う!」


 うるさい。


 でも、そのうるささが、さっきまで耳に残っていた夢の声を少しだけ遠ざけてくれた。


 今度は、落とすな。


 まだ残っている。


 でも、もう朝だ。


 少なくとも今は、知らない戦場じゃない。


 食堂でパンの取り合いをして、会議室で教官に怒られて、それからたぶん前線へ行く。


 ろくでもないけど、現実だ。


 夕璃は制服の袖を軽く引いて、呼吸をひとつ整えた。


 夢のことは、いったん置いておく。


 置いておけるうちは、それでいい。


 食堂の扉が見えてくる。


 その向こうから、今度は別の部隊のにぎやかな声も聞こえてきた。いつも通りの朝の学園。いつも通りで、でも今日は少しだけ違う。


 正式稼働日。


 その言葉の重さを、まだ誰もちゃんと口にしていないだけだ。


 食堂に入ろうとしたところで、廊下の反対側から低い声が飛んだ。


「お、いたいた。問題児ども」


 霧島だった。


 壁にもたれて、いかにも寝不足そうな顔でこっちを見ている。教官のくせに、こっちよりやる気がないように見えるのはどうなんだろう。


 琥珀がぴたりと止まる。


「うわ」


「うわとは何だ。傷つくぞ」


「朝からいると思ってなかった」


「教官をなんだと思ってる」


「だいたい急に現れて話を重くする人」


「ひどい評価だな」


「否定できないですね」


 詩乃が静かに乗った。


 霧島が片眉を上げる。


「白峰まで言うか」


「だってそうですし」


「まあいい。食うなら急げ。五分後に移動だ」


 紅羽がすぐに姿勢を正した。


「了解しました」


「おう。あと一条」


「はい」


「そんな気張んな。朝から肩で人殺せる顔してるぞ」


「してません」


「してる」


「してません」


「してるって」


 少しだけ間が空いて、琥珀がぼそっと言う。


「……ちょっとしてる」


「九条」


「すみません」


 秒で謝った。えらい。


 霧島は鼻で笑ってから、視線を夕璃に向ける。


「黒瀬」


「なに」


「顔色わるいな」


「教官まで言う?」


「見るからにそうだからな。まあ、死んでなきゃいい」


「基準が雑すぎる」


「うちの部隊に細かい基準を求めるな」


 それを言われると、たしかにそうかもしれない。


 霧島は壁から背を離して、あくびを噛み殺すみたいに首を鳴らした。


「とにかく、食ったら来い。今日は説明長いぞ。正式稼働日だからな」


 その一言で、さっきまでの空気が少しだけ変わった。


 琥珀も、紅羽も、詩乃も、紫月も、ほんの少しだけ顔つきを変える。


 夕璃も黙った。


 やっぱり、そこに戻る。


 パンの取り合いをしていても、笑っていても、今日がその日であることは変わらない。


 霧島はそんな五人を順番に見て、最後に小さく肩をすくめた。


「死ぬなよ。初日から報告書を重くするな」


 軽口みたいに言ったくせに、その場の空気だけはちゃんと冷えた。


 朝の学園のにぎやかさが、急に少し遠くなる。


 夕璃は食堂の扉に手をかけながら、心の中でだけつぶやいた。


 ……ほんと、ろくでもない一日になりそうだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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